「素晴らしかったぞい」
と、クレープの感想だと言い張りロレッタを褒める要注意ジジイタートリオ。
妹たちには「もじゃもじゃを見たら全力で逃げろ」と伝えておいた。
「ねぇ、ヤシロ。お店、次女と三女に任せてよかったのかい?」
「ん? あぁ、あいつらは盛り付けの合格が出ている年長の二人だからな」
陽だまり亭では、ジネットの合格が出た年長組は盛り付けを行うことが出来る。
次女と三女は盛り付け合格者だ。
なので、出張所のクレープを任せることが出来る。
もっとも、生地が焼けるのはジネットとロレッタだけなので、あらかじめ大量の生地をストックしておく必要があるが。
あ、生地が大量に余る分には問題ない。
余ったら余った分、全部持って帰って弟妹が貪り食っているようだから。
これはまぁ、アレだな。ハムっ子ネットワークの謝礼の一部みたいなもんだ。
ちなみに、タコスやポップコーンの移動販売は年中から任せることが可能だ。
タコスは盛り付けというほどの技術を必要としないしな。
「それにしても、四十二区には可愛い女の子が多いなぁ。ワシ、楽しいぞい」
年甲斐もなく、若い女子を見て頬を緩ませるもじゃもじゃジジイ。
お前が見た女子、パウラとエステラたちを除けば、全部ヒューイット姉妹だからな?
みんなほとんど同じ顔だぞ。
あの顔がタートリオのドストライクなのだろうか。
「中でもロレッタちゃん、最強ぞい」
「あんま見るな。減る」
「まぁまぁ、お兄ちゃん。イヤラシイ視線は感じないですし、きっと善意で言ってくれてるですよ」
褒められてえへへと笑うロレッタ。
こいつは「可愛い」と言われても「は~い、ありがとです~」と軽く流せるタイプだ。
実際、大工に「可愛い可愛い」ともてはやされても照れるような素振りは見せていない。
客商売として、その辺は割り切っているのだろう。
「たまに、イヤラシイ視線を向けてくる人がいたりするですけど……」
「……ヤシロ」
「俺じゃねぇよ!」
誰がロレッタにエロい視線を向けるか!
「お客さんで、ですよ」
「大丈夫なのかい、ロレッタ?」
「はい。そういうお客さんは、マグダっちょやデリアさんが軽ぅ~く『ごっちん』してくれるですから」
「えっ…………ヤシロ?」
「大丈夫だ。今のところ死傷者は出ていない」
陽だまり亭の風紀を著しく乱そうとする不届き者には、速やかにお引き取り願っているだけだ。
出禁なんて、どこの食堂でも普通にやっていることだ。
店外へ一歩出れば、そいつは客でもなんでもない赤の他人だ。
その後そいつがどうなろうが、それは当店の知ったことではないのである。
「ちなみに、ノーマさんがお店にいる時にそーゆーお客さんが来ると……知らない間にいなくなっていて、そして二度とお店に来なくなるです」
あぁ、うん……その手の話に関してはきっとノーマが一番厳しいだろうな。
デリアやマグダ以上に、こう、精神的な攻撃がさ。
ほら、ノーマって乙女だし? 女子の味方だし?
「ちなみに、殺気の飛ばし方って知ってるの、ロレッタちゃん?」
「殺気……あぁ、マグダっちょがたまにやってるヤツですね」
たまにやってんのかよ……
そういや、メドラの殺気を浴びると魔獣でも動けなくなるとか言ってたっけ?
まさか、練習してるのか、マグダ?
お前はメドラに近付かなくていいんだぞ? むしろあんまり近付き過ぎるな?
「ちょっとやってみせるわね。ヤーくん、変質者の役をやってくれないかしら?」
「いや、現実と乖離し過ぎていて厳しいな」
「何言ってんのさ。適役じゃないか。普段通りの君でいいんだよ。ほら、やってあげなよ」
無責任なことを言って、俺の背を押すエステラ。
何が普段通りだ。俺ほどの紳士はそうそういないというのに。
「それじゃあ、ヤーくん。私をイヤラシイ目で見てくれる?」
と、言われても、肉体年齢的に二回りほども上のルピナスを……
Bカップなのに?
そもそも、俺は人のモノに手を出す趣味は持ち合わせてないし……
何より、Bカップだし……
それにさぁ……Bカップだしなぁ……
「ヤーくん」
可愛らしい声で名を呼ばれた瞬間――
「言いたいことはよく分かった……わ!」
「ぐ……っ!?」
分厚い空気の塊で殴られたように、凄まじい圧迫感と息苦しさを覚えた。
全身金縛りに遭ったようにぴくりとも動かない。
っていうか、ルピナスがめっちゃ怖い目で睨んでるぅうう!
「……と、こんな感じよ」
「ぷはぁ……!」
ルピナスの顔に笑みが戻ると同時に俺の全身は自由を取り戻し、それと同時に地面へと膝を突き、それと同時に額からぶわっと汗が噴き出した。――と同時に、「ふざけんなよ」という激しい憤りが湧き上がってきたが、同時に「そんな文句言ったら何されるか分からない」という自己防衛本能が音量マックスで脳内に鳴り響き、それと同時に俺は口を閉じることを選択した。
ここまで、0.4秒。
「どうすればそんな殺気を飛ばせるです?」
「簡単よ。腹が立った相手を睨みつけて、心の中で――こしょこしょ――」
と、ロレッタに耳打ちをするルピナス。
うんうんと頷いていたロレッタの顔色がみるみる悪くなっていく。
「そんなエグいことを考えてたですか!?」
「殺気を飛ばす呪文よ☆」
「いや、相手を呪う言葉です、それは……」
俺、何を言われてたんだろうな……
「ちょっとやってみたらどうかしら?」
「お、お兄ちゃんにですか!?」
「そうよ。別に私の言ったとおりじゃなくていいから、彼に対する不満や憤りを心の中で燃え上がらせて、その感情を視線に込めて飛ばすのよ」
「お兄ちゃんに対する不満なんて……………………」
俯き、口を閉じ、小首を傾げて、はっと顔を上げて、右斜め上へ視線を向ける。そしてゆっくりと深く頷いたロレッタ。
「どうやら見つかったみたいだね、君への不満」
「ほほぅ、ロレッタ……上等じゃねぇか」
「い、いやいや! ないですよ、お兄ちゃんに不満なんて! ただちょっと、普段思うところがあるというか、もうちょっと配慮があってもいいんじゃないかと思うというか、お兄ちゃん分かってないなぁってモヤモヤしているだけですよ」
「そういうのを『不満がある』っていうんだよ、ロレッタ」
おのれ、ロレッタめ。
こんなにもよくしてやっている俺に対して、一体どんな不満があるというのか。
よぉ~しいいだろう。
お前の不満、受け止めてやろうじゃねぇか。
「じゃあ、ロレッタ。俺に殺気を飛ばしてみろ」
ルピナスがやったように、俺の呼吸を阻害するレベルの殺気を飛ばしてみろ。
「えっと……じゃ、じゃあ……」
ロレッタが俺の前に立ち、キッと眉をつり上げて俺を睨む。
あ゛ぁ゛ん?
なにガンくれてんだ、お゛ぉ゛ん?
「怖いですっ! お兄ちゃんの顔が、悪魔のようです!」
「こら、ヤーくん。初心者相手に反撃しないの!」
理不尽に怒られた。
俺今、ロレッタに悪口言われただけなのに。
じゃあ、普通な顔して受けて立とうじゃねぇか。
すーん。
「お兄ちゃん、面白い顔しないでです!」
「これは素の顔だわ!」
「素が面白いからねぇ、君は」
うるせぇよ、エステラ。
飛べ、俺の殺気!
エステラはそよ風も感じないような涼しい顔で俺の視線を受け流す。
やっぱ、殺気を飛ばすなんて常人には無理なんじゃないのか?
それでも、試してみるつもり満々なロレッタ。
俺の向かいに立ち、眉をつり上げてじぃ~っとこちらを睨んでくる。
だが、ちぃ~っとも殺気は飛んでこない。
「もっと強く思うのよ、ロレッタちゃん」
「むむむ……ぅ!」
「声は出さないで、心の中で、強く、熱く、強烈に思うの」
「…………っ!」
両手で口を押さえ、眉間のしわを深くして俺を睨むロレッタ。
必死に念じているのだろうが、変化はまったくない。
「もっとよ! もっと強く! 心の中で叫んで!」
「…………っ!」
ルピナスの声に眉間に力を入れるロレッタ。
体にも力が入り、口を押さえていた手がぎゅっと握られる。
「あとは勢いよ! 心の中にある感情を高めて、憤りや不満を大きく膨らませて、限界まで溜めて――そして、溜めた感情を言葉に変換して思いっきり叩き付けるのよ!」
「マグダっちょや妹だけでなく、あたしにももっといいこいいことかしてですー!」
口を押さえていた両手は拳を握り振り下ろされ、ロレッタの絶叫が俺の横を通り過ぎて陽だまり亭の方角へと飛んでいき、消えていった。
殺気は、一切出ていなかった。
「…………はっ!? 間違って声に出しちゃったです!?」
そうだよな。
ロレッタはそこまで器用じゃないもんな。
感情を昂らせて勢いに乗せたら、そりゃ声になって口から飛び出してくるよなぁ……だってロレッタだもん。
「むぁぁああ! 違うんです、お兄ちゃん! 今のは、あの、そーゆーのではなくて! い、妹がいつも家で嬉しそうに自慢してくるですから、ちょっと羨ましいというか、むしろあたしの方が頑張ってるのになんでかなって思ったりとか……いやでも、そうじゃなくて、……むぁああ! 忘れてです!」
いやぁ、お前、それは無理だろう……
「殺気は飛ばなかったけれども……おっちょこちょいなロレッタちゃん……めっちゃ可愛いわ」
「あはぁ、尊いぞい……」
他所の区の二人がほっぺた真っ赤にしてお前のこと見てぷるぷるしてるし。
これは、この先ずっといじられるぞ。
あとたぶん、ハムっ子ネットワークで弟妹に知れ渡ると思うし。
とりあえずまぁ……
「はい、いいこいいこ」
「むぁああ! この流れでやられると無性に恥ずかしいですっ! も、もういいです、いいこいいこ終わってです!」
ロレッタが身悶えるほど、ルピナスとタートリオの表情筋が融解していくので、液体になるまで試してみようかと思ったのだが、ロレッタが逃げ出したため実験は中断された。
それから陽だまり亭に帰るまでの間、自業自得の羞恥を味わったロレッタにじぃ~っと睨まれ続けた。
あぁ、うん。ちょっとだけ出てたぞ、殺気。
ちくちくって、視線が刺さってるのが分かる程度にな。
折角教わった技だが、ロレッタはこの技を封印するんだろうなぁ~なんてことを考えながら、俺たちは陽だまり亭へ向かった。
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