異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

349話 次代の統率者 -3-

公開日時: 2022年4月11日(月) 20:01
更新日時: 2022年4月12日(火) 07:09
文字数:3,503

「まぁ、王族への対応はこれから領主で集まって協議する予定だ。そこで、何かしらの手立てを考えることになる」

 

 ルシアが面倒くさそうな顔で言う。

 カンパニュラを領主にするには、王族を納得させるだけの材料が必要になる。

 材料が揃ったとしても、「うん」と言わせるのには骨が折れるだろう。

 

 領主といっても外周区の五等級貴族と『BU』の四等級貴族。

 ウィシャートの後ろ盾になっている三等級貴族よりも身分は落ちる。

 

 三大ギルド長がこちら側についているとはいえ、その三人と同等の力を持つ行商ギルドは三十区側につくかもしれない。

 なにせ、街門は行商人にとって重要な場所であり、利権が渦巻くブラックボックスでもある。

 行商ギルドみたいな利益重視の組織がそこに食い込んでないなんて考えられないしなぁ。

 

 なので、現状でもうまくいくかどうかは五分五分といったところか。

 

「ウィシャート家を潰すのではなく、あくまで現在の腐った当主を排除し、頭を挿げ替える――というところに重点を置いて訴えれば話くらいは聞いてもらえると思います」

 

 エステラが関係者に訴える。

 

「こちらには、それだけの、王族に納得してもらえるだけの材料はあると思っています」

 

 現当主、デイグレア・ウィシャートが如何に危険な男であるか、それを証明する材料はいくつか揃っている。

 湿地帯の大病の被害に遭った四十二区には、それを訴える権利がある。

 

「Mプラントという、悪魔のような細菌兵器の存在を、我が区の薬剤師が教えてくれました」

 

 開花直前の状態で止まったMプラントの実物も存在する。

 そして、ウィシャートがそれを手中に収めようと画策したという証言もある。……もっとも、この証言者はゴッフレードなので、王族が信用してくれるかは微妙なところだが。

 

「レジーナが戻ってくれば、その危険性をより詳細に証言してくれると思います」

 

 レジーナは、自身の研究結果を盗まれ悪用された張本人だ。

 レジーナがいれば、ウィシャートと、それと結びついているバオクリエアが如何に危険な存在かを立証できるだろう。

 

「レジーナ……戻って、くるよね」

 

 ぽつりと、エステラが呟く。

 ふいに寂しさが込み上げてきたのだろう。

 証言のために、ではなく、ただその身を案じているような声音に聞こえた。

 

「それともう一点」

 

 エステラが感傷に浸ってしまったので、代わりに俺がウィシャートの危険性を証明する材料をもう一つ提示しておく。

 

「ヤツは、国外追放処分になったノルベールを館に匿っている」

 

 判決を下したのはウィシャート本人だが、それは王族の認可を得て正当な刑罰になっている。

 だから、ノルベールはどこの街門を通ろうとこの国には入れないし、この国に存在してはいけない。

 

「ノルベールを匿っている事実が明るみに出れば、その理由と共にウィシャートの目論見も白日の下にさらされることになる」

「出来るのであろうな?」

「もちろんだ」

 

 そのために、わざわざ面倒くさい仕込みをしたんだよ。

 

「まぁ、それでもダメだったら、挿げ替える首がなくなるまで当主を潰し続けるしかないだろうな」

 

 どうせ、ウィシャート家が選出する当主は現当主と同じ思考で、同じ野心を抱くようなヤツだろうし。

 四十二区の脅威になることは確実だ。

 

 そっちが動かないなら、根競べをするまでだ。

「四十二区に危害を加えた」という名目で、正々堂々、最後の一人まで潰してやる。

 

「それ以前に――」

 

 黙って話を聞いていたルピナスが、鋭い視線を俺に向けてくる。

 

「現当主を倒すことは可能なの? デイグレアはかなり厄介な相手よ」

 

 デイグレア・ウィシャート。ウィシャート家、現当主。

 まぁ、確かに厄介ではあったな。

 おのれの言動を認めもせず「そんなつもりはなかったんだがな」としらばっくれる、こちらの話を聞く気がない相手って意味ではな。

 認めなければ罪にはならない。

 確証もなく他人を責めるのは非道な行いだと、そんな性善説に浸りきった世間の物差しでは裁きにくい相手ではあるのだろう。

 

 ほら、公共の場で大騒ぎをしているガラの悪い連中がいたとして、眉を顰めるだけで面と向かって文句は言いにくいだろ?

 真正面から注意をすれば武力を持って反撃されることが目に見えている。

 だからと言って、しかるべき場所――この場合なら警察にでも訴えたとしても、一時的に収まるかもしれないがその効果は持続しない。

 下手をしたら悪化する可能性もある。報復が来る恐れもある。

 いくら警察が介入しようが「騒いでいた」では逮捕はできない。実刑を喰らわせることも出来ない。死刑になんてなるはずもない。

 完全な排除は出来ず、そしてそうだと分かっているから連中はまた大騒ぎを始めるのだ。

 

 そんな連中を完全かつ永久に排除する方法は、連中以上の武力を持って連中を潰すしかない。

 その武力が数なのか、武器なのかは場合によるが……とにかく、連中を制圧できる武力を持って騒ぐ者たちを排除するしか解決方法はない。

 

 ――といった場面で、その行動を起こせる者が何人いるだろうか。

 

 

 家の近所で、深夜まで大騒ぎしている無法者がいる。

 自分だけではなく、多くの者が困っている。

 そいつの家は把握できている。

 そいつは、朝の時間はぐっすりと眠っていて抵抗されることはない。

 そしてここに、そいつを一撃で排除できる強力な武器が存在する。

 さぁ、レッツ排除。

 

 

 ……それが出来ないのが、世間というものだ。

 

 

 この場合の『厄介な相手』というのは、そういう『世間』や『常識』、『良識』というものの力を最大限に利用してこちらの力を削ぎつつ自分は『常識』と『良識』を逸脱した非道な行いをする者という意味だ。

 

 ナタリアを送り込めば暗殺も容易だろう。

 だが、それをすれば、悪人はエステラの方だ。

 

 正直なところ、オールブルームを捨てて出ていく覚悟があるなら、その日のうちに排除することも出来る。

 だが、それはこちらが望む勝利ではない。

 

 あぁ、厄介だ。

 法が足枷だ。

 皆に嫌われている悪人なんだから殺してもいいって法律になればいいのに。

 

 そんな発想をするヤツこそが、次代の独裁者になるのだろう。

 

 エステラにそんなことはさせられない。

 もちろん、俺もするつもりはない。

 

 だが――

 

「悪人には悪人の潰し方ってもんがある」

 

 性善説の埒外で身勝手な振る舞いをする悪人なら、こちらも性善説の埒外で対応をしてやればいい。

 

「デイグレア・ウィシャートは潰せる」

 

 ルピナスの目を見つめ返し、はっきりと断言する。

 

 

 ヤツがマーシャにしようとしたこと。

 マグダとメドラに怪我を負わせたこと。

 土木ギルド組合や情報紙を使って散々四十二区を貶めたこと。

 

 何より――

 

 

 身勝手なクソくだらねぇ理由で湿地帯の大病なんて悲劇を起こしやがったこと。

 

 

 絶対に許さねぇ。

 

 エステラの父親も、デリアの両親も、ミリィの両親も、パウラの母親も、その被害に遭った。

 それ以外の者たちにも、相当な被害が出た。

 西側に住んでいた者たちの中には、家と仕事を失った者も多くいた。

 

 人がいなくなり、寂しくなった西側。

 

 そこで独りぼっちで生きることになったジネット――

 

 あいつは、独りぼっちの時でもちゃんと笑えていたのだろうか。

 大切な人が次々いなくなり、大好きだった風景がどんどん寂れていく様を見て、泣いたりはしていなかっただろうか。

 それとも、無理をして、笑っていたのだろうか。

 

 

 ……くそったれ。

 

 

「四十二区から多くのものを奪いやがったあのクソ野郎は――」

 

 たとえ何があろうと、絶対に。

 

 

「俺が、潰す」

 

 

 宣言すると、ルピナスが一歩身を引いた。

 オルキオは固まり、シラハはそんなオルキオに身を寄せ、ルシアがこくりと息を呑んだ。

 

「ヤシロ」

 

 エステラが俺を呼び、次いで背中にじんわりとしたぬくもりが伝わってくる。

 

「……ありがと」

 

 

 俺の背に置かれているのはエステラの手だろうか。

 まさか額ってことはないだろうな、こんな人が大勢いる場所で。

 

 なんにせよ、これは俺の決断だ。

 礼を言われることじゃねぇよ。

 

 

 俺が気に入らないから、俺が潰す。

 利己的で、身勝手なのは俺も一緒だ。

 カテゴリーで言えば、俺も悪人だからな。

 

 だから、な? まだ泣くな。

 きっちり落とし前をつけさせて、それから祝杯を挙げればいいじゃねぇか。

 

 それまでは、馬車馬のように動き回ってもらうぞ。お前にも、この場にいる連中にも、この場にいない連中にもな。

 

「エステラ」

 

 俺の背に身を寄せるエステラに声をかける。

 

「一切柔らかさが伝わってこないんだけど、でもエステラの場合は可能性がゼロではないから念のために確認したいんだが、今背中に触れてるのって胸?」

「手だよ!」

 

 あぁ、やっぱり手かぁ。

 

 

 その後、いつもの声に戻ったエステラからこんこんと説教をされた。

 けど、そっちの方がお前っぽくてすごくいいと思うぞ、俺は。

 

 

 

 

 

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