「んじゃ、準備が出来たら向かうか」
「はい」
大きなおひつに白米をたんまりと詰め込んで、ジネットがやる気に満ちた顔で頷く。
おひつの上に、一回り小さい木桶が乗っかっている。
何気なく蓋を開けてみると……クズ野菜が詰まっていた。
「いえ、あの……おにぎりのお供に、どうかな、と……あのっ、お野菜は体にいいので!」
クズ野菜の炒め物は朝も食ったのだが……
「えっと、その……モリーさんも美味しいと言ってくださいましたし……」
ちらりとこちらを見て視線を逸らすジネット。
モリーさん『も』って……
暗に「美味しいと思ってくださいましたよね?」って聞かれてる気分だわ。
普段は普通にジネットの料理を「美味い」って言っているのだが、今回は、今日だけは妙~に「美味しい」って言いにくかったんだよなぁ。
だから言っていないのだが……そうか、それで不安にさせてしまったのか。
「そうだな。きっとみんな美味いって言うだろうな。……今朝のも、美味かったし」
「きゅん…………っ!」
催促しといて、言えば言ったで照れやがる。
どうしてほしいんだよ……
「もう少し多めに持っていきましょう!」
「十分! もうこれで十分だから! 足りなかったらアッスントから買うから!」
そもそもクズ野菜にこだわらずに普通の野菜炒めの方が楽だし、一般受けするから!
「……ヤシロ。ほどほどに」
「店長さんが元気なかったのはちょっと気になってたですけど、元気過ぎるのも困るです……」
「……うむ。店長は一見まともに見える天然だから」
「しっかり者に見える残念さんですから」
「よ~く理解してるっつの」
こちとら、ジネットがしっかりする前から知ってるんだっつの。
ネジが一本抜けてるどころの騒ぎじゃなく、締まってないネジ穴が多過ぎて戸惑いまくったっつうの。
最近だ、こいつがしっかりし始めたのは。
けど、マグダもロレッタもジネットの元気がないことを察知していたっぽいな。
やっぱ、ジネットは料理させていないといけないようだ。
……今日の、今のこの状態を見る限り、させ過ぎるのも問題みたいだけどな。
そういえば、褒められる度に『そればっかり作る系女子』になってたっけな。
ビーフカツの悲劇や麻婆茄子の乱は記憶に新しい。
「ねぇヤシロ」
大きなおひつを見つめて、エステラが呟く。
「おにぎりはグラウンドで握るのかい?」
「おう」
衛生面を考えれば、陽だまり亭で作っていって、グラウンドでは売るだけにした方がいい。
が、連中はちょっとやそっとでは腹を壊さないし、グラウンドで作ってるんだ。その状況を知った上で購入を決めたのであれば、多少のことは覚悟の上だと思っておいて問題ないだろう。……もっとも、細心の注意は払うつもりではあるが。
「せっかくなんで、おにぎりスタンドでもしようかと思ってな」
「おにぎりスタンド?」
説明してやろう!
「カウンターに美女がずらっと並んで、好きな娘に好きな具材のおにぎりを素手で握ってもらえる画期的なサービスだ!」
「……君、イベントに意識を向けているのかと思いきや、稼げそうなところではがっちり稼ぎに来るよね?」
当然だろうが!
今回のイベントにはベルティーナを始め四十二区の主要な美女美少女に加えてマーシャやギルベルタ、モリーまでいるのだ!
各種様々なタイプがいるのだから、『自分好みの女の子の手作り』を高額で売りつけたいと思うのは普通のことだろう!
「迷惑をかけた罰としてルシアにもおにぎりを作らせよう」
「他区の領主の手作りって……遠慮しちゃうんじゃない?」
「いや、それ以前にBカップだからなぁ……」
「それは関係ないだろう!?」
ばっか、エステラ、ばか!
どうせならボインちゃんの握ったおにぎりを食べたいのが心情だろう!?
『おにぎり』じゃなくて『お挟み』でもいいくらいだ! いや、むしろ!
「俺はジネットのお挟みをいただこう」
「おにぎりですよ!?」
おっといけない。
野望は口に出さず、土壇場で、自然な流れで要求するべきだった。
「うん、おにぎり、たのしみ、だね」
「ジネットちゃん、今日はヤシロに近付かない方がいいよ! こんなにも『よからぬことを企んでいるフェイス』はここ最近お目にかかれなかったレベルだから」
「もう、ヤシロさん」
頬をぷっくり膨らませるジネット。
その後ろでは、ベルティーナがちょっと楽しそうに笑っている。
「私、ちょっとやってみたいです。おにぎり、上手に出来るかは分かりませんけれど」
「え、お挟みじゃなくて?」って言おうとしたら睨まれた。笑顔で。
は~い。黙ってま~す。
しかしまぁ、ベルティーナの手作りおにぎりならガキどもが喜んで食べるだろう。
……オッサンどもも群がりそうだけれど。
「よし、準備はいいな。じゃあ、行くぞ!」
「「「おぉー!」」」
オバケのガキどもが元気よく拳を振り上げ、結構な大所帯となった陽だまり亭一行が出発する。
がらがらと屋台を曳き、わいわいと楽しそうに行進する小さいオバケたちを引き連れているとイヤでも注目を浴びる。
大通りでは指を差されて噂されたりした。
ハロウィンの噂だけを聞いていたのであろう街の者たちが楽しげな笑みを見せている。
こういう雰囲気なのだということは伝わったようだ。
意図せず、ハロウィンの宣伝をしながら四十二区を横断し、会場となるグラウンドへとたどり着いた。
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