「あの、陽だまり亭さん!」
レーラがジネットを呼ぶ。
背筋を伸ばして、真剣な顔で。
「陽だまり亭さんのお勧めの焼き方ってありますか?」
「お勧めですか? 陽だまり亭というか、『わたしの』でよければお教えしますよ」
「是非お願いします!」
ジネットが移動して、レーラたちの七輪に肉を載せる。
「まず、片面をじっくりと焼きます。少し焦げるくらいでもいいと思います」
最も火力が強い七輪の真ん中に肉を載せ、暫し肉を見つめるジネット。
肉が反り返り、身が縮んできたところで素早くひっくり返す。
「そして、反対側はそれほど焼かず、余分な脂を落とすくらいで結構です」
焼けた肉を小皿へと移しレーラへと差し出す。
「濃い口のタレに半分食らいつけて食べてみてください」
「半分、ですか?」
「そうすることで、タレのコクと脂身の甘さと焦げの香ばしさが堪能できるんです」
レーラが探るような手つきでジネット作の焼肉を口へ運ぶ。
「美味しい……! 焼き方でこうまで変わるんですね……」
「あくまで一つの例ですよ。正解はありません。たとえば……」
そう言ってもう一枚肉を焼き始める。
今度も七輪の真ん中に肉を置く。
その上に刻んだネギを少量載せて、塩を一つまみ。
肉の周囲が色付いたところで上からレモンを搾り垂らす。
ネギが零れないように器用に肉を巻いてレーラの皿へと移す。
「今度は何も付けずに召し上がってみてください」
「……あっさりしてるわ」
「タレの味に疲れた時には、こうやって味を変えるのも楽しいですよ」
にこにこと自信たっぷりにプレゼンをするジネット。
なのだが……それ、昼間に俺が好きだって言った焼き方じゃねぇか。それをお勧めにするなよ……ちょっと照れるだろうが。
ジネットは『自分が美味しいと思う料理』はあまり作らない。基本的に『誰かが美味しいと思ってくれる料理』ばかりだ。
……で、俺が好きな焼き方をお勧めにするって……俺のための料理みたいじゃねぇかよ。……ったく。あ~、暑い暑い。七輪のそば、暑いわぁ。
「おいしい!」
カウの歓声が聞こえ視線を向けると、口の周りにタレをべったりとつけて、トウモロコシをもっしゃもっしゃ咀嚼していた。
「だろぉ?」
「はい。トウモロコシって、美味しいです!」
「バッカ、カウ! 敬語とか、アーシにはいいんだよ。姉ちゃんなんだからな」
「うん! ありがとう、バルバラお姉ちゃん!」
カウがバルバラに懐いた。
そんなにトウモロコシが美味かったのか。
……そのトウモロコシとバルバラにはなんの関係もないのに。
ただ焼いただけで好感度うなぎ登りじゃねぇか。ズルくね?
「は~い、エビも焼けたよ~☆ 熱いから気を付けてね☆」
ご丁寧に、殻の剥かれた焼きエビがカウの皿へと移される。
焼いたエビを焼きタレで食うと、美っ味いんだよなぁ。なんだろうな、あのバーベキュー感? なんであんな美味いんだろう。
「んんっ!? すごい! 美味しい!」
「でしょでしょ~?」
「こういうのを食べてると、マーシャさんみたいになれるんですか?」
カウがガン見してる!
『マーシャさんみたいに』の『みたいに』の部分を!
俺が最もガン見するのと同じ場所を!
エビに豊胸効果ってあったっけなぁ?
けどまぁ、頑張れよカウ! 俺は応援しているぞ!
……遺伝的には、ちょっと期待薄だけども。
「なれるかもだし、なれないかもだね~☆ ……でさ、マーシャお姉ちゃんって呼んでいいんだよ?」
あ、呼ばれたいんだ。
そういえばマーシャの周りにいるのって同年代か変態ばっかだもな。
デリアとかエステラとかルシアとか脚フェチ半漁人とか。
さて、同年代と変態の境界線はどこだろうか?
どうやらマーシャも年下に慕われたいようだ。
飛び入りで海漁ギルドに入ったニッカのこと、かなり可愛がってるって言ってたしな。年下を侍らせたい欲でも持ち合わせているのだろう。
「お肉に野菜、何種類かの海産物があれば飽きることなく焼肉を楽しめると思いますよ」
海産物は、今はまだ割高になるだろうけどな。
けれど、そんなメニューを揃えておけば焼肉屋としては十分だろう。
アルコールは以前から仕入れていたようだし、あとは美味い白飯の炊き方を覚えれば十分競合他社とやり合える。
「どうかな、レーラ」
エステラが静かに言って、立ち上がる。
「ボクたちは決して押しつけるつもりはないんだ。でもね、カウやオックス、それに君自身もおそらくそうだと思うんだけれど……このお店を畳みたくないんじゃないのかな? ボクには、そんな風に見えるんだけど、違うかい?」
自分たちは選択肢を用意しただけで、あくまで決定権はレーラたち家族にある。
そんなスタンスでエステラが問いかける。
今すぐに決められなくても、こういうやり方もあるんだと知っておけば判断材料が増える。
いろいろな面から見て、考えて、最適であると思える選択をすればいい。
「決めるのは君たちだ。ボクたちは、ただお節介を焼きに来ただけだからね」
エステラがレーラに微笑みかけ、カウとオックスに視線を向ける。
カウとオックスは縋るような視線を母親へと向ける。
何も言わない。言ってはいけないとでも思っているのだろう。けれど、言いたいことが溢れ出している。丸分かりだ。そんな顔で、母親を見つめている。
やがて、その場にいる者すべての視線がレーラへと向かう。
みんなに見つめられて、レーラは俯く。
俯いて、小刻みに震える。
「皆様のお気持ち……本当に、言葉に出来ないくらいにありがたくて……嬉しくて…………泣きそうで…………ですが、あの……出来る、とは、思えないんです、その……私なんかに……」
焼肉は、やってみれば意外と誰もが焼くことにハマるものだ。
わざわざ店員を呼んで「焼いてくれ」ってヤツはそうそういないだろうから、『肉屋』としての技術がないレーラたちでもやっていけるだろう。
けれど、それでもレーラの表情は固い。
「確かに、お客さんが自分で好きなように焼いてくださるなら、それはもう本当に助かります。けれど……それでも…………」
レーラが俯き、ぎゅっと目を瞑る。
「自信が、ないんです……あの人のように……主人のようにお店を盛り立てていける自信が…………」
目の下の黒いラインに沿って、涙の粒が静かにこぼれ落ちる。
「あの人が……主人がヒレもロースも兼ね備えたTボーンステーキだとしたら……私は、加工品の素となる皮や工芸品の素となる骨にすらなれない内臓……なんの価値もない内臓みたいなものなんです。私一人じゃ……このお店を守れ……な……」
「バカヤロウ!」
涙し、俯くレーラを、バルバラが叱責する。
椅子を倒す勢いで立ち上がり、ずかずかと歩み寄る。
勢いそのままに、レーラの胸倉を掴み上げる。
「バルバラさん!? 乱暴はダメですよ!」
「下がっててくれよ、店長! こういうバカは、きちんと言ってやらなきゃ分かんねぇんだ! 分かってないことにすら気付いてねぇんだよ!」
止めようとしたジネットを睨むバルバラ。
ジネットがハラハラした顔で俺を見る。
確かに止めないと危険かもな。バルバラ、バカだし。
レーラの煮え切らない態度に業を煮やしたのだろうが、何をそこまでムキになっているんだ、あいつは。
「おい、バルバラ。いいから落ち着け」
「下がってろ、英雄! こういうバカは、きちんと言ってやらなきゃ分かんねぇんだ! 分かってないことにすら気付いてねぇんだよ!」
……ん?
デジャブ?
つか、なんだこの感じ? ……妙に、二の腕あたりがぞくぞくするんだが。
「おい、お前。今日初めて会って、ほんの十数分見ただけではっきり分かったけどさ……お前、バカだろう?」
眉間にシワを寄せて、バルバラが言う。
同時に、いや~な汗が俺の背中を伝い落ちていく。
……このバカサル女、まさか…………
「おい、オバサン。お前ぇは最っ初から最っ後まで、徹頭徹尾間違ってるぞ」
物凄い既視感あるー!?
つか、エステラが『会話記録』引っ張り出して当時の記憶をサルベージし始めてるー!
ジネットも「あれ? これ?」みたいな顔でこっち見てるー!
……ヤップロックのアホめ、何を、どこまで細かく言い伝えてやがるんだ……忘れろよ、もういい加減!
で、広めるな!
受け継ぐな!
「金が無くて、飯が食えないんだよな?」
「い、いえ、幸い、主人の残してくれたお金がありますので、食事は大丈夫…………」
「バレてるぞ。息子にも、しっかりとな」
食えてるつってんだろ!
聞けよ、話を!
っていうかさぁ!
状況が違うんだわぁ! その時と今回と!
「もう一回言ってやる、徹頭徹尾間違ってるからな!」
気に入ったところだけ繰り返すな! 決め台詞的な扱いやめて!
「お前ぇは父親だろうが!」
どう見ても母親だろうが!
「金がないなら、お前ぇが働くしかねぇだろう!」
だから働くつってんだよ、レーラは!
そして金はまだある!
「飯が一人前しか買えないってんなら、子供たちの分までぶんどって、まずはお前ぇの腹を満たせよ!」
家族三人、みんな満足してんの! いい加減分かって!
「んで、死ぬ気で働いて四人分の食費を稼いでみせろよ!」
一人増えたよー!?
誰の分!?
四人目は誰!?
「今我慢させた分、しっかりと贅沢させてやるのが父親のやるべきことだろう!」
満足してんだ、ガキどもは! 飯に関してはな!
で、母親! 丸覚えしか出来ないのか、お前は!? ははは、バカだなー! バカなら黙ればいいのに!
「違うか!?」
「違ぇわ!」
ついに言葉が出てしまった。
……ちっ、エステラが『会話記録』を見ながらめっちゃ肩を小刻みに揺らしてやがる。水没とかしてデータ全部ふっとべばいいのに。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!