そうしてやって来た地獄、冥府、掃きだめ、吹きだまり。
「ま、待ってッス! オ、オイラ、こんな話聞いてないッスよ!?」
「俺もだよ! おい、どうなってんだ、ヤシロ!」
狼狽えるウーマロとモーマット。
その他、明らかにネタ要員として駆り出されたのであろう四十二区の顔見知りたち。
見知らぬ顔は、四十一区の弄られキャラたちなのだろう。
なんにせよ、狭い更衣室にオッサンが押し込められていて……汗臭い。
そんなオッサンの群れの前に、エステラとルシアが並び立つ。
「ではこれから、諸君には綺麗に変身してもらおうと思う!」
「「「いやいやいや! 望んでないし!」」」
「うむ、では領主命令だ」
「「「他所の区で!?」」」
傲慢な他区の領主による強制執行。
四十一区の人間にしてみればエステラは他区の領主だし、ルシアに至っては俺らにとっても他区の領主だ。
……なんでそんな自信満々にデカい顔してんだろうな、こいつらは。
「いい加減観念するさね、男らしくないねぇ」
「男らしくあるために抗ってるんッスよ!?」
「いい機会じゃないかぃ。自分が女になれば、マグダ以外の女性ともまともに会話できるようになるかもしれないさよ?」
「それにしても代償が大き過ぎるッスよ!?」
「問答無用さね! まずはこのキツネから血祭りに上げるさよ!」
「『血祭り』って言っちゃってんじゃないッスか!? 本音がぽろりしたッスよね、今!?」
抵抗空しく、ウーマロはオシャレした女子たちに周りを囲まれ緊張で体が動かなくなり、あれよあれよと仕立て上げられていった、『美少女』に。
「あっはははははっ! き、綺麗じゃないかさっ、ぷくふふ! 美人さよ、ウーマ……ひぃ~ひひひひっ!」
「笑い過ぎッスよ!?」
「ねぇねぇ、でもさ。ちょっと綺麗じゃない、ウーマロさん?」
「ぅん、みりぃも、ねふぇりーさんと同じこと思った、ょ。うーまろさん、かわぃい、ょね?」
「ワタクシが本気を出したのですから、これくらいは当然ですわ!」
「はゎぁわわわっ、あ、あのっ、あんま顔を覗き込まないでッス!」
「「きゃ~、かわいい~」」
「からかわないでッス!」
照れるウーマロは、意外と女子人気を得ていた。
俺に言わせれば、唇とほっぺたを赤く塗られたウーマロ以外の何者でもないんだが。
「それじゃあ、次はモーマットだね」
「待てって! 俺はいいって!」
「モーマットさん」
抵抗するモーマットの耳に、ナタリアが悪魔の囁きを流し込む。
「……かつて、領主代行だった『お嬢様』をストーキングされていた時、無断で敷地内に踏み入ったことが二度ほどありましたよね?」
「どきぃ!? ……そ、そんなこと、あ、あった、っけ……か?」
「『お嬢様』が庭のベンチでまどろんでいる時に、寝顔を盗み見るために敷地へ侵入した不審者の話……『お嬢様』にはまだお話ししていないのですが……」
「『お嬢様』って言うのやめてくれるか!? なんか『エステラ』って言われるより『綺麗なものを穢した感』がすげぇするんだよ、なんでか!」
まぁ、「エステラの寝顔を盗み見た」より、「お嬢様の寝顔を盗み見た」って方が聞こえが悪いからな。的確に心の中のやましい部分を抉りに来るよな、ナタリアって。
……つか、モーマット。そんなことしてたのか。
なのに、エステラの正体は本人にバラされるまで気付かなかったのか。
お前、バカじゃねーの?
「ところで、モーマットさんには、この桜色の口紅が似合うかと思うのですが?」
「……もう、好きにしてくれ……」
モーマット、陥落。
そして女子たちがわっと群がって、物の数分で『モーマット子ちゃん』が誕生する。
……が。
「……微妙、ですわね」
「ウーマロん時みたいな感動がないさね」
「に、二度目だから……じゃ、なぃ、かな? ね? きっと、そうだょ……」
「いえ、ベースの魅力が足りないのですわ!」
「ちきしょー! 勝手に弄くって好き勝手言いやがって!」
「あはは! モーマット、ブッサイクだなぁ!」
「いっそ、デリアくらいの方が清々しいわ!」
これまた、唇とほっぺたを赤く塗られたワニだ。
俺にはウーマロとモーマットの違いが分からん。
どっちも「うわぁ……」以外の感想が持てない。
「ねぇねぇ、ヤシロ! 見てごらんよ!」
弾むようなエステラの声に振り返り、……振り返ったことを後悔した。
「リカルド子ちゃんだよ!」
「うわぁ……昼に脂っこい物食わなきゃよかった……」
「吐きそうになってんじゃねぇよ、オオバ!? そっちの連中より見られる顔だろうが!」
何ちょっと仕上がりに自信持っちゃってんだよ、このバカ領主は。ホント、乗せられやすいバカなんだから……
「なぁ、エステラ……お前、もしかしてこんなくだらないことのために、俺を関係者席に縛り付けてたのか?」
「そうだよ。それと、更衣室の安全確保のためにね」
やっぱりかチキショウ!
こんなことなら、ウーマロに賄賂を渡して更衣室の中に優雅に座って隠れられる秘密の小部屋でも作ってもらうんだった!
「なぁ、ウーマロ」
「なんッスか?」
「うぷっ! ……そんなけったいな顔でこっち見んな」
「呼んだから振り返ったんじゃないッスか!?」
くそ、「次回は秘密の小部屋を作ってね」ってジョークも言えやしない!
なんだこのカオスな空間!?
不細工しかいねぇじゃねぇか!
オシャレ女子の華やかさがかき消されるくらいの不細工濃度だよ!
「まぁ!」
「うそっ!」
「すご~い!」
そんな不細工空間に似つかわしくない黄色い声があがる。
何事かと思ったら、女子たちの注目を集めている美女がいた。
「あ、あの……こんな姿を見ないでください、英雄様」
「セロンか!?」
「はい……お恥ずかしながら」
お前っ、このっ、イケメンっ!
女装しても様になるとか、どーゆー了見だ!?
「おい、エステラ、ルシア! お前らの持ってる乳パッドを総動員してセロンをIカップにして辱めてやれ!」
「……なんでボクとルシアさんに言うのさ?」
「絶っ対持ってるから! それも大量に!」
「……よぉく分かった、カタクチイワシ。貴様には、ぎりっぎりのミニスカートを穿かせてやる」
ルシアが指を鳴らすとナタリアとギルベルタが速やかに現れ俺の腕を拘束し、一度男女兼用更衣室から連れ出される。
そのまま女子専用の更衣室に連れ込まれ、何が始まるのかと思ったら、待ち構えていたウクリネスにズボンを降ろされ、ちょっと刺激臭のするクリームを足と腕にたっぷり塗りたくられた。
ちょっと待って、ウクリネス。おばちゃんだからズボン下ろしてもセーフみたいなルールないからな?
なんでさも当たり前のように下ろして、もうすでに違うことで頭一杯みたいな顔してんの?
つか、なんだよこのクリームは……
「これはですね、レジーナさんと共同開発した除毛剤なんですよ。本日初お目見えした新商品なんです」
「そんなもんを俺で試すな!?」
「敏感肌のヤシロちゃんで肌荒れしなければ、この街の女性も安心して使えますからねぇ~」
「俺の肌、そんな繊細なポジションなの!? 女子より繊細な位置づけ!?」
「痛かったら言ってくださいね~」
「痛みの前に恥ずかしいんですけど!?」
「そ・こ・は、ガマンですよ☆」
「鬼ぃー! 立場が逆だったら即懺悔室のクセにー!」
「うふふ。役得ですね」
にこにこ顔のウクリネスにむだ毛を処理されている間、気を利かせたのかなんなのか、ナタリアとギルベルタは外に出ていた。
……っていうか、ギルベルタもオシャレしてたんだけど、コンテスト出てなかったよな、アイツ? 便乗しただけか? いや、別にいいんだけども。
そして、遠く、隣の男女兼用更衣室から聞こえる野太い悲鳴を聞きながら耐えること十数分……俺の四肢はつるすべぴっかぴかに仕上げられた。
うわぁ……小学生の頃を思い出す肌感……泣いていい?
「ヤシロちゃん、どこか痛いところはありますか?」
「あるとすれば、心……かな」
「じゃあ、商品化しても大丈夫ですね!」
人の話、聞いちゃいねぇ……このヒツジおばさん……商魂たくましくなっちゃってまぁ。
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