「ぶふっ!? タキシード……ッ!」
ウェンディ。両親との再会一発目の発言がこれだった。
「わ…………笑いません……笑いませんとも…………くすりとも……くくっ……しま…………ぷふぅーっ! くすくすくすっ……お、お父……さ…………それはさすがに卑怯…………っ!」
肩ががっくんがっくん震えている。
「はい。というわけで、ウェンディの馬車はチボーと二人きりということに」
「待ってください、英雄様っ!? 大丈夫です! もう全然おかしくありませんのでっ! それだけは! 結婚式当日は、セロンと二人きりになりたいんです!」
「いや、でも。パレードのうちに慣れておかないと、結婚式の間中ずっと笑ってることになるぞ?」
「大丈夫ですっ! もう、面白くともなんともありませんから、ウチの父なんてっ!」
「……勝手に笑って勝手に暴言吐かれて……ワシって、なんなんだろうなぁ……」
ウクリネス特製のピシッとしたオーダーメイドタキシードを着て、チボーがこの世の不条理を嘆いている。
「あんたが面白い顔してるからいけないんだよっ! 真面目な顔をおし!」
「こ、こうかい、カーちゃん? キリッ!」
「ぶふぅーっ! お、父さ……んっ! 私に何か恨みでも…………くくくっ、あ、ある、の!? ……ぷーくすくすくすっ!」
すげぇ仲がよさそうな家族に見えるな。
とんでもなく歪だが。
「ヤシロ。そろそろ出発しないと間に合わないよ」
「おう。分かってる」
エステラが俺たちを呼びに来た。
花園への馬車での乗りつけは禁止されているため、俺とウェンディでバレリアとチボーを呼びに来たのだが、ウェンディが笑い出したせいで時間を食ってしまった。
「ウェンディさん。あとでメイクを直しましょうね? ナタリアさんが綺麗にしてくださいますので」
「す、すみません、店長さん。お手数をおかけします」
エステラに付いてきていたジネットが、笑い過ぎてメイクの崩れたウェンディを気遣っている。
メイク、直してもきっとすぐに崩れるぞ。
メイクの達人といえば砂糖工場のタヌキ野郎、パーシーなのだが……あの野郎、俺の頼みを断りやがった。
「毎日メイクしているからプロ級だろう? ぷーくすくすっ!」
……と、楽しげな雰囲気で頼んだというのに。何が気に入らんというのか。
悔しいから、披露宴でのパーシーの座席とネフェリーの座席を思いっきり離してやったさ。
「じゃあ、行こうか」
エステラを先頭に、俺たちは花園を超えてルシアの館を目指す。
そこに、パレードで使う馬車と、ハビエルご自慢の馬たちが用意されているのだ。
花園では、虫人族の連中が拍手で俺たちを見送ってくれた。
「あとで見に行くね~!」とか、「出店ありがとね~! 楽しみ~!」とか、「お揃い嬉しいね~!」とか、そんなことを口々に言っている。
……あぁ。触れたくないので触れなかったのだが…………俺たちは今、触角カチューシャをつけている。
パレードの間はずっと装着することになったのだ。……くっ、なぜ俺まで。
「触角が生えても、貴様だけは可愛く見えんな、カタクチイワシよ」
「お前が巨乳になったら同じことを言ってやるから、覚えとけよ」
「そんな可能性はもうないっ!」
「潔いなっ!? で、ちょっと泣いてんじゃねぇよ!」
ルシアの館に着くと、ルシアが庭先で俺たちを待っていた。
もう、「貴族は外では待たない」みたいなこだわりはないようだ。今日だけかもしれんがな。
「ヤシロさん、みなさん! 馬車の点検はばっちりッスよ! 快適な旅になること請け合いッス!」
馬車の製造とメンテナンスを引き受けてくれたウーマロが自信たっぷりに言う。
「すごいですね、やはり。何度見ても」
「こ、こんな豪華な馬車に乗るのかい、アタシたちは……」
「うわぁ…………チビりそう」
ドドンと居並ぶ豪華な馬車と美しい馬に、ウェンディ一家がぽかんと口を開けて放心している。
……とりあえずチボー。絶対やめろな? 死んでも我慢しろよ。
「ウェンディ!」
「セロンッ!」
おそらく待ちに待っていたのであろうセロンが、ウェンディを見つけて駆け寄ってくる。
こちらも、ウクリネス特製、オーダーメイドタキシードを着込んでいる。
「はぁ……素敵よ、セロン。王子様みたい」
おかしいなぁ……同じ人物が作った同じような服なのに、片や「ぽっ……」で、片や「ぷーくすくす」……なんでこんなに差がつくんだろうなぁ。
「ウェンディのドレスも、素敵だよ」
「ありがとう、セロン。本当に、こんな素敵なドレスが着られるなんて夢みたい……」
頬に手を添え、うっとりとした表情を見せるウェンディ。
頬に微かな朱が差し、まるでそこに花でも咲いたような可憐さが漂う。
「……ごめん、ウェンディ。さっきのは、少しだけ間違いだ」
「え、間違い?」
「素敵なのはドレスじゃなくて、そのドレスを着たウェンディ、君だよ」
「オーイ、ギルベルター! 鈍器ぃー!」
「ダメですよ、ヤシロさん!? こらえてください!」
友達を何よりも優先するギルベルタが、ちょうどいい感じのモーニングスターを持ってこようとしてくれていたのだが、エステラに止められて渋々館の中へと返しに行った。
くそぅ。なぜ邪魔をするんだ、ジネットにエステラ!?
「あのドレス赤いから、多少セロンの血が飛び散っても気付かれないって」
「セロンさんが重傷を負っていると、みなさん気付かれますよ!?」
あぁ……そっちは計算に入れてなかったなぁ……
あぁ、そうそう。
パレードと結婚式、そして披露宴はそれぞれ衣装が異なる。
パレードは軽めの、比較的楽に着られる赤いドレスだ。セロンは黒のタキシード。
そして結婚式で純白のドレスとタキシードに着替え、披露宴ではまた華やかな衣装に着替えてもらう。
大々的に結婚式を広報するパレードだ。
華やかに、そしてゴージャスに執り行う。
馬車は全部で五台。
先頭がセロンとウェンディ。
その次に両家の親と、雑務係としてルシアの家の給仕。
その次に三十五区の領主ルシアとギルベルタ、他給仕たち。
その後ろが四十二区の領主エステラとナタリア。ついでに陽だまり亭から俺とジネット。
最後は、不測の事態に備えてトルベックの連中とエステラの家の兵士が数名乗っている。
そして、馬車を挟むように前後に配置された馬には、ルシアの家の兵士が乗っている。
なぜ兵士かというと。
警備ということももちろんあるのだが、この前後の兵士には大きな旗を掲げてもらうのだ。
四十二区と三十五区、それぞれの領主のエンブレムの記された旗。
これで、二つの区が協力関係にあることを大々的に知らしめ、その二つの区が虫人族と人間の結婚式を全面バックアップしていると誰の目にも明らかにするのだ。
さらには、各区の大通りを、領主の許可を得て行進することで、三十五区以下の区すべてが、この企画に賛同していると広報する。
これだけ大規模なパレードを、それだけの区の協賛で行うのだ。
小さなやっかみや横槍なんかは挟み込む余地すらないだろう。
誰も、そこまでして虫人族を貶めたいヤツなどいないのだ。
そこまでして、自分を卑下したい者もまた、いはしないだろう。
場の空気はこちらが制した。
人間と虫人族の結婚? それがなんだ?
何か問題あるのか?
っていうか、そもそも……
好き合ってる二人が結婚して、どんな問題があるってんだよ。
そんな単純な話なのだ。
誰も文句なんかないだろう?
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