異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加80話 オバケコンペ・午後の部 -5-

公開日時: 2021年4月4日(日) 20:01
文字数:2,250

「モリー! 納品、間に合ったぞー!」

 

 俺の中で、すっかりと記憶の彼方へ忘却されていた男。パーシーが妙にやつれた顔で、それでも大きく手を振りながら全速力で駆けてきた。

 

「兄ちゃん……」

 

 モリーが立ち上がり、不安げな顔でパーシーを見つめる。

 あの表情、やつれているのが気になるのか……

 

「……ごめん。ちょっと、忘れてた」

 

 あ、罪悪感だったっぽい。

 大丈夫大丈夫。たぶんみんな忘れてたから。

 

「モリー、オレ、頑張ったぞ! 今までで一番働いた!」

 

 ちょっと涙ぐみながら近付いてくるパーシー。

 そんなパーシーを見ながら、俺はそっと、モリーを舞台の上へと上げる。

 

「ちょっとあんちゃん!? なにやってんだし!?」

「いや、折角の再会だし、なんか長くなりそうだし、どうせならみんなに見せてやろうかと」

「余計なことするなし!? 兄妹の間の話だっつーの!」

「兄ちゃん。納品間に合ったの? 従業員さんたちは大丈夫だった? 無理させてない?」

「って! モリーもなんで舞台の上から話しかけてんの!? 降りといで! すっげぇ目立ってっから!」

「質問に答えて!」

「大丈夫だよ! ゼシカおばさん、めっちゃ張り切ってたし……めっちゃしごかれたし……」

 

 古株の従業員(肝っ玉母ちゃん系女子)にたっぷりと絞られてきたらしい。

 見ているうちに、やつれていた頬がさらに1.4倍ほどやつれていった。

 

「そっか。お疲れ様、兄ちゃん。よく頑張りました。えらい」

「モ……モリー!」

 

 労いの言葉をもらい、パーシーが感激に瞳を潤ませて舞台へと駆け上がる。

 そして、その勢いのままモリーへ抱きつこうとして、ひらりとかわされた。モリー、いい動きだ。

 

「なんで避けるし……?」

「兄ちゃん、お風呂入ってないでしょ? すっごく甘い匂いするよ」

「今の今まで働いてたんだっての!」

「それはえらい。でも、甘臭い体ではひっつかないで」

「甘臭いってなんだし!? 初めて聞いたワードじゃね、それ!?」

 

 甘過ぎると、確かに「う……っ!」ってなるよな。

 分かる分かる。

 

「それでだ、パーシー(臭)」

「やめろし!? せめて(甘)にしろし!」

ーサー(甘)」

くさいが根強過ぎっしょ!? 浸食されてんじゃん、オレの名前!?」

「折角舞台に上がったんだから、なんかオバケの話をしろ」

「オバケの話? なんなん、それ?」

「今はそういう大会なんだよ」

 

 ほれ。

 何か即興で話をして、そこはかとなくスベれ。

 それがお前の存在意義だ。

 

「オバケって、どんなんよ? わっかんねーて、マジで」

「なんか怖いな~って感じのヤツだよ。兄ちゃん、何か知らない? 優秀賞に選ばれると、特別なお菓子がもらえるんだよ。ほら、頑張って」

「いや、頑張ってって……モリー、お前、お菓子欲しいのか? たしかダイエッ……」

「……いいから何かしゃべれば?」

「モリーが怖い顔で睨むー!」

 

 妹との再会に半泣きだったパーシーが、妹に睨まれて泣き出した。

 あーもー、やかましい男だなぁ。なんかパッとしゃべってツルっとスベれよ。

 

「あ~……んじゃあ、オバケかどうかは分かんねぇけど、昨日の夜の話な」

 

 困った顔で頭をかき、諦めたような顔でパーシーは語り始める。

 

「昨日さ、家に一人だったんよ。いつもはモリーがいて、物音がしなくても『あ、いるな~』って気配は感じんの。それがすっげぇ落ち着くんだけど……昨日は本っ気で一人……マジ、ちょっと不気味だったんね。独りぼっちの家が。静かで、暗くて、自分の家なのに、毎日見てる家なのに、いつもとちょっと違うだけですげぇ怖く感じたん」

 

 パーシーの言葉に、何人かの観客が頷いている。

 覚えがあるのだろう。両親がいない家や、子供がいない夜、妙に静かで寒々しい空気を感じた経験が。

 

「誰もいないはずなのに、な~んか誰かいるような……誰かに見られてるような……」

 

 ほんのちょっとしたことなのに、それがリアルに想像できて、妙に怖い。

 

「で、あんんんんまり不気味なんで、ちょっと無理言って、ケアリー兄弟に泊まりに来てもらったんよ」

「えっ!? 兄ちゃん、今なんて!?」

 

 ケアリー?

 ……………………あっ、あぁ! アリクイ兄弟か。

 ややこしい言い方しやがって。

 

 で、モリー。

 顔が物凄いことになってるけど、平気か?

 

「……ネックさんとチックさんが、泊まったの? ウチに?」

「あぁ。快諾してくれてさ。いや~、マジ助かったわ。おかげで夜もなんとか眠れたし、寝坊もしなかったんよ。えらいっしょ?」

「…………私、いなかったんだよ?」

「そうなんだよ! けどちゃんと起きれたんだぜ! な? すごくね?」

「……どうして私がいる日は呼ばないのに、わざわざ私がいない日に呼んだの?」

「ん? あ、ケアリー兄弟? だって、モリーがいる時に呼ぶ意味なくね?」

「なくなくね?」

「……へ?」

「ないことはないんじゃないかな、よく考えてみてくれるかな兄ちゃん?」

「ちょ……モリー、顔ヤベェって。あの……なに怒ってるん?」

「え? 怒ってないけど?」

「いや、めっちゃ怒ってんじゃん!」

「怒ってないよ。怒ってないけど、兄ちゃんは舞台から降りる時に階段踏み外して足をグネればいいんじゃないかな?」

「オレがなにしたし!? なぁ、モリー!」

 

 頑張ったパーシーを褒め称える気持ちはすっかりなくなってしまったらしいモリー。

 まぁ、悔しい気持ちは分かるけどさ……

 

「えぇ……モリーちゃん……えぇ……」

「ケアリー兄弟って、あの、砂糖大根の? ……えぇ…………」

「うそだぁ……えぇ…………」

 

 モリー。お前の秘密、会場中にモロバレしたみたいだぞ?

 

 頭がカッカしているモリーが、そのことに気付くのは、一体いつになるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

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