ウィシャートを潰す。
ゴッフレードの発言に、辺りがざわつく。
ヤバいな。
ここにはウィシャートの密偵が紛れ込んでるってのに……
なんとかして黙らせるか。
――と、思ったら、ゴッフレードがゆっくりとした足取りで一人の爺さんの前まで移動した。
そしておもむろにその爺さんの胸倉を掴んで宙吊りにする。
「つーわけだからよ、テメェらはボスに余計なことをしゃべるなよ?」
「なっ!? 離せ! ワシは――!」
「ウィシャートとは無関係だって、その口で言えるのか? デイグレア・ウィシャートとの面識はねぇんだろうが、その執事とはどうかな? いや、執事の子飼いのドールマンジュニアか」
「な、なぜ貴様がその名前を!?」
俺たちがノーマークだった爺さんは、どうやらウィシャートの関係者らしい。
見落としがあったか。……つか、ハムっ子は年寄りに可愛がられてるから、年寄りに悪人はいないとか思い込んでそうだもんなぁ。
「よくそんなジジイの顔を知ってたな」
「俺はノルベールに頼まれて、ウィシャートの裏側の仕事をよく引き受けていたからな」
なるほど。
表に出せない汚い仕事をノルベールが引き受け、それでウィシャートに取り入っていたわけか。
で、実行犯がゴッフレードと。
裏の仕事を請け負うってことは、それだけ相手の弱みを握るってことだからな。
もっとも、危なくなったら切り捨てるのが前提だろうから、常に気を張ってなきゃ食い物にされるだけだろうが。
「ドールマンジュニアはゴロツキどもに仕事を振る窓口になる男だ。俺も何度か会ったことがある」
なるほど。
ウィシャートお得意の「『俺は』指示してない」って戦法の要がそのドールマンジュニアなわけだ。
おそらく本名じゃないんだろう。
『精霊の審判』対策で、ウィシャートから直接指示を受けることはないはずだ。ウィシャートを完全に関わらせないために。
それでいて、ウィシャートの利になるように行動をするのだから、きっとそのドールマンジュニアもウィシャート家の中から選ばれた影の仕事専門の一族なんだろうよ。あの嫌味な執事ウィシャートと同じようにな。
「他の連中はテメェらが押さえてるから問題ないな」
狩人や木こりがぴたりとマークしているウィシャートの密偵たちを見て、ゴッフレードは満足そうに頷く。
「なかなか鼻が利くじゃねぇか。悪党の才能があるぜ、オオバヤシロ」
「嬉しかねぇよ」
誰に物を言ってんだ。
テメェより格上だっつーの。
ゴッフレードがバラしやがったので、仕方なくウィシャートの密偵どもを拘束する。
気付かないふりして情報を持ち帰らせるつもりだったのによ……まぁ、俺とベックマンが接触したなんて情報、流させるわけにもいかなかったから、ちょうどよかったけども。
「しかし、ここまで的確に密偵を見極めるとはな。……どうやったんだ?」
「教えるか、ボケ」
「そう言うなよ、同志」
「調子に乗るな」
へらへらとこちらへ笑みを向けてくるゴッフレード。
誰が同志だ。
「まぁいい。四十二区にはそれだけ厳重な警備態勢が敷かれているってのは事実だ。だからよぉ、爺さん」
「うぐっ!」
胸倉を捕まれ宙吊り状態の爺さんがうめき声を上げる。
ノドを潰されているようだ。あれは苦しいぞ。
「俺のお願い、聞いてくれるよな?」
嫌だと言わせない脅し方。
断れば、あいつはマジであの爺さんを殺しかねない。というか、そうするだろう。
幸いにしてガキどもは、ゴッフレードが現れた直後にナタリアの手によって広場から避難させられている。
気の利く給仕長がいて助かった。
「分かったっ! 言うことを聞くから離してくれ!」
「よぉし、それでいい」
胸倉を掴んだまま、ゴッフレードは爺さんをテーブルの前へと連れて行く。
強引に椅子に座らせ、肩に手を置いて爺さんに命じる。
「密偵書を出せ」
「貴様、そんなことまで……!?」
「早くしろよ。頭蓋骨砕くぞ?」
「う、うぐ……っ」
爺さんは懐から小さな紙切れを取り出す。
それは手のひらにすっぽりと隠せるようなサイズで、よく見ると淵に一周独特な加工がなされていた。エンボス加工か。
決まった型の木枠かなんかに紙を挟んで凹凸を付けたのだろう。
なるほど。
あの特殊な紙以外で送られた手紙は、強要して書かされた可能性があるから無視しろってことか。
とか思っていると、ゴッフレードが爺さんをぶん殴った。
「舐めてんのか? そんな偽物じゃなくてよぉ。あんだろ? 紫の紙がよぉ?」
「…………ぐっ」
口の端から血を流し、よろよろと立ち上がる爺さん。
この状況で、さらに罠を仕掛けてきやがったのか。
意味ありげに特殊な加工を施した紙を取り出せば、それが本物だと思い込んでしまう。
普通の紙と、特殊加工の偽物の紙。二段構えだったわけだ。
さすが臆病なウィシャート家。用心がすごいな。
こりゃ、内情を知ってるゴッフレードでもなきゃ見抜けなかったろうな。
「次に舐めた真似をすればカエルにする」
「……分かった」
観念したのか、爺さんは懐から紫色の紙を取り出す。
それにも、偽物の紙と同じように特殊なエンボス加工が施されている。
その紙を奪い取り、じっくりと裏表を観察する。
納得いくまで観察した後、「よし、本物だな」と、紫の紙を爺さんへ返す。
「じゃあそこに、『四十二区の警備は予想以上だった。目はすべて捕まった』と書け」
『目』ってのは、この爺さんたち密偵のことなんだろうな。
ゴッフレードの言葉を聞き、『目』である爺さんの目が見開かれた。
「馬鹿な!? ワシに嘘を書けと申すのか!?」
「嘘じゃねぇだろ。四十二区の警備は予想以上だったろう? 事実テメェらの顔は割れてたようだし」
この爺さんは見落としたが、四十二区のハムっ子ネットワークがウィシャートたちの想像を超えていたことは事実だろう。
「で、テメェらはこれから捕らえられる。おい、領主。こいつらを全員牢屋にぶち込んどけよ。俺たちが接触したことを悟られると、ノルベールの野郎がどこへ連れて行かれるか分からねぇからな」
「罪もない者を投獄しろというのかい?」
「あぁ、そうだ。罪が欲しいなら侵略ほう助でもなんでもこじつけりゃあいい」
「そんな横暴がまかり通るわけがないだろう」
「まかり通すのが貴族だろうが」
「君とは、常識の認識に齟齬があるようだ」
ゴッフレードの言う通り、あの爺さんをはじめ密偵どもは四十二区に害をなす存在だ。
ウィシャートの命により、四十二区に危害を加えるための準備をしているのだから。
それを断じることも、きっと他所の貴族なら平気でやってのけるだろう。
だが、それをしないのがエステラだ。
あの爺さんどもを野放しにすれば、100%四十二区の足を引っ張ると分かっていても、有無を言わさず投獄して監禁なんてことはしないだろう。
「領主がやらねぇってんなら、俺が、俺の敵としてテメェらを監禁してやるよ。逃げ出せねぇように、両手足の骨を粉々にしてからな」
そして、エステラが出来なければ、ゴッフレードがそれを強行するだろう。
事実、こいつらがここで見たことを――俺とゴッフレードが接触してノルベールのことを探ろうとしているという情報をウィシャートに伝えられると非常にまずい。
だからこそ、ゴッフレードは本気でそれを実行するだろう。
「どちらにせよ、テメェらを帰すつもりはねぇ。だから、密偵所に書く内容は嘘にはならねぇよ」
四十二区の警備が予想以上に優れていた。
捕らえられて帰れない。
二つの事実が並ぶだけで、そこには嘘はない。
「つーわけで、さっさと書けよ、爺さん」
「ワシはそこらの亜人どもとは違い、ドールマンジュニア様に恩ある身。貴様らのような下賤な者の言いなりになどなるわけにはいかぬ」
確かに、爺さん以外は獣人族だ。
だからって見下してんじゃねぇよ、ジジイ。
「解放されたのち、ドールマンジュニア様に会えば事情を聞かれる。その折、密偵書と報告に齟齬があればワシはカエルにされる。そのような危険なことは出来ぬ!」
「そうかい……」
呟いて、ゴッフレードは爺さんを指さした。
そして、息をするように宣言する。
「『精霊の審判』!」
「んなぁぁああ!?」
爺さんの体が淡い光に包まれる。
「俺のお願いを聞いてくれると言ったよな? 密偵書に言われた内容を書け。ほら、早くしないと光が消えてカエルになっちまうぞ?」
「ぅわぁあぁああああ!」
反抗していた爺さんだったが、自身の体が光に包まれては平静を装えないようだ。
両眼から涙をまき散らし、奇声を上げながら密偵書に文字を書き殴っていた。
「はっはっ! 間に合ったようだな」
半狂乱で爺さんが密偵書をゴッフレードに投げつける。
それをもって約束は履行されたと判断されたようで、爺さんはカエルにはならなかった。
光が消えた後には、汗とよだれまみれの爺さんが地面にうずくまっていた。
こいつ……
やはり危険な男だな。
「エステラ」
「うん……分かってる」
エステラはゴッフレードの方を見ないように顔を固定し、爺さんへと歩み寄る。
「君たちを、保護する」
こいつらを集め、隔離しておく。
投獄と状況は同じかもしれないが、こいつらには必要な措置だ。
こいつらはゴッフレードに睨まれ、ウィシャートを裏切った。
この件が片付くまで保護してやらなければ、どこかで消されてしまうかもしれない。
まったく、とんでもねぇ野郎だ、ゴッフレード。
ほんの数分で一人の人間の人生が滅茶苦茶にされた。
それを、薄ら笑みのままやってのけやがる。
……俺は、自分が悪党だということを否定はしない。
だが、これだけははっきりと言っておいてやる。
テメェと同類だなんて二度と口にするな。
吐き気がするぜ。
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