「いらっしゃいです! ようこそ陽だまり亭へ!」
出張所で、ロレッタが元気よく俺たちを出迎える。
「よぅ、ロレッタ。連れてきたぞ。盛大にもてなしてやってくれ」
「任せてです! 紙のように薄い上品質なクレープをご馳走するです!」
くるくるシャキーンと、クレープ生地を掬うお玉を構えるロレッタ。
その眉毛は自信の表れからキリッと持ち上がっている。
「冷凍ヤシロよ」
タートリオが俺を呼ぶ。
……だから、誰が冷凍だよ。
「あのお嬢さんは、そなたの知り合いか?」
「あぁ。同じ店で働いている仲間だ」
「………………美しいぞい」
「手ぇ出したら、デリアがゴンだからな?」
「ん~……獣人族の『ゴン』かぁ……それは死ぬぞい」
さすが情報通。
獣人族の並外れたパワーの危険性も正確に把握している。
というか――
「お前も獣人族って言うんだな?」
「ん? あぁ、貴族では珍しいかもしれんがの……」
と、ここで声を潜め、タートリオが俺に耳打ちをする。
「ワシは子供のころから亜人差別が嫌いだったんじゃぞい。その……初恋の相手が、アナグマ人族の女の子での……その子がまたつぶらな瞳で可愛くての……」
両手で顔を押さえ、恋も知らないガキんちょに戻ったように照れてみせる。
「まぁ、結ばれることはなかったがの……あの子を悪く言われているようで、亜人や亜系統という呼び方は好きじゃなかったんじゃ。そうしたら、三十五区で面白い呼び方をしていると情報を得ての、早速取り入れたんじゃぞい」
ウェンディたちの結婚式の時、ルシアが即座に取り入れて広めた獣人族・虫人族という呼び方。
それは、違う区にまで広がり影響を及ぼしていた。
貴族の中にもいるんだな、亜人差別を快く思っていなかったヤツが。
ルシアが特殊なのかと思っていた。
「おそらく、スアレス家の者が言い始めたんじゃろうの。あの家は変わり者が多いと噂じゃからのぅ」
過去、当主の嫁にホタル人族の側仕えを付かせ、現当主は給仕長にグンタイアリ人族を起用している。
貴族社会では異端中の異端。
だが、それを蔑む者ばかりではなかった。
タートリオのように、その考え方を評価する者もいたんだ。
貴族って連中は、全部が全部腐ってるわけではないらしい。
タートリオにオルキオ、そしてドニスの甥っ子フィルマン。
きっかけは恋かもしれないが、亜人差別を心よく思っていない者たちが貴族の中にいた。
だったら、まだまだ世の中は捨てたもんじゃないかもしれない。
「タートリオおじ様。その獣人族という名称を生み出して広めたのが、このヤーくんなのよ」
「なんと、そなたであったのか、冷凍ヤシロ?」
いや、別に俺が広めたわけではない。
ただ単に思いつきで口にしていたら、知らないうちにいろんなヤツが使うようになっていただけだ。
あと、誰が冷凍だ。
「ふむ……そなたは、実に興味深いな」
「そんなことはいいから、クレープを食ってくれ。『リボーン』に載っていた新しいデザートだぞ」
「おぉ、そうか。では、あの情報誌がどれほど正確なのか、試させてもらうとしよう」
ころっと意識をクレープへ向けるタートリオ。
一方のルピナスは不満顔だ。
「こういうところで実績をアピールしておけば、協力を引き出す時に有利に働くのよ?」
「仕方ありませんよ、ルピナスさん。ヤシロは、そういう人間なんです」
「謙虚なのは、必ずしも美徳だとは限らないのよ?」
「そんなんじゃねぇよ」
「そうだよね。君は『いい人だと思われる』のが嫌なんだよね?」
「うっせぇ。エステラ、うっせぇ」
俺は、そんなどーでもいいことで名前が知れ渡るのを嫌っているだけだ。
どこに行っても「あ、獣人族の名付け親だ」なんて認知されてみろ、いろいろやりにくいだろうが。
特に獣人族にはお人好しが多いんだからよ。
ミリィやシラハみたいに、無条件で相手を褒めるばかりのヤツが多いのだ。
ヤップロックみたいな極端なヤツに「あなたのおかげで私の人生は変わったのです! あなたは人生の恩人です! ありがとうございます、恩人様!」とか祭り上げられてみろ……俺の全身は年中鳥肌でやがて羽毛が生えてニワトリになってしまうだろう。
「ルピナス、お前もクレープを食ってみろよ。カンパニュラが感動していたデザートだぞ」
「では、いただくとするわ」
「デリアも食っていいぞ。エステラのおごりだ」
「ホントか!? ありがとな、ヤシロ! エステラ!」
「……なんでボクのおごりなのにヤシロが感謝されるのさ。……今の感謝分、半額出してよ」
ケチくさいんだよ、お前は
そーゆーとこだぞ、貴族的な気品とか威厳が身に付かない理由。
「ほぅ……これは、メニューが豊富で、選ぶのに迷ってしまうぞい」
「お爺ちゃんは甘いの好きです?」
「ちょっとロレッタ!?」
「ほぇ?」
「タートリオ・コーリン氏だよ? 貴族の、前当主の、現情報誌発行会役員の、結構な権力を持つ人なんだよ!?」
「あぁ、よいよい。ワシは美少女には『ふれんどりぃ』に接してもらう方が嬉しいんじゃぞい。『ター爺、かわいい~』とか撫で撫でされたいぞい」
いや、それは犯罪。
「た~爺、かわいい~。なでなで」
「むほ~! お嬢ちゃん可愛いぞい! なんでも好きな物をご馳走してあげよう! なんでも頼むがよいぞい!」
「ちょっと次女! 貴族の人に馴れ馴れしいですよ!? ごめんですター爺、ウチの妹が」
「君もだよロレッタ!? 自覚して!」
ハラハラするエステラをよそに、タートリオはだらしなくヘラヘラしている。
美少女が好きなんだろうな。
よし、ナタリア。四十二区中に警戒を呼びかけておいてくれ。
ぺこりと頭を下げて、ナタリアが移動を開始する。
「離脱する前に、私はチョコストロベリー生クリームを。エステラ様のおごりで」
「任せてです!」
「いや、どっか行くならさっさと行って!? 任務の遂行は迅速にね!?」
「大丈夫です。『このジジイ、エッロいから気を付けるように』と全領民に言って回るだけですから」
「おぉーい、口を謹んでナタリア!?」
「クレアモナ家の給仕長である私が?」
「悪評が広がりそうな時にウチの名前出さないで!」
そういう隠蔽体質、治した方がいいぞエステラ。
バレた時の好感度の下がり方、エグいから。
いっそ開き直ってしまった方がダメージは少ない。
まぁ、ダメージを受けないのが一番いい選択なんだけどな。
ちらちらと、タートリオの顔色を気にするエステラだが、そのタートリオは特に気にする様子もなく、ロレッタの手元に視線を注ぎ込んでいる。
「ほぉ……これは見事だ」
慣れた手つきで生地を丸い鉄板の上に広げ、均一の薄さで焼き上げる。
ぺらりとめくられた生地はシルクのようになめらかで、微かに向こうが透けるほど薄かった。
これが幾重にも層になると、なんとも言えないもちもちふわふわとした食感になるのだ。
練習の際、俺はロレッタに「クリームやフルーツに頼らず、生地だけで美味いと思わせられるようになれ」と教えていた。
まぁ、コツとかはジネットが事細かに教えていたようだけれど。
おかげで、ロレッタの焼くクレープ生地は何も付けなくてもその食感と小麦本来の甘さと香りだけで十二分に美味い。
そこに生クリームやハムっ子農場で採れたフルーツを盛り付ければ――そんなもん、美味いに決まっている。
ノーマ特製、ナタリア監修のペティナイフを器用に使い、イチゴをスライスするロレッタ。
軽い力で、イチゴの細胞を潰すことなく均等にカットしていく。
ここがかなり苦戦していたとジネットから聞いている。
フルーツのカットって、何気に難しいんだよな。
俺が「うまいな」って思えるのは、俺以外ではジネットとポンペーオくらいだ。
ノーマは、下手ではないがプロ級とまではいかない。
風邪の時にリンゴを剥いて欲しいくらいの技術はあるけどな。
ノーマと比べれば、まだ俺の方がうまい。
ロレッタも、いつの日か俺を唸らせる技術を身に付けてくれるだろうか――
「あっ!?」
スッスッスッと、イチゴをカットしていたロレッタだったが、最後の最後でイチゴの実が潰れた。
あれは商品にはならない。
そうなってしまったイチゴは――
そうそう、きょろきょろと辺りを見渡して、さっと素早く口の中へ隠蔽。
「って、オイコラ」
「むゎー! ごめんなさいですごめんなさいです! この次は絶対成功させるです!」
――ロレッタが俺を超える日は、来ないかもしれない。
その後は危なげなく盛り付けを行い、ナタリアが注文したチョコストロベリー生クリームが完成した。
……う~ん、85点かなぁ。
もっとこうさぁ、イチゴの向きと配置をさぁ……あぁ、もう、惜しいなぁ、お前は! 及第点だけども! もっとこだわれるだろう!
「お姉ちゃん、おにーちゃんが渋い顔してるよ~」
「今ちょっとそっち見れないですから声かけないでです!」
頑なにこちらを見ようとしないロレッタ。
きっと、自分でも今のは八割程度の出来だったと自覚しているのだろう。
「あと、お兄ちゃんが見てるから緊張するんだって伝えといてです!」
「おにーちゃん、邪魔だって~」
「そんなこと言ってないですよ!? 伝言は、込められた思いをねじ曲げないよう細心の注意を払ってです!」
邪魔者扱いされた俺は、カウンターにヒジを突いて、身を乗り出すようにしてじぃ~っとロレッタの手元を観察してやった。
ロレッタが「はぅぅううっ! やりにくいですぅう!」と泣いてもやめてやらない。
どーせ邪魔者ですしぃ~!
「ヤシロ、大人げないよ」
エステラに首根っこを掴まれようが、俺はロレッタの観察をやめなかった。
じぃ~……
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