「ヤシロちゃ~ん。お呼ばれに来ましたよ~」
「ヒツジの服屋さんの、ご到着やー!」
ハム摩呂を使いに出し、ウクリネスを呼んできてもらった。
日は大分傾いたが、まだ夕暮れには早い。そんな時間帯だ。
「呼び出してすまんな、ウクリネス。店は大丈夫か?」
「えぇ。問題ありませんよ」
「ウェディングドレスの試作もあるだろうが、また少し時間をもらいたい」
「なんです、改まって? ヤシロちゃんらしくもないですよ」
いや、さすがにこき使い過ぎかなぁ……っと思わんでもなくてな。
「それに……実は、最近従業員を雇いましてねぇ。製作の方に集中してるんですよぉ。なので、多少なら時間は作れるようになったんですよ」
「おぉ、ついにか」
「うふふ。おかげさまで、儲けさせてもらってますからね。ヤシロちゃんには足を向けて眠れませんねぇ」
「……おっぱいを向けて寝ると、ヤシロは喜ぶ」
「まぁ、私みたいなオバサンのでもいいんですかねぇ?」
「真に受けるな、ウクリネス。そして、絶妙の間で割って入ってくるなよ、マグダ」
乳を向けられても嬉しくはねぇよ。
俺の持ち込む新しい服の製作と、浴衣ブーム以降客足が増えて大わらわになっていたウクリネスだったが、ついに従業員を雇うことにしたようだ。
もっと早くてもよかったろうに、何かこだわりがあったようで難航していたのだ。
なんでも、服を愛する心がない者には商品を扱わせたくないとか、そんなことを以前言っていた。
「いい従業員が見つかったのか?」
「オーディションしちゃいました」
「オーディション!?」
選考会までしたのか。
服屋の従業員って、ハードル高いんだな。
「ありがたいことに、ウチで働きたいって娘がたくさんいましてね。うふふ」
「知識とか、洋服愛とかで決めたのか?」
「それももちろん重要なポイントだったんですけど、見た目にもこだわったんですよ」
日本でもそうだが、ショップ店員が綺麗で店の商品を美しく着こなしていると売り上げが伸びる。
何よりもそこに憧れが生まれ、店の質が上がる。
なるほどな。
ウクリネスは自分では出来なかった部分を強化して、新しい客層を呼び込もうってわけだ。
自分は作る方に回るつもりなのだろう。
「でも大変でしたよぉ。顔と、あとプロポーションのいい若い娘ってなかなかいないんですよねぇ」
「まして、服屋で働きたいヤツってなると限定されるよな」
「そうなんですよっ!」
張り上げられた声に、苦労が滲み出ている。
「理想は、ネフェリーちゃんみたいな娘なんですよね」
ネフェリー!?
いや、確かにスタイルはいいけどさ…………顔、ニワトリだよ?
「女の子の間で人気あるんですよ、ネフェリーちゃん。ほら、彼女、ちょっと中性的なお顔立ちじゃないですか」
「中性的っていうか……」
種族が違って性別の判別がしにくいっていうか……
「けど、ネフェリーちゃんは養鶏場以外で働く気はないって…………もったいないですよねぇ」
ウクリネスが心底残念そうに言う。
……が、まぁ、ネフェリーならそうだろうな。
あいつの養鶏場に対する愛情は並々ならぬものがある。
ちょっとやそっとでその職を離れるとは思えない。
第一……
「ネフェリーは養鶏場で働いてる時が一番輝いてるからな」
とても楽しそうで、生き生きしていて、いい顔をしている。
……というようなことを言いたかったのだが。
コンカランカランカランコロン…………
と、入り口付近で音がした。
……あぁ。なんてタイミングで…………
「ぅ、えっ!? ふぁ? あ、あの……え!?」
ネフェリーが、狙いすましたかのようなタイミングで陽だまり亭にやって来た。
竹製のカゴが足元に転がっている。
卵でも入っているのかと一瞬ドキッとしたが、どうやら中身はベビーカステラのようだ。蓋付きの竹カゴに守られて中身は無事だったようだ。
「あ、あのっ、ジ、ジネットがいないっていうから、何か手伝えることないかなって……あの、私、仕事終わったから! あ、あと、デリアがいるって聞いたから、ベビーカステラ焼いてきて…………だから、あの………………」
「あぁ、ありがとう。助かるよ、ネフェリー」
「ほぅっ!? ヤ、ヤシ…………あの、その……」
「それから、すまん。深い意味はないんだ。さっきの言葉」
「えっ!? わか、分かってるけど!? うん、全然分かってるっ!」
「……分かっていてもときめいちゃうのが乙女心」
だからな、マグダ。
絶妙のタイミングで割って入るなって……
ほら、ネフェリーが蒸し鶏みたいになっちゃったじゃねぇか。
「ちょうどよかったです、ネフェリーさん」
ベルティーナが、茹で上がるネフェリーに近寄っていく。
そろそろ帰らないといけない時間だよな、ベルティーナは。
ガキどもの夕飯もあるし。
「そろそろお腹がいっぱいなので、帰ろうと思っていたところなんです」
「働きに来たんだよね!?」
ことあるごとに客と一緒になってお好み焼きを食いやがって…………カンタルチカにいた頃のロレッタって、こんな感じだったのかな。
「私の代わりに、フロアに入っていただけると助かります」
「う、うん! 任せて! …………って、なに、この鉄板?」
「……それは、店長代理のマグダが説明する。まずは手洗いを」
ネフェリーのことはマグダに任せておくとして、俺はウクリネスとの会話に戻る。
呼び出したお詫びとして、たこ焼きを一船ご馳走する。
「まぁ! 可愛らしいですね。食べながらでも構いませんか?」
「あぁ。勝手にしゃべってるから、堪能してくれ」
「では。いただきます」
ウェンディのウェディングドレスを制作中のウクリネス。現状でも負荷は大したものだろうが……もう一つ追加で作ってほしい物が出来てしまった。
従業員が増えたと言っていたし、ここは盛大に甘えさせてもらうとしよう。
新たに作ってほしい物の設計図をウクリネスの前に広げる。
「……これは?」
「今度の結婚式で使う予定なんだ。かなりの数が必要なんだが、揃えられそうか?」
「これだけ単純な作りなら……可能かと思いますが」
いいタイミングでウクリネスが作業に専念できる環境が整ったものだ。
よしよし。
これでなんとかなるだろう。
と、そんないいタイミングをぶち壊す最悪のタイミングで、とんでもないヤツが陽だまり亭に舞い込んできやがった。
「娘は!? ウェンディはいるか!?」
そこにいたのは、俺よりもデカい巨大な蛾。
筋肉質の上半身をあらわにした半裸のタイツマン。
ウェンディの父親、ヤママユガ人族のチボーだった。
今日も絶対領域が気持ち悪いぜっ!
「……変質者」
「変質者です!」
「ヤシロ、変質者だぞ!?」
「絵に描いたような変質者さねぇ」
「やだ、もう! 気持ち悪い、この変質者!」
「うわぁ……変質者ッスねぇ……」
「史上類を見ない、変質者やー」
マグダにロレッタ、デリア、ノーマ、ネフェリー、そしてウーマロとハム摩呂。満場一致で変質者認定が下ったようだ。
「ヤシロさん」
ドン引きの女子たちとは違い、普段通りの落ち着いた声でベルティーナが言う。
「また、変なお友達を作られたのですね」
「いや、友達じゃないんで」
ベルティーナ的にも、チボーは『変』な分類に入るようだ。
つか、『また』とか言わないでくれるかな? 地味に傷付くから。
「よくここが分かったな」
「娘が『英雄様』と呼んでいたらしいからな。街の入り口で聞き込みをしたんだよ」
えぇ……『英雄様』で俺までたどり着けちゃうの……なにそれ、怖い。つか、すげぇイヤ。
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