異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

315話 噂の現場 -1-

公開日時: 2021年11月24日(水) 20:01
文字数:4,377

「んあ? なんじゃこれは? ハビエルギルド長、知っとるぞい?」

「いやぁ? おい、ヤシロ。こいつはなんだ?」

 

 風呂から上がり、氷室を改良して作られた冷蔵庫で冷やされた牛乳を飲んでいると、タートリオとハビエルが番台で売られている新商品に食いついた。

 っていうか、風呂上がりの冷たい牛乳って最強だな。

 

「牛乳、うまっ!」

「聞けよ、人の話をよ」

「牛のおっぱい、美味しっ!」

「ふむ、ワシも一本もらうぞい」

「……流されてんじゃねぇよ、ミスターよぉ」

 

 おっぱいに反応せずにいられないタートリオをハビエルが呆れた目で見ている。

 

「お、そういえばミスター・エーリンはどうした?」

「ん? ゲラーシーか? まだサウナじゃねぇか?」

「いや、死ぬ死ぬ! おーい、お前ら! 今すぐ助けに行ってこい!」

 

 面白がってゲラーシーをサウナに閉じ込めていた木こりたちに指示を出すハビエル。

 やだなぁ、マジで閉じ込めたりしてねぇって。

 ただちょ~っと、「え、領主様なのにこんなもんも耐えられないんすか? ……ぷっ、弱っ」って煽りまくってもらっただけだ。

 今頃、ムキになって我慢比べをした結果、水風呂にでも浮かんでいるのだろう。

 

「ギルド長、水風呂から引き上げてきました」

 

 やっぱ水風呂に浮かんでたか。

 

「で、冷凍ヤシロ。アレはなんじゃぞい?」

 

 水に濡れてご自慢のもっこもこアフロが「しぉ~、ぺた~ん」っと頭に張りついているタートリオ。

 なんだろう、二回りくらい小さくなったように見えるな。アフロがないと貧相な顔だなぁ、お前は。

 

「アレは、濡れた髪を早く乾かすタオル帽子だ」

 

 以前ジネットたちと話し、ウクリネスに教えたら作るかもね~なんて冗談を言っていたタオル帽子だが、マジで売り出されることになった。

 ウクリネスの食いつきが凄まじくてなぁ……

 やっぱり、濡れ髪を見られることに抵抗を覚えていた女性が多かったらしい。

 

 そんな時にタオル帽子の話を聞いて、「これこそ精霊神様のお導きです!」と、泣きながらその日のうちに試作品を完成させ、翌日には店頭に並び始めたというわけだ。

 ウクリネスの店でも売っているが、大衆浴場の番台での売り上げが凄まじいらしい。

 

「これを被るんぞい?」

「おう、買ってから、被るんだ」

「……ケチくさいことを言うんじゃないぞい。ちゃんと買うぞい」

 

 濡れた髪で試着なんかされたら商品がダメになるからな。

 

「ほっほ~! これは気持ちいいぞい」

 

 ふんわりと乾いたタオルは肌にも優しく、濡れて重くなった髪もしっかりと包み込んでくれる。

 ゴムがないんで紐で縛ることになったのだが、これがなかなかどうして、リボンのような見た目となり女性には好評を博している。

 縛る紐の色や幅、装飾によって売れ行きが大きく異なるらしいから、今後はその紐だけ売り出して好きにカスタマイズ出来るようにする予定だ。

 

「さすがヤシロちゃん! 発想の泉ですねっ!」――と、ウクリネスに全力のハグをされたのはつい先日の出来事だ。

 あのおばさん、自分の寿命を削るのが趣味なのかもしれないなぁ。

 睡眠、削りまくってんだろうなぁ。

 

「ハビエルギルド長、そなたもどうじゃぞい? 今ならワシが奢ってやるぞい」

「いや、ワシはいいよ。髪が濡れていても気にしないしな」

「なぜじゃぞい? お揃いを被ろうぞい」

「なんで今日初めて会ったジジイとお揃いファッションしなきゃならねぇんだよ、ワシは!?」

 

 ハビエル、ハビエル。

 面倒くささが勝って扱いが急に雑になったぞお前。

 ここまでは一応礼節を持って接してたのになぁ。

 

「ひゃっひゃっひゃっ! やはり四十二区は面白いぞい。まさか、あの木こりギルドの怪物スチュアート・ハビエルにジジイ呼ばわりされる日が来るとはのぉ」

「こっちも、情報紙の役員がこんな陽気な爺さんだとは思わなかったぜ」

 

 互いにデカい組織のトップに立つ二人。

 これまで交わることがなかった職種の二人だけに距離感を取りあぐねていた感じはあるが、とりあえず敵対するようなことはないだろう。

 

 これで、タートリオが情報紙の中に戻ったとしても「やはり四十二区やそれに関連する者たちは悪辣だ!」なんて言い出すことはないだろう。

「四十二区はまぁいいとして、周りが悪影響を与えている」なんて見当違いなことも言い出すまい。

 

「ほぅれ、友好の印じゃぞい」

「だぁ、もう……結局お揃いを被るのかよ……」

 

 にっこにこ顔の爺さんに、ムッキムキのオッサンが可愛らしいプレゼントを押しつけられて苦い顔をしている。

 細く長い白髭のタートリオ。

 厳つくアゴを覆い尽くす剛毛ヒゲのハビエル。

 ヒゲ仲間だな。

 あ、ウーマロもヒゲ生えてるんだよな。キツネっぽい細ぉ~いヒゲが。まぁ、キツネっぽいっていうか、キツネなんだけども。

 

「おぅ、待て待て。私を置いていくでない」

 

 ふらっふらになりながら、ゲラーシーが出てくる。

 一人で服が着られなかったのか、よれっよれだ。

 

「お前は……シャツくらい一人で着られないのか?」

「違う! 世界が揺らめいているのだ!」

「揺れてんのはお前の脳みそだよ」

 

 のぼせ過ぎてふらふらなようだ。

 ……ったく、世話の焼ける。

 

「イネスの横乳ガン見券を要求する」

 

 対価をリクエストしながら、ゲラーシーの服を整えてやる。

 さすがに、他区の領主をこんなみすぼらしい格好のまま表に出すわけにはいかない。

 ……子供か、このオッサンは。

 

「あぁ、もう! 貴族の服、余計な紐とボタンが多い! この辺千切っていいか?」

「よかねぇぞ、ヤシロ。ちょっと貸してみろ。ワシがやってやる」

 

 胸や肩からなんの役にも立っていない紐が何本も出ている。

 どっかに通してどっかに巻くのだろうが、まどろっこしいったらありゃしない。

 切れ! 切っちまえ、こんな紐!

 

「感謝するぞ、ハビエルギルド長」

「な~んか偉そうだな、領主さんよぉ」

「すまぬな、偉いのだ。領主なのでな」

 

 青い顔で尊大な笑みを浮かべるゲラーシーだが、ハビエルと目が合うと二人揃って笑い出した。

 確かに、この中ではゲラーシーが一番高い地位にいることになる。

 領主のゲラーシーが一番で、ギルド長のハビエル。タートリオは情報紙の役員と言えど、所詮はただの貴族。一番の下っ端だ。

 

 まぁ、誰が一番金を持っているのかってことになると分からんけどな。

 

 ……ハビエルか、タートリオか。

 少なくとも、ゲラーシーよりハビエルの方が金を持っている。

 懐事情は、地位とは比例しないのだ。

 

「ほ~れ、領主様よ。これでそなたもお揃いじゃぞい」

 

 ケラケラ笑って、タートリオがことさら可愛らしいデザインのタオル帽子をゲラーシーに被せる。

 他所の区の貴族たちが四十二区の新商品を嬉しそうに被っている。

 揃いも揃って一切似合っていないけれども。

 

「ヤシロ、お前も被れ。ワシが奢ってやる」

「あ、いや。俺、お前らと知り合いだと思われたくないんで」

「みんな知ってるだろうが!」

 

 でっかい手で器用に紐やボタンを留め、貴族用のややこしい服を整えたハビエル。

 早いなぁ。すっげぇ手慣れている。

 

「ワシは貴族と言っても成り上がりだからな。これくらいは出来る。先代がガサツな人でなぁ。よくワシが服を整えてやったもんだ。貴族ではなかったが、貴族の集まりによく呼ばれていたからな」

 

 その当時の木こりギルドは今と遜色ないほど大きな組織だったが、先代が獣人族だったがために貴族にはなっていなかった。

 今の狩猟ギルドのようなものか。

 だが、木こりの重要性は変わらないので、パーティーなどには頻繁に呼ばれていたと。

 その度にこのようなややこしい服を着て出かけていたらしい。

 

「ハビエルは体の割にマメなんだな」

「知らなかったか? ワシはこれで結構繊細な人間なんだぞ? 今後、扱いには細心の注意を払ってもらいたいもんだな」

「丸太をぶつけられても気付きそうもないヤツのどこが繊細だ」

 

 がははと、ハビエルは上機嫌に笑い、自腹でゲラーシーに冷えた牛乳をプレゼントした。

 気の利くオッサンだこと。人が好過ぎるぞ。貴族でギルド長なら、もっと威張り散らしていてもいいくらいなのによ。

 

 案外、まともな大人なんだなぁ。

 

 なんてことを思いながら大衆浴場の外へ出ると、ハムっ子ネットワークの見回りなのか、妹たちが三人固まって歩いていた。

 

「「「あ~、おにーちゃーん!」」」

「おう、見回りか?」

「「「そうー! お仕事ー!」」」

 

 嬉しそうに両手を上げて叫ぶ。

 

「おぉ、今日も元気で可愛いなぁ、妹ちゃんたち」

「「「あ~、はびえるおじさーん!」」」

「くはぁ! 名前を呼ばれたっ! いいっ! 尊い!」

 

 ……ん~、やっぱまともな大人ではないよなぁ、このオッサンは。

 

「はびえるおじさん、それなーにー?」

「あたまー!」

「あたまどーしたのー?」

「これか? これはタオル帽子だ。大衆浴場で売ってるんだよ」

「かわいいー!」

「にあうー!」

「もえー!」

 

 いや、妹。

 ハビエルには萌えねぇだろ。つか萌えるな。

 

「ヤシロ。ワシ、もうずっとこれ被ってる」

「おぅ。イメルダに見つかった瞬間斧が飛んでくると思うが、まぁ頑張れ」

 

 イメルダなら、聞かずとも理由を察してっしに来るだろう。

 

「あれ買おうー」

「おねーちゃんにおねだりー」

「おがみたおす所存ー!」

 

 いやぁ……お前んとこは、一人に買うと他がなぁ……

 

「「「はびえるおじさんとおそろいー!」」」

「買ってあげちゃう! はびえるおじさんがプレゼントしちゃう!」

「待てハビエル。こいつら弟妹の数を考えろ。全員に欲しいって言われたらどうするんだよ」

「全員分買うに決まってる!」

 

 あぁ……

 死者が二人出るな、これは。

 ハビエルと、ウクリネスだ。

 

「……ウクリネスに何か差し入れでもしてやれよ」

「任せとけ!」

 

 妹に期待のこもった目を向けられて、ハビエルがバカになっている。

 いや、バカに戻っている。

 きっと本質はあっちなんだ。あれがあいつの素に違いない。

 

 変態に金を持たせると経済が回って助かるなぁ。

 治安は悪化するけどなぁ。

 

「あんなぺったんこのどこが可愛いのか、理解できんぞい」

 

 おいおい。

 お前がべた褒めしてるロレッタの妹だぞ。

 成長したら、まぁ間違いなくロレッタそっくりになるんだぞ、あの妹たちは。

 

「コラ、ジジイ……聞き捨てならねぇぞ、今の発言は」

「なんじゃい。オナゴはぼぃ~んでぷり~んが最高に決まっておるぞい」

「未来に繋がる無限の可能性こそが少女のきらめきだろうがぃ!?」

「ワシゃ目に見えて、出来れば触れるおっぱいが一番じゃぞい」

 

 うん。それには激しく同意するぞ、タートリオ。

 

「はぁ……これだから俗物は」

 

 と言いながら、こっちをちらって見るな、ハビエル。

 同類扱いはやめてもらおうか。

 

 で、死にそうだな、ゲラーシー。

 

 

 そんな濃くもしょーもない睨み合いをするオッサンとジジイに、見慣れない女性が歩み寄る。

 ふらふらと、危なっかしい足取りで移動した女性は、周りをさっと見渡した後ですっと一枚の紙を差し出す。

 

 

「あの、情報紙、いりませんか?」

 

 

 

 わぁ~お。

 違法移動販売、目撃しちゃったよ、俺。

 

 

 

 

 

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