異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

392話 領民のために -4-

公開日時: 2022年10月3日(月) 20:01
文字数:4,317

 その日の夕方。

 

「どーじゃい、小童!」

 

 ゼルマルが縦横20センチほどの木製印刷機を抱えて陽だまり亭に乗り込んできた。

 設計図通りのデザインで、寸分違わぬ寸法。

 蝶番の稼働もスムーズで、隙間も歪みも、一切のガタつきもない。

 これなら、年中の妹でも正確に量産できるだろう。

 

「ん、合格!」

「何を抜かしとるんじゃ、えっらそうに!」

 

 褒めてやったのに、頑固なジジイは気難しい。

 

「それで、オヌシのはどこじゃ? あれだけデカい口を叩いたんじゃ、さぞご立派な作品が出来ておるんじゃろうのぅ? ん? ほれ、早ぅ見せてみろ、出せ、ほら!」

 

 俺の作ったものと自分のものを比べて優劣をつけようというのだろう。

 ……が、俺はそんなもん作ってない。

 

 だって、一個あれば十分だし、ゼルマルが作るなら、俺は他のことに時間使いたいし。

 

「まさか、出来てないとは言わんよなぁ?」

「出来てないが」

「はぁ!? 貴様っ、あれだけデカい口を叩いておいて!?」

「いや~、さすがゼルマル! 素晴らしい技術だ。俺じゃとても敵わないや~。まいりました~」

「おまっ!? オヌシにはプライドというもんがないのか!? 男が軽々しく頭を下げるな!」

 

 ふん。

 時間と金と労力が削減できるなら、頭くらいいくらでも下げるわ。

 特に、お前みたいな腕のいい頑固者タイプにはな。

 ちょっと褒めてやりゃ、無尽蔵にいい仕事をやってくれるって分かってるもん。

 

「うふふ。最初からゼルマルを信用してくれていたのよ。ね、ヤシロちゃん」

 

 いきり立つゼルマルの背後から、ムム婆さんが現れる。

 ムム婆さんにはお見通しだったようだ、俺の腹積もりが。

 

「ゼルマルなら確かなものを納品してくれると思っていたからな。俺は他の仕事に時間を使わせてもらったよ」

「ぐぬぬ……ワシを都合よく使いおったな、この穀潰しが」

「ヤシロちゃんが信頼して仕事を任せてくれるなんて、すごいことよ。やっぱり、あなたの腕は一流なのね、ゼルマル」

「ふ、ふん! うれ、嬉しくないわい!」

 

 耳、真っ赤だけど?

 ムム婆さんに褒められてそっぽを向くゼルマル。

 

 ちらりと、ムム婆さんが俺に笑みを向けた。

「うまくいったわね」とでも言っているような顔で。

 まーな。

 

「じゃあ、ジネット。試し刷りの用意してくれ」

「は~い」

 

 ゼルマルに簡易印刷機を任せている間に、俺はパウンドケーキを包む紙を用意していた。

 均一の厚さで、消毒できる強度を持ち、折りやすく破れにくい紙。

 そんなちょうどいい紙を――アッスントに探させた。

 いやぁ、希望を伝えるのに苦労したぜ~。

 

「やり切ったお顔をされているところ申し訳ありませんが、骨を折ったのは私ですからね?」

 

 つい今しがた荷物を届けに来たアッスントがまだいる。

 用が済んだならさっさと帰ればいいのに。

 

「完成品をこの目で見るまでは帰れませんよ」

 

 とか言って、お零れでパウンドケーキをもらって帰るつもりなんだろう?

 

「それはもちろん。今後貴族たちへの手土産の定番となるかもしれないスイーツですからね。一早く情報を得ておくのは当然の責務です」

 

 本音は、嫁の御機嫌取りのくせに。

 

「ま、まぁ。持って帰れば、妻が喜んでくれるとは思いますが……」

 

 ご機嫌取りに必死だな。

 なんだ? 浮気でもバレたのか?

 

「あなた方がノーマさんがどうとかこうとか、私をからかった時の『会話記録カンバセーション・レコード』を見られたんですよ!? 冗談だと分かった上で拗ねる振りをされて……とても手を焼かされているんですからね」

「アッスント。ヤシロの表情だけで会話が成立しちゃってること、気付いているかい? 器用な……いや、奇妙な行動は控えるように」

「エステラ様も、まったく同じことを度々なさっていますが……無自覚ですか?」

 

 ナタリアに呆れられるエステラ。

 給仕長に呆れられる領主って、どーかと思うなぁー。

 

「お兄ちゃん! こっちの秘密スタンプも準備OKです!」

「……レモンを絞ってきた。え、アッスント、飲みたいの?」

「飲みませんよ!? 一体何をなさるおつもりなんですか?」

「まぁまぁ。見てろって」

 

 ジネットがインクの準備を終え、紙をスタンバイさせる。

 

 ゼルマルが作った印刷機の上枠、スタンプ部分を持ち上げ、そこにインクを塗る。

 台座に綺麗な紙を載せ、その上に包装紙を載せる。パウンドケーキに触れる内側を汚さないための処置だ。

 

 で、上枠を下ろして上からぐっと押さえつける。

 ゆっくりと上枠を持ち上げると、包装紙によこちぃとしたちぃのシルエットが印刷されている。

 

 うむ、いい出来だ。

 ゼルマル、やるな。

 

「で、マグダが絞ったレモン汁に、秘密のスタンプを浸して……ロレッタ、ズレないように慎重に捺せ」

「合点承知の助です!」

 

 よこちぃたちのシルエットの上部。

 やや不自然なまでに空けられた空白のスペースに、無色透明なスタンプが捺される。

 

 これで完成だ。

 

「最後に何をしたんじゃ?」

「レモンの汁を押しつけることに、何か意味があるんですか?」

 

 内容を知らないゼルマルとアッスントが疑問顔で眉根を寄せる。

 

「ジネット、七輪は――」

「準備できています」

 

 デモンストレーションのために用意してもらった七輪を持ってきて、印刷したばかりの包装紙を手に取る。

 

「ただ包むだけじゃ芸がないだろ? だからちょっとした細工をした」

 

 説明をしながら、包装紙を七輪の上へかざす。

 紙が燃えないように、慎重に、ゆっくりと火であぶっていけば――

 

「レモンの果汁が付いたところだけ、他の部分よりも発火点が低くなり、紙が燃えるより低い温度で焦げ始める。よって、こうして軽くあぶってやると――」

「「おぉっ!?」」

「こうして、隠されたイラストが浮かび上がってくるってわけだ」

 

 昔懐かしい、あぶり出しだ。

 

 今回は、見つめ合うよこちぃとしたちぃのシルエットの周りに、二人を祝福するように天使や鳥、花びらを舞わせた。ハートマークもちりばめて、とても華やかな仕上がりになっている。

 

「これはすごいですね!」

「あぶり出す前は無色だからな。このスタンプを数種類作っておけば、何が出るのかわくわく感も味わえる。もっとも、買う方には柄を事前に教えてやるべきだろうけどな」

 

 わくわくするのは、もらう方だけでいい。

 

「あと……」

 

 言いながら、何も書かれていない紙に別のスタンプを捺す。

 そいつをあぶり出すと――『あなたが好きです』という文字が浮かび上がった。

 

「こういう使い方も出来る」

「売れますよ、これは!?」

「何気ないお土産に見せかけて、心に秘めた想いを告げる、まさに爆弾級の贈り物ですっ!」

「……もらったメンズはきゅん死に確定」

 

 ロレッタとマグダも大はしゃぎだ。

 ロレッタが言った『爆弾』が、何を翻訳したものなのか、若干気にはなるが……あるのか、爆弾? 見たことないけど。物騒だな。

 

「というわけで、貴族だけでなく、一般でも流通させられないか?」

「させましょう、流通! ですが、貴族への贈答用とするなら、特別感が必須ですね……」

「パッケージに金色でも散らしときゃいい」

 

 ノーマがそんなことを言っていた。

 金を差し込むだけでプレミアム感が増し増しだってな。

 

「なるほど! では、ゼルマルさん。貴族用の印刷機をお願いします」

「簡単に言うな、行商ギルド!」

「おや、出来ませんか? では仕方ないですね、ヤシロさんにお願いをして……」

「出来るわい! 明日までに作ってきてやるわ!」

「いえ、今日はもう遅いですので、三日後までにお願いします。凄腕の職人であるゼルマルさんの腕前は重々承知しておりますが、こちらの受け入れ態勢が整うまでお時間をいただきたいのです。お待たせすることになって申し訳ございませんが」

「む、……むぅ。そういうことなら、仕方ないのぅ。じゃあ、三日後で」

 

 あ~ぁ、またゼルマルが乗せられてら。

「あなたを立ててますよ~」ってありありと分かるだろうに、おだてられるのに弱いんだからよぉ、頑固職人は。

 

「はい、ムムお婆さん。お約束のパウンドケーキです」

 

 新たに印刷した包装紙にお土産用のパウンドケーキを包んで渡すジネット。

 あぶり出し前なので、家に帰って存分にあぶり出すといい。

 

「カニぱ~にゃ~ん、いる~?」

「あ、次女姉様、三女姉様」

 

 夕方が終わり夜が近付くころ、次女と三女が陽だまり亭へやって来た。

 小脇に抱えられる程度の荷物を持って。

 

「頑張るカニぱ~にゃんに、お姉ちゃんたちからプレゼントだよ~」

「わぁ、ありがとうございます」

「いいのいいの。お金はお姉ちゃんのお財布から抜き取って払ったから」

「あんた、勝手に何やってるですか!? だったら、手渡す係、あたしにやらせてほしかったです!」

 

 勝手に金を使われたことよりも、いいとこを取られたことが気になるのか。

 そーゆーとこ、つくづくロレッタだよな。

 

「お洋服だから、上で着て見せて~」

「では、お兄ちゃん、店長さん。カニぱーにゃちゃんをお借りしますね」

 

 三女がぺこりと頭を下げて、みんな揃って二階へ向かう。

 どんな服をもらったんだかな。

 

「それじゃ、ワシらも帰るか」

「えぇ、そうね」

「ん……そ、空が暗いな。……送っていこう」

「あら、ありがとう。頼もしいわ」

「ぬぐっ!? と……当然じゃ」

 

 真っ赤に茹で上がったジジイがムム婆さんを連れて店を出る。

 送りオオカミには気を付けろよ。ま、ヘタレオオカミだから大丈夫だろうけど。

 

「では、私もこれで」

「アッスントさん。こちら、奥様とご一緒に召し上がってくださいね」

「ありがとうございます、ジネットさん」

「……今日『は』寄り道せずに帰るといい」

「また不穏な言葉を『会話記録カンバセーション・レコード』に残さないでくれますか、マグダさん!? 何もありませんからね、エナ! まったくもう!」

 

 天空に向かって嫁への言い訳を叫んだ後、アッスントはぷりぷり怒って出て行く。

 忙しいヤツだ。

 

「んじゃ、明日に備えて包装紙を山ほど準備しておくか」

「ナタリア、手伝ってあげてよ」

「かしこまりました。お手伝いします、店長さん」

「ありがとうございます。では、この紙を――」

 

 ジネットがナタリアに説明を始めた時、俺の背中がとんとんと突かれた。

 

「少し、いいかい?」

 

 耳元でエステラが囁く。

 顔を窺えば、表情が微かに硬い。重い話か……

 

「ナタリアに内緒にすると、また拗ねるぞ」

「ナタリアには説明済みだよ。……とにかく、人に聞かれない場所へ」

「じゃ、外だな」

 

 二階にはカンパニュラたちが向かったしな。

 風呂場は、もう御免だ。

 

「ジネット、ちょっと出てくる」

「はい。すぐ戻られますか?」

「大丈夫だよ。ちょっと話をしてくるだけだから」

 

 エステラが代わりに答えて、俺たちは二人で外へ出た。

 空は黒く染まり、風は冷たさを増していた。

 

 店を出て裏庭へ回る。

 人気がないことを確認した後、エステラが切り出した。

 

「ウィシャートは死んだそうだよ」

 

 統括裁判所からの手紙に、そう書いてあったらしい。

 

 

 

 

 

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