異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

252話 これまでのこと、これからのこと -1-

公開日時: 2021年4月8日(木) 20:01
文字数:4,057

 陽だまり亭に、たまらん匂いが広がっている。

 

「むほぉう! これは、美味い!」

 

 ロレッタのようなアホっぽい声を上げてアナゴ飯をかっ喰らっているのは、隙のない冷徹な領主だとほんの一時期思われていた三十五区領主のルシア。

 今ではすっかり虫人族好きの残念女子だ。

 

「茶色いアナゴは初めて、私は。好きな味思う、これは」

 

 ギルベルタがアナゴの蒲焼きをほくほく食べて口元を緩めている。

 そう、今陽だまり亭に広がっているこの香りは、香ばしい蒲焼きの香りなのだ。

 

「庭で焼けばよかったな」

「匂いがこもるから、ですか?」

「いや、匂いで通行人が釣れるからだ」

「確かに、とてもいい匂いですね。香ばしくて、甘辛くて、お腹が空いちゃいます」

 

 初めての蒲焼きに、ジネットも満足げな表情だ。

 もっとも、こいつは食べるより作るのが楽しいようだけれど。

 

「とてもいい香りですね、ジネット」

「匂いでシスターが釣れましたよ」

「こいつは、何を作っても食いついてくるからカウントに入れないんだよ」

 

 無臭であろうと、美味でさえあればこいつはやって来るのだ。

 まぁ、アナゴはルシアの持ち込みだし、定期的に手に入るわけでもないからメニューにも載せられないし、今日はちょっと豪勢にアナゴパーティーってことでいいだろう。

 

「お前も食っとけよ。そうそう食えるものじゃないから」

「はい。ではいただきますね」

 

 七輪を総動員して蒲焼きを作り、厨房ではだし汁で炊いたご飯と煮アナゴでアナゴ飯を作っている。

 アナゴ飯には刻み海苔と錦糸卵を添えて、ひつまぶし風にしてある。

 

 あぁ、アナゴを食うとウナギも食いたくなるよなぁ。

 今度マーシャに聞いてみよう。

 ……ウナギって海で獲れるんだっけ? 川ならデリアの領分か?

 

「このふっくらとした白身……酒蒸しにしても合いそうですね」

 

 ほくほくと、蒲焼きを食べるジネット。

 酒蒸しも美味そうだ。

 

「それに、蒲焼きって香りもさることながら、キラキラ輝く見た目も綺麗ですね」

「みりんの効果だな、その『照り』は」

 

 醤油と酒ではここまでの『照り』は出ない。

 いいみりんが手に入ってよかった。

 

「ジネぷー、おかわりを頼めるか?」

「はい、ただいま」

 

 ルシアに呼ばれ、ジネットが駆けていく。

 食べるより、食べてもらってる様を見るのが好きなジネットなら、優先順位はそうなるんだろうな。

 

 マグダやロレッタなんか、もうすっかり食べることに夢中になってるってのに。

 エステラと同じテーブルでもりもりとアナゴ飯をかっ喰らっている。

 

「エステラ様。三杯目はだし汁でお茶漬けにするのがマナーですよ」

 

 いつの間に参加していたのか、ナタリアが訳知り顔でご高説を垂れている。

 今日初めて食ったもののマナーとか、よくそんなドヤ顔で語れるよな、お前は。

 

「お待たせしました、ルシアさん」

「うむ。この蒲焼きは実に美味いな。三十五区の白焼きとはまるで違う味だ」

「はい。ヤシロさんが作り方を教えてくださったんです」

「さすがジネぷーだ! 蒲焼きのこの身のふっくらさといったら……絶品だ!」

「ヤシロさんの火加減は絶妙ですからね。わたしも学ぶことが多いです」

「ジネぷーの手料理は美味い。毎日でも食べたい味だ! 連れて帰ってしまおうかな!」

「ぅええ!? ダ、ダメですよ、ヤシロさんは、その、陽だまり亭にとって大切な方ですから!」

「なぁ、エステラ。なんか俺、疲れてんのかなぁ? 会話の主語が迷子になってる気がする」

「奇遇だね。ボクも噛み合っていないのに成立している会話に戸惑っていたところだよ」

 

 ルシア的には、褒めたいのはジネットだけだから主語はジネットに固定され、ジネットはジネットで、アナゴの蒲焼きを作ったのは俺だから主語が俺に固定されている。

 双方、揺るぎない事実の前に、相手の主語を「言い間違い」くらいにしか受け取っていないようだ。

 

 変に頑固というか、融通が利かないんだよなぁジネットは。

 あぁ、ルシアはいいよ。どーせワザとだろうから。

 

「ミリリっちょも食べて行けばよかったですのに」

「仕方ありませんよ。この時期はどこも準備に追われていますから、もぐもぐ」

「……代わりとばかりにアナゴ飯を頬張るシスターなのだった」

 

 ミリィは生花ギルドの仕事が残っているというので早々に帰ってしまった。

 本当にヒラールの葉っぱをお裾分けに来てくれただけのようだ。

 ルシアが寂しがって駄々をこねたりもしたのだが、アナゴを顔に張りつけて黙らせた。

「クッサ!? 生臭っ!?」って悶絶してたなぁ、ルシア。

 

「そうだジネット。この後アッスントのところへ行くか?」

「え? 明日行こうかと思っていたのですが?」

「……暑くなる前に行こうぜ」

 

 去年は酷暑の中、街中を歩き回らされたのだ。

 どうせ明日にはクッソ暑くなるんだ。今日のうちに回っちまおうぜ。この秋晴れみたいな心地よい気候のうちによ。

 

「ですが、折角ルシアさんもおいでになっていることですし……」

「なぁに、気にすることはないぞジネぷー。私たちはこれを食べたらすぐに帰る」

「多い、やることが、今日は」

「そうなんですか。何もお構いできませんで」

 

 いやいや。勝手に持ち込まれた食材を料理してやったんだ。お構いしまくりじゃねぇか。金を取ったっていいくらいだ。

 

「して、エステラよ。川遊びというのはいつなのだ?」

「なんで来る気なんですか!?」

「つか、どこで仕入れた情報だよ?」

「マーたんが『今年は参加するんだ~☆』と言っておったのでな」

 

 マーシャのモノマネが吐くほど似ていない!

 

「喜べ、カタクチイワシ。便乗してやろう!」

「みんな~。今年の川遊びは、三十五区の奢りで豪華海鮮バーベキューだそうだ。礼を言っておけ」

「カタクチイワシ、何を勝手なことを!」

「ありがとうです、ルシアさん!」

「……感謝」

「よぉ~し、大量に持ってこよう!」

 

 ロレッタとマグダの獣人族コンビに感謝され、ルシアが快諾した。

 チョロいな、こいつは。

 

「ウナギがあったら用意するように、マーシャに言っといてくれ」

「ウナギ? あぁ、アナゴのニセモノか」

「バカモノ!」

 

 ウナギはニセモノじゃねぇよ!

 夏の王様と言っても過言じゃねぇっての!

 本物のひつまぶしを食ってやる!

 

「まぁ、伝えておこう。日取りは、給仕長同士で詰めてくれればいい」

「よろしくお願いする、私は、ナタリアさんに」

「早急に、日程調整をいたしましょう」

 

 なんか、勝手に計画が進んでいく。

 まぁ、ルシアが来たいなら勝手に来ればいい。

 川遊びは所詮遊びだ。

 俺らがやることと言ったら、昼飯を河原で作るくらいのもんだ。

 

 あとは、美女の水着を見て楽しむだけだ、むふっ。

 

「それじゃあ、ヤシロさん。お出掛けしましょうか?」

「そうだな。マグダ、ロレッタ、店番を頼めるか?」

「任せてです!」

「……それに、もうすぐ戦力がやって来る頃合い」

 

 マグダが指を折りカウントダウンを始める。

 

「……さん、に、いち……ゼロ」

「こんにちわッスー! むはぁ!? 今日はなんだかすごくいい匂いがしてるッスねー!?」

 

 お前は几帳面だなぁ、ウーマロ。時間ピッタリじゃねぇか。

 

「この美味しそうな匂いは、今みなさんが食べている未知の料理ッスね!? オイラもそれが食べたいッス! 何を作ればいいッスか!? 増築するッスか!?」

「落ち着け……猛暑期前だってのに暑苦しい」

 

 蒲焼きとアナゴ飯の匂いに心を射抜かれ、ウーマロが物凄くテンションを上げている。

 つか、お前はいろいろ安請け合いするなよ。

 飯くらいで仕事を引き受けたりしてたら……俺が喜んじゃうぞ、ふふふ。

 

「ウーマロ。ヤシロに飼い慣らされ過ぎないようにね。君にも本業があるんだから」

「それはもちろんそうッスけど……でも、ヤシロさんとの仕事は別なんッス」

 

 屈託なく笑うウーマロ。

 ただし、エステラに背を向けて。

 斬新な会話スタイルだな。もう見慣れたけれど。

 

「オイラはもっともっとヤシロさんからの依頼を受けて、オールブルーム随一の大工になってみせるんッス!」

「目標と方法が合致してねぇぞ」

 

 ナンバーワンを目指すなら、素人に意見を聞いてんじゃねぇよ。

 高みを目指しているのか、ぬるま湯に浸かろうとしているのかよく分からんヤツだ。

 

「……ウーマロ」

「なんッスか、マグダたん?」

 

 マグダが声をかけると、嬉しそうに顔を向けるウーマロ。

 うんうん。いつも通りの光景だ。

 

 だが、その後が少し違った。

 こてん……と、マグダが小首を傾げる。

 じっとウーマロを見つめて。

 

「……お疲れ?」

「むはぁ! マグダたんがオイラに労いの言葉を!?」

 

 いや、今のは「お疲れ様」じゃなくて「疲れてんのか?」って意味だと思うぞ。

 

「今ので元気百倍ッス! オイラ、今なら完璧な仕事が出来そうッス!」

 

 どう見ても疲れているようには見えない。

 いつものウーマロだ。

 マグダも、元気に拳を振り上げる陽気なウーマロを見て納得したのだろう。「……そう」と呟いてウーマロの注文を聞いていた。

 聞くまでもなく、アナゴ飯と蒲焼きだったけどな。

 

「じゃあ、出掛けてくるから店番よろしくな、マグダ、ロレッタ、ウーマロ」

「あれ!? さらっと入れられてるッス!?」

「任せてです!」

「……店長たちの不在は、マグダたち三人で守る」

「はぁあああん! マグダたんの『たち』の中に含まれたッスぅうう! オイラ、陽だまり亭の安寧を死守するッス!」

 

 熱い男だ。

 猛暑期には出禁にしようかな。暑苦しいし。

 

「カタクチイワシよ」

 

 店を出ようとした俺たちに、ルシアが声をかける。

 爪楊枝を咥えて。

 

 ……へい、そこのレディ。

 いいのか、それで。貴族の婦女子的に。

 

「私とマーたんには、せいぜい接待をすることだな。間もなく始まるのであろう? アレが」

 

 ……ちっ。

 確かに、三十五区や海漁ギルドとはいい関係を保っておいた方がいいだろうな。

 アレが完成するまでは。

 

「接待なら、エステラに言え。領主の仕事だろ、アレは」

「ふふん、貴様が言い出したことだ。貴様にもたんまりと責任を背負わせてやろう」

 

 いらんわ、そんな重い責任。

 

 とはいえ、俺の密かな夢の一つがもうすぐ実現するのだ。

 接待くらいはしてやってもいいかもしれない。

 

 もうすぐ始まる『アレ』が――

 

 

 港の工事が、無事に終わるまではな。

 

 

 

 

 

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