異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

332話 バオクリエアからの要請 -4-

公開日時: 2022年2月3日(木) 20:01
文字数:3,528

 街道を進む馬車の音が近付いてくる。

 賑やかな蹄の音は、三頭立ての豪勢な馬車によるもので間違いない。

 イメルダの馬車だ。

 

 つまり、素敵やんアベニューに行っていた連中が帰ってきたのだ。

 

「……ちっ、運のいいヤツ」

「え? っちゅーことは?」

「みなさん、お帰りになったようですね」

 

 今から飛び出して、馬車を遠ざけることは出来る。

 だが、それはなんだか……レジーナの意思を無視しているようで気が引ける。

 あいつの意思を、俺が勝手に決めつけて、俺の気持ちを押しつけるわけにはいかない。

 

「だが、あいつがバオクリエアに行くって言ったら、俺は全力で止めるからな」

「それは、わてには口を出す資格あらしまへん。お好きなようになさってください」

「では、出迎えに行きましょう」

「わて、侯爵の家のモンなんやけど……?」

「お出迎えは、楽しいですよ」

 

 ジネットは、貴族ってものを知らないのかもしれない。

 もしくは、ジネットの中の貴族の基準が四十二区の貴族なのかも。

 それなら、軽ぅ~くアゴで使うくらいどうということはない存在だと認識していてもおかしくはない。

 

「ワイルさんも、レジーナさんに早く会いたいでしょう?」

「いいや! 出来たら手紙だけ置いて帰りたいくらい! ……せやのに、第二王子のイアン様が『あんじょう、きばりぃや』て言わはるさかいに、仕方なしにっ!」

 

 任務としては会わなければいけないけれど、個人的には会いたくないんだな……

 

「あんじょう、きばりぃや……ですか?」

 

 ジネットにはうまく翻訳されなかったようだ。

 

「『あんじょう』は『うまく』とか『いい具合に』っていう意味で、『きばる』は頑張るだから、『うまくいくように頑張ってこい』って感じかな」

「そうなんですか。……あんじょうきばりや……あんじょうきばりや……」

 

 いや、練習なんぞして、どこで使う気だよ。

 たしか、レジーナも使ってなかったか『あんじょう』?

 

 ……え、実はジネットはレジーナの話す内容ほとんど聞き流してる説?

 いや、まさか……まさかな。

 

「たっだいまーでーす!」

「……あいむほーむ」

「おかえりなさい、ロレッタさん。マグダさん」

 

 ワイルがぼやぼやしていたせいで、馬車は陽だまり亭の前まで来てしまい、俺たちは出迎えが出来なかった。

 それでも、ジネットもロレッタやマグダも不満そうな表情は見せず、しばらくぶりの再会を心底喜んでいる。

 

「お兄ちゃんも、ただいまーです! ……あ、お客さんいたです? いらっしゃいませです! ようこそ陽だまり亭へです!」

 

 ワイルを見つけ、全力で挨拶を寄越すロレッタ。

 声、デケぇよ……どんだけテンション上がってんだよ、ナウ。

 

「……ん?」

 

 テンション爆上がりのロレッタとは対照的に、相変わらずローテンションなマグダはワイルを見て静かに首を傾げた。

 一歩、ワイルに近付いて鼻を「すんっ」っと鳴らす。

 レジーナに似たニオイでもするのだろうか。

 

「あ~、ただいまぁ~! 疲れたよ、陽だまり亭~!」

「誰ですか、エステラ様のアバラをこっそり突っついたのは?」

「『突かれた』んじゃなくて『疲れた』んだよ! ……で、なんでアバラなのさ!? 胸と言うべきところだろう、そこは!?」

 

 胸を突っつかれていいのかよ、この街一番の権力者様よぉ。

 

「では、訂正して――エステラ様の胸(アバラ)を突っついたのは誰ですか!?」

「胸(アバラ)ってなんだ!?」

 

 疲れなんぞ微塵も感じさせないくらいに元気に戯れるエステラとナタリア。

 なぁ、ワイル。気付いているか?

 こいつが、お前の切り札様だぞ?

 あ、気付いてないっぽい。必死にドアの向こうを凝視している。

 

「ヤーくん、ただいま戻りました」

「ただーま! もろりまぃたー!」

「ぁ、てんとうむしさん、ただいま。じねっとさんも」

 

 幼女三人が仲良く陽だまり亭に入ってくる。

 

「みりぃ、大人だょ!?」

 

 俺、何も言ってないのに。

 ついにミリィまで……

 

 そして、ついにアノ女が姿を見せる。

 

「エレガ~ンスッ! ただいま戻りましたわ!」

「あ、ごめん。お前じゃなかったわ」

 

 スタイリッシュゼノビオスも真っ青なエレガントアピールをキメてイメルダが入店してくる。が、ごめん、ちょっと退いてくれる?

 今回、待たれてるのはその後ろの薬剤師なんだわ。

 

「あ~、もう、よぅ生きて帰ってこれたこと……ウチよぅ頑張ったわぁ」

 

 買ったばかりの服を着て帰ってくるなんてことはなく、出て行った時と同じく真っ黒いローブに黒いとんがり帽子で身を包み、困り顔ながらもどことなくテンションが高そうなレジーナが入ってくる。

 

 そして、俺の隣に立つ同郷の男を見つけて固まる。

 どこか浮かれていたような雰囲気は一瞬でかき消え、目が大きく見開かれる。

 レジーナの完全な真顔なんていう、そうそうお目にかかれない表情を惜しげもなく晒している。

 

「……え、なんで?」

 

 口の中で小さく呟かれた言葉は、声になりきれずに空気に溶けてなくなる。

 けど、確実にそう言ったと、俺には分かった。

 

 見知らぬ人物と、それを見つめるレジーナの異常な雰囲気を察し、浮かれていた者たちも言葉を止め、じっと状況を見守る。

 

 

「……うそやん…………こんなん……」

 

 関西弁の呟きが静かな店内に漏れ出す。

 そして、その囁きは絶叫へと変わる。

 

「レジーナ・エングリンドが友達(っぽい人ら)と楽しく外出なんて、そんなんあり得へんやん!?」

 

 いや、お前が仰天すんのかよ、ワイル!?

 まぁ、分からんではないが。

 

「ヤシロ、どちら様だい? このレジーナのことを物凄くよく知っていそうな人物は」

 

 うん、まぁ、今の反応を見る限り、正確にレジーナの生態を理解している人物だと思うよな。

 こいつな、お前に手紙出してるっぽいからあとで読んでみるといいと思うぞ。

 

「ワイル――」

 

 一歩引いてワイルを観察する女子軍団の中から、レジーナが一歩前へ進み出る。

 静かな声で、真剣な眼差しで、短い問いを投げかける。

 

「……ヤバいんか?」

「えぇ。……事態は最悪の局面に突入してもぅとります」

「…………さよか」

 

 ワイルがここにいる意味を、レジーナも正確に理解したようだ。

 レジーナの瞳が、俺を見る。

 

 目が合った瞬間に瞳が揺れ、咄嗟に視線が逃げていく。

 だが、逡巡の後に気まずそうにこちらを向いて、困ったように眉を下げる。

 なんとなく、「一番知られたくないヤツに知られたな」みたいな、そんなセリフが聞こえてきそうな表情だった。

 

「返事、ちょっと待ってくれるか? ウチ自身もなんでこんなことになったんか分からへんのやけど――」

 

 レジーナの背後に並ぶ女子たちは場の空気をなんとなく察し、心配そうな眼差しでレジーナを見つめている。

 レジーナがトラブルに巻き込まれかけていることが、なんとなく分かったのだろう。

 そんな視線を一身に受けて、レジーナは照れくさそうににへらっと笑い、薄く色づく頬を緩めて言う。

 

「――ウチのこと心配してくれはる人らぁがそこそこおってなぁ。ちゃんと話してからでないと結論出されへんねん」

 

 自分の意思でこの街を出ていく。そんな勝手は出来ないと、レジーナは言う。

 こいつにも、四十二区の一員だという自覚が芽生えていたらしい。

 こっそり出て行ったら恨まれると、正確に理解しているのだろう。……泣くヤツ、いっぱいいるだろうからな。

 

「どっかの誰かはんみたいに、あとで怒られるんは、怖いさかいな」

 

 言って、俺に意味ありげな視線を寄越す。

 ……うっせぇ。反面教師で悪かったな。

 

 だが、レジーナがそう言うということは、バオクリエアに戻るということがそれだけ危険な行為だということだ。

 行って帰ってくるだけで終わるはずがない。

 もし、命の危機をうまく回避したとしても、帰って来られるかも分からない。

 悲惨な状況を目の当たりにして、それを無視できるようなヤツじゃないからな、レジーナは。

 

「独断はできない」と言ったレジーナの言葉は、俺には――

 

 

「最後の別れを告げる時間が欲しい」

 

 

 ――そんな風に聞こえてしまった。

 

 

「……なぁ、あんさん」

 

 ワイルが、寂しげな笑みを湛えるレジーナに問いかける。

 

「それ、ホンマに友達か? 壷とか高級掛布団とか買わされてんちゃういますのん?」

「この街に詐欺師なんかおるかいな」

 

 レジーナに近付く「お友達」はみんな、あくどい勧誘かなんかしかないと決めてかかるとか、お前、レジーナにどんだけ悪い印象持ってんだよ。

 つか、この街には詐欺師はいるんですけどね。ほら、君の目の前に……

 

「まぁ、時間はまだもうちょいあるわ。騎士団を陸路で送るさかいに」

「さよか……。ほなら、まだもうちょい時間ありそうやね」

 

 もうバオクリエアに行くことを決めているレジーナに、一言尋ねたかった。

 

「なぁ、レジーナ」

「ごめんな」

 

 だが、俺の言葉を、レジーナの笑顔が遮った。

 

 

「ウチ、行かなアカンねん」

 

 

 そう言われてしまえば、もう何も言えなかった。

 

 

 

 

 

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