異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

331話 レジーナに迫る危機 -3-

公開日時: 2022年1月29日(土) 20:01
文字数:4,533

「ジネット、鶏がらで出汁を取ってくれるか?」

「はい。それなら、仕込んである物がありますよ」

 

 コンソメスープ用にと、鳥のガラを仕込んでおいたらしい。いつでも煮込める状態だ。

 鶏がらは血合いとか細かいゴミの下処理が面倒なんだが、ジネットの仕込んだ鶏がらはそういった濁りやくすみが一切なく、味まで透き通っている。

 これでスープを作れば、ラーメンだろうが冷やし中華だろうが絶対うまい。

 

「それじゃあ、鶏がらを頼む」

「二~三時間ほど時間がかかりますが」

「大丈夫だ。麺も寝かせたりするから、それくらいかかっても問題ない」

「では、すぐに取りかかりますね」

「その間、俺は材料の準備をしておくよ」

 

 厨房に入るなり分担作業を開始する。

 たしか、必要な物はすべて揃っていたはずだ。

 

 小麦粉は強力粉を使う。

 教会がまとめ役となってパンを管理しているせいなのか、この世界の小麦粉はやけに品質がいい。薄力粉や中力粉なんかもあって、用途に合わせて選ぶことが出来る。

 

 それから、四十二区には研究熱心な変態薬剤師がいるおかげで、特定の食品の栄養素を分解・抽出した物なんかも揃っている。

 コーンスターチやベーキングパウダーがそうだ。

 重曹も、レジーナに頼めば使用用途に合わせて加工してくれる。

 今回は、コーンスターチと重曹を使おう。

 

 あと、これは好みが分かれるところではあるのだが……俺は麺に卵を入れる!

 卵白に含まれるたんぱく質が、小麦粉のたんぱく質と合わさってもっちりした触感を生み出してくれる。

 あの喉越しが堪らないのだ。

 

 麺を作るために重曹を使って『かん水』を作っておく。

 重曹は炭酸水素ナトリウムで、かん水は炭酸ナトリウムなので、水に溶かして熱を加えてやればなんちゃってかん水は簡単に出来る。

 ラーメン道に邁進するのでもない限り、なんちゃってかん水でも大丈夫だろう。

 

 ……まぁ、ジネットがハマったらめっちゃ研究するんだろうけども。

 どうしよう。タオルを頭に巻いて厳つい顔つきでラーメンに没頭し始めたら……まぁ、ないよな? ないない。うん、ない。

 

「準備できました。あとは沸騰させないように注意をしつつ、二時間ほど煮込むだけです」

 

 鶏がらの準備を終え、早く教えろとばかりに俺の隣に戻ってくるジネット。

 さて、日本人のソウルフードは、ジネットの口に合うのかどうか。

 

「使用するスープや具材は異なるんだが、これから作ろうとしている中華麺を使って温かいラーメンと冷たい冷やし中華が作れるんだ。一応どっちも作ってみるつもりだが、気候的にはラーメンの方がウケがいいかもしれないな」

「そうですね。特に日が沈むと冷え込みますので、温かい物の方が喜ばれるかもしれません」

 

 というわけで、ラーメンの試作を始めるとする。

 

「まず、小麦粉に混ぜる液体を作る」

「水だけではないんですね?」

「あぁ。重曹と塩、それから卵を混ぜる」

 

 なんちゃってではあるが、便宜上こいつのことは『かん水』と呼ぶことにする。

 

「水に卵を混ぜるって、なんだか不思議な感じですね」

 

 まぁ、確かに。

 けど割と使われる技法でもある。覚えておくと、なんかの時に役に立つかもしれない。

 ……まぁ、他にどこで使われるか、パッとは出てこないけど。

 

「だまにならないように、小麦粉全体にこのかん水を馴染ませてくれ」

「うどんを作るのに似ていますね。香りは、随分と違いますけど」

 

 かん水の香りが鼻につく。

 だが、ジネットはこの香りを知っているはずだ。

 たい焼きを作る時に重曹ありと重曹なしの生地を作り、散々研究していたからな。

 そして、ジネットは重曹ありの、このかん水くさい生地のたい焼きが一番好きだと言っていた。

 

 俺も、たい焼きや中華麺は、この匂いがしている方が好きだ。

 

「大分まとまってきました」

「それじゃ、捏ねて一塊にしようか」

 

 中華麺は、捏ねずに時間をかけてグルテンを生成させる方法もあるが、俺は捏ねる。

 そして、綺麗な魔獣の皮に包んで、上から踏む。

 うどんの腰を出すように! 踏む! 踏む! 踏ん付けてやるっ!

 

「そしたら、丸くして少し休ませる」

「鶏がらも麺も、完成が楽しみですね」

「その間にトッピングする具材を用意しよう」

 

 チャーシューは、豚肉を糸で縛って濃い味付けのタレで煮込んでいく。

 圧力なべがあれば、とろけるようなチャーシューも作れるんだが……高望みはすまい。

 あと、煮卵も欲しいな。これも、チャーシューと同じく、味が染み込むまでじっくりと煮詰めていきたいところだが……今後のジネットの研究に任せよう。

 ナルトとメンマはどうしようもねぇな。事前に作っておかなきゃ、あれはどうにもならん。

 

 冷やし中華の方は、錦糸卵とキュウリを細切りにして、ハムの代わりに蒸した鳥のササミを入れるか、チャーシューを少々拝借するか。

 こっちは比較的簡単でいいだろう。

 で、自家製の紅ショウガも用意しておく。

 ウチの紅ショウガは美味いぞ~。俺が作った物を食ってジネットが改良した逸品だ。

 

 その間に、鳥の皮とネギの青い部分を焦がさないように炒めて『鶏油ちーゆ』を作っておく。

 そして、醤油ラーメンの味のベースとなる『返し』を作る。

 醤油をベースに、酒やみりんで味を調える。

 

 

 それにしても手間がかかる。

 細々としたやることが尽きない。

 これだけ苦労しても店の味には遠く及ばないのだから、日本じゃ「外に食いに行こう!」がメインになるのは仕方ない。

 ただし、この街では違う。

 ここにしかないのだから、多少手間がかかろうと苦労するだけの価値はある。

 

 ……そうでも思ってないとやってられない面倒くささだ。

 

 だが、そんな面倒くささを心底楽しめるヤツがいる。

 ジネットだ。

 

「準備が楽しいお料理ですね。これだけトッピングがあると、賑やかで楽しいです」

 

 楽しいかねぇ。

 

 家で作る料理なんて、工程が少なく、洗い物が出にくいものが嬉しいだろうに。

 故に、単品、質素、簡略化がテーマになりがちだ。

 ラーメンなんぞ、フタを開けて湯を注ぐ以上のことはしたくないもんな。

 

「ジネット、お前は何かを『メンドクサイ』と思ったことはないのか?」

「大変だなぁと思うことはありますが、それも嫌いではないですね」

 

 くれ、その心の忍耐力!

 俺なんか、面倒でやりたくないことばっかりなんだからよぉ。

 

「竈の掃除とかは?」

「掃除をすると、火の燃え方が変わりますからわくわくしますよね。あ、そうです。そろそろ掃除をしましょう。ヤシロさんもご一緒にどうですか?」

 

 えっと……それは、罰ゲーム?

 いや、楽しい催しへのご招待のつもりなんだろうな。

 火が燃えようが燻ぶろうが、俺は感動なんか覚えないしわくわくもしないんだが……

 

「じゃあ、手伝うよ」

「はい。ヤシロさんがいてくださると、心強いです」

 

 ホント……何する時も楽しそうだよな、お前は。

 

 それから二時間ほど、鶏がらの灰汁を取りつつ、チャーシューと煮卵の様子を窺いながら、俺は「これこそ面倒だろう」という苦行にも似た家事や仕事を挙げていったのだが、ジネットはそのことごとくを「それはこんなところが楽しい」「こういうやり甲斐がある」「実はそれはこんな風にするととっても面白いんですよ」などと、どう楽しめるのかを解説してきた。

 誰か、ジネットに「かったるい」って言葉を教えてやってくれ。

 全然やれるけど、気分的には意地でもやりたくない! ――とか、こいつは感じたことがないのかねぇ。

 

「ヤシロさんは、面倒くさいことなんてあるんですか?」

「リカルドの相手かな」

「うふふ。とても仲良しさんに見えますよ」

 

 えぇ……やめてくれる?

 あいつは、エステラのお友達だから。

 

 ジネットの何気ない一言でへこみかけた心を奮起するように、俺は寝かせた生地を伸ばし、重ね、薄く薄くしていく。

 コーンスターチを振りかけて生地同士がくっつかないように気を付けつつ、綿棒で伸ばしていく。

 

 テレビでよく見るような、調理台に生地を打ち付けながら引っ張って、何重にも何重にも折り返して麺に仕上げていく方法も、実を言えば出来なくはない。

 昔練習したんだ、ピザ生地を空中でくるくる回しながら薄くしていくのと一緒に。慣れればどっちも割と出来るもんだった。

 だが、見栄えはするが食感を追求するなら、しっかりと綿棒で伸ばして作った方が俺の好みには合致した。

 叩きつけることでコシを出そうという狙いがあるのかもしれんが、ベンチタイム前にしっかりと踏んでおいたのでその必要はない。

 

 何より俺は、まぁるくてもちもち柔らかいものを叩きつけるなんて出来ない!

 揉みしだくことなら可能ですけども!

 

「とかなんとか言っている間に、麺の完成だ」

「え? 何かおっしゃってましたか?」

 

 ん~ん。聞こえてないならいいんだ。聞こえてたら絶対懺悔室行き確定だから。

 

 細く長い、まっすぐなストレート麺を手で揉んで縮れ麺にする。

 こうすることでスープとよく絡み、啜った時の旨みが増すのだ。

 

「まずはラーメンの方を作ろう。腹いっぱいになるといけないから、そんなに大きくない器がいいな」

「はい。では、こちらの器でどうでしょうか?」

「ふむ、両手にすっぽり収まるこの感じ……レジーナサイズか」

「ヤシロさん」

 

 懺悔室への招待状が届きそうなので口を閉じる。

 でも、似たような膨らみなんだがなぁ。

 

「まず、返しと鶏油を入れ、この鶏がらのスープをなみなみと注ぐ。そこに、茹でた後にしっかりと水切りをした縮れ麺を入れ――心の赴くままに具材をトッピングしていく!」

 

 ラーメンは速さが命!

 たらたらしていたら麺が伸びてしまう。

 

「ほい、お待ち! 熱いから気を付けろ」

 

 ジネットの前にラーメン(小)を置き、自分の前にも置く。

 見た目はよし。

 あとは味だが……ジネットが食うより先に、自分で味見をする。

 

「ずるる……」

 

 ……うん。普通。

 まぁ、こんなもんだよな。

 

 ラーメン道へ続く門をくぐったわけでもなし。

 こういう庶民っぽさも、それはそれでいい感じだ。

 あれだな。田舎のマイナーデパートのフードコートとか、個人経営の食堂にある中華そばがこういう味だ。

 

 可もなく、不可もなく。

 

 まぁ、普通だ。

 

 さて、ジネットの反応は――?

 

「んふ~……っ。もぃひぃれふ……」

 

 麺を啜らないジネットは、長い麺を黙々とウサギのように咀嚼して口の中いっぱいに溜め込んでいる。

 わっしょいわっしょいには一歩届かなかったようだが、研究のし甲斐がありそうな料理に瞳がキラキラしている。

 

「ん! 煮卵はこのスープによく合いますね」

「もう少し味を染み込ませたいよな。チャーシューも」

「確かに。でも、これでも十分に美味しいです」

「わっしょいわっしょいが出なかったけどな」

「それは……」

 

 チャーシューに齧りつき、ジネットがぷっくりと頬を膨らませる。

 

「いつも同じだと言われていますので、わたしなりに頑張って言葉を探しているんです」

 

 なんと。

 ジネットは秘かに食レポの練習をしていたのか。

 その成果が「もぃひぃれふ」か。……うん。

 

「気にせず、いつも通りでいいよ。その方が、なんか落ち着くしな」

「そうですか? ……では」

 

 改めてスープを飲んで麺を食べ、ほっぺたに手を添えて満開の笑顔を咲かせる。

 

「口の中でわっしょいわっしょいしています」

 

 はは、そりゃよかった。

 どうやら、日本風ラーメンはジネットの御眼鏡に適ったようだ。

 陽だまり亭風ラーメンがどんな進化を遂げるか、今から楽しみだな、こりゃ。

 

 

 

 

 

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