異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

339話 賭け -1-

公開日時: 2022年2月28日(月) 20:01
文字数:4,079

 ゴッフレードがにやりと笑い、俺を見る。

 可愛げの欠片もない、見る価値のない笑顔だ。

 

「テメェ、名前はなんだったか……」

「ギゾコウであります」

「そうか、ギゾコウか」

「違ぇよ」

 

 思いっきり嘘を教えてんじゃねぇよ。カエルにするぞ、このクソオウム。

 

「オオバヤシロだ」

 

 周りの連中が俺の名を呼ぶので、隠そうとしてもこいつには知られてしまう。

 面倒くさいので名前くらいは教えてやっても構わない。

 

「なら、オオバヤシロ」

 

 早速名前を呼んできやがる。

 人とは不思議なもので、相手に名前を呼ばれるだけで感情が大きく動いてしまう生き物なのだ。

 好意を抱いている相手なら安心や喜びの感情が芽生え、そうでない相手の場合は緊張を覚える。

 相手の名前を呼び、「お前のことを知っているぞ」と分かりやすく見せるのは、他人を脅す時の常套手段だ。

 

 ま、俺には通用しないけどな。

 

「テメェ、ノルベールの野郎を知ってるんだってな?」

 

 ってことは、お前も知ってるってわけか。

 まさか、ゴッフレードがノルベールの知り合いだったとはな。

 胡散臭い行商人だとは思っていたが、悪党確定だな、ノルベール。

 

「少し縁があってな」

「ノルベール様は、ギゾコウの命の恩人なのであります!」

「ほぅ?」

 

 ちっ。

 まぁ否定はしないけどよ。あのまま行き倒れていれば、俺は死んでいた可能性が高いからな。

 にして恩着せがましい。

 

「それじゃあ、会って礼を述べなきゃいけねぇよなぁ」

「それはどうかな。当時俺は身なりのいい格好をしていたからな。俺を助けた先にある見返りを期待してたってんなら、俺を助けたのも利己的な判断だろ。下心に感謝をしてやる必要はないんじゃねぇのか?」

 

 こちらを利用しようと近付いてきたヤツを利用し返す。そこに良心の呵責など生まれようはずもない。

 ……が、まぁ、命の恩人ってのには変わりないんだけどな。それを素直に認めると、ゴッフレードがウザい絡み方をしてきそうなので突っぱねておく。

 

「そういや、前に会った時は随分と設えのいい服を着ていたよなぁ? あれはどうした?」

「売った」

 

 もっとも、ブレザーをウクリネスに譲ったのは随分後になってからだし、対価は金ではなく協力という形で払ってもらっている。

 ウクリネスが新たな技術と知識を身に付けると、かなり役に立ってくれるしな。

 

 そうなんだよ。よくよく考えたら、ウクリネスの店はもともと中古の服を売ってたんだよ。最近は自分で作った新品の服ばっかりになっているが……

 なら、あのブレザーを売って、中古の服を買えばゴッフレードなんぞに絡まなくても金は手に入ったんだ。差額もそれなりに出ただろうし。

 ……くっそ。最初にそのことに気付いていればゴッフレードなんぞに声をかけなかったのに。

 ブレザーが売れるのなんか、女子高生限定だと思い込んでいたのが間違いだった。

 そーゆー店しか頭になかったからなぁ。利用したことはないけど。……いや、ホントに。

 

「あの、ヤシロさん」

 

 ジネットが手を拭きながら俺の隣へ駆けてくる。

 こらジネット。ゴッフレードの前になんか出てくるんじゃない。

 目を付けられたら、何をされるか分からないだろう。

 特にお前は無防備、天然、ぶるんぶるんと三拍子揃っているのだから。

 ほら、走っている今もなお! 今もナウ!

 

「ジネット!」

「は、はい?」

「めっちゃぶるんぶるん、いや、ばるんばるんしてたな!」

「懺悔してください!」

「ジネットちゃん、それじゃ生温いよ。そろそろ投獄しなきゃいけないレベルだね」

 

 あれれぇ?

 いつでも俺のそばにいるとか言ってたエステラが、さっそく俺を突き放しにきたぞぉ~?

 おかしいなぁおかしいなぁ、怖いなぁ、やだなぁ。

 

「店長さん。ワタクシが新たに購入したモーニングスターですわ。よろしければお使いくださいな」

「え、あの……?」

 

 ジネット、受け取るんじゃありません、そんな物騒な物。

 長い棒の先に鎖で繋がれたトゲトゲ付きのでっかい鉄球が付いている打撃武器。

 っていうか、イメルダ? それ、木こりギルドで使わないよね? 木、切れないよね?

 それで森の木を倒したら、それ、自然破壊だよね?

 ハビエル退治に重心傾き過ぎじゃない? あくまで『斧』のカテゴリーからは出るべきじゃないと思うんだ、俺。

 

 物騒な物を持ち出したイメルダをそっと隔離して、ジネットをさりげなくゴッフレードの前から遠ざける。

 デリアの近くまで連れて行き、マグダを呼び寄せる。

 これでよし。

 

「で、なんだ?」

「はい。あの、そのノルベールさんという方とはどのようなご関係で? 命の恩人ということですが」

「あぁ……」

 

 なんと説明したものか……

 

「この街に来る前にちょっとな」

「命を助けられたのですか?」

 

 聞いてくるねぇ。

 まぁ、事実を教えておくか。

 ちらりと見れば、ゴッフレードが何やらほくそ笑みながら俺を見ていた。

 俺とノルベールの出会いや関係に、ヤツも興味があるらしい。

 

「バオクリエアとオールブルームの間にある草原で行き倒れていたところを、馬車に乗せてもらったんだ」

 

 ノルベールがオールブルームとバオクリエアの間を行き来する行商人なら、俺が最初に放り出されたあの草原はそのルートの途中ということなのだろう。

 最初、勘に頼って進んだ方向とは逆に向かっていれば、俺はバオクリエアについていたかもしれないわけだ。まぁ、どっちの街も徒歩で行ける距離ではなかったようだが。

 

「俺は意識を失っていたので、出会った時のことは覚えてないが」

「その通りであります! 魔の森を抜けて馬車で半日のところにギゾコウは倒れていたのであります。それを、寛大で慈悲深いノルベール様が見つけ馬車に乗せてこの街まで連れてこられたのであります。ちなみに、倒れていたギゾコウを抱えて馬車に乗せたのは自分なのでありますれば!」

 

 ベックマンがペラペラと当時のことをしゃべる。

 いちいち恩着せがましい。

 オウムらしく「コンニチワ」だけ連呼してればいいものを。

 

「そうだったんですね」

 

 両手を胸の前で合わせて、ジネットが頬を緩める。

 そして、折角頼もしい護衛のそばに誘導したというのにとことこと一人でゴッフレードの前まで歩いていってしまう。

 こらこらこら!

 

 慌てて後について移動すると、ジネットはゴッフレードではなくベックマンの前へと立ち止まった。

 

「その節はヤシロさんがお世話になりました。わたしからも、心よりの感謝を申し上げます。ありがとうございました」

 

 深々と、ベックマンに頭を下げるジネット。

 いや、いいから。こいつらはどうせ、俺を助けたことを恩に着せて、勝手に妄想した『大富豪であろう両親』から金品をせびるつもりだったんだから。

 

「あなたやノルベールさんという方がいなければ、わたしはヤシロさんと出会うことは出来ませんでした。あなた方は、わたしの恩人でもあります。何か困ったことがあれば言ってください。どんなことでも協力させていただきます」

 

 ジネットは、俺と出会えたことを本当によかったと思ってくれている。

 だから、俺の命を救ったベックマンにも、現在窃盗の罪で追放処分になっているノルベールにも感謝の気持ちを抱いた。

 そして、感謝する相手に対して最大限の親愛の情を見せるジネットらしい表現で、大袈裟ではなくどんな協力も惜しまないとそう思っているのだろう。

 ジネットらしいと言えばらしい言動だ。

 

 だが、その言葉を発した瞬間に空気が変わった。

 

「ほぅ、『どんなことでも』……か?」

 

 ゴッフレードが邪悪に笑う。

 

「そいつはいいことを聞いたなぁ」

 

 ゴッフレードがそうほざいた瞬間、四方から殺気が迸った。

 デリアとマグダ、そして狩猟ギルドと木こりギルドのジネットファンからはダイレクトな殺気が、エステラとパウラは腕をまっすぐ伸ばして『精霊の審判』の構えでゴッフレードを指さしている。

 

「『どんなことでも』は、『精霊の審判』に引っかからないんじゃなかったのかい?」

「ほほぅ、この街の領主様は俺みてぇなヤツの言葉を信じてくださるのか?」

「もし、さっきの言葉が嘘で、君がジネットちゃんに『精霊の審判』をかけるというのであれば、ボクが君をカエルにしてやる」

「あぁ、いいぜ。だが、それをしたところでテメェのお友達は元には戻らねぇけどなぁ」

 

 へらへらと、感情を逆撫でするような薄ら笑いを浮かべてエステラを挑発するゴッフレード。

 もし仮に、ゴッフレードがジネットをカエルに変えれば、エステラは躊躇なくゴッフレードをカエルにするだろう。

 だが、ジネットを元の姿に戻す方法はない。

 ジネットの人生を、ゴッフレードみたいなクズと天秤にかけられるわけがない。

 それが脅しであると分かっていても、逆らうことは出来ないだろう。

『万が一』ですら、エステラや他の連中にとっては恐怖になり得るのだ。

 

 やっぱり、ゴッフレードは大した悪党だ。

 おいしい情報を無償提供したように見せかけて、それに食いつくであろう連中をうまく釣り上げやがった。

 反論の余地を与えたことで、逆にこちらの選択肢を狭めやがった。

 

 もし、アノ話が出ていなければ、ゴッフレードがジネットに悪意を向けた時点でエステラはナタリアをゴッフレードにけしかけていたかもしれない。

 だが、『ゴッフレードをカエルに出来る』という可能性を得たことで、エステラは実力行使を一時保留した。

 そして、その『一時保留』のせいで、ゴッフレードに逆らえばジネットを失いかねないという状況に追い込まれてしまったわけだ。

 

 

 ゴッフレードは俺を『気に入らねぇ野郎だ』と言ったが、冗談じゃない。

 気に入らねぇのはこっちの方だ。

 

 こいつは、何も知らないって顔をしながら、ジネットやエステラのことをしっかりと調べ上げていやがったってわけだ。

 どのような話を振ればジネットがどのような反応を見せるのか。

 その結果、エステラがどのような行動を起こすのか。

 

 そして、俺を自由に操るためには、誰をどのような状況に追い込めばいいのかを。

 

 

「さぁ、オオバヤシロ。有意義な話し合いをしようじゃねぇか」

 

 勝ち誇った顔で、ゴッフレードが俺を呼ぶ。

 あぁ、そうだな――

 

「猪口才なテメェの顔面を一発ぶっ飛ばしてからでいいならな」

 

 俺をいいように操ろうなんざ百年早ぇんだよ、小悪党が。

 

 

 

 

 

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