異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加91話 アップルボビング -2-

公開日時: 2021年4月6日(火) 20:01
文字数:3,958

「お~い、ジネット。いるか~?」

「「ぅきゃぁああああ!?」」

 

 ドアを開けると同時に、二つの悲鳴が轟いた。

 驚いて肩をすくめてしまったが、落ち着いて状況を確認してみると……井戸の手前で、モリーがジネットの腰にしがみついておっぱいに顔を埋めていた。

 

「…………」

「あ、あの……ヤ、ヤシロ、さん……」

「…………何分待ち?」

「待っても順番は来ませんよ!?」

 

 やだ!

 だってめっちゃ楽しそうなアトラクションだもの!

 

「モリー、後ろがつかえてるんで、そろそろ交代を」

「そーゆーんじゃないですよ、ヤシロさん! あのっ、その、とりあえず、いいって言うまで中に入っていてもらえませんか!?」

「断る!」

「おなかが見えちゃうんです!」

 

 必死な様子のモリー。

 ふむ。言われてみれば、ジネットの服の裾がこんもりと膨らんでいる。

 まるで、裾をくるくると内側に巻き込んだように……っていうか、内側に裾を巻き込んでいるな、あれは。

 

「何やってんだ?」

「い、いえ、あのっ、仮装の衣装と同じくらいの裾にした時、おなかがどのように見えるのかが気になtt……いえ、なんでもないんですけども! えっと、あの、か、確認作業です!」

 

 ジネットがモリーをぎゅっと抱きしめながら、普段は発さないようなハイトーンで答える。

 つまり、ハロウィン本番が近付き、ダイエットの成果がきちんと出ているか、おなかがどのように見えるのか、それを二人で確認し合おうとしていたわけだ。

 

 だから、雑に裾を折り曲げたり持ち上げたりするのではなく、内側に折り返し、巻き込むことで外からの見栄えがよくなるように工夫したのだろう。

 雑に捲り上げると、どうしてもそっちに目が行っておなかが霞んでしまうからな。……まぁ、俺ならおなかしか見ないけれども、互いに女子だ、そんな風に思ったとしても不思議ではない。

 

 で、そんな創意工夫をした結果、俺が突然中庭にやって来てもぱっと裾を下ろすことが出来ずにモリーの顔が爆乳に埋まるという事態が起こってしまったわけか。

 なるほどなるほど。

 

「そのアトラクション、一回いくら?」

「で、ですから、アトラクションではありませんっ! もう! ヤシロさん!」

 

 ジネットが涙目で厨房への入り口を指差す。

 そうか、俺はこんないい景色を背にして戻らなければいけないのか……

 

「この次はモリーの番なのか?」

「わ、私はっ…………閉店後、店長さんのお部屋で確認します」

 

 そうか。

 どうにも俺は邪魔をしてしまったらしいな。

 俺のことなんか気にしなくていいのに~。

 

 ……分かったよ。戻るよ。戻ればいいんだろう。ちぇ~。

 

「ジネット、腰くらいの高さの樽があったら貸してほしいんだ。あとで持ってきてくれるか」

「は、は~い!」

 

 帰りながら、背中越しにジネットに用件を伝えておく。

 ドアが閉まる間際に了承の返事が寄越され、俺は後ろ髪をぐぃんぐぃん引っ張られながら、フロアへと戻った。

 

「ぁ、ぁの……てんとうむしさん? どぅして、泣いてる、の?」

「陽だまり亭の中庭って、たま~に桃源郷にたどり着くんだけどさ……そこには長居は出来ない上に、二度とたどり着くことはないんだよなぁ……」

「ぇっと……ょく、ゎかんなぃんだけど…………えっちなのは、ダメ、だょ?」

 

 エッチじゃないもん!

 ロマンだもん!

 

「ぁ、ぁのね、てんとうむしさん。ぁっちの、ぁれは、なに?」

 

 肩を落とす俺を見かねてか、ミリィが場の空気を変えようと声を上げる。

 指差す先には、丸い紙製の玉が複数転がっていた。

 

「あぁ、あれはピニャータ用のくす玉だ」

 

 といっても、紐を引っ張ってぱっかりと割れるタイプのものではなく、棒で叩き割るタイプのくす玉だけどな。

 

「見ても、ぃい?」

「おう。力を入れると簡単に壊れるから慎重に頼むな」

「ぅん!」

 

 てってけてってってーっと、小走りでくす玉に駆け寄るミリィ。

 ……その気になればくす玉に入れるんじゃ…………?

 

「わぁ、中が空洞なんだ」

「あぁ。その中にいろんなものを詰めるんだ」

「へぇ~……おもしろ~ぃ。不思議~」

 

 中が空洞の綺麗な球体が面白いらしく、持ち上げては覗き込み、側面底面と壷の鑑定士のように眺めるミリィ。

 

「どうやって作る、の?」

 

 空洞の秘密はブーブークッションにある。

 ブーブークッションと同じ方法で作った魔獣の革製の風船を膨らませ、その周りに水に溶かした糊に浸した紙を貼り付けていく。隙間なく、ただし薄く、それでいてしっかりと。

 で、糊が乾いたところで風船を萎ませれば、固まった紙は中が空洞な球体になるってわけだ。

 風船を萎ませる時に紙が破れないようにするのが最重要ポイントだ。

 

「ピニャータって、なんなの?」

「ゲームだよ。……そうだな、アップルボビングと一緒に、ピニャータも試しにやってみるか」

「ぅん! まずはアップルボビング、リンゴを使ったゲーム、だね?」

 

 わくわくした目で俺を見上げてくるミリィ。

 これはもう、持って帰っていいっていうサインなんじゃないだろうか?

 

「商品はミリィにしよう!」

「ぁぅうっ、だ、ダメ、だょぅ……」

 

 ダメかぁ~、そうかぁ~、ちぇ~。

 

「じゃあミリィ、ちょっと準備を手伝ってくれるか?」

「ぅん! やる」

 

 テーブルを二つくっつけて、ミリィと並んで座る。作業スペースは広い方がいい。

 色紙や端切れを用意して、くす玉に貼り付けていく。

 ミイラ男やちょうちんお化け、長い舌をべろんと出した一つ目小僧等々。目や口をくす玉に貼り付けて、コミカルなお化けをいくつか作っていく。

 

「ぁはっ、かゎいぃ~!」

「ミリィがか? そうだな!」

「ぁうっ、ち、違ぅょぅ……お化けさんが、だょぅ…………でも、ぇへへ……嬉しい、な」

 

 なんだ?

 可愛いって言うくらいで喜んでくれるならいくらでも言い続けるぞ。

 おはようからおやすみまで暮らしを見つめつつ。……おっといけね、それじゃあライオンになっちまう。がぉ~。

 

「ミリィ。肉食獣には気を付けろ」

「へ? で、出会わない、ょ?」

 

 バカ!

 男はみんな肉食獣なんだぞ!

 

「ミリィが赤い頭巾を被っていたら、俺は狼になる」

「ぇっと……ょく、分からないけど……食べないで、ね?」

 

 あぁ、分かる分かる。「押すなよ? 絶対押すなよ?」のヤツね。うんうん。分かる分かる。

 

「てんとうむしさん、…………め! だょ」

 

 おっと、顔に出ていたらしい。

 真面目にくす玉を作るか。

 

 俺がつらつらと思いつくままにお化けくす玉を作っている横で、ミリィは「ぅ~ん……ぅ~ん……」と頭を悩ませてお化けをデザインしている。

 

「どうやったら、てんとうむしさんのみたいに可愛いのが作れるのかなぁ?」

「こういうのは発想だからなぁ……そうだな。じゃあ、ミリィが一番怖いと思う顔をしてみてくれ」

「ぅえ? ぇ……っとぉ、が、がぉ~! …………待って、今のなし!」

 

 俺は立ち上がり、無言で窓を開け、腹の底から叫んだ。

 

「かーわーいーいーぞぉー!」

「ぁうっ、ゃめて、てんとうむしさん! さっきの、失敗だから!」

 

 両手の人差し指で目尻を吊り上げて見せたミリィ。

 つまり、目が釣りあがっている顔は怖いということだ。

 

「だったら、こんな感じのお化けにしてみたらどうだ?」

 

 紙に、目が釣りあがった悪魔のようなキャラクターを描いてみせる。

 ついでに口も裂けて、牙まで生えている。

 

「くすくす……可愛ぃ」

 

 仕上がりが可愛らしくなったのは、俺の網膜にさっきのミリィのお化け顔が焼き付いているからだろう。

「がぉ~!」って……わざとか? じゃなかったら『可愛い』のステータスがカンストしてんだろ、絶対。

 

「じゃぁ、これを真似して作ってみる、ね」

 

 俺の描いたイラストを見て、くす玉に顔を貼り付けていくミリィ。

 紙をハサミで切って、指で糊をつけて、ぶにってはみ出しては「きゃっ」って声を上げるミリィは……園児に見える。

 

「ミリィ、お昼寝とかしなくて平気か?」

「みりぃ、子供じゃなぃもん!」

 

 ほっぺたを膨らませつつ、くす玉を作っていくミリィ。

 怖い顔にしようという意気込みの表れか、口を「あ~!」って開けている。

 笑顔を描く時は自分も笑顔に、怒り顔を描く時は自分も厳しくなるもんだよな。

 

「ヤシロさん、こんな樽でいいでしょうか?」

 

 樽を抱えたモリーと一緒に、ジネットがフロアへとやって来る。

 お腹はきちんと隠されている。

 

「あら、ミリィさん。何を作っているんですか?」

「ぇっとね……くす玉?」

「まぁ、可愛いですね」

「こっちはみんなてんとうむしさんが作ったんだよ。じねっとさんも、一緒に作る?」

「はい。作りたいです」

 

 きゃっきゃと、楽しそうに笑って、ジネットがミリィの隣に座る。

 ミリィが得意げに作り方を教えている。……おかしいな。あの娘まだ一個も完成させてないのに、なんだかベテラン風吹かせてるぞ?

 ふふ……お姉さんぶりたがるところが子供っぽいよなぁ。

 

「ヤシロさん、この樽はどうしましょうか?」

「そうだな、真ん中付近に置いてくれ。で、悪いけど水を汲むの手伝ってくれるか?」

「はい」

「重いんだよなぁ、水……」

「え、でも、陽だまり亭さんの井戸の滑車、驚くほど軽いですよ?」

 

 先日、ノーマが張り切りましたので。

 それでも、水は重いものだ。桶一杯の水を何往復も持ち運ぶのはしんどいんだよ。

 

「ん~……」

 

 モリーがちらちらとくす玉製作現場を見ている。

 すごくやりたそうだ。

 

「あとでモリーも作ろうな」

「はい! ……あの、デザインをお願いしても?」

「じゃあ、モリーが一番怖いと思う顔をしてみてくれ」

「え? 一番怖い、ですか…………」

 

 アゴに指を添えて考え込むモリー。

 そして、「では、こんな感じで……」と作った表情は――無表情。

 

「この顔が、兄ちゃんが一番怖がるんです」

「……うん。分かる。後ろめたいことがある時は、その表情が一番怖いよ……」

 

 でもな、モリー。それじゃない。求めていたものはそれじゃないんだ……

 

 とりあえず、凍りつく無表情な雪女のイラストでも描いてやることにしよう。

 

 

 

 

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