「俺が四十二区の領主か……へへっ、悪くねぇな」
ゴッフレードはあっさりと食いついた。
「その可能性はゼロだよ。ヤシロが必ず君を地下牢から連れ出すからね」
「だが、オオバヤシロがウィシャートの兵に殺されちまったら、分からねぇだろう?」
「……まぁね」
「仮にそうなったとして……そうだな、ウィシャートにこう持ちかけりゃ俺は無事に地下牢を出られるか。『俺は四十二区の領主になれる。俺をここから出してくれりゃ、今の領主に代わってあんたに都合のいい領主になってやるぜ』ってな」
俺がゴッフレードを救出できなければ、エステラは『精霊の審判』の契約に従ってゴッフレードに領主の座を明け渡さなければいけない。
拒否すればカエルだ。
エステラ以外に血族がいないクレアモナ家は、その瞬間途絶える。
そうなれば、四十二区の領主の座は空く。
ゴッフレードがうまく滑り込めるかどうかは別にしても、ウィシャートにとっては美味しい状況になるだろう。
うまく交渉を持ちかければ、ゴッフレードは自分の身を守れるってわけだ。
「おまけに、トラ人族の奴隷か……へへっ。女としての価値は皆無だが、護衛にゃ御誂え向きだ」
「……マグダより強い人間は数えるほど」
女としての価値がないなんて言われても、マグダは一切感情を乱さなかった。
ゴッフレードなんぞにその価値を見出されたくもないということか。
「いいだろう。乗ってやるぜ、その話」
「あくまで、お前に条件を呑ませるためにあり得ない好条件を提示しただけだ。何がなんでもお前を助け出しに行く。領主の座に目がくらんで地下牢で駄々をこねるような無様は晒すなよ? こちらが提示する条件は、『お前が地下牢から出られる状態にする』までだ。自分で自分の足を切り落として『逃げられない』くらいのこと、お前ならやりそうなんでな」
「がはははっ! 貴族になれるなら、足くらい惜しくはねぇわな」
デカい声で笑うゴッフレード。
こいつ、マジで腹立つな。
「だが安心しろ。ノルベールが無事ならとりあえず文句はねぇ。お前ら、ウィシャートを潰すんだろ?」
「とりあえず、こちらが被った被害分、責任を取らせるだけさ」
エステラが、明言を避けてそう回答する。
「ウィシャートが潰れるから今すぐ進軍してこい」なんて情報をバオクリエアに流されちゃ堪らんからな。
決行まで一晩ある。
こいつなら、その短い時間で面倒くさい事態を引き起こしかねない。
「で、どうやって目印を付けるんだ? 下手なものじゃ消されちまうぜ?」
どうせ何か企んでるんだろと、思考も放棄して楽しそうに尋ねてくるゴッフレード。
こちらの味方のつもりなのか、もともとこういうヤツなのか。
……もともとこうなんだろうな。
こいつにとって、他人はあくまで他人。仲間だなんて感情は誰に対しても持っていないのだろう。
利用できるかどうか。
自分に有益がどうか。
その程度で人を判断しているに過ぎない。
「ここにフロッセの種がある」
「また持ってこさせたのか?」
「こいつの特性を、お前は知ってるな?」
「あぁ。前にも話しただろう。こいつは周りの植物の栄養を根こそぎ奪い取って花を咲かせる。水と栄養さえあれば三日で開花する」
「そっちじゃない方も知ってるんだろ?」
「そっちじゃない方? ……開花に土はいらないってヤツか?」
フロッセは土からでも植物からでも、または生物からでも栄養を吸い上げることが出来る。
なので、土壌に影響されることなく花を咲かせるのだ。
沼地でも砂漠でも、魔獣の死骸の上でもな。
だが、今話しているのはそれじゃない。
「真水じゃなくて、海水をかけたらどうなる?」
「あぁ、そっちか。……ったく、テメェはどこで情報を得てやがるんだ。俺ですらすっかり忘れてたぜ、そんな性質」
フロッセの種に真水をかけると、周りの栄養を奪いながら三日目に花を咲かせる。
だが、海水をかけると――
「フロッセは五秒で花を咲かせやがる」
マーシャに聞いたのだが、船乗りは絶対にフロッセの種を船に持ち込むなと教わるらしい。
その昔、フロッセを乗せた船が嵐に遭遇し甲板に海水が流れ込んだ。
その海水を浴びたフロッセが一斉に開花し、船の材料となった木材を根こそぎ枯らせて船を沈没させたらしい。
船に乗せていた食料や動物、そして船員たちはみなフロッセの根に絡め取られ、根こそぎ精気を吸い尽くされていたという。
「海水で開花したフロッセは、通常より凶暴化するそうだな」
「そう言われてるな。俺は見たことがねぇから知らねぇがな」
もともと厄介者扱いだったフロッセを取り扱う者は少なく、陸上で生活している町の者たちがフロッセに海水をかけることはそうそうなかったのだろう。
だから、認識の外に追いやられるくらいの記憶になったのかもしれない。
だが、船乗りにとっては生死に関わる重大なインシデントだ。
ゴッフレードが忘れても、マーシャはしっかりと把握していた。
だから、船での輸送は大変だと言っていたのだ。
「地下牢へ連行される途中にこの種を撒いておけ。庭に海水を撒けばそいつが発芽して場所が分かる」
「なるほどな。じゃあ、建物に入る直前には多めに撒いておくとするか」
「そりゃ分かりやすいな。さすがだな、ゴッフレード」
「よせ、気味が悪ぃぜ」
と言いながら、満更でもなさそうなゴッフレード。
こいつみたいな孤独な生き方をしてると、こんな会話も楽しいものなのかもなぁ。
絶対マネしたくない生き方だ。
「だが、場所が分かったとして、鍵はどうするんだ? 兵は一人や二人じゃねぇぞ?」
「あぁ、鍵ならヤシロが開けるよ。兵から奪う必要はない、だよね、ヤシロ」
「あぁ」
「……出来るのか?」
「やってみせてやろうか?」
言って手を差し出すと、ゴッフレードはしばし考えた後で、懐から小さな箱を取り出した。
「こいつの鍵は特殊でな。これの鍵は決して複製できない、世界で唯一無二の形状なんだ」
「なんだ? 肌身話さず持ち歩くくらい大切な物か? ママとの絆でも入ってるのか」
「ふざけるな。いろいろな連中の弱みを書いた、俺の商売道具だよ」
この中に、他人には漏らせない秘密が書かれたメモが入ってるわけか。
うわ~、興味ね。
開ける気も起きないしょうもない中身だな。
まぁ、開けるけども。
「ほい、開いたぞ」
「マジか!?」
パカッと開いた秘密の小箱を奪い返し、ゴッフレードが奇声を上げる。
「くっそぉ、鍵屋のオヤジめ。絶対に開けられない特別な鍵だとか抜かしやがって……カエルにしてやる」
「いや、待ちなよゴッフレード。鍵屋が悪いんじゃなくて、ヤシロが特殊なだけだから」
見ず知らずの鍵屋のオヤジを守るために、エステラが自分の館で最も堅牢な金庫の鍵を俺が開けてやった話を持ち出す。
領主の館の金庫の鍵をあっさり開ける男なんだから、鍵屋に罪はないと。
「ほぅ……。なぁ、オオバヤシロ。事が済んだら、俺と一緒に一儲けしねぇか?」
「悪いが、こそ泥なんて割に合わねぇ悪事はやらねぇんだよ」
金が欲しいなら、正々堂々、まっとうに巻き上げる!
盗むよりも詐欺にかけて盛大に奪い取ってやるさ。
訴えようにも訴えられない、相手の弱みをしっかり押さえた、絶妙な詐欺の手口でな。
「まぁ、気が変わったら声をかけてくれや」
「そっか、お前には言ってなかったか。事が済んだら、俺はお前の顔を二度と見たくないと思ってるんだ」
「がははは! そいつは残念だなぁ、オオバヤシロ。悪党は悪党を呼び寄せるもんだ。お前も例外じゃねぇだろう」
お前も悪党なのだから、悪党である俺と同じ場所に導かれる。
また会う機会もある、いや、きっと会う機会は増えるだろう――と、こいつは言いたいようだ。
願い下げだな。
同じ悪党でも、俺とお前ではステージが違い過ぎるんだよ。
お前みたいな三流の悪党と、超一流の俺とじゃ比べるのも失礼なんだっつーの。
「ボクたちは朝の鐘がなるころにウィシャートの館へ向かう。それまでにことが片付くように動いてほしい」
「おう。まぁ、領主の座もオイシイが……今回はお前らに乗ってやるよ」
ウィシャートが弱体化すれば、バオクリエアにとっては侵略の好機となる。
その情報を持ち帰れば、バオクリエアにおけるゴッフレードの株は上がる。
どんな契約をしているのかまでは知りようがないが、ゴッフレードは今回の作戦がうまくいけば、高確率で貴族になれると踏んでいるようだ。
そうでなくても、相当にうま味のある状況なのだろう。
「何はなくとも、ノルベールの野郎が無事でないと話にならねぇからな。そっちも、期待してるぜ」
「あぁ。お前を助けるついでに、ノルベールも助けるさ。そのための作戦だ」
「よぉし、これでいよいよ俺の願いが叶うぞ。……へへへっ、いいぞ、ようやく運が向いてきやがった」
明るい未来を、夢想して上機嫌のゴッフレード。
この様子なら、今夜のうちにバオクリエアやウィシャート側に寝返ることはないだろう。
最低限の見張りだけ付けて、明日まで放置で構わないだろう。
「じゃ、ゴッフレード。また明日な」
「おう。地下牢で会おうぜ」
そう言って別れる。
ゴッフレードの隠れ家を離れ、しばらくしてから――
「俺から見れば、マグダは女の子として十分過ぎるくらい価値があるんだが……品性のないクズにはそれが分からんようだな」
と、マグダの頭を撫でておいた。
しばらくきょとんと俺を見ていたマグダだったが、おもむろに尻尾を揺らし「くふっ」と笑いを漏らす。
「……ヤシロは心配性で過保護過ぎる」
そう言いながらも、尻尾は嬉しそうに俺の太ももをこすっていた。
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