異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

327話 カエルはどこに? -3-

公開日時: 2022年1月13日(木) 20:01
文字数:3,948

「……存分に埋まった」

 

 散々甘えたマグダの感想である。

 

「じゃあ次、俺の番な」

「残念やなぁ。ウチ、泥はNGやねん」

「泥かぶってなきゃいいんだな!? じゃあ明日な! 絶対な!」

「あぁ~、おしい! サービスタイム、今終わったわ」

「ちきしょー!」

「ヤシロ。もう、そこから出てこなくていいよ」

 

 なぜだ!?

 たった今、泥のせいで人生をふいにしたところだというのに!

 

「それもこれも、すべて精霊神が――」

「自業自得だよ」

「まさか、あの心温まる光景で煩悩が活性化されるとは。さすがヤシロ様ですね(褒めてはいません)」

「てんとうむしさん、だめ、だょ?」

「ミリィさん。防犯用に、手のひらサイズの食虫植物を販売されてみてはいかがですの? 商品名は『ヤシロさんホイホイ』ですわ」

「あ、じゃあボクも一つ買っておこ~っと」

「エステラさんは必要ありませんわ」

「どーゆー意味さ!?」

「代わりに私がご説明差し上げましょう。エステラ様の場合レジーナさんと違って埋まるほどの――」

「説明しなくていいから、ナタリア!」

 

 好き勝手なことを言って、好き勝手に騒ぐ。

 それよりも、早く俺の対処を決めてくれ。

 クサい。

 

「ほな、トラの娘はん。陽だまり亭行って、おっぱい魔神はんの着替えとタオル、持ってきたってくれるか?」

「……うん。任せて」

 

 マグダが「うん」って言った。

 なんかすげぇレジーナに甘えてる。

 そういや、さっきマンドラゴラの時もレジーナはマグダを助けてたしな。

 マグダも結構不安なんだろうな、湿地帯にいることが。

 だから、危ない時に必ず守ってくれる相手に甘えたくなっているのだろう。

 

 ……俺は、守ってやれてないからなぁ。

 

「あと、ミリィちゃん。川行って水汲んできたってくれるか? 樽一杯もあったら足りる思うさかいに」

「ぅ、うん。でも、あの……てんとうむしさん、平気?」

「あぁ、ミリィが戻ってくるまで沼の中で待ってるよ」

「ぁ、そうじゃなくて……食虫植物……」

 

 ミリィがいなくなるのは不安だなぁ。

 

「まぁ、沼の中にまではいないだろ?」

「ぇっと……てんとうむしさんの足下の、水草……は、踏んじゃだめ、だょ?」

「こいつもそうなのか!?」

 

 よく見ると、沼のあちらこちらに浮かんでいる水草とは若干形が異なる草が、さも『触ってみて~』みたいな形でこちらに葉を向けていた。

 危ねっ!?

 まったく気付いてなかった!

 危うく三度目の捕食をされるところだったよ!

 

「ふふん。正体さえ分かれば、こんな水草くらい――」

 

 と、その水草を避けて移動した先に、まったく同じ形をした葉が浮かんでいた。

 踏んだよね、俺。

 で、捕食されたよね。

 

「いやぁぁああ!」

「……なぁ、自分、アホなん?」

「これが、外周区や『BU』をまとめ上げた人物だなんて、きっと誰も信じないだろうね」

「まとめ上げたのはエステラ様ということになっていますよ、記録上は」

「えっ!? やめてよ! ヤシロみたいに変なのに懐かれちゃうじゃないか!」

「ぁ、あの、それより、てんとうむしさんを助けなきゃ」

「ですが、それではミリィさんが泥に汚れてしまいますわ」

「ぇっと……じゃあ、ねぇ……てんとうむしさん。その水草の葉脈に息を吹き込んでみて」

 

 葉脈?

 葉っぱの表面に見える血管みたいなヤツか?

 そこに息を吹き込むって……

 

 こんな泥にまみれた水草に口を付けるのか?

 まぁ、食われるよりはマシか……

 

 俺は言われるがままに、葉を一枚二つに折り、その断面に口を付けて思いっきり息を吹き込んだ。

 瞬間、水草の茎がゴム風船みたいに膨らんで、俺を締め付けていた蔓が逃げるように離れていき、水の中へと潜っていった。

 

「今のが、あの水草に捕まった時の緊急避難方法、なんだけど……大丈夫、てんとうむしさん?」

「……なんか、めっちゃ苦くて、めっちゃクサい……」

「ぅん。あの水草の葉っぱ、クサシ虫みたいなニオイするから、本当に緊急時以外は別の方法で抜け出すんだよ、ね」

 

 クサシ虫とは、カメムシがワキガになったような強烈なニオイがする虫だ。

 たま~に道ばたで出くわすのだが、触れたら最後、その日一日は指先から悪臭が取れなくなるという恐ろしい虫なのだ。

 

 ……それと同じニオイが、口の中に…………

 

「ミリィさんは残った方がよろしいようですわね。川の水は、ワタクシが用意いたしますわ」

「でも、イメルダ。君はそこまで力持ちじゃないよね?」

「湿地帯の手前まではウチの木こりに運ばせますわ。湿地帯の中へは、マグダさんとミリィさんに手伝ってもらえばよろしいじゃありませんか」

「なるほどね。じゃあ、悪いけど、よろしく頼むよ。イメルダも、マグダも」

「……行ってくる」

 

 イメルダに続いて、マグダがその場を離れる。

 俺と、レジーナに手を振って。

 

「……いいなぁ、レジーナ。懐かれて」

「なんやのん、領主はん。ヤキモチかいな?」

「だって、マグダはボクにはなかなか心を開いてくれないんだよ? こんなにフレンドリーなのに!」

 

 耳を触ろうとするからだよ。

 それに、レジーナはマグダが怪我をした時に親身になって看病していたし、マグダにとっては庇護者なんだよ、すでにな。

 

 マグダとイメルダを見送り、俺たちはとりあえず小休止だ。

 ナタリアが辺り全体を警戒し、ミリィが俺の周りに食虫植物が寄ってこないように警戒してくれる。

 

 レジーナは「ただ座って待ってんのもなんやしな」と、沼の縁に生えている草を何やら調べ始める。

 エステラは俺とミリィを見守るような位置に立つ。

 

「俺も、折角泥まみれになったんだから、ここら辺調べてみるよ」

「気を付けなよ。君は植物にとってご馳走に見えているようだからね」

 

 ふん。他人の不幸を嬉しそうに。

 泥まみれの体でお前に抱きつくぞ。

 そうしたら、この湿地帯で混浴だな。

 どうする? ウーマロもいないこんな森の中じゃ、目隠しや仕切りも用意できないぞ。

 諦めてすっぽんぽんの付き合いをしてみるか?

 

 ま、しないけどな。

 

 …………

 …………

 …………

 

 ……いや、しないよ? しないけどね。

 

「エステラ。抱っこ」

「お断りだよ」

 

 そっかぁ。

 もしかしたらって思ったんだけどなぁ。

 

「てんとうむしさん。あっちの方には近付いちゃだめだょ。食虫植物がちょっと繁殖し過ぎちゃってるから」

 

 し過ぎちゃってんのか。

 じゃあ、ちょっとくらい駆除してもよかろうに。

 

「ちょっと崖の方へ行ってみる」

 

 ザブザブと、泥を蹴飛ばすように沼の中を進む。

 もはやパンツの中までびしょ濡れだ。

 臆することなど何もない。

 

 膝くらいまである沼の中は歩きにくく、1メートル進むのも大変だ。

 急に深くなっている可能性も考慮して、慎重に進んでいるのでなおさらだ。

 これなら、泳いだ方が早いんじゃないか?

 ……急にカエルが出てきて沈められたら怖いからやらないけども。

 

 しかし、案の定というか、カエルは姿を現さなかった。

 こりゃ『異物を監視していた』って俺の推論も的外れだったかな。

 結局、この場所にはカエルなんかいないんじゃないかと思えてきた。

 

 カエルたちは一度ここに集まり、そして誰も知らない秘密のルートでこの街を出て行っている。

 だが、何も知らない者が迷わないように、ある一定の人数だけがこの沼地に留まり、息を殺して潜んでいるのだ。

 そう考えると何もかも辻褄が合う気がする。

 

 そうだそうだ。

 きっと服を着ていたカエルは、カエルの中のリーダーなのだ。

 人間だって、王様は誰よりも豪華で偉そうな服を着て権威を示しているからな。

 カエルの世界もそうなのだろう。

 

 ってことは、俺は初っ端にカエルの王族に出くわしたことになるのかもな。

 あぁ、だからその直後に無数のカエルに取り囲まれたのか。

 王様に近付くヤツは排除する、的な?

 ありがち、ありがち。

 

 ……ま、それが事実なら、カエルは人間と同等の文化を有していることになるんだけどな。

 もしそうなら、もっと痕跡を残していてもいいはずだ。

 

 つまり、これも俺の勝手な妄想ってわけだ。

 

「もう、ワケ分かんねぇ」

 

 情報がなさ過ぎて推論も立て飽きた。

 どんなに頭を使っても、結局『何も分からない』のだ。

 こうなったら『カエルなんかいなかった。嘘だと思うなら湿地帯に人を派遣しろ』とでも言って、ウィシャートを煙に巻いてやるかな。

 

 ――と、半ば諦めモードで来た道を戻ろうと振り返った俺は、視界の端に妙に派手な花を見つけ立ち止まる。

 

 沼の中。

 崖にほど近い場所。

 そこに、奇妙な形の花が咲いていた。

 

 手のひらほどの大きさの赤紫の花。

 花びらの数は五枚。

 五枚のうち、一枚だけが毒々しいまでに赤い。

 その五枚の花びらの後ろから、花びらをぐるりと取り囲むように細い枝のような葉っぱが無数に生えている。

 葉っぱというより、育ち過ぎた『がく』のようでもあるが、花びらに対して数が多過ぎる。

 

 毒々しい赤と赤紫の花びら。

 それを取り囲む、花びらよりも長い萼のような灰色の葉っぱ。

 それは遠目で見ればまるでガキが落書きした太陽のような形をしていた。

 

 ただし、太陽だと素直に思えないのはそのあまりに不気味な色合いのせいだろう。

 これが太陽なら、その太陽が昇る世界は魔界と呼ばれる場所だろう。

 

「派手なのに、なんか気味の悪い花だな」

 

 特に気味が悪いのは――全体を包むヌメリのある膜。

 

 

 その花は、茎から葉、そして花びらに至るまで、すべてが透明な薄い膜に覆われていた。

 ジュンサイのような、ぬめっとした膜に覆われた不気味な色合いの花が沼の中に一輪、ぽつんと咲いている様はとても異様で、俺はしばらくその花から目を離すことが出来なかった。

 

「……レジーナなら、何か知ってるかな?」

 

 どうにも気になって、俺はその花に手を伸ばす。

 レジーナに見せてこいつの正体を知りたいと思った。

 

 一本しかないけど、まぁ、いいよな?

 

 摘み取ってレジーナに見せてみよう――そう思った時。

 

 

「アカンっ!」

 

 

 絹を裂くようなレジーナの絶叫と、レジーナが沼に飛び込む重々しい水音が鼓膜を震わせた。

 

 

 

 

 

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