「うまぁ……」
スフレパンケーキは、概ね好評だった。
いや、大好評だった。
「カタクチイワシ。レシピをください、お願いします!」
「ルシアがめっちゃ下手に出てきた!?」
深々と頭を下げるルシアに、こっちが度肝を抜かれる。
そんなに美味かったか!?
「こ、これが、四十二区でしか食べられないというのであれば……私はもう四十二区から離れんぞ!」
「ごめん、ヤシロ。面倒くさいから教えてあげてくれるかい? お金はボクが払うから」
エステラが早急に手を打つほどの本気度を見せるルシア。
いや、レシピもなにも、普通のホットケーキと違うところは卵白をメレンゲにするくらいなんだが……
「ジネット。ルシアんとこの料理長が分かるようなレシピ書けるか?」
「はい。任せてください」
「恩に着る!」
え~ん。
ルシアが素直でちょっと怖いよぉ~。
「フルーツのソースはお店にあった物で作ったので、お好みの物で作ってみるとまた新しい発見があるかもしれませんね」
「いいと思う、私は。使うのが、特産品などを」
「そうですね。三十五区らしいソースになると素敵ですね」
「海産物、三十五区の名物は。なので、イカスミ、有力候補は!」
「出来ればフルーツがいいのではないかと思いますよ」
ジネット、突っ込んでやって。
「なんでやねん」って言ってやって。
まぁ、ギルベルタはボケたつもりないんだろうけど。
……っと。それよりも。
「どうだ、レジーナ」
「ん?」
レジーナの前に来て、感想を聞く。
「お前、こういうの好きだろ?」
「せやなぁ。ふっくらまんまるのもんが二つ並んでるんは、どんなもんでも好っきゃなぁ」
「そうじゃねぇよ!」
そうじゃねぇけど……そう言われてみれば、その通りかも!
「いいもんだな、スフレホットケーキ!」
「懺悔してください」
「レジーナ発信なのに!?」
「今のは完全に、君で加速したからね。君が懺悔を受けるべき案件だったよ」
加速とか、よく分かんない。
「まぁ、美味しくいただいとるで」
「お前、こういうほのかな甘さの柔らかいスイーツ好きだろ?」
こいつはプレーンのマシュマロを気に入っていた。
あと、プレーンのドーナツや、何も入っていない丸パンを好んで食っていたという情報も入ってきている。
フルーツや砂糖という分かりやすい甘さよりも、噛むと口の奥にふんわりと広がるほのかな甘さが好きなのだ、レジーナは。
「ほら、ソースを避けてホットケーキだけで食ってるだろ」
「あ、本当ですね。すみませんレジーナさん。ソースがお邪魔でしたか?」
「いやいや、ちゃうちゃう! これだけでも十分美味しいな~って思てただけで…………っていうか、そーゆーのん、バラさんとってくれるか?」
レジーナにジト目で睨まれる。
ふふん、照れてやんの。
「なんだ、レジーナ。クリームいらないのか? あたいがもらってやろうか?」
「おぉ、なんやろ。えらい上から来はったな」
ケラケラと笑って、レジーナは生クリームの半分以上をデリアの皿に移す。
「まぁ、残してまうより、美味しく食べてもろた方がクリームも喜ぶわな」
「おう! あたい、一番美味しく生クリーム食べられるぞ!」
食べる方の一番ってどうやって決めるんだよ。
まぁ、美味そうに食うのは本当だけど。
「もしかして、ウチが好きそうや思ぅて、朝ご飯これになったん?」
「おう。今日はレジーナおかえりパーティー二日目だからな」
「なっ……!? あ、あほ言いな! あんなもん、何日も続けられるかいな!」
「えぇ、いいじゃない! 二日目やろうよ! ね、ネフェリー?」
「私もパウラに賛成。あ、そうだ! じゃあさ、今度はレジーナの家でやらない? また私が掃除してあげるから」
「みりぃも、ねふぇりーさんのお手伝いする、ょ」
「待って待って! それならカンタルチカでやろうよ!」
「いや、だから、やらへんって! ウチもう帰るさかいな!」
「「「えぇ~!」」」
「いや、『えぇ~!』って……」
パウラたちに絡まれて、レジーナが困り顔をさらす。
まぁ、こいつらにも日常はあるから、今日は普通に仕事に戻るだろうけどな。
ジネットが『特別な方がよかったのでは?』ってちょっと不安がっていたからな。
これくらいの特別感があれば、満足してくれるだろう。
レジーナが好きそうな物で、目新しい物で。な。
感謝の気持ちってほど大それたものではないが、少し喜ばせるくらいはしてやるべきだ。
レジーナのおかげで、ハンドクリームの試作品も出来たしな。
「ジネット。これ、使ってみてくれ」
「……これは?」
俺が差し出した小さなケースを受け取り、首を傾げるジネット。
昨日の夜、レジーナのところから持ってきた材料を混ぜて作った簡易ハンドクリームだ。
精油はレジーナのところにあったカモミールを使用した。
「とりあえず試作品でな。意見を聞かせてくれると助かる」
「いただいてもいいんですか? あの、こういう物は高価だと聞きましたが……」
この世界では、スキンケアをするのは貴族くらいなもので、一般庶民は手を出さない。
火傷に軟膏を塗るくらいが関の山で、肌のケアにまで気を回せるほど余裕があるのは貴族と金持ちくらいだったからだ。
だが、今の四十二区なら、それくらいの余裕はある。
おまけに、レジーナのところで作るものなら価格も抑えられる。
スキンケア用品が高額になるのは、作っているのがそーゆーところだからだ。
金持ち相手に商売をしているような商会が作っているのだから、庶民が手を出せないような値段になるのも仕方がない。
「それはそこまで高価じゃねぇよ。薬剤師ギルドの商品だしな」
「レジーナさんのところのものでしたら、安心して使えますね」
効果も安心。
材料も安心。
懐にも安心だ。
「わぁ、いい香りですね」
蓋を開けて香りを嗅ぐジネット。
エステラやパウラたちがジネットに近付いて一緒に匂いを嗅いでいる。
「ミリィ。まずはラベンダーで試したいから、協力よろしくな」
「ぅん。生花ギルドの大きいお姉さんたち、水仕事で指先が荒れるって言ってたから、こうぃうのが出来るときっと喜ぶと思う」
それはそれは。
さぞやしわしわになっていることだろう。
ハンドクリームでどうにか出来ればいいんだかなぁ。
「とてもなめらかで、全然べたつきませんね」
試しにと自身の手にハンドクリームを塗り広げるジネット。
すっと伸びてさらりと肌に馴染む。
「手のひらの上でわっしょいわっしょいしてるか?」
「へ? ……もう。からかわないでください」
ぷくっと頬を膨らませるジネット。
ハンドクリームの感想はわっしょいわっしょいではないようだ。
「あたしも、ちょっと使ってみていい?」
「はい。どうぞ。みなさんも。……かまいませんか?」
群がる女子たちの間から、ジネットが俺を見てくる。
まぁ、しょうがないだろう。
この状況で「だめー!」とは言えないしな。
「俺が昨日適当に作ったものだから構わねぇよ。ちゃんとしたヤツは、これからレジーナに作ってもらうよ」
「え~、でもこれ、すっごくいいよ! あたし欲しいもん」
「私も欲しいなぁ。パウラほどじゃないけど、水仕事は多いから」
「アタシも欲しいさねぇ。ご覧な。触り心地が絹みたいさね」
ハンドクリームを塗った手はさらさらのすべすべになるようで、好感触だ。
うんうん。これは売れるな。
なにより。
「店長さん、触りっこしようです!」
「……マグダもすべすべ」
「わぁ、本当ですね。すべすべです」
「店長さんもすべすべです!」
「……さらさら」
「ありがとうございます。うふふ」
ジネットが嬉しそうで、よかった。
「カタクチイワシ!」
ハンドクリームで盛り上がる女子をかき分け、ルシアが俺の前にやって来る。
「売ってください、お願いします!」
「お前、今日どうした!? ひょっとして酒残ってる!?」
欲しい物のためにプライドをかなぐり捨て始めたルシアのおねだりに、レジーナが苦笑を漏らし、「ほな、みんなが寄付に行ってる間にちょっと作ってみるわな」と善人ぶって、ガキどもにまとわりつかれるであろう教会への同行を巧みに回避していた。
大人でもこの盛り上がりだもんな。
ガキどもの前に出たらどんな目に遭うか分かんないもんなぁ。
ホント、お前は抜け目ないよな。
陽だまり亭で朝食を食っていたにもかかわらず、教会でもスフレホットケーキを欲しがる者が続出し、ガキどもも「おかわり、おかわり!」の大合唱で、当然のようにベルティーナがいつも以上にたくさん食べて――余分に用意した牛乳と卵をすべて使い切った。
……いや、どんだけ大歓迎されてんだよ、スフレホットケーキ!?
そんな感じで、レジーナの帰還から一連の特別なおかえりパーティーは一応の幕を下ろした。
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