教会への寄付は、ラーメンだった。
「みなさん、どの味付けが一番好きか教えてくださいね」
「「「「はぁーい!」」」」
微妙に風味の違うラーメンが小鉢に入れられて、それぞれに四つずつ配られる。
味の方向性で迷っているようだ。
「「「「みんなおいしー!」」」」
「それは、ありがたいのですが……困りましたね」
ガキどもには味の違いなんぞ分からんのだ。
帰ってすぐ、俺に出されたラーメンは小鉢の中の一つだ。
おそらく、現段階でこのラーメンが一番気に入っているのだろう。
「あとでみなさんにも意見を伺ってみましょう」
両手を胸の前でぎゅっと握り、「がんばるぞい!」と呟くジネット。
タートリオのジジイが乗り移ってるぞ!?
「来てたのか、タートリオ?」
「へ? あ、はい。昨日の夕飯時に。ヤシロさんがいなくて寂しがってらっしゃいましたよ」
そんな懐かれる謂れはねぇな。
飯を食いに来たなら大人しく飯を食って帰ればいいのに。
「また会いに来るとおっしゃってましたよ。なんでも、土木ギルド組合の関連でお話ししたいことがあるとか」
なんか動きがあったのだろうか。
いや、またにするってことは、さほど重大なことではないのかもしれん。
逼迫した状況なら、伝言を残すだろうしな。内容を明かせないにしても『至急会いに来い』とかな。
「ま、そのうち会うこともあるだろう」
「はい、ご近所さんですからね」
近所、ね。
ニュータウンはそこそこ遠い。
だが、陽だまり亭の周りに住居がないせいでそこら辺まで行ってようやく『ご近所さん』なのだ。
一番近いのは教会で、大衆浴場やイメルダの館なんかもご近所になるかもしれない。
お隣さんまで徒歩十分。そんな山奥のクソ田舎みたいな状況だもんな。
はたして、レジーナが作った『湿地帯の大病』の特効薬が、ここら一帯へ人を呼び戻す起爆剤になるだろうか。
「ロレッタ」
「はいです!」
目が充血しているロレッタが元気よく駆け寄ってくる。
「……寝てないのか?」
「それがですね……なんというか、こう……」
体をくの字に曲げ、ねじり、うにうに揺らして、なんとももどかしそうな顔をするロレッタ。
なんだ。新しいギャグか? なかなか面白いぞ。
言葉に悩むロレッタに代わり、マグダが今の心境を語る。
「……一人で勝手に出て行ったレジーナに怒るべきか、マグダたちのことを考えて行動してくれたことに感謝すべきか、レジーナの身を心配するべきか、感情の持っていき場所に悩む」
「そうです! まさにそーゆー感じです、あたしは今!」
マグダもロレッタの隣でなんとも言えない表情をしている。
つまるところ――
「寂しいんだな」
「……です」
「……肯定」
しょんぼりと肩を落とす二人。
「大丈夫ですよ」
そんな二人に、ジネットはいつものように微笑みかける。
「すぐに帰ってきますよ。その時、どんな顔でお出迎えしようかと考えていると、時間はあっという間に過ぎてしまいますよ」
「……うむ。じゃあ、そうする」
「レジーナさんが帰ってきたら、絶対お泊まり会に参加させるです! これは罰でもあるですから、拒否権は無しです!」
「……うむ。三泊四日は堅い」
やっぱりな。
この街の連中の寂しがり屋度合いを侮ってはいけない。
レジーナ、もう逃げられないぞ。
「でだ」
ぽんっと手を打って、一同の注意を集める。
「そんな風にモヤモヤしそうな連中が多いだろうから、飯の後に俺から話をしようと思う」
「はいです! では、弟妹を使ってみんなを集めるです!」
「ほどほどにな」
「場所は大広場でいいです?」
「どんだけ呼ぶ気だ!? レジーナの友達だけでいい」
「……レジーナの友達………………とは?」
「いるです?」
お前らはどーゆー立場のつもりでモヤモヤしてたんだよ、今。
「……冗談はさておき」
「お友達ということなら、いつものメンバーになるですね」
「では、ラーメンの試食をお願いしましょう」
マイペースだな、ジネットは。
まぁ、こいつが心配そうな顔でブルーになってるよりは全然いいけどな。
「……店長」
「ありがとです」
「へ? わたし、何かしましたか?」
「……店長がいつも通りだから」
「あたしたちも落ち着いていられるです」
「そんな……、でも、不安が少しでも減ったのならよかったです」
ジネットは変わらない。
レジーナなんかどーでもいい……ってわけではなく、レジーナが無事に帰ってくると信じているからだ。
ジネットを見れば、他の連中も少しは気持ちが落ち着くかもしれないな。
「お兄ちゃん。レジーナさん、出発する時はどんな様子だったです?」
うっ……
「ま、まぁ、それも、みんなが集まった時に、な」
思い出させるな。
アレを処理するには、もうちょっと時間が必要なんだ。
……とんでもねぇことしてくれやがって。
この次、どんな顔して会えばいいんだよ。
…………あいつ、顔が合わせられないとか言って、帰ってくんのやめたりしねぇだろうな?
乗り込むぞ、バオクリエアに。
昨日あったことをネフェリーやパウラにバラして、「どーゆーこと!?」「詳細プリーズ!」って。
女子のそーゆー話への貪欲さは、国境を軽く飛び超えるからな。
「ヤーくん」
ガキどもの相手をしてくれていたカンパニュラが、じっと俺の顔を見上げてくる。
「レジーナ先生は、出発する時に笑っておられましたか?」
船に乗り込む時に、大きく手を振っていたレジーナを思い出す。
暗くてよく見えなかったが、それでもはっきりと分かった。
「すごく揺れてたぞ」
「……ヤシロ。カンパニュラは乳の情報は求めていない。もう少し上」
「あぁ、笑ってたぞ」
「それをさらっと言えていたら、感動的なシーンになったはずですのに……お兄ちゃん、残念です」
んだよ。
顔よりも揺れが気になるのは生物として当然だろうが。
進化論を信用するなら、猿はおっぱいをより強調するために二足歩行になったとしか考えられねぇじゃねぇか。
雄は、そのおっぱいを両手で包み込むために二足歩行へと進化を遂げたのだ。
愛って、尊いな。
「それじゃあ、あたしはみんなに声をかけてくるです。仕事の前にちょっと時間を取ってもらうなら、早い方がいいですからね」
にこにことラーメンを頬張るガキどもに「味わって食べるですよ~」と声をかけ、ロレッタが談話室を出て行く。
これで、人は集まるだろう。
「レジーナ先生。笑って旅立たれたのなら、きっと大丈夫ですね」
ぎゅっと手を握り、カンパニュラが呟く。
こいつも心配しているのだ。命の恩人たるレジーナを。
「今ならどんだけ心配してもいいぞ」
「今なら、ですか?」
「テレサが来たら、大丈夫って顔するつもりなんだろ?」
自分が不安そうにしているとテレサの不安を煽ってしまう。
そんなことを考えて、自分の心に蓋を出来るのがこのカンパニュラという少女だ。
九歳なのに、そこまで気を遣えてしまう。
だからこそ、そばにいる大人がうまい具合に息抜きをさせてやらなきゃな。
「……はい。ありがとうございます、ヤーくん」
それから、教会での朝食が終わるまでの間、カンパニュラはずっとジネットにくっついていた。
ジネットも何も言わず、カンパニュラの背中をぽんぽんと叩いてやっていた。
寄付が終わり、陽だまり亭に見知った顔が集合する。
どいつもこいつも眉間にシワを寄せている。
レジーナのことを聞き、怒っている者、不安になっている者様々だ。
そんな連中の前に立ち、俺は指を二本立てて問いかける。
「いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?」
俺の問いに、一同は近くの者と顔を見合わせ視線で意思の疎通を図る。
だが、どちらとも決められず、誰も意見を言わない。
「んじゃ、いい方からにするな」
こんなところで時間を使うのも馬鹿らしいのでさっさと本題に入る。
「レジーナが『湿地帯の大病』の特効薬を作ってくれた」
みんなが息を飲み、ざわっと空気が揺れる。
これで、もう二度と『湿地帯の大病』は発生しない。
もう二度と、あんな悲劇は起こらない。
そんな安堵が揺らめく空気から伝わってくる。
「――で、悪い方の知らせだが」
浮ついた空気が一瞬で重くなる。
ついに来たかと、俺を見る目が険しさを増す。
出来ることなら、俺も言いたくはない。だが、言わなければいけない。
一度深呼吸をし、覚悟を決めて悪い知らせを告げる。
「ルシアが来てる」
「誰が悪い知らせだ、カタクチイワシ!?」
バターンと勢いよくドアを開け、呼んでもいないゲストが飛び込んできた。
もうすっかり慣れたもんで、予告もなく突然一番遠い区の領主が現れても、誰も驚いた顔を見せなかった。
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