「あとで絶対お寿司だからね!」
と、若干のツンデレっぽさを滲ませたセリフで怒っているエステラ。
お前……今朝は不安がって泣いてたくせに。ころころとよく変わるなぁ、お前の表情と感情。
まぁ、それだけ純情な感情なんだろう。
……じゅんじょうな、かんじょう…………
「(常人の)1/3の貧相な乳房……」
「誰が貧相な乳房だ!?」
「いや、似てたから」
「何にさ!?」
今のエステラはご機嫌斜めのようだ。
腹を立てへそを曲げている。まったく、伸びてんだか曲がってんだか分かりにくい腹部だな。
「とにかく、終わったらお寿司! 絶対お寿司だからね!」
「へいへい」
プリプリと怒るエステラの隣を歩いていると、ふいに服を引っ張られた。
隣のエステラに気付かれないように、こっそりと、そんな感じで。
無言で視線を向けると、エステラとは反対隣を歩くマグダが前を向いたまま俺の服をもう一度引く。
さも、「もう少しこっちへ来い」と言わんばかりに。
俺も視線を前に固定し、エステラに気取られないようにマグダの指示に従い半歩、一歩とエステラから離れるように距離を取る。
その直後――
「お寿司お寿司と、随分浮かれているようですが――『また』働く私を差し置いて楽しい思いをなさるおつもりだったわけですね、エステラ様?」
「ぅぅうぎゃぁあああ!?」
――ナタリアが、エステラの背中にぴったりくっつくように出現して、首筋に細くしなやかな指を這わせてぞっとするような声音で呟いた。
エステラの耳元で。
うわぁ、怖ぁ……
よかった、距離取っといて。
ナイスマグダ。教えてくれてありがとう。
「ま、待ってよナタリア。今回はボクもまだ食べてないんだから。ズルいのはヤシロたちだよ」
「私が申し上げているのは、そのような楽しげなお誘いを、私は、いまだお受けしていないという事実なのですが?」
「じゃ、じゃあ、一緒にヤシロに訴えようよ、食べさせてって」
「ではヤシロ様、エステラ様より先に、私に食べさせてください」
「ズルいよ、ナタリア!?」
「私に仕事を言いつけている間に抜け駆けしようとする方がズルいです! いや、薄いです!」
「誰の胸が薄いか!?」
いやいや、エステラ。
ナタリアは一言も『胸が』なんて言ってない……いや、めっちゃ胸をガン見してるな。言ったのも同じだな、あのガン見は。
「ナタリアの用事はなんだったんだ?」
「各領主とギルド長への確認です。本日の会議に参加をした後は、もう抜けることは出来ませんので――抜けるというのであればその場で潰さなければいけなくなりますので――会議の前に最後の意思確認を行いました」
今日の会議では、明日の作戦を通知する。
権力者連中にやってもらうことは多くない。
だが、こちらがどういうつもりで、そして何を行うのかはすべて知らせておく。
それが、その後どのような影響を及ぼすことになるかもな。
それを聞いた後で「やっぱり抜ける」というのであれば、そいつはウィシャート側に付きかねない危険人物として、ウィシャートに先んじてその場で潰す。
今回の作戦は、失敗するわけにはいかないんでな。
まぁ、この段階で「四十二区が何か企んでるぞ」とウィシャートに持ちかけることも可能なのだが……そこまでは疑っていない。
あくまで最終確認だ。
あとになって「こんなつもりではなかった」と言わせないためのな。
というか、そういう確認をすることによって、相手を尊重し立てているというメッセージになる。
少なからず迷惑をかける以上、そういった筋は通しておかなければ後々角が立つ。
まぁ、連中もウィシャートには少なからず迷惑をしていたのだから、四十二区とは共犯関係にあると言えなくもないのだが、計画し実行するのは四十二区だ。
なので、一応エステラが責任者として各権力者に話を持っていく形を取っている。
「三十六区から四十一区までの全領主と、二十九区以外の『BU』の全領主、そして海漁、狩猟、木こり各ギルドのギルド長、全員参加の意思は変わっていませんでした」
「二十九区以外のって、ゲラーシーは反対したのかい?」
「いえ、二十九区へはマーゥルさんに遣いを出したもので」
「聞いてあげてよ、現領主にも、一応は!」
エステラ。『一応は』って言っちゃってるの、気付いてるか?
「まぁ、ゲラーシーはマーゥルがヤレと言ったら逆らえないだろうし、それでいいだろう」
「あとあとクレームを入れられるのはボクなんだよ……いや、ヤシロでいいか、窓口。うん、そうしよう」
「勝手なことを抜かすな」
ゲラーシーがうっきうきした顔で陽だまり亭に来ちゃうだろうが。
構ってもらえるエサを見つけるとすぐ飛びつくんだからよ、あの領主。
「とりあえず、全員の了承は得られたってことでいいんだね」
「はい。しっかりと確認を取って参りました」
ナタリアと、ナタリアが選んだ精鋭部隊が手分けして確認を取ってきたわけだ。
それなら、信用できるだろう。
「ですが、夕方の会議では改めて意思の確認をお願いします。従者である私ではなく、エステラ様自らが意思確認をすることに意味がありますので」
「分かってる。今回の作戦、失敗は許されないからね」
エステラが、微かに緊張をその顔に滲ませる。
気心知れた相手とはいえ、デカい騒動に巻き込むとなると心労も普段の比ではないのだろう。
「領主連中は全員馬車で来るんだよな」
「はい。その予定です。各区領主の紋章を掲げて」
「随分と堂々としたもんだ。極秘の会議なのによ」
「会議は当家――クレアモナ家の大広間で行われます。各区から領主の馬車が四十二区へ集まってくるのですから、感付く者は感付くでしょう。わざわざ馬車を変えて秘匿する意味はないかと」
「まぁ、確かにな」
それぞれの区から領主がぞろぞろ集まってきて、「いや、ただ遊びに来たらたまたまみんな一緒だっただけだよ?」なんてのは通用しない。
領主が集まれば何かあると思われるだろう。
だから、それはそれでいい。
重要なのは、そこで何が話し合われたのかが漏れないことだ。
ウィシャートは四十二区を警戒している。
だから、権力者が一同に介せば何か動きがあることは察するだろう。
明日、ウィシャートの館は厳重な警備体制になるかもしれない。
だが、それでいい。
俺たちは別に、兵を挙げて攻め込むわけではないのだから。
むしろ、館の周りに兵を集めてガッチガチに警戒してくれていた方が都合がいい。
「それじゃあ、その場で一足先ににぎり寿司でも振る舞ってやるか」
「ホントに!? 会議の場でかい!?」
エステラが物凄く食いついた。
一足先と言っても、本当に一足なんだけどな。
港の工事も数日中には完成する。
イベントも間近だ。
でも、特別なもてなしをしてやれば、権力者連中も悪い気はしないだろう。
四十二区とは良好な関係を保っておく方が有益だと再認識させることで、裏切りを抑止し、むしろ一層貢献するように誘導できるかもしれない。
「ジネットはまだ練習中だから、俺が握ってやるよ」
「……ヤシロ。店長も連れて行って別の料理も振る舞うべき。店長の料理は、すでに各区で話題になっている。『リボーン』の影響で」
外周区で販売した『リボーン』では、ジネットの作る陽だまり亭懐石~彩り~のクーポン券を付けた。
そういや、領主の中にはわざわざ食いに来たヤツがいたっけなぁ。アレは何区の領主だったか……
「……顔と名前は忘れたけれど、現状特に重要視していない区の領主が食べに来て、同じくいまいちパッとしない区の領主に自慢すると言っていた」
「マグダっ! 思うのは勝手だけど、そうやって口にしないように! この後みんな四十二区に来るんだからね!? くれぐれも、いいかい、く・れ・ぐ・れ・も、気を付けてね!」
エステラが涙目でマグダに詰め寄る。
「……もし、マグダの言葉が本人の耳に入った場合は――」
「入った場合は?」
「……『ごめんにゃん』と言うので大丈夫」
「それでどうにか出来るのはウーマロと一部の大工だけだよ!?」
いやぁ、一部の木こりと木こりの大将も余裕だろうな。
領主の中にもそーゆーのがいるかもしれん。いや、いるだろう。だって領主って変人しかいないんだろ?
「……DDくらいなら、余裕」
「ねぇ、マグダ! 心臓に悪いからドニスさんを気軽に愛称で呼ばないで……それが許されてるの、オジ様とマーゥルさんくらいだから……」
ドニスなら、きっと許すだろうよ。
あいつロリコンだし。
「はぁ……じゃあ、あとでジネットちゃんにもお願いしに行こうか」
「にぎり寿司の練習中だろうが、料理を頼まれて断るようなヤツじゃないからな」
「……店長は、いるだけで場の空気を和ませてくれる。重要な会議ならなおのこと必須」
「では、先にお知らせした方がよろしいでしょう。ニュータウンに入ったら少しだけお時間をください」
言って、ナタリアは懐からペンと紙を取り出す。
歩きながら器用に 文章をしたため、小さく折りたたんで手紙にする。
それを三通作り、ニュータウンの『とどけ~る一号』へと向かう。
そこにはハムっ子が駐在しているので、確実にハムっ子を捕まえられる。
ナタリアは手紙三通を年中のハムっ子に託し、ジネット、マーシャ、アッスントへと届けるよう依頼した。
マーシャは陽だまり亭にいるだろうから一人でいいんじゃないかと思ったんだが――
「マーシャさんにメッセージとサインをいただいて、港にいる海漁ギルドの人間に再度手紙を届けてもらうのです」
――ということらしかった。
なるほどね。マーシャに言っても、マーシャは水槽なしじゃ動けないから、マーシャの手紙を届けさせるのか。
夕方の会議まで時間がない。
マーシャが直接行くよりそっちの方が早いだろう。
「出来のいい給仕長なこって」
「お褒めにあずかり光栄です。つきましては、領主の皆様にお出しする前に給仕長が責任を持って毒味をさせていただく必要があるのですが」
「ナタリア、抜け駆けはズルいよ!?」
出来のいい給仕長は、主をいじることも忘れない。
ホント、仲いいな、お前らは。
そんな手配を終え、俺たちはニューロードを通り三十区へ向かった。
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