「ヤシロさん。これで大丈夫ですか?」
「おう、ありがとう」
ガキどもの顔にオバケメイクを施しつつ待っていると、ジネットがカチューシャを持ってきてくれた。
「わぁ、みんな怖い顔になってますね」
「「わぁ~! がぉ~!」」
「くすくす。夜のおトイレが大変そうです」
顔を紫に塗ってつり上がった目と耳まで裂けた口を描いたガキと、白塗りに頬をグレーに染めて目元を紫にした『日本の超有名悪魔閣下』風メイクをしたガキを見て、ジネットが肩を揺らす。
うん。このデーモン、異世界でも通用するんだ。すげぇ完成度だったんだなぁ。
で、顔に色を塗ってもごしごし擦らずに我慢できる年齢のガキならメイクで問題ないのだが、教会には二歳のガキがいる。こいつがまた、ちょっとでも気に入らないとイヤイヤする年齢なのだ。
なので、メイクはさせられない。手でベタベタ触った挙げ句、それを口に入れかねないからな。
なので、もっと簡単な仮装をしてやる。
傷んだ矢を折って、カチューシャの左右にくっつけて固定する。
それをガキの頭に付けてやると――
「ほ~ら、頭に矢が刺さってるぞ~」
「あははは! これは可愛いね!」
「本当に刺さっているみたいです。うふふ。大変ですね、どうしましょう」
エステラが大ウケして、ジネットも口元を押さえてクスクス笑っている。
みんなが笑っているのを見て、二歳のガキが「にや~」っと嬉しそうに笑う。
「こゎい?」
ベルティーナの方へと振り返り、キラキラした目で尋ねるガキ。
ベルティーナは微笑みながら頷いて、矢の貫通した頭を優しく撫でる。
「はい。とっても怖くて、すごく可愛いですよ」
「えへへー!」
気に入ったようだ。
日本じゃお約束の定番アイテムで、むしろ付けている間中ずっとスベり続けるというデンジャラスアイテムなのだが、目新しいと受け取られるこの街でなら当面はウケるだろう。
特にガキどもが喜んで付けている分には微笑ましい。
……まぁただ、事情を知らない年寄りがびっくりし過ぎて心臓止まらなきゃいいな、とは、心の端っこの方でちょこっとだけ思っちゃうけども。
「これでしたら、仮装が出来ないような幼い子供たちでも簡単に参加できますね」
どうにもベルティーナは、仮装が出来ないとお菓子がもらえない、そんな認識でいるらしい。
別に仮装してなくても一緒について回ればいいんじゃないかと思うんだが、初めてのイベントだからか、参加することに意義があるという雰囲気になっている。
「これ、ウクリネスに頼んで量産してもらおうか?」
「それよりも木工細工の連中に任せたらどうだ? 別にカチューシャにこだわる必要もないんだし」
長持ちやカゴ、建築物の細工などを行う木工細工師たちがいる。
木を曲げてカチューシャのように出来れば、連中に丸投げしてやればいい。
矢の他にも、斧や包丁みたいなバリエーションが欲しい。
「刃物を使うなら、金物ギルドかな?」
「本物は危ないだろう。ニセモノでいいよ。っぽく見えれば」
あからさまなニセモノでもいいくらいだ。それこそおままごとみたいなクオリティでもな。
「ウクリネスは確実に忙しくなるから、あまり仕事を持ち込まない方がいい」
「そうだね」
「どうせ頼むなら、赤ん坊用の帽子に悪魔の触覚とか、鬼の角をつけたヤツを作ってもらえよ」
「こんな感じで」と、イメージイラストを描くと、「これ、このままウクリネスに見せたら絶対作るよ、彼女」と、エステラはある種の確信と共にそのイラストを懐に入れた。
「収納力抜群の懐に!」
「どういう意味かな!?」
「……エステラ。ヤシロが言いたいのは、平均よりも胸元に隙間が……」
「分かってるからわざわざ言わなくていいよ、マグダ!」
マグダが「すーん」って顔をしている。
折角教えてあげたのになー、みたいな顔だ。
可愛小憎たらしい。ウーマロに見せれば一軒家が三つくらい建ちそうないい表情だ。
「これで、立っちが出来ない子供たちも参加できますね」
「メイクをするだけでいいなら、お金のない家の子供たちでも簡単に参加できそうです」
「教会のみんなが一緒に参加できそうで、私はすごく嬉しいですよ」
そんな感想を漏らすジネット、モリー、ベルティーナ。
子供が好きで子供の立場に立って今の状況を喜んでいるのだろう。
……のは、いいんだけど。なんでお前ら全員、俺を見てるのかな?
そんな目で俺を見るな。
「本当にヤシロは子供が……」
「それ勘違いだからそれ以上言うな。情報を秘匿するぞ」
俺は単純にイベントを成功させようとしているだけだ。
ハロウィンが成功すれば四十二区にお菓子が広まり根付き、陽だまり亭が用意しなくてもあちらこちらで普通に食えるようになる。
そうすりゃジネットも……まぁ、好きなことが目一杯出来るようになるんじゃねーの。知んねーけど。
それにあれだ。
たった9Rbのあんドーナツなんぞで満足されては客単価が落ちるのだ。
飯を食って、ついでにあんドーナツをオヤツ用に買って帰る。それくらいでちょうどいい。
「いいか、エステラ。これは言わば、客単価を上げて純然たる利益を……」
「あーうん、そーだね」
まったく聞く耳持ってやがらねぇ!
なんて領主だ。
善良なる領民の意見に耳を傾けないなんて!
余計なことしかしゃべらないあの口に大学芋をこれでもかと詰め込んでやろうか……
あぁ、そうするとやっぱマシュマロが欲しいところだよな。
何個入るか、ぎゅうぎゅうに押し込んでやりたくなる。
「なぁ、ジネット。ゼラチンって知ってるか?」
「ぜらちん、ですか?」
「え、なんやて? ぜんらちん?」
「なんてタイミングで湧いて出やがるんだ、この歩く有害図書館!?」
ジネットの背後からにょきっと生えるように現れたレジーナ。
一文字追加すんじゃねぇよ。一文字違いで印象が大違いなんだよ。
まぁ、わざとなんだろうけれど!
「ハム摩呂はんがな、『店長さんからの、お言付けやー』言ぅてウチんとこ来やはってなぁ」
「何か頼んだのか?」
「はい。食紅を。大学芋をカラフルにすればオバケさんのお菓子っぽくなるかと思いまして」
なんということでしょう。
ジネットのヤツ、もうハロウィンを完全に理解しているようだ。
日本でもすっげぇカラフルなポップコーンやマシュマロが売られてたもんなぁ。
「カラフルポップコーンも作ってみるか」
「……それはいい。マグダに任せると成功は確実」
「んじゃあ、ロレッタと一緒に頼む」
「……うむ」
「任せてです!」
ポップコーンにかける蜜に色を付けておけば、青や赤に染まってくれるだろう。
にわかに活気づいた陽だまり亭メンバーを見て、モリーが目を丸くする。
「すごいです。こうやって次々に新しい物が生まれていくんですね」
「節操ないからなぁ、こいつら」
「あはは、君が言うのかい、ヤシロ?」
言うよ。
当たり前だろう、エステラ。
俺以上に盛り上がるのは、いつも周りの連中だ。
俺はきっかけを与えたに過ぎない。
「それで、全裸チンとかいうので、どんな卑猥なもん作る気ぃなんや?」
「確信を持った顔で間違えたワード使わないでくれるか? ゼラチンだよ。寒天みたいな使い方をするんだが、原料が違うんだ。ジネット、聞いたことないか?」
「わたしは、ありませんね。アッスントさんはご存じでしょうか?」
ジネットが知らないなら、この街にはない可能性もあるな。
一応アッスントにも聞いてみるが。
「豚や牛の皮を煮詰めて動物性のタンパク質を取り出して作るんだが……牛飼いに話を通せば作ってくれねぇかな。食肉は魔獣の肉に押されて苦戦してるみたいだし、副収入になればやってくれないこともないと思うんだが」
「もし価値のあるものなら、彼らは協力してくれるだろうね。運動会の時も肉の出荷量に関して狩猟ギルドといがみ合っていたし……少しでもそれが緩和されるならボクにとっても望ましいよ」
いやぁ、あそこのいがみ合いはもう伝統みたいなもんだからな。牛飼いが利益を上げても解消はされないと思うぞ。
なんなら、いがみ合っていないと気持ち悪いってとこまで行き着いている可能性すらあり得る。
「今日のイベントが終わったら一緒に行ってみるかい?」
「お前も来るのか?」
「ボクとしても、牛飼いと狩猟ギルドの衝突が緩和されるのは都合がいいからね」
そんなわけで、後日エステラと一緒に牛飼いに会いに行くことになった。
牛かぁ……臭いんだろうなぁ。
脳裏に、小学生の頃の遠足で行った牧場の光景が浮かんだ。
「牛だー!」とテンションが上がった直後に「臭っさ!?」とテンションが下がった記憶がよみがえる。
連中の糞の臭いは強烈だ……まぁ、栄養は満点なんだろうけれど。
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