「「「というか、改めて……誰?」」」
散々レジーナと戯れた後、改めて顔と格好を見た一同が目を丸くする。
そこにいるのは、引きこもりでコミュ障の真っ黒薬剤師ではなく、ふわふわきらきらしたぷりてぃ&らぶりぃなベティ・メイプルベアだ。
脳が目の前の少女とレジーナが同一人物であるという認識を拒否してしまう気持ちはよく分かる。
「みんなのアイドル、ベティ・メイプルベアです☆」
「レジーナって分かってても、信じられない」
パウラが自分の視力を疑っている。
眉間にしわを寄せて、注意深くベティの顔を窺っている。
「夜のオ・ト・モ・ダ・チも兼任、だよ☆」
「あぁ~、レジーナだわ。完全にレジーナ」
物凄く納得した表情で頷くパウラ。
やっぱり、こいつらの中には下ネタセンサーが備わっていて、そこでレジーナか否かを判別している節があるな。
ナタリアの考察も、あながち的外れではなかったようだ。
「とりあえず、メイクを落としてくるさね。なんか落ち着かないんさよ」
「やだぁ、すっぴんなんてさらせませんん~ん。恥~ず~か~し~い~ぃ!」
「あんたはこれまで散々恥ずかしい痴態をさらしまくってきたじゃないかい!? 今さら過ぎさよ!?」
ノーマも、いよいよ遠慮がなくなってきたよなぁ。
厳しく叱ってくれる、四十二区のお母さんだ。
いや、四十二区のお母さん枠にはベルティーナがいるから、ノーマは保母さん……いや、女教師か。
巨乳、谷間チラ見せ、色っぽい生足の教師……
さっ、最高か!?
「先生! 保体の補習をお願いします!」
「よく分かんないけど、あとでシスターにこってり絞られてくればいいさね」
「ヤシロさん。今の発言の意味を、あとで詳しく説明してくださいね」
「もう、ヤシロさん。懺悔してください」
「むぅ! ヤーくん、ダメですよ!」
くっ!
ここにはお説教する人間が多過ぎる!
なんか、親子三代に怒られてる気分だ。
ジネットとカンパニュラは母娘というより、年の離れた姉妹みたいな年齢差だが。
「けどまぁ、今日はこのメイクのままで堪忍したって。なんや、素顔やと恥ずかしくて引きこもってまいそうやさかいに」
にへへと笑うレジーナは、本当に恥ずかしそうにしていた。
もともと、人前に出るのが得意ではないレジーナは、本当なら今すぐに帰って引きこもりたいのだろう。
だが、心配をかけたこと、そして自分のためにみんなが集まってくれたことに感謝を覚え、今現在精一杯譲歩しているといったところなのだろう。
ただ、そういうことをしていると、後々面倒なことになりかねないぞ?
今度は素顔で会うのが恥ずかしい~とか。折角今日会ったのにまた会いにくくなるとかさ。
あとは――
「おぉい、ヤシロ!」
「お、モーマットか」
「おいおいおい! レジーナが帰ってきたんだって!? 無事なのか!?」
「見ての通りだよ」
「見ての通りって…………んなぁぁあ!? な、なんじゃあ、この美少女は!?」
両手にカボチャとニンジンを握りしめて陽だまり亭へ飛び込んできたモーマットが、両手を振り乱してのけ反っている。
ベティのふわきらオーラをまともに喰らったらしい。
「お、おい、ヤシロ! ヤ~シロっ!」
「……んだよ?」
速足でフロアの隅っこに移動し、そこで俺を手招きする。
……めんどくせぇなぁ。
「あ、あの、見目麗しい少女は誰だ?」
「不審者発見パトロールに連行されてきたヤツだ」
「バッカ、お前! あんな可愛い子が不審者なワケあるか! ……あはぁ、なんて透明感だ。まるで森の奥で精霊に出会ったような清らかさだ」
お前、道端であいつを見かけたら、結構な高確率で「ぎゃー!」って言うくせによ。
ホントモーマットは、女を見る目がないというか……ちょっとメイクしただけでコロッと騙されるというか。
お前は普段、女のどこを見てるんだよ。
「何の話をされてるんですか☆」
面白がってレジーナがベティ全開で近付いてくる。
「あ、ぁあぁあ、いや、あの、そのっ、きょ、今日はいいお天気ですね! あははは!」
と、適当な会話でお茶を濁しつつ、モーマットが肘で俺を突っついてくる。
なんだよ?
俺にお前を紹介しろってのか?
「このスケベワニが、お前のこと透明感があるってよ」
「バッ!? ス、スケベじゃねぇよ! 本当ですよ! わたくしめは誠実実直な男でありまして、はい!」
使い慣れてない言葉を使うな、バカワニ。
下心見え見えなんだから、スケベワニで合ってんだろうが。
「透明感? ……ということは」
ニヤっと笑ってベティが、いや、レジーナが自分の胸を鷲掴みにする。
「ほなら服もスケスケで素っ裸見られてもぅとるんかいな? かなんなぁ~、B地区の色はナイショにしとってや~」
「ごふぅっ!」
ベティの豹変ぶりに、モーマットが血を吹いた。
汚した床は自分で掃除しろよ、エロワニ。
「レジーナ。男性相手に素っ裸とか言わないように」
「ほな真っ裸?」
「一緒!」
「それでは、『卑猥見本市』という呼称はどうでしょうか?」
「却下だよ、ナタリア!」
「ほんなら――」
「きゃっかぁー!」
やっぱりエステラが元気だ。
レジーナが帰ってきて嬉しいんだろうなぁ。
「凄まじいはしゃぎっぷりだな、エステラ」
「そんなに嬉しかったんかいな? ウチとの再会……いゃん!」
「ははっ……さっきまでは感動も覚えていたはずなんだけどね……」
「きっと、胸の奥にしまわれたのでしょう」
「「いや、しまうほど奥行ないじゃん」あらへんやん」
「黙れ、そこの悪意三人衆!」
そんなやり取りを見て、モーマットがエロい顔を真っ青に染める。
「ま、ま、まさか……レ、レジーナか!?」
「せやで! おひさやね、スケベワニはん」
「ス、スケベじゃねぇよ!」
「『せいれいはんの~』」
「やめて!? 謝るから!」
まぁな。
モーマット自身も、おのれのスケベさ加減には気が付いているだろう。
「お前は、ちょっとメイクしたくらいで誰だか分からなくなるよな」
「いや、これは分からねぇだろ!?」
「エステラの時も別人だと思ってたし」
「あれは……まさか、いつも会ってるエステラが領主様のお嬢様だなんて、思わなかったしよ……」
「だからダメなんだよ、お前は」
先入観や思い込みがあるから真実を見誤るんだ。
「おっぱいを見れば一目瞭然だろう!」
「そりゃ、お前だけだ!」
「そんなことはない!」
「いや、君だけだよ、ヤシロ」
「……むぅ!」
「可愛くないから。カンパニュラのマネとか、やめてくれるかい?」
くっそ、ジネットが料理を作りに厨房に行ってしまっているから、ここには味方がいない!
「いえ、今のお顔は可愛かったのではありませんか?」
「シスター……目の錯覚ですよ」
エステラが失礼なことを言う。
「ジネットだけじゃなかったんだ……」
「ほら、シスターとジネットは似た者母娘だから」
パウラとネフェリーも失敬だ。
「私も、今の表情は可愛かったと思いますよ」
「カンパニュラ。正気に戻るさね」
ノーマの言葉はダイレクトに刺さるなぁ~。
……拗ねるぞ。
「みなさん、とても楽しそうですね」
「お料理第一弾です! まだまだたくさん来るですから、遠慮なく食べて騒いでお祝いしちゃってです!」
第一弾と言って、大皿の料理が続々と運ばれてくる。
ローストチキンに分厚いビフテキ。
あれは鯛の尾頭付きか? ジネット、こっそり練習してたんだな、尾頭付き。
サラダやおにぎりなんかも出てきて、テーブルの上が華やかになる。
こりゃ豪勢なパーティーだ。
「おそらく、これからもっと人が増えるかと思います」
「お金はボクが出すから、ジネットちゃん、ご馳走をお願いね」
「はい。腕によりをかけてお作りします!」
ナタリアは、相当広範囲にわたって触れ回ったようだ。
今日はもう、営業は諦めて一日パーティーかもな。
「では、レジーナさん! 開会のあいさつなんかをビシーッと決めちゃってです!」
「えっ、ウチがかいな? ……かなんなぁ」
照れながらも、拍手に送られてレジーナがみんなの前に立つ。
「え~……なんや、申し訳あらへんなぁ」
恐縮しているようだ。
「こんな、パンツが食い込んで半ケツ丸出しな格好で人前に立ってもぅて」
「直してきて! 今すぐに!」
エステラ。冗談だ。
……冗談、だよ、な?
「――と、お尻に視線が集まったところで、今日はおおきに! 今日だけは、ウチもとことん付き合う覚悟や! みんなも覚悟しぃや!」
「「「ぅおおおおお!」」」
挨拶慣れしてないレジーナの、精一杯の挨拶に、レジーナの帰りを待ちわびていた者たちが吠えた。
そうして、宴は始まり、あっという間に時間が過ぎていった。
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