「おーい、そろそろ帰るぞー!」
「あぁ! 分かった!」
遠くでガキどもの相手をしているデリアに向かって声をかける。
ウーマロ共々、ガキどもに懐かれているようで、大人気だ。
あのパワーで遊具を動かしてりゃ、そりゃ懐かれるか。
「じゃあ、あたいら帰るけど、お前ら今度は四十二区にも遊びに来いな! ウーマロにもっと別の新しい遊具作らせとくからさ」
「「「「はーい!」」」」
「ん!? なんか今、勝手に物凄い約束されてなかったッスか!?」
四十二区にも遊具は作る予定だ。
そのつもりでノーマたちにベアリングを作ってもらっている。
……が、『まったく別の新しい遊具』となると、ハードルは一気に跳ね上がる。
ウーマロ、ガンバ☆
――とか思っていたら、ウーマロが物凄い速度でこっちに駆けてきた。
「ヤシロさん! 何か! 何か考えてほしいッスっ!」
「え~、なんで俺が☆」
「子供たちの期待が重く圧し掛かってきてるんッス!」
「俺、ガキ、キ・ラ・イ・だ・し☆」
「デッ、デリアさんが嘘吐きになってもいいッスか!? デリアさんがカエルになると、四十二区は痛手どころじゃ済まないッスよ!?」
「いやいや。ガキどもがデリアに『精霊の審判』をかけるわけないじゃねぇか」
「万が一ということも、ないとは言い切れないッス!」
「ん~……いまいちピンとこないんだよなぁ……危機感っての? そういうのがさぁ」
「くぅ…………しょうがないッス、こうなったら最後の手段ッス…………デリアさんがカエルになったら、この世からHカップが一対消滅することになるんッスよ!?」
「ウーマロ! 俺新しい遊具考える!」
「分かってくれたッスか、ヤシロさん!?」
ひしっと抱き合う俺とウーマロを、冷ややか~な目で見ている女子たち。
「あぁ……ついにウーマロさんがお兄ちゃんに感染しちゃったです……」
「まぁ、いつかはそうなるとは思っていたけど……ついに、だね」
「ウーマロ……ぶっ飛ばす」
「ま、待ってッス、ロレッタさんにエステラさんに、特にデリアさん! これはヤシロさんを説得するためであって、深い意味はないんッス!」
「キツネの棟梁さ~ん☆ どっち向いてるのかなぁ? みんなはこっちだよぉ~☆」
「諸事情により、そちらへは向けないッスけども、心は向いているッス!」
「…………ウーマロ、エロス」
「はぁうっ!? マグダたんから辛辣な一言を……っ! ご、誤解ッスマグダたん……オイラは、オイラはただ、子供たちのために……デリアさんのHカップを……子供たちのためにぃ……っ!」
「うん。その言葉だけ聞いているとかなり最低だけれど、言いたいことは分かるよウーマロ。結論から言って、ヤシロが悪い」
なんでだよ、エステラ!?
そもそも、デリアが勝手な約束をしたのが悪い!
つまりは、一番の悪はあのHカップ…………
「おっぱいが悪であるはずがないっ!」
「……ね? ヤシロが悪いでしょ?」
エステラの一言に、その場にいる者すべてが納得していた。……解せん。
もういい。帰る! 不愉快だ!
「じゃあな、リベカとフィルマン。お前らが倦怠期を迎えた頃にまた会いに来るぜ」
「いや、もっと早く会いに来てもよいのじゃ」
「そうですよ! ヤシロさんはボクたちのキューピッドなんですから」
「ねー!」「のー!」
「やかましい、声をそろえて気色悪い声を出すな」
非常に不愉快だ。
一秒でも早く帰りたい気分だ。
「ではみなさん、帰りましょう! 急いで、一秒でも早く!」
「……ジネットちゃん。本当に覚えたいんだね、新料理のレシピ」
「……もしかしたら陽だまり亭は今日、オールナイト営業になるかもしれないです」
「……店長ならやりかねない」
引き攣った顔のエステラと、青い顔のロレッタ、相変わらず無表情半眼のマグダが、意欲に燃えるジネットを見つめて肩を寄せる。
きっと、コロンブスだってあそこまでの意欲には燃えていなかったはずだ。
「じゃあ、ドニス。最後の一本、大切にな」
「他に思い付かなんだのか、別れの言葉は?」
どんな名言を思い付いたとしても、お前の頭を見たら一瞬で上書きされちまうんだよ。
文句ならお前の頭皮に言え。
「また何かあれば文を送る。そなたらも、気軽に寄越すといい」
「ありがとうございます、ミスター・ドナーティ。今後は、もっと懇意にしていただけますようお願いします」
「もちろんだ。此度のこと、感謝しておる」
「こちらにもメリットのあったことですので」
最後にもう一度握手を交わし、今の言葉に偽りがないことを証明し合う。
そして、ドニスがすすっとエステラに顔を寄せ耳打ちをする。
俺に聞こえるように、口元を隠す手をわざと反対にして。
「もし、煮え切らぬ男に困るようなことがあればワシに相談するのだぞ。ワシからガツンと言い聞かせてやるからの」
「い、いえっ……そ、そういうことは……まだ………………はは。では、機会があれば」
「うむ! ワシはそなたの味方だ、ミズ・クレアモナ」
誰のことを言っているのか皆目見当も付かないが、お前に何を言われたところで「お前が言うな」の一言で論破できんじゃねぇか。この永年ヘタレ男。
そんなこんなで、別れを惜しんでいるのか、言い残しがないように言いたいことを言い合っているのか分からない挨拶が終わり、俺たちは揃って林を抜けた。
二十四区教会の赤い鉄門扉の前へ来る。
ここを抜ければ『宴』は終わり。
前に停まっている馬車に乗ってそれぞれの家へ帰ることになる。
「絶対! 絶対また遊びに来るのじゃぞ、エステラちゃん! 我が騎士! 永遠のライバルマグダ!」
リベカがエステラにしがみついて頭をぐりぐり押しつける。
つか、マグダ……お前いつの間にリベカのライバルになったんだよ。つか、なんのだよ?
最後にどうでもいい謎は残ったものの、『宴』は成功。
二十四区とは良好な関係が築けた。
麹に大豆。この街の特産物が俺たちに与えてくれる恩恵は計り知れない。
さっさと『BU』を退けて、二十四区を巻き込んだ金儲けを始めよう。
俺がそんなことを考えていると、ソフィーが恭しく重い鉄門扉に手をかける。
特に苦労もなさそうに取っ手を引っ張ると、地に響くような重々しい音が響く。
そしてドアが開かれた先に――
「これはこれは。随分と珍しい顔ぶれがお揃いで」
――二十九区の領主、ゲラーシーが立っていた。
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