広場での大騒動が収束し、一度陽だまり亭へ戻って正直に負った傷の話をし、傷口をジネットに手当てしてもらった。
ジネットは泣きそうになっていたが、なんとか落ち着かせた。
それより困ったのはマグダだった。
ゴロつきを討とうと飛び出していきかけた。ナタリアとノーマが取り押さえてくれたけど。
あと、ヒューイットネットワークが一斉に動き出してたけど、アレ、何を見張るつもりなんだろうか。
「ゴロつきを見つけたら即似顔絵を描いて情報共有です! あと、ベッコさんに言って本物そっくりの人相書きを作成するです!」
とかなんとか。
四十二区にやって来たゴロつき名鑑でも作る気か?
……っていうか、妹たちの中に、イラストがめっちゃうまいヤツが誕生してたことに驚いた。
お前ら、そっち方面にも才能伸ばすのかよ。
あと、やかましかったのが――
「むきぃー! わしが行っておれば、我が騎士にこのような狼藉は働かせなんだというのに! もう絶対絶対情報紙に寄付はしてやらんのじゃあー!」
リベカとバーサだった。
バーサは黙ったままだったが、視線が大量殺人者のようにギラついていた。
この婆さん、今野に放つとすげぇ危険だな。
「大丈夫だ。もう血も止まったし、手当てもしっかりした。この後レジーナのところに行って消毒もしてもらってくるから、心配すんな」
陽だまり亭での簡単な応急処置ではなく、プロによる治療を受ければこいつらも安心するだろう。
とはいえ、包帯なんか巻いているとそれが取れるまでいろんなヤツが大騒ぎしそうだし……そうだな、じゃあこの傷を逆に利用してやるか。
「それに、これはある作戦のためにわざと負った怪我なんだ」
――と、いうことにしておこう。
だから、ナタリアやギルベルタたちを責めてやるな。
そいつらはよくやってくれていたさ。
俺の怪我は、俺の不注意が生んだものだから。
ちょっと煽り過ぎたんだよな、きっと。
……『精霊の審判』をかけられりゃ、誰だって死に物狂いになるさ。
「ナタリア、さっきはありがとうな。お前が取り押さえてくれたおかげで怪我がこの程度で済んだ」
「……いえ。一歩遅かったと猛省しています」
「そんなもん、する必要ねぇよ。ギルベルタも、手当てありがとな」
「いつでも舐める、友達のヤシロなら、どこでも」
「ん、ちょっと待ってです!? なんです、その不穏な発言は!? ねぇ、ギルベっちゃん!?」
うん。そーだな。不穏な発言だな。
でも悪意はないんだ、許してやれよ。な? そんな睨むな、……俺を。
なんだろう、ギルベルタの発言でなんて俺がこうまで四方八方から冷たい視線向けられてんだろう?
いい加減、泣くけど?
「服、繕いましょうね」
ナイフによって切り裂かれた服の袖をつまみ、ジネットが言う。
その顔には、まだ心配そうな陰りが見える。
「頼めるか。俺じゃ、ジネットほどうまく出来ないから」
「そんなことは……、ヤシロさんはとってもお上手ですよ、お裁縫」
まぁ、名立たるデザイナーの技法を盗んでマスターしたからなぁ。
服はもちろん、鞄も靴も縫製できるけども――
「任せてください。綺麗に繕ってみせますね」
「あぁ、頼む。ジネットにやってもらった方が、この服を大切にしようって気になるかもしれないしな」
「では、目一杯張りきります」
ジネットに直してもらった服に傷を付けるのは、ジネットに悪い気がするしな。
自分で繕ったもんは、ボロボロにしても気にもならないが。
「あ、でも、ワッペンはやめてくれよ」
「わっぺん?」
俺がガキの頃、ズボンや服の袖に穴をあけると女将さんがそこにワッペンを貼りつけて穴を隠してたんだよな。
やんちゃだった俺が外で服を破く度に、可愛らしいワッペンが増えていって、最終的に「女の子か!?」ってくらい可愛らしい仕上がりになってたんだよ。
「……ってことがあってな。アレはキツかった」
「うふふ。それはいいことを聞きました。今度試してみますね」
「俺の服ではやるなよ?」
「ダメですか? ヤシロさんにはお馬さんとか似合うと思いますよ?」
どんなイメージだ。
と、ジネットを見ると「わっぺん、わっぺん」と繰り返し呟いてニコニコしている。
あれ?
「ワッペンって、知らないか?」
「はい。でも、可愛いものなんですよね?」
そっか、ないのかワッペン。
刺繍は普通にしてるからあるもんだとばかり思ってた。
こいつらは服に直接刺繍するから特に必要なかったのかもしれないな。
「また、売れそうな物を見つけてしまった……ふふ」
「今度教えてくださいね」
「ほとんど刺繍と同じだよ」
違うのは、布の下にフェルトのような厚手の布を当てることと、どんなところにでも後から縫い付けられるように刺繍部分だけが独立していることくらいだ。
別に刺繍がなくてもいいんだよな。フェルトを接着剤で貼り合わせて模様を作ってもいいし、薄い銅板を打って形を作ってもいいし。
でもジネットが作るなら刺繍がいいだろう。
好きな柄を作れるしな。
「じゃあ、今度陽だまり亭のワッペンでも作ってみるか?」
「はい! 是非」
「……マグダも手伝う」
「あたしもやるです!」
「お前ら刺繍できるのか?」
「……やることは可能」
「出来栄えさえ気にしなければ大丈夫です!」
それを、世間一般では「出来ない」っていうんだよ。
まぁ、ちょうどいい機会だ。ジネットに教えてもらうといい。
「だったら、各ギルドの紋章をワッペンにすれば新たな需要が見込めるかもな。ギルドの正装に付けると統一感出そうだし」
「そんなの教えちゃったら、ウクリネスさん寝不足で倒れちゃうですよ!?」
「……ウクリネスはちょっと心配になるレベルのワーカーホリック」
陽だまり亭従業員は他人のこと言えないと思うけどな。
「我が騎士よ、そのワッペンとやら、わしらの分も作ってくれるのじゃろうの?」
「自分とこで作れよ。バーサ、そういうの得意だろ?」
「もちろんです! 花嫁修業だけはン十年やっておりますので! ……いつでも迎えに来てくれていいのよ……ぽっ」
「ノーマも将来あんな感じになるのかぁ」
「ならないさよ!? 早々にもらわれてやるさね!」
デリアの不用意な一言に反発するノーマ。
気を付けろよ、ノーマ。お前の後ろでバーサがおいでおいでしてるぞ。
「ノーマちゃんは、もらわれるのは諦めて、婿をもらえばよいのじゃ」
「もらわれたいんさよ! 奪い去られたいって夢があるんさよ!」
そんな夢を……
ノーマ、対等な結婚観っていうのもあるんだぞ。
いやまぁ、夢なら深くは追求しないけどさ。
「お見事だね」
エステラが俺の肩をぽんっと叩く。
「君の怪我に対する心配を、うまく楽しい雰囲気で誤魔化したものだよ」
うるせ。
そう思うならいちいち言いに来るな。
「あとは、さっさと手当てを受けて、傷を治すんだね」
「あぁ、それなんだがな。ちょっとこの傷を利用させてもらうことにした」
この場にいる者と、四十二区の連中には事前に告知しておく必要があるだろう。
大騒ぎされると堪らないからな。
なぁ~に、小芝居好きな四十二区の連中だ、みんな楽しんでノッてくれるさ。
「レジーナのところに行って、この傷を痛々しいものに加工してくる」
「加工? どういうことだい?」
「特殊メイクを施してな、見るだけで『うわっ、痛い痛い痛いっ!』って酷い有様にしてくる。ただし、特殊メイクだから全然痛くないんだけどな」
ハロウィンの時にちょこっと使用した技術だが、レジーナのところにある道具を使えば、リアルな傷跡を作り出せるだろう。俺のこの、黄金の指先を使えばな。
「どうしてそんなことをするのさ?」
「一目でどちらが被害者か分からせるために、だよ」
情報紙では、俺が加害者であると書き叩かれるだろう。
だが、俺は被害者だ。
そして、殺害されたはずの長髪の男は元気に広場で売り子をしている。
それが、情報紙を信じきっているヤツの目に入れば……
「情報紙の誤報が一気に知れ渡ることになる」
そのために、あからさまに、やり過ぎだろってくらいに分かりやすい傷跡が有効なのだ。
……あと、そんなえげつない特殊メイクをしておけば、実際の傷跡を気にするヤツもいなくなるだろうしな。
俺の腕の傷は作り物。
そう周知すれば、実際の傷のことも認識の外へと追いやられるって訳だ。
これ以上、こんな小さな傷で心配され続けるのもな。
「だから、痛々しい見た目になるが、あんま気にすんなよ」
「うぅ……痛そうなのはツラいです」
「ハロウィンみたいなもんだと思っててくれ」
「あぁいう楽しげな雰囲気なら、大歓迎ですけど……たぶん違うですよね」
まぁ、違うな。
「ま、しばらくの間だ、我慢してくれ。ナタリア、四十二区の連中への周知、頼めるか?」
「お任せください。おのれの不手際は、功績をもって雪がせていただきます」
言うが早いか、ナタリアは陽だまり亭を出て行った。
不手際なんかないってのに……
「じゃ、エステラはここらの偉いさんの相手をよろしくな」
陽だまり亭に残っているマーゥルやドニス、ルシアたちをエステラに押しつけ、俺は一人陽だまり亭を出る。
「ヤシロ、あたいがついてってやろうか?」
「大人数で行くと、レジーナが引きこもって出てこなくなるだろ。一人で大丈夫だよ」
そう言って、見送りの連中に手を振って歩き出す。
左腕の傷は、時間が経つにつれじんじんと鈍く疼くようになっていた。
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