「初めての担々麺に、最初ほとんどの人は懐疑的だったです。それもそのはず、スープが見るからに真っ赤でとても辛そうだったからです!」
「……そこへ狩猟ギルドの男が一人やって来て、担々麺を注文した。観衆がどよめく」
「狩人さんは2辛を食べて、『辛ぁー! だが、これくらいパンチの利いたラーメンも美味いぜ』と、男らしさを見せびらかすように得意満面で担々麺を食べ続けたです」
「……しかしそこへ、オメロが現れる。2辛で額に大粒の汗を浮かべる狩人を一瞥して鼻で笑うと――5辛を注文した」
「その時会場全体がどよめいたです! ね、エステラさん!?」
「あぁ、確かに。『え、アレの倍以上辛いの?』って反応だったよね、アレは」
「……提供された5辛の担々麺は、見るからにスープが真っ赤」
「それをおもむろに、オメロさんが食べたです! それも豪快に! 『ひぃぃーい! 辛ぇ! けど、美味ぇ!』――オメロさんのその咆哮は、きっと四十二区史に刻み込まれたはずです。それほどの衝撃があったです!」
「……そして、隣で額に汗して2辛を食べる狩人に向かって、オメロが一言。『ま、通は5辛だわな』」
……オメロって、割と調子乗りだよな。
だからデリアに洗われるんだっつの。
「オメロさんの挑発を受け、立ち上がったのは狩猟ギルドでした! 『川漁に負けるな!』『漢を見せろ!』『あのアライグマに目に物を見せてやれ』と盛り上がり、こぞって5辛を注文したです」
「……しかし、5辛は勢いだけで食べられるものではない」
「うん……騙されて食べたけど、……アレはただ事じゃなかったよ」
エステラが俺を睨む。
あれは、お前にも悪いところはある。責任はフィフティーフィフティーだ。
「そして轟く大絶叫! しかし、そこでめげないのが狩人の漢たちです! 涙目になりながらも『この程度で勝ち誇るたぁ、川漁の男どももおめでてぇよなぁ』と逆に挑発したです!」
「……それで黙ってないのが川漁ギルド。漁師総出で5辛を頼み、会場は一気に我慢大会の様相を呈する」
「そこでウッセが、『5辛も食えねぇようなヤツは男じゃない』とか言ったもんだからさぁ、牛飼いや大工たちも触発されちゃって大変だったんだから」
エステラが肩をすくめて苦笑を漏らす。
それ以降は、度胸試しとばかりに男どもが5辛の担々麺に群がり、ヒーヒー言いながら真っ赤なラーメンをすすっていたらしい。
なんだろうなぁ、キャラバンで男どもがジネットの足つぼに挑戦したみたいな感じなのかね。
この街の男連中は単純だよなぁ。
男を見せればモテるとでも思ってんのかねぇ。きっと、その様を見ていたお嬢様方は冷ややかな視線を送っていたことだろうよ。
「そして、そこに現れたのがモコカとバルバラだよ」
「あいつらも来てたのか?」
「二人とも、今日は休みで一緒に遊びに来たんだって」
そんな仲になってたのか。
運動会から友達だとは言っていたが、一緒に遊びに行くほどとはねぇ。
「それで、バルバっちょはちょっと残念な娘なので、担々麺とかよく分かってなかったです。『みんなが食ってるやつ、アーシらも!』って注文してきたです」
「あいつには思考能力ってもんがないからな」
「そんなことはないですよ、ヤーくん。バルバラ姉様はテレサさんに似てとても思慮深い方です」
「でもなカンパニュラ。たぶんあいつ『思慮』って言葉知らねぇぞ?」
「そっかぁ、アーシ、なんか深いんだぁ」くらいにしか感じないと思うぞ。
「……一応忠告はしたが、『みんな美味そうに食ってるから、いい!』と5辛を食べ始める」
「けれど、次の瞬間、観衆は衝撃を受けたです!」
「……バルバラもモコカも、5辛の担々麺を平然と食べ、『ちょっと辛いな』『けどマジうめぇですよ!』と完食した。スープも」
「あははっ、あの時のウッセたちの顔……君にも見せたかったよ」
エステラが膝を叩いて笑っている。
相当間の抜けた顔をしていたのだろう。
「バルバラさんたちは、あの辛さが平気だったんですね」
「バルバラとモコカだからなぁ、味覚が備わってないのかもしれんぞ」
「ちゃんと備わってますよ、ヤーくん」
「『辛い』を知らない可能性も」
「ヤーくん」
カンパニュラは妙にバルバラを庇うな。
お泊まりした時に随分と懐いたようだ。
「それ以降、女性のお客さんも増えたです!」
「……予想に反して3辛や4辛もたくさん売れた」
平均的な2辛と、面白半分で頼まれる5辛に集中するかと思われたが、自分に合った辛さを求めるまともな客が割と多かったらしい。
予想以上に受け入れられるのが早かったな。
「俺の故郷でも、辛い物好きな女性は多かったんだよなぁ。普通の料理に唐辛子を『これでもか!』って振りかけて真っ赤にして食べたりしてな」
「そうなんですか? 話を聞いただけでお口の中が辛くなった気がします」
ジネットは「むきゅっ」と口元を押さえるが、もしかしたら、四十二区に激辛ブームが来るかもしれないなぁ。
「食った客の反応はどうだった?」
「最初は辛さしか感じてなかったみたいですけど、後半は美味しそうに食べてたです」
「……辛さは、峠を越えると後を引く模様」
「私にもそのように見えました。きっと明日からはリピーターさんがたくさん増えると思います」
店番を担当した三人がそう判断したなら、きっとそうなるのだろう。
逆に、シフォンケーキの売れ行きはそこそこ止まりだったそうだ。
「ジネットも、十日のうちどこかで参加しろよ。その時は俺が店を見てるから」
「いいんですか?」
「好きだろ、賑やかなの」
「はい。では、ヤシロさんもいつか一緒に行ってくださいね。マグダさんたちとも、ヤシロさんとも、一緒に屋台へ立ってみたいですから」
「んじゃ、順番にな」
「はい」
「任せてです! お留守番はお留守番で、割と楽しいです!」
「……陽だまり亭を任されたという誇りが、なんとも言えずに嬉しくもあり」
「私はまだ一人では任せていただけませんので、姉様たちを尊敬します」
「むにゃ~! カニぱーにゃの尊敬は格別です!」
「次女姉様も三女姉様も、ロレッタ姉様を尊敬されていましたよ」
「あの子たちの尊敬は薄っぺらいです! 家にいると、無自覚でアゴで使おうとするですよ!? 『あ、一階に行くならついでにお茶持ってきて~』って! 特に次女が!」
「それだけ愛されているということですよ、ロレッタ姉様」
それは愛なのだろうか。
つか、カンパニュラ。……次女姉様って。
とかなんとか言いながらも、俺は手を動かしていた。
「よし! まぁ、こんなもんだろう」
こねこねまぜまぜ作っていたハンドクリームの試作品が完成し、自分の手の甲に付けて使用感を確認する。
べたつきもなく、さらスベだ。
香りも甘く、心地よい。バニラよりもチョコレートに近い匂いになったな。
もし、ミリィの作る蒸留法の精油がバニラっぽければ、マセレーション法も採用して、バニラとチョコの二種類作るのもありだな。
一個の入れ物に二種類入れて、ミックスソフトクリームみたいにしても面白いかもしれない。
「ジネット。もう料理はしないな?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと試してみてくれるか?」
「いいんですか?」
「気になるところがあれば言ってくれ」
「……では遠慮なく」
「忌憚なき意見を言うです!」
「ほら、カンパニュラも並びなよ、ボクは君の次でいいから」
ジネットの後ろにずらりと列が出来る。
いや、別にいいんだけどさ。
「塗っていただけるサービスはございますか?」
「こんくらい自分で塗れよ、ナタリア」
「ちなみにこれは、手ではなく胸元に使用することも可能でしょうか?」
「じゃあちょっと試してみようか! しょうがないから塗ってやろう!」
「ヤシロ、追い出すよ?」
まだ感想も聞いてないのに!?
つーか、居候が偉そうじゃね!?
……まぁ、俺も居候みたいなもんだけども。
「わぁ、いい香りです」
「……これを付けて寝ると、たぶん手を食べる…………ロレッタが」
「あたし、そこまでおバカじゃないですよ!?」
「でも、甘いお菓子を食べる夢を見られそうですね」
「しっとりしてるのにべたつかなくて、塗り心地も悪くないね」
「普段から水仕事やナイフ仕事をしている給仕たちは喜ぶでしょう」
「ちょっと待って、ナタリア。ナイフ仕事ってなに?」
普段からそんなおっかない仕事してんの、お前んとこの部下たち?
「じゃあ、ジネット、ナタリア。前に約束したご褒美はこれでいいか? この後ノーマやウクリネスと容器を作るからさ」
「はい。ありがとうございます」
「特製ブレンドですね。大切に使用させていただきます」
「エステラとルシアの分もこれな」
「やったね。量産されるまでたっぷり自慢しよ~っと」
「で、マグダ、ロレッタ、カンパニュラは今日頑張ってくれたから」
「もらえるですか!? やったです!」
「……ヤシロは気配りの出来る男」
「ありがとうございます、ヤーくん。あの、出来れば……」
「テレサの分もな」
「はい! ありがとうございます!」
自分がもらえることよりも嬉しそうに言うカンパニュラ。
第二の微笑みの領主様になりそうだな、これは。
「じゃあ、そろそろノーマたちを起こして――」
「呼んだかぃね?」
「うふふ。久しぶりにたっぷり眠って気力体力共に十分ですよ」
厨房への入口の前に、ノーマとウクリネスが立っていた。
これから戦場へ向かうかのような、迸る闘気を全身に纏って。
さぁ、夜は長くなりそうだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!