「はい、お待たせ、二人とも!」
パウラが自信満々の顔で魔獣のソーセージを二本持ってくる。
それを二本とも受け取り、その内の一本をエステラに差し出す。
「ほら、エステラ。俺の奢りだ」
「奢りって……さっき『お待たせ、二人とも』って聞こえたんだけど? 半分はボクの分なんじゃないのかい?」
「俺のアイデアによって得られた対価だろうが」
「慎ましいねぇ、君の優しさは」
こいつは……
優しさに大小は関係ないだろうが。
小さな親切にも最大限の感謝を持って、多大なる返礼を寄越すべきだろうが。
「それじゃあ、ありがたく頂戴するよ。かしこみかしこみ~」
両手で恭しく魔獣のソーセージを受け取るエステラ。
えぇい、わざとらしい。
「仲いいよねぇ、あんたたち。なんかヤシロはエステラばっかり贔屓にしてるっぽい」
「えぇっ!? そんなことないよ!」
「つい今しがた、パウラには甘いって言われたところだよ、俺は」
「えぇー!? ないって、全然!」
「いやいや、ボクの方こそないから」
「あたしの方が全然だよぉ!」
「それじゃ、俺が誰にも優しくないみたいじゃねぇか」
別に優しい男だなんて思われたくないけどよ。
「俺の貢献を鑑みれば、お前ら全員でおっぱいカーニバルとかしてくれても罰はあたらないくらいだろうが」
「代わりにボクが罰を与えてあげようか?」
ほほぅ。領主風情が精霊神に成り代わろうってのか?
不敬にもほどがあるな、この無礼者。
「へへへ~、ざ~んねんでした。あたしはね、ある人に『自分の価値を下げるようなことはするな』って言われてるから、そういうことは出来ないんだなぁ、これが」
こいつ……また古い話を。
「え、なにそれ? ボク知らないけど?」
「なんでお前は全部を把握しようとしてんだよ。お前が知らないことくらいいくらでもあるだろうが」
「領主として、この街のことはなんでも知っておきたいんだよ」
そりゃ無茶ってもんだろう。
「えへへ、これはね、あたしが一番つらかった時にね、ある人が言ってくれた大切な…………」
言いかけて、尻尾がぶわっと毛羽立って、俺をばっと見て、「うくっ!」って息が漏れた。
「さ、さぁ! 二人はウーマロさんのところに行くんでしょ!? 急いで行かなきゃ! あたしの用件、ちゃんと伝えといてね! ほら、さっさと行って!」
ぐいぐいと俺とエステラの背中を押すパウラ。
「じゃ、またね!」と言い残してさっさと店の中へと入ってしまった。
うわ、ドア閉められた。いっつも開けっ放しなのに。
「……君の『会話記録』を見ると、随分と面白いことがた~くさん記録されていそうだね」
「お前の面白寝言語録ほどじゃねぇよ」
「残念でした。寝言は『会話記録』には記録されないんだよ」
「そうなのか?」
「そうさ。きちんと意識があって、耳で聞いた言葉しか記録されないんだよ。じゃなきゃ、雑踏の雑音が全部記録されちゃうからね」
「じゃあ、聞こえないように言った悪口は記録されないのか」
「君の『会話記録』にはきっちりと明記されるけれどね。……今度抜き打ち検査しなきゃ」
最重要個人情報だろうが、こんなもん。おいそれと見せられるか。
「じゃあ、聞き間違いはどう記録されるんだ?」
「聞き間違いって、たとえば?」
「たとえば……」
ふと見ると、嬉しそうにぴょっこぴょっこ弾みながらハム摩呂がこちらに歩いてくるところだった。
「マシュマロ」
「はむまろ?」
「こういうヤツだ」
「あぁ……それは調べてみないと分らないね」
小首をかしげるハム摩呂。
ちょうどいい機会だから調査させてもらおう。
「ねぇ、ハム摩呂。君の『会話記録』を見せてくれないかい?」
「たぶん持ってないー!」
「いや、普通にあるから! この街の住民はみんな持ってるから!」
「使い方知らないー!」
「たぶん、ロレッタがウチでの醜態を知られないために教えてないんだろうな」
「あぁ……ハムっ子たちなら警戒心もなく見せちゃいそうだしね」
家での人には言えないあれやこれやが露呈するのを防ごうとしているのだろう。
ここで俺らが使い方を教えてしまえば、ハム摩呂はきっとあっちこっちで『会話記録』を出し入れするだろう。
……うん。危険だな。
「そうだな。ハム摩呂は持ってないのかもな」
「そうかもー!」
持ってない『かも』なら、可能性の話だし嘘じゃない。
そんなわけないけどな。異世界人である俺ですら持ってるんだからな。
「おにーちゃん、それなに? おいしそう」
ハム摩呂が俺の持つ魔獣のソーセージを見て瞳をきらめかせる。
「ん? あぁ、食ってみるか?」
「おにーちゃんの物を奪うなんて、恐れ多いー!」
仰々しいわ。
「だから、りょーしゅ様、ちょーだいー!」
「……今度、長女を交えて三者面談しようね? ね?」
「はわゎ……怒られそうな予感…………でも、よろこんでー!」
「喜んじゃったよ……」
こいつらは先の予定が好きだからな。
どんな予定でも楽しみに変えちまう。羨ましいよ。見習う気は微塵もないけれど。
「じゃあ、一口食べていいよ。あ、でも辛いかもしれないよ?」
「じゃーいらないー!」
「……自由だよね、君は」
領主に食い物を要求しておいて、それが差し出されると拒否する……うん、この街じゃなかったら痛い目に遭わされてただろうな。
よかったな、こんな世界で。
「それより、おにーちゃんに棟梁からのお伝言ー!」
「ウーマロから?」
「うんー! えっと……『うわぁ、そっちのキツネ女は平気ッスけど、イメルダさんとは直にお話できないッスー!』」
「うん。それじゃないだろう、頼まれた伝言」
そうか、イメルダも同行してるのか。
その情景、見なくてもはっきりイメージ出来るよ。
「えっと……『大広場の中央が寂しいッス。何かいいアイデアないッスかね?』って言ってたー!」
「大広場か」
「おおばかー!」
「『ひろ』が抜けてるよ、ハム摩呂」
「抜けてるはむまろ?」
「違う。ボクはそんな悪口は口にしていない」
ホント、ハム摩呂の『会話記録』はどうなってるんだろうな。
まっとうな人間が読めば、きっと会話というものの概念を見失って混乱してしまうことだろう。
「とにかく、大広場に来てほしいってことだな」
「それじゃ、行ってみようか。君たちが何を企んでいるのか、ボクも興味があるしね」
企みに一枚噛ませろということらしい。
ある意味で、こいつもワーカーホリックなのかもしれないな。
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