異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

327話 カエルはどこに? -4-

公開日時: 2022年1月14日(金) 20:01
文字数:3,015

 ばしゃばしゃと泥を跳ね上げ、レジーナが全速力で迫ってくる。

 

「手ぇ離しぃ!」

 

 そして、叫びながら俺に体当たりをし、気味の悪い花から遠ざけるように沼の中へと押し倒す。

 突然のことに驚いて対応できず、なされるがままに泥の中へと倒れ込む。

 口の中に泥が流れ込み慌てて息を止めるが、それ以上にレジーナの異常な行動に意識が向かう。

 

 こいつがこんな行動を起こすなんておかしい。

 人は慣れないことをする時、後先を考えられていないことが多い。

 オッサンが学生気分で逆上がりなんかして筋をおかしくしちまうように。

 

 きっとこいつも、自分の体が何に対応できないのかを理解していないに違いない。

 つまり、助け起こしてやらなきゃ、こいつはきっと溺れちまう。

 

「レジーナ、大丈夫か!?」

「ごほっ! げふっ! がはっ!」

 

 体を起こし、強引にレジーナの体を引き上げると、レジーナは泥を吐きながら盛大に咽た。

 みろ、言わんこっちゃない!

 

「エステラ、飲み水を頼む!」

 

 一応、水筒は持参している。

 とにかく、口の中の泥をすべて吐き出させなければ。

 

「立てるか? とにかく岸へ上がるぞ」

 

 咽るレジーナの肩を抱え移動を開始しようとすると、レジーナの手が俺の服を強く握る。

 

「触ってへんな?」

 

 酷い咳の合間に、レジーナが泣きそうな声で訴えてくる。

 

「あの花の胞子、吸ってへんよな!?」

 

 感情の揺れが大きかったせいか、泥が目に入ってしまったせいなのか。こちらを見上げた瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。

 

「大丈夫だ。指一本触れてないし、胞子なんか飛んですらいない」

「……さよか。…………よかった」

 

 そう呟いた後、レジーナの体重が急に重たくなった。

 膝から力が抜けて立っていられなくなったようだ。

 再び泥に沈むのを回避するために足を踏ん張り、レジーナを抱き上げる。

 

 肩を抱いていた腕を背中に回し、ふらつくレジーナの足を膝の裏に腕を通して持ち上げる。

 お姫様抱っこ~地の底から這い出したゾンビバージョン~だな、これじゃ。

 

「待って……あの花、調べさせて」

「まずはうがいをしてから、な」

「……せやね。口ん中、ぬめっぬめやわ」

「無茶するからだ」

「ホンマや……」

 

 小さく笑って、レジーナが俺の服を強く握る。

 微かに震えている。

 

「怖いか?」

「……まぁ、せやね。こんなこと、滅多にされへんしな」

 

 誤魔化す時のおどけた口調。

 俺がそれに何も答えずにいると、レジーナは無理やりに口角を持ち上げたまま、必要以上に明るい声でこんなことを呟いた。

 

「ウチ、自分らぁに話さなアカンことあんねん」

 

 そして、一層強く俺の服を掴み、俯いたままで真剣味の増した声で言う。

 

「……聞いて、くれるか」

 

 顔を隠す前髪が震えている。

 

「あぁ。いくらでもな」

「……さよか」

 

 レジーナが取った異常な行動。

 それは、あの花に関することであり、そしておそらく、ここに至るまで俺が微かに感じ続けてきていた違和感の正体でもあるのだろう。

 湿地帯の調査隊に志願した時も、湿地帯の大病の話の際も、こいつはどこか寂しそうな、それでいて苦しそうな顔をしていた。

 

 何かあるのだ。

 俺たちの知らない、こいつだけが知っている何かが。

 

 でもまぁ、その前に――

 

「悪かったな」

「え? ……何がやのん?」

「結果的に、お前を沼に引きずり込むような結果になった」

「……アホやな。これはウチが勝手に……」

「変な植物は触るなって、何度も言われたのにな。また手が伸びちまった」

 

 だから、食虫植物に捕食されるのだと、レジーナには何度も呆れ顔で指摘されていた。

 今回も、俺があの気味の悪い花に手を伸ばしたせいだ。

 

「俺、変な植物があったら触らずにいられない体質らしい」

 

 日本でも、喫茶店に置いてある植物が本物か造花か、ついつい触って確認してしまうクセがあった。

 造花か本物か、分かったところで「あ、造花か」と思うだけだって分かってんのにな。ついつい触ってしまう。

 これはきっと、もうクセになっているんだろうな。

 

 そう言うと、レジーナは「ふふっ」と小さく笑い、俯いていた顔をこちらへ向けた。

 

「ホンマ、アホやなぁ、自分」

 

 そう言ったレジーナの顔は、幾分柔らかさが戻った優しい笑みを浮かべていた。

 

「子供みたいやな、自分」

「んじゃ、大衆浴場の女湯に入っても問題ないな」

「アホ。『みたい』と『子供』は別もんや。ほんまもんみたいな乳パッドをおっぱいとは認めへんやろ?」

「うむぅ……論破されてしまったか」

「なにくだらない話をしながら戻ってきてるのさ?」

 

 岸に着くと、呆れ顔のエステラに迎えられた。

 

「乳パッドはおっぱいじゃないから、よそ行きドレスの時のエステラならおっぱいを揉んでも無罪だという話だ」

「有罪だよ! 重罪だよ! 審議無しで極刑だよ!」

 

 と、パッド無しの胸を覆い隠すエステラ。

 少しでも泥が付けばこの場で焼却処分だからだろうな、今日は置いてきているようだ。

 

「レジーナさん、水です」

「あぁ、ごめんなぁ。コップ一個アカンようにしてまうわ」

「お気になさらずに。キャラバン以降妙に張り切っているゼルマルさんにうまいこと言って格安で作らせた使い捨ての木のカップですので」

 

 なに張り切ってんだよ、ゼルマル。

 で、まんまと利用してんじゃねぇよ、ナタリア。

 お前まで、マーゥルの影響受けてんじゃねぇだろうな?

 

「ぐじゅぐじゅぐじゅっ、ぺっ!」と、ためらいなく口の中をすすぐレジーナ。

 

「思いきりがいいね」

 

 女子として、それはいかがなもんかという表情のエステラ。

 だが、レジーナの方が正しい。

 

「どんな菌がいるか分からない泥が口に入ったんだ。恥ずかしがって病気になるより、しっかりと対策するべきだろ」

「そ、そうだね。じゃあ、ヤシロもうがいしておきなよ」

 

 少しの泥も残さないようにと、全力で口をすすぐレジーナに代わって説明をしてやると、ナタリアが俺にも水を差し出してきた。

 

「んがらごろがらごろっ、ぐわゎっくぐゎっく、んべはぁ!」

「とはいえ、もう少し静かにうがいしろよ!」

 

 どデカいウシガエルでも鳴いてんのかと思ったわ!

 

「自分。ちょっとでも具合悪ぅなったらすぐに言ぃや」

「ぐじゅぐじゅぐじゅっ、ぺっ! ……あぁ」

 

 うがいをしても口の中に沼臭さが残る。

 こりゃ、全力でうがいしたくなる気持ちも分かるわ。

 

「発熱とかダルさとか、明確な症状やなくても、『あ、おかしいな』思ぅたら言うんやで?」

「ぐじゅぐじゅぐじゅっ、ぺっ! ……分かってる」

 

 くっそ。まだクサいな。

 

「それからな――」

「ぐじゅっぺ! てめぇ、うがいしてる時を見計らって話しかけてんじゃねぇよ!」

 

 わざとだろ、絶対!?

 

 怒る俺を見てケラケラ笑うレジーナ。

 その口元が微かに強張っている。

 ムリして笑っているのだと俺が気付くと同時に、レジーナは顔から笑みを消してエステラに尋ねる。

 

「ミリィちゃんは?」

「君の着替えを取りに行ってもらったよ。君の家まで取りに行ってもらうのは申し訳ないから、とりあえずシスターに事情を説明して教会の服を貸してもらえるよう頼んでもらうことにしたよ」

「さよか。……ほな、ちょうどえぇわ」

 

 エステラも、レジーナの異変に気付いてそのように配慮したのだろう。

 今、この場に残っているのは俺とエステラ、そして護衛のナタリア。

 内緒話をするには打ってつけの面子だ。

 

 ナタリアがこちらに背を向け、存在感を消す。

 そうすることでレジーナが話しやすくなると判断しての行動だろう。

 

 それを見て、レジーナが静かな声で語り始める。

 

 

「ほな、みんなが帰ってくる前に聞いといてもらおかな、……ウチの過去と、罪を」

 

 

 

 

 

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