異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

353話 手紙 -3-

公開日時: 2022年4月27日(水) 20:01
文字数:4,573

「で、改めて。マグダの母親について聞かせてくれるか?」

「あぁ、せやったね」

 

 話が一段落したので、話を戻す。

 レジーナが、どこでマグダの母親と接触したのか。

 それが分かれば、もしかしたら救出に向かえるかもしれない。

 

「その情報は、アタシも聞かせてほしいね。一緒に行方知れずになっているウチの者たちの安否が分かるかもしれないからね」

「あ~、実は、そんな仰山の人と会ぅたわけやないんや」

 

 詰め寄ってくるメドラから距離を取り、レジーナは申し訳なさそうに苦笑を漏らす。

 それから、腕を組んで記憶を手繰り寄せるようにゆっくりと語り出す。

 

「まず、バオクリエアに着いてすぐ、第二王子を訪ねたんや」

 

 レジーナに会うためにバオクリエアからオールブルームにやって来たレジーナの幼馴染にして被害者でもありつつメンズな第二王子に恋しているトータルで見ると残念なメンズのワイル。

 あいつはたしか、帰りは船で帰ると言っていた。

 ワイルが昼か夕方の便で帰り、レジーナはその日深夜の最終便でバオクリエアへ向かったことになる。

 タッチの差でバオクリエアに着いたことだろう


 ちなみに、マーシャからの情報によると、海流の流れの影響で、オールブルームからバオクリエアへ向かう方が船の速度は上がるらしい。

 航海期間はおよそ一週間とみられているが、途中の港に停泊したり、状況により近くの港に寄港して一泊したりと航海期間にズレは生じる。それを考慮しての一週間だ。

 それらを一切無視して一直線にバオクリエアへ向かえば三日、逆にバオクリエアからオールブルームへ直行すれば五日ほどで着くらしい。

 強行便は、到着後船員室が死屍累々になってるそうだけれど。

 

「ほんで、隠れ家に行ったら門前払いされてなぁ」

 

 見た目が別人だからな。

 数日前に会ったばかりのワイルでさえ、レジーナだとは気が付かなかったそうだ。

 それで、なんとかかんとか説得してレジーナであることを認めさせたらしい。

 

「第二王子やワイル、二人の幼馴染らぁの、到底他人には言われへん恥ずかしい秘密を大声で暴露したったら、ようやく認めよったわ」

「その秘密を知っていて、そういうことをするのはお前だけだったんだろうな」

「こんな小さいころからの知り合いやさかいな」

 

 だから、親指と人差し指の間を5センチくらい離して見せつけるのをやめろ。

 どこが小さかったころの話をしてんだよ、お前は。

 

「ほんで、第二王子といろいろ話をして、薬の調合するために研究室付きの家を一軒貸してもらうことになったんや」

 

 かなりの特別待遇で、どどーんと一軒家を提供されたらしい。

 一人で一軒家を占有だ。

 それはいいのか? 防犯面で? まぁ、無事だったからよかったようなものの。

 

「せめて警備とか付けてもらえよ」

「そんなん、……誰かに監視されながら眠れるわけないやん。ウチやで?」

 

 どうしてお前はそう、一人きりになりたがるのか。

 

「で、この服、帰りにまた着て帰らなアカン思ぅて、いつもの服に着替えたんや。すぐに調合にかかろう思ぅてな。どうせ外になんか出ぇへんやろう思ぅてたし」

 

 俺が港で着替えさせたので、レジーナはいつものあの真っ黒衣装をカバンに入れて持って行ったことになる。

 あの目立つ服に着替えたのか……

 

「そんで、さぁ、始めよか~っちゅう段になって、火ぃ熾すもんがないことに気が付いたんや。先触れもしてへんかったさかいに、消費期限の短いもんはストックされとらへんかってん」

 

 こっちでは、火打石がまだまだ現役で、一般家庭ではそうやって火を熾している者もいる。

 まぁ、もっと便利な物もあるので、ほとんどの家庭ではそっちを使うけどな。

 ちょっと原始的なマッチみたいなヤツで、摩擦熱で火を熾すのだ。

 慣れないと結構ビビるんだけどな。

 

 確かに、あぁいうものなら長期保存は難しい。

 しけるし、薬品だったら乾燥して使い物にならなくなるかもしれない。

 

「ほんで、第二王子の隠れ家に火ぃもらいに行こう思ぅてんけど、着替えてもうたやん?」

 

 いつものレジーナの格好は、全身真っ黒でかなり目立つ。

 何より、あの服装を見ればどんなに遠目でも「あ、レジーナだ」と分かるくらいに印象深い。

 レジーナ・エングリンドがバオクリエアに存在しているという事実は、噂レベルであっても危険を招く。

 絶対に避けるべきことだ。

 

「でも、また着替えんの、……メンドイやん?」

「命と面倒くささを天秤にかけるな」

「ほんで、『ま、すぐそこやし、えっか』って外に出たんや」

「面倒くささが勝っちゃったな!? バカになってんじゃねぇの、お前の天秤!?」

「そしたら、家を出た瞬間何者かに羽交い絞めにされてな~」

「笑いながら言うことじゃねぇだろ!?」

 

 命の危機じゃねぇか!

 今、目の前でけらけら笑ってるお前を見てなきゃ、肝が冷えてソルベになってたところだ。

 

「ウチも『あ、やってもた』思ぅてな」

「思うのが遅過ぎるけどな」

 

 というか、めちゃめちゃ効果あったんだな、ベティ・メイプルベア作戦。

 解除した途端に拘束されるとか……

 無事だったんだろうな? 無事だったみたいだけども。

 

「そしたらな、ウチを拘束してるその人物がな、ふんふん、すんすん、くんかくんかしてきてな。もう、全身隈なくニオイ嗅がれまくってなぁ」

「別の意味で大ピンチ!?」

「ほんでウチ『あぁ、よかった。そっちの危機かいなぁ~』って安心して」

「安心すんなよ、女子!」

「主に尻の前後をくんかくんかされて、『マニアックやな~』って」

「どんだけ落ち着いてんのお前!? 悲鳴の一つでも上げてみろよ!」

「『お~ぅ、えくすたしぃ~』」

「それ悲鳴じゃねぇよ!?」

「ヤシロ。いい加減話が逸れ過ぎだから、真面目に話をしてくれるかい?」

「俺じゃなくてレジーナに言えよ!」

「レジーナに言って改善されるわけないじゃないか」

「諦めんなよ、微笑みの領主様よぉ!」

 

 領主って、領民を正しく導くのもお仕事なんじゃねーのー、HEY、YOU!?

 

「ほんで、ようやく解放された思ぅたら、それがえらいべっぴんはんでなぁ。ネコ耳生やしたぼんきゅっぼんな美人やったわ」

「その辺、もう少し詳しく」

「ヤシロ、ハウス!」

 

 ひでぇ言われようだ。

 いーよいーよ、もう口利いてあげないんだからねっ!

 エステラのバカ! 無乳! バリアフリー!

 

「なんや、熱心に話しかけてきはるんやけど、まったく言葉が分からんでな。どないしたもんかな~思ぅとったら、そのネコ耳美女はんがジェスチャーっぽいこと始めたんやけど、これがまた、さ~っぱり分からんでなぁ」

 

 と、レジーナが見せられたというジェスチャーをやってみせる。

 まず、自分を指さし、レジーナを指さし、左右の手を合わせてぎゅっと握る。

 そこで、期待したような視線を向けられ、無反応でいるとがっかりした顔をされたと。

 

 で、その次にネコ耳と尻尾を指さして見せつけ、腰の付近に手のひらを持ってきて、そしてぶりっこのポーズで腰をくねらせお尻を振る。

 そうした後で両腕を振り上げて一気に振り下ろす。カマキリが獲物を捕らえるような鋭さで。

 で、期待したような視線を向けられ、無反応でいるとすっごくがっかりされた顔をされたと。

 

 ……うん。さっぱり分からない。

 が、それがマグダの母親だとするなら――

 

「……最初のジェスチャーは、『私はあなたの味方。仲良し』という意味」

 

 マグダがその意味を説明する。

 うん。そんなところだろうな。

 

「で、おそらくその後のジェスチャーは、マグダのことを知ってるのかって聞きたかったんだろうな」

 

 ネコ耳とネコ尻尾を(本当はトラだけど)を見せて、自分と同じ耳と尻尾を持っていることを示し、腰付近に手のひらを持ってきたのは『これくらいの身長』だと言いたかったのだろう(実際はもっと大きくなってるけどな)。

 で、ぶりっこポーズでお尻ふりふりしたのは『とびっきり可愛い』というジェスチャーに違いない。

 極めつけは物凄い勢いで振り下ろされた腕。それは、思わず抱きしめてしまいたくなるくらい可愛いのだという意味だろう。

 

「なるほどなぁ。言われてみたらその通りかも知れへんなぁ。せやけど、初対面でノーヒントやったら分からへんで」

「……ママ親は、ちょっとそーゆーところがある」

 

 自分が分かることは全員が分かると思っちゃう系か?

 若干デリアに似ているのかもしれないな。

 

「で、結局話は通じひんかったから、そのネコ耳――やのうて、トラ耳やな。トラ耳美人はんは『ぴょ~んぴょ~ん!』って屋根の上を飛び移ってどっか行ってもぅてん」

 

 そんなことがあったと、火を借りに行った第二王子の隠れ家で話すと「お前はバカか!?」と叱責され、第二王子から無難な服を数着贈与されたらしい。

 レジーナが遭遇したのがマグダの母親だと、この時点ではレジーナも第二王子も分かっていなかったからな。謎の人物に拘束されたとなれば警戒もするだろう。

『いかにもレジーナ!』な服装は避けるよう命令されたのだとか。そりゃそうだ。

 

「で、次にトラ耳美人はんに会ぅたんは、国王に面会に行く直前でな。ウチなりにベティ・メイプルベアのメイクを再現して完全武装しとった時やってん」

 

 最初の遭遇の翌々日だったそうだ。

 

「家を出たらいきなり『すとーん!』って、目の前に降ってきてな」

 

 マグダの母親はまた屋根を移動してきたようだ。

 

「で、ウチを見て、首を『これでもか!』っちゅうくらいに傾げてなぁ」

「……ニオイは間違いないのに、見た目が変わり過ぎていたからだと思われる」

 

 すげぇな、ベティ・メイプルベアの隠蔽力。

 

「せやけど、なんか納得したみたいでウチにその封筒を押しつけてきたんや。ほんで、じぃっとウチの目を覗き込んできたんやけど、その目ぇが、なんか、泣きそうな感じの真剣さでな」

 

 何がなんでもマグダに手紙を届けてほしかったのだろう。

 よかったな、マグダ。お前の母親も、お前に会いたくて会いたくて仕方ないようだぞ。

 

「ほんで、なんかウチちょっと可哀想やなって思ぅて、よう分からんねんけど、『まかせとき!』って、胸叩いたんや。そしたら、全力でハグされてな。頭ぐりんぐりん撫で回されてん。ほんで、最後にぎゅーってして帰って行かはったわ」

 

 それがあったから、マグダが母親のニオイに反応したのか。

 そういえば、いつだったかマグダは服や体に残ったニオイが分かるって言ってたっけな。ロレッタが前日の夜に弟に埋もれて寝てたこととか言い当ててたし。

 

「……おそらく、ママ親もそれを狙った。ママ親のニオイがすればマグダがレジーナに接触するだろうと」

「レジーナとマグダが親しいかどうか、分かりようがなかっただろうからね。結構どきどきの賭けだったのかもしれないね」

 

 エステラの予測に、マグダは首を振る。

 

「……ママ親は、マグダとレジーナが親しい間柄だと確信していたと書いてあった」

 

 手紙を見せて、マグダが言う。

 

「……マグダのニオイがした位置が、マグダから抱きつかないとニオイが付かない位置と格好だったからって」

 

 マグダに抱きついたのではなく、マグダが抱きついた時のニオイの付き方だったのだろう。

 マグダが自分から誰かに抱きつくのは、限られた相手だけだからな。それも真正面からとなると、数えるほどしかいない。

 

「……レジーナ」

 

 そんな数少ないうちの一人に、レジーナは含まれる。

 

「……手紙を届けてくれて、ありがとう」

 

 そう言ったマグダは、今まで見せたこともないような、無邪気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

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