異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

354話 人心地つく場所 -2-

公開日時: 2022年4月30日(土) 20:01
更新日時: 2022年12月24日(土) 22:17
文字数:4,150

「「「「すやすやぁー!」」」」

 

 テーブルをどかし、布団を一つ敷いたらハムっ子たちが折り重なって眠り始めた。

 ……早ぇよ。風呂、まだ入ってないだろうに。

 あと、寝息が力強ぇよ。どんだけ全力で寝てんだ、お前らは。

 

「こいつらは、明日まとめて揉み洗いだな」

「ヤシロさん、朝からお風呂入るッスか?」

「いや、川に放り込む」

「どこで揉むッスか!?」

「俺レベルになると、視線で揉める!」

「普段何を揉んでるんッスか!? いや、言わなくていいッスけど!」

 

 掃除を終え、ハムっ子が眠ろうとも、フロアの灯りは消さない。

 たぶん、みんなこの後出てくるだろうし、俺たちはその後で風呂に入るわけだし、風呂から出てフロアが真っ暗とか……怖いし。

 …………人の気配がする真っ暗で静かな部屋って……怖いじゃん?

 

「ヤシロさん。お掃除ありがとうございます」

「おう」

「ウーマロさんも、ベッコさんも、お疲れ様です」

「や、ははっは、はいッス!」

「これくらい当然でござる」

 

 まともに返事も出来ないウーマロや、特に苦労もしてないベッコに礼なんぞわざわざ言わなくていいのに。

 

「あ、ハムっこさんたち、寝てしまわれたんですか?」

「もう時間も時間だからな」

 

 普段ならマグダも寝ている時間だ。

 今日はレジーナやその他大勢と風呂に入っているので、はしゃいでいるのだろうけれど。

 

「……マグダ、風呂場で寝てないだろうな?」

「ロレッタさんやノーマさんが一緒なので大丈夫だとは思いますが、あとで確認してきますね」

「いや、ジネットは疲れただろう。ここは俺が――」

「めっ! ですよ」

 

 懺悔じゃないパターンで怒られた。

 まぁ、実際やるとは思ってないからこんな感じなんだろうけど。

 

「ジネットももう休めよ。風呂、入るだろ?」

「はい。あ、みなさんお疲れでしょうからお先にどうぞ? ……あ、すみませんマーシャさん、勝手に」

「ん~ん☆ 平気だよ~。だって、きっとメンズは譲ってくれるし、ね☆」

「へいへい。レディファーストは世の常だもんな」

「さっすがヤシロ君、紳士的だね☆」

「ただ、ウーマロがどーしても一緒に入りたいんだと」

「言ってないッスよ!?」

「わ~、キツネの棟梁くん、エッチだ〜☆」

「言ってないッスって!」

 

 うん。

 マーシャを使うとウーマロイジリが一層楽しくなるな。

 

「ねぇねぇ、キツネの棟梁くん☆」

「な、なんッスか?」

「二歩下がって」

「二歩ッスか?」

 

 マーシャに背を向けているウーマロは、背後も確認せずに言われたとおりに二歩下がる。

 すると、マーシャの水槽の真ん前、マーシャが身を乗り出せば抱きしめられるくらいの位置へ来る。

 

 ザバッと水音をさせ、マーシャが水槽の縁へ身を乗り出す。

 そして、腕で背伸びをするようにぐぐっと背筋を伸ばして、ウーマロの耳元に口を近付けた。

 

「今度から名前で呼ぶね、ウーマロ君☆」

「ごふぅッス!?」

 

 鼓膜から伝わる色香に耐え切れず、ウーマロが血を吐いた。

 お前のセンサーは敏感だなぁ。

 

「くすくすくすっ、おもしろ~い、ウーマロ君☆」

「あ~ぁ、気に入られちゃった」

「ふむ。男子としては羨ましい限りでござるな」

「……笑い事じゃないッスよ……」

 

 恨みがましそうな目でベッコを睨むウーマロ。

 お前だけだぞ、マーシャにそんなことされて困るのは。

 

「マーシャさん。ほどほどにしてあげてくださいね。ウーマロさんが困ってしまいますよ」

「はーい☆」

 

 ジネットのお説教も、女子には優しいんだよなぁ。

 懺悔させればいいのに。ウーマロを。

 

「では、みなさんがお風呂から出てくるまでの間に、明日の仕込みを出来るところまでしてしまいますね」

「誰か、ジネットに『休息』って言葉を教えてやってくれ」

「じゃ~さぁ、ヤシロ君が半分手伝ってあげると、店長さんは少し楽になると思うよ~☆」

「そんな。大丈夫ですよ。ヤシロさんもお疲れでしょうし」

 

 そんな反応をされると余計に断れないだろうが。

 

「いや、俺も手伝うよ。こっちにいてウーマロやベッコの相手をしてる方が疲れるだろうし」

「心外でござるよ、ヤシロ氏! ……けど、こういうイジられ方をすると、ちょっとほっとする自分がいるでござる」

「わ~、もう手遅れだねぇ、ござるくん☆」

 

 妙な組み合わせではあるが、港が完成したらこういう変わったメンバーで集まることも増えるのかもしれないな。

 

「じゃあ、マーシャ。そいつら好きに使っていいから」

「うん。そーする~☆」

「こっちの許可なく勝手なこと言わないでほしいッス!」

「しかしながら、所詮は抗えぬさだめでござる」

 

 達観する二人を置いてジネットと厨房へ向かう。

 

 この厨房を抜けて、奥の廊下へ出れば、そこには風呂場という名のパラダイスへ通じる扉が……

 

「あ、そういえば俺、あっちに用事が~」

「もう、ダメですよ、そんなことをしたら」

 

 見回りパトロールを頑張ってきたからだろうか。

 今日はジネットの懺悔がなかなか出ない。

 

「ジネット、疲れたろ? 揉んでやろうか、肩とかを」

「懺悔してください」

 

 わぁ、出た出た。

 まぁ、手つきが完全に肩以外の場所を揉んでたからな、今。

 

「で、何からやる?」

「そうですね。おイモの皮をむいて水にさらしておきま――きゃっ!」

 

 作業台に置かれているカゴ盛りのジャガイモを取ろうとしたジネットは、何もないところで躓き、咄嗟に作業台に手をついた。

 転倒はしなかったが、その衝撃でカゴ盛りのジャガイモが床へと落下し散らばってしまった。

 

「大丈夫か?」

「は、はい。少し足がもつれてしまいました」

 

 確かに、今のは躓いたというよりふらついたという方が適している

 今日はマグダが狩りに行き、俺が見回りパトロールに出たため陽だまり亭はジネットとロレッタの二人が回していた。

 カンパニュラとテレサがいたとはいえ、戦力になるのはやはりジネットとロレッタの二人だけだ。

 指示をすればカンパニュラとテレサも動いてくれるが、出来ることに制限があるし、ある程度見守っていなければいけない分負担は増える。

 通常業務の合間に誰かに指示を出すというのは、通常業務だけをやればいい時の三倍は気疲れするものだ。

 他人に教えるって、しんどいんだよな。特に、新人教育ともなると。

 

「やっぱりお前ももう休め。仕込みは明日の朝、無駄に余っている人材をアゴで使って終わらせてしまえばいい」

「うふふ。そんな、可哀想ですよ」

 

 にっこにこの顔で言われても説得力はないな。

 

「でも、ありがとうございます」

 

 作業台に手を添えたまま、ジネットが「ほぅ……」っと息を吐く。

 

「どうやら、今日は思っている以上に疲れているようです」

 

 胸に手を添え、きゅっと押さえる。

 

「マグダさんもレジーナさんも無事に帰ってきてくださって、気が抜けてしまったのかもしれません」

 

 ジネットは普段通りに振る舞いながらもずっと心配をしていた。

 狩りに行ったマグダのことも。

 バオクリエアへ旅立ったレジーナのことも。

 

「安心すると、一気にやってくるよな、疲労って」

「はい。……うふふ。ヤシロさんも、そういうことがあるんですか?」

「あるある。俺なんかいっつも気を張ってるもんよ。もっと俺を気遣えってんだ、どいつもこいつも」

 

 この街の連中は俺に対する配慮が足らない。

 俺に対する感謝が足らない。

 

「ビキニカーニバルが開催されれば、俺の疲労は向こう三年分くらい吹き飛ぶだろう」

「では、毎日ゆっくりとおやすみになって、疲労を溜めないようにしてくださいね」

「いや、頑張るからビキニカーニバルを――」

「お風呂、ぬるめにしてゆっくり浸かってくださいね」

 

 ビキニカーニバルの開催はまだまだ程遠いらしい。

 

「では、お言葉に甘えて、仕込みは明日の朝みなさんにお手伝いしてもらいましょう」

 

 言いながら、ジネットが膝を曲げて床へ散らばったジャガイモへ手を伸ばす。

 なんだか、そのままひっくり返って頭でも打ってしまいそうなイメージが脳裏をよぎる。

 

「あぁ、いいよ。俺が拾うから」

 

 咄嗟に手を伸ばし、ジネットより先にジャガイモを拾う。

 ……つもりが、ジャガイモの上でジネットの手を掴んでしまった。

 

「ひゃぅっ!?」

 

 手と手が触れ、ジネットが驚いて手を引っ込める。

 そして、尻餅をつく。

 ……あぁ、もう。

 

「すまん。大丈夫か?」

 

 手を差し出せば、照れくさそうに手を伸ばしてくる。

 

「すみません。お手数をおかけしてしまって」

 

 つないだ手から、ジネットのぬくもりが伝わってくる。

 柔らかい手。

 ……だが、少し、荒れてるか?

 

 立ち上がったジネットは手を放そうとするが、その手を掴まえる。

 手のひらをぷにぷにと押し、指先をさらりと撫でる。

 うん。確かに少々荒れている。

 柔らかくてすべすべではあるが、指先に少し疲れが出ている。

 手を返して指先を見れば、微かにさかむけが見られた。

 

 仕事が忙しくなれば、当然水仕事も増える。

 そうか。もっと早く気にかけてやるべきだったんだ。

 前に手をつないだ時は……くそ、結構前だな。

 もしかしたら、心労が肌に影響を与えていたのかもしれない。

 

 ロレッタやマグダはよくジネットと手をつないでいるが、気が付かなかったのだろうか。

 俺も、定期的にジネットと手をつなぐようにしなければいけないだろうか。

 ロレッタとマグダも、もしかしたら肌荒れに悩まされるようになるかもしれん。

 これは、早急に対策が必要だ。

 

「あ、あの……っ、やしっ、……ヤシロしゃんっ!」

「んぁ?」

 

 肌荒れ対策について考えていると、ジネットの声がした。

 視線を向けると、真っ赤な顔のジネットが片方の手で口元を隠していた。

 

 ……ん?

 

「あ、あの……手、……手が……っ」

 

 手と言われて見てみれば、俺の手は、ジネットの手を握ってなでなでさすさすぷにぷにしまくっていた。

 

「ふぉうっ、ごめんっ!」

 

 完全に痴漢です。

 セクハラです。

 ほんと、どうもすみませんっ!

 

「いや、悪い! ちょっと考え事を!」

「は、はい。大丈夫です。嫌だったわけではありませ――あぁいや、そうではなくて! いえ、嫌ではないのは本当なのですが、むしろ嬉し――ではなくて、あのっ、大丈夫です! なんだか、いろいろ、みんな大丈夫ですから!」

「お、おぉう、そうか! なんかいろいろ全部大丈夫だなきっと大丈夫だな!」

「は、はい! あのっ、わたし…………マグダさんを見てきます!」

 

 厨房から逃げ出すようにジネットが風呂場へと向かう。

 

 

 ……あぁ、やっちまった。

 

 

 定期的にジネットと手をつなぐ計画は、白紙撤回だな。これは。

 

 

 

 

 

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