「レジーナ、ふざけんなよ」
とりあえず、腹に溜まった重ぉ~い気分を吐き出すついでに被疑者にクレームを叩き付けておく。
「いや、まさかウチもあんなにおるなんて思わへんくてなぁ」
参った参ったと頭を叩くレジーナだが、その表情はにっこにこだ。
相当いい素材らしく、何がなんでも泥の解析を終えて取りに来たいと顔に思いっきり書いてある。
それにしても、なんちゅー数だ。
「あいつら、勝手に動いて外に出てこないんだろうな?」
「出ぇへん出ぇへん。実ぃの中の酸素を操って浮かんだり沈んだりするのが精々や」
それだけでも十分キモいけどな。
「ここにいるカエルって、アレを食べてたりして」
「あ、それはあるかもしれへんね」
エステラの何気ない発言に、レジーナは一定の共感を示す。
「あのマンドラゴラは生で食べてもそこそこ美味しいねん。せやなぁ、系統で言ぅたら、柿みたいな味やな」
「だったら、ワタクシは柿をいただきますわ」
俺もだ。
……そういえば、日本では熟した柿をいつまでも放置するとタンコロリンという妖怪に化けるなんて伝承もあったっけな。
で、そのタンコロリンは大入道に化けるという……
「あのマンドラゴラ、でっかいバケモノに育ったりしないだろうな?」
「よぅ知ってるなぁ、自分!? まぁ滅多にないんやけどな、ある特定の条件を満たして、ものすっごい偶然が重なったら、稀にマンドラゴンっちゅう最高級素材に成長するねん。この百年の間に四度ほど目撃されとるんや」
百年に四度……割と頻度高いじゃねぇかよ!
「……歩かねぇよな?」
「歩くし、……飛ぶで」
「もうほとんど魔獣じゃねぇか!」
「大丈夫や。害はあらへん」
お前の言う『害』ってどのレベルだよ!?
命を落とさなきゃセーフとかいうルールないからな!?
さっきの「ぷぁっ!」だって、結構な『害』だったからな!
見ろ。マグダなんか沼に入るのを怖がっちまってるじゃねぇか。
「あ、せや! トラの娘はんが言ぅてた花は、外の森にある毒草とは別もんやったし安心してえぇで」
メドラが毒草だと言っていた花に似たあの花は、よく似た別物だそうだ。
葉っぱの形が全然違うとかで、知識のある者がいれば見分けることは容易だそうだが、一般人にその違いは分からない。
「みりぃも、分からなかった、ょ」
ミリィは、生花ギルドで管理している植物には詳しいが、外の森に生息している魔草や植物のことはさっぱりだそうだ。
そりゃそうだろうが……つまり、この湿地帯は、土壌的には外の森に近いってことか?
「この近くの森は、大病以前は生花ギルドが管理してたんだろ?」
だから食虫植物――改め、食俺植物がいるからとミリィは今回同行を申し出てくれたのだ。
「ぇっとね、生花ギルドが管理していたのは、南側の一部で、北側と川の方の森は農業ギルドの果樹園だったんだょ」
ミリィがまだ子供のころはそうだったらしい。
そういえば、デリアと一度川の向こうの森に入ってアケビを採ったことがあったっけな。
あそこらへんは農業ギルドの管理地だったのか。
「でも、もう失効しちゃったけどね」
「失効?」
「管理地は、一年間管理が出来ないと領主へ返還される仕組みなんだよ」
制度についてはエステラが教えてくれる。
「四十二区の土地は、領主から領民に貸与しているという扱いなんだけど、その土地は各自が責任を持って管理する義務を負っているんだよ」
管理できないと土地が荒れるからな。
特に、魔草が自生しているような森は、放置すればきっと酷いことになる。
「だから、きちんと管理が出来ていないと判断した場合と、継続的に管理することが困難になった場合はその土地を領主に返納することになるんだよ」
湿地帯の大病が猛威を振るい、西側の土地の大部分が領主へと返納された。
管理者としても、ウィルスがいるかもしれない土地の管理は怖いだろうし、そこで採れた作物が売れないとなると、その土地を手放したくなるだろう。
貸与ってことは相応の税なり金を取られているだろうしな。
「だから、木こりギルドの誘致とか下水処理場の土地の確保とかがスムーズに出来たのか」
「あの辺りは管理者がいない、領主の土地になっていたからね」
それで、デリアは川全体の管理をしているのか。
水が溢れそうなら土嚢で反乱を抑えたり、水不足になったらその対策を講じたり。川漁ギルドとして川を守るっていう使命とは別に、土地の管理者としての義務でもあったわけだ。
……まぁ、デリアが義務とか貸与とか、そういう小難しいことを理解しているかは不明だけどな。
なんとなく『父親がやっていたから』って理由でその跡を継いでいるような気もする。
「大病が収まって、もう一回管理しようって話は出なかったのか?」
結構デカい森だから、ちゃんと管理をすれば利益を生みそうではあるんだが。
「一度『管理できません』って手放した土地だから……また借りるのは、ちょっと……」
自分都合で放棄した場所を、騒動が収まったからまた貸してくれというのは気が引けるということか。
この次同じようなことがあったらまた放棄するんだろうと、そう思われるからと。
「でも、エステラだぞ?」
こいつがそんなことを気にするとは思えないが。
「ボクも、申し出があればいつでも貸与するつもりではいるんだけど……まぁ、いろいろ事情があるんだよ」
「ぅん。今はちょっと、人手も不足しているから……」
人手?
確かに、森を管理するってのはすげぇ大変なんだろうが……そういえば水不足の時、生花ギルドはかなりギリギリの状況に陥っていたな。
アレってなんでだっけ……あ、そうか。
「高齢化の波か」
「みんなまだまだ若い、ょ!?」
唇に人差し指を押しつけて「しぃ~!」っと訴えかけてくるミリィ。
そうかそうか。
大きいお姉さんたちはそろそろ足腰が弱ってくるお年頃だもんなぁ。
広い森の管理とか、ちょっと難しいよな。
「実はね、二年ほど前にね、ネックとチックを呼び戻そうかっていうお話もね、出たんだよ」
ネックとチックはもともと四十二区の生花ギルドにいた両親の息子たちで、当時は四十区での農業もうまくいっていなかった。
人手が足りないのなら、多少の経験がある若い男手を呼び戻すのは十分にアリな選択だろう。
「でも、ネックとチック、すごく頑張って、今、忙しそうだから」
だが、その話が決まる前に砂糖大根の活用法が見つかり、ネックとチックは押しも押されもせぬ大農家となった。
今や、四十区や近隣の区でネックとチック、ケアリー兄弟の名を知らぬ者はいないほどの有名人だ。
「夢が叶って、ご両親の意思を継いで、ネックとチック、幸せそうだから、無理だねって、大きいお姉さんたちと話してたの」
「……マグダが言えば、すぐにでも呼び戻せるけれど?」
「うん、たぶん本気で呼び戻せちゃうと思うから、マグダ、自重してね。行商ギルドとの間に軋轢生んじゃうから」
エステラがハラハラした顔でマグダに詰め寄る。
だよなー。
アリクイ兄弟はマグダ信者だし、あいつらなら二つ返事で帰ってくるだろうよ。
金に執着もないだろうし。
「ということは、ミリィさんがお婿さんをとって男手を増やすのが一番早そうですわね」
「ぅぇえぇ!? そ、そんな、む、ムリだょぅ! みりぃなんて……全然、だし……」
「とりあえず、募集した瞬間にハビエルが釣れそうだな」
「釣れた瞬間に資格を失うので大丈夫ですわ。ミリィさんのお相手は『生存者』に限りますでしょう?」
あぁ、そうか。
脱落しちゃうのかぁ。
「だからねっ、ぁの……森の管理は、もう少し……エステラさんに……」
「そうだね。焦る必要はないよ。でも、いつか生花ギルドが大きくなったら、またお願いするね」
「ぅん。みりぃがもっと大人になったら、生花ギルドをもっと盛り上げるから、それまで待ってて、ね」
ミリィが生花ギルドを盛り上げる。
今足りない男手を集めまくるということは――
「……ミリィの、悪女宣言?」
「違うょ、まぐだちゃん!?」
「え、違うのか!?」
「違ぅょぅ! てんとうむしさんまで!?」
「違いますの!?」
「も~ぅ! みんなしてぇ!」
「あはぁ、癒やされるわぁ~」
「これは、男手不足の解消も時間の問題でしょうね」
ナタリアの分析は、もしかしたら外れていないのかもしれない。
これから成人を迎える四十二区の男たち。
親の跡目とは無縁の自由が利くそんな連中がミリィ目当てに生花ギルドに群がる日が来るかもしれない。
イメルダに熱を上げる木こりたちのように。
まぁ、候補者は全員俺の面談をパスしてもらう必要があるけどな!
ウチのミリィは、そうそう簡単にやれんぞ……
照れてぱたぱたするミリィを見て、マンドラゴラショックで摩耗した心を癒やし、俺たちは調査を再開した。
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