異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

278話 一触即発の予感? -2-

公開日時: 2021年7月5日(月) 20:01
更新日時: 2021年7月9日(金) 00:47
文字数:3,371

「私はそのようなことは申しておらぬ!」

 

 すぐに食ってかかってきたウィシャートだが、それは悪手だ。

 先に言っておいてやるが、自身の発言を二転三転させる者の言葉は重みをなくす。

 どんと構えて身じろぎ一つしない言葉にこそ、重みというものは生まれるのだ。

 

 ころころよく転がる軽ぅ~い言葉など、聞く価値もない。

 

「ご自身の発言を撤回されると? オールブルーム随一の街門を有する名門ウィシャート家の現当主ともあらせられるあなた様が?」

「撤回などせぬ。そもそも、私は我が街門の警護が万全でないなどとは一言も申しておらぬ。つまらぬ難癖を付けると容赦はせぬぞ」

「では、三十区の街門の警護は万全だと?」

「無論だ」

「ですが――この世に『万全』などということはあり得ないのではないのかな?」

 

 つい今し方、お前のその口から出てきた言葉だぞ?

 

「私は長年あの門を守り続けてきたという実績がある! 就任して一年やそこらの新米領主とは能力も知識も異なる」

「つまり、新米で知識のないひよっこだから信用できないと」

「多くの者がそのように思うであろう」

「港の警備はメドラ・ロッセル率いる狩猟ギルドが引き受けるというのに?」

「…………」

 

 黙ったか。

 確かに小賢しい。

 ……が、愚かだ。

 

「魔獣除けの工事はスチュアート・ハビエル率いる木こりギルドが全面協力してくれるというのに、それでも多くの者が信用できないと?」

 

 口を固く引き結んだウィシャートを一瞥し鼻で笑った後、ぐるりとその場にいる領主たちへ視線を巡らせる。

 概ね、三十代~四十代というところか。

 五十代ともなると極端に数が減る。

 ドニスが一番の古参だな。

 

 つまり――

 

「見たところ、ミズ・メドラ、ミスター・ハビエルよりも年若い方が多いようですが――もちろん、あなたもその一人ですよ、ミスター・ウィシャート――その若者たるあなた方は、あなた方よりも長く責任ある地位に就き、この森と共に生き、この森の魔獣と対峙し続けてきた重鎮二人が、ひよっこだから信用できないと、そうおっしゃるわけですね?」

 

 誰よりもこの森とこの森の魔獣を知り尽くしているメドラとハビエルの全面協力を取り付けた安全対策に「信用できない」とイチャモンをつけるってのは、つまりそういうことだ。

 

 もう一度視線を巡らせれば、どの領主もさっと視線を逸らし我関せずの構えを取った。

 

 さぁ、残るはお前だけだぞ、ウィシャート。

 

「ひよっこのミズ・メドラやミスター・ハビエルよりも歳も若く、領主としての任期もあの二人のギルド長としての任期よりも短いひよっこ以下の貴殿が『万全である』と言い切った街門の警護は――果たして本当に万全であるのかな?」

「……ぐっ、貴様……っ!」

 

 ウィシャートの瞳が目に見えて赤く染まっていく。

 充血した目が俺を睨む。

 それを、嘲笑で受け流す。

 

「完璧でない警備体制で、果たして三十区の街門は安全に使用できるのであろうか? どうだろうか諸君? 毎日毎日あれだけの人間が出入りする大きな街門だ。もし万が一にも盗賊や蛮族が街へ侵入してしまえば――我々は多大なる損害を被ることになりかねない」

 

 ウィシャートがそうしたように、ウィシャートに背を向けて周りにいる領主たちへと訴える。

 

「被害が三十区内で収まればまだよいが、果たしてそれだけで済むであろうか。先ほど彼がそう言ったように、四十二区は二十九区へと通じる道を開拓したばかりだ。その道の警備が万全であろうと奇襲を掛けられれば防ぎきれるか分からない。なにせ、警護に『万全などあり得ない』らしいのでな。そうなれば、崖の下にあるとはいえこの四十二区も一切安心は出来ぬのだよ」

 

 エステラが「もういい」という視線を送ってくるが、まぁ、あと一言だけ言わせてくれ。

 すぐ終わるから。

 

「そこでどうだろうか。三十区の街門は一時封鎖して、今一度保証という面も含めた話し合いの場を持ってみては? 街門は他の区にもある。外の商人が閉め出されることもあるまい。それにオールブルーム随一の街門を長らく独占していた三十区だ。金だけでなく随分と権力やコネも手に入れているのであろう? 多少封鎖したところで財政が破綻するようなこともあるまい。で、あるならば、なにも危険な街門を開き続ける必要はないのではないだろうか? どうだろうか、諸君? そうは思わないか?」

「大概にせぬか、貴様っ!」

 

 ウィシャートが目を血走らせて掴みかかってくる。

 ――が、その手は俺には届かなかった。

 

「もともと、貴殿が言い出したことをそのまま返されただけではないか」

「これだけの領主が集まっておるのだ。そなたの意見一つでこの時間をまったくの無駄にするのは少々横暴が過ぎるとは思わぬか、ミスター・ウィシャートよ」

 

 ドニスとルシアが俺とウィシャートの間に割り込み、その進行を妨げてくれた。

 もちろん、ギルベルタとドニスのところの執事も臨戦態勢で主に付き従っている。

 主に指一本でも触れれば、即開戦も辞さない気迫を纏って。

 

 財政面はもちろんのこと、その立地による優位性から上層の者たちとのコネを持つウィシャートは権力も相応に持っているのだろう。

 同じ五等級貴族といえど、三十区のウィシャートは他の領主とは一線を画している。

 

 が、そんなもんで物怖じしないのがルシアという女であり、仮に財政面で負けていようとも『四等級貴族』という王族が定めた立場が上であるドニスもまたウィシャートに気後れするような男ではない。

 

『BU』の他の領主も四等級貴族なのでウィシャートよりも位は上なのだが、連中は圧力に弱いからなぁ。

 ドニスの次にしっかりしていそうな二十三区領主でさえも、三十区から流入する商人たちの通行税で潤っている立場だ。

 ウィシャートに強く出ることは出来ないだろう。

 

 異端の二人。

 ルシアとドニスだけが、おのれの思うままに行動できるというわけだ。

 

 外周区の領主?

 そんなもん、「ぼくちゃん、かんけいないもん」って顔してやがるよ。

 三十区は強大だからな。

 

 まぁ、リカルドとデミリーはこっち側にいてくれるようだけどな。

 

「こほん」

 

 さて、と。

 ここでケンカを吹っかけてウィシャートのプライドと面子をズタボロにしてやってもいいのだが……エステラの面目もあるからな。

 四十二区の式典に出ると波乱が起こるなんて噂が立てばエステラの面子に泥を塗ることになる。

 

 悪いのは、あくまで最後まで意地汚くゴネ倒した拝金主義のウィシャートであり、エステラ主催の式典はつつがなく終了したという事実が欲しい。

 

 なので、特別出血大サービス(ぽろりもあるかもっ!)ってくらいの寛大な心で、目に余った『戯れ』を許してやろうと思う。

 

「あははは! いやはや、失礼」

 

 明るい声で笑い、若干の腹黒さを感じる程度の屈託ない笑みを浮かべる。

 ピエロの笑みを。

 

「四十二区の港建設には多大な労力を割いたのでね、些細な衝突で工事を中断などされると困るんですよ」

 

 道化と化した俺は、踊るように腕を振り回し、謳うように戯けてみせる。

 

「ですので、言葉尻を取って、ちょっとした言葉遊びをしたまでです。ご気分を害されたのでしたらご容赦を☆」

 

 ウィシャートへ向けて、無邪気なウィンクを飛ばす。

 ぐしゃっと、あからさまに顔をしかめるウィシャート。

 だが、目の前に立ちはだかる異端な領主二人に、おのれを取り囲む『味方に付きそうもない事なかれ領主たち』を見て、感情を隠す。

 

「いや、こちらこそ。言葉が足らず不快な思いをさせたのであれば謝ろう」

 

 ほぅ、言葉が足らず――ね。

 

「私はただ、この街の平和が脅かされまいかと懸念を抱いただけだ。そこの彼が言うとおり、この森と魔獣を熟知した両ギルド長が全面協力してくださるなら、私のような素人が口を挟むこともありますまい。差し出口でしたな、ミズ・クレアモナ」

「いえ。おのれの利ではなく、この街全体の安寧を慮ってのご発言です。ご忠告痛み入ります」

 

 どこまでも利己的なウィシャートに「自分の利益のことばっか言ってんじゃねぇよ」と小さな棘を含ませた言葉を贈り、ここでの諍いをなかったことにしたエステラ。

 あのトゲ、マーゥルの差し金だろうな。

 怖ぁ……

 

「では、気を取り直しまして。港の建設予定地へまいりましょう」

 

 エステラの言葉に、一団が街門を出て森の中を進んでいく。

 

 門の横で立ち止まる俺の横を通り過ぎる時、ウィシャートが一瞬睨んできたが、まぁ、寛大な心で見逃してやるよ。

 

 

 

 

 

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