異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

270話 誰かを攻撃する時は -2-

公開日時: 2021年6月8日(火) 20:01
文字数:3,637

 組合が気に入らないなら、抜けちまえばいい。

 俺のそんな言葉に、一同が唖然としている。

 

 だってよ、組合が俺らに何か恩恵をもたらしてくれたことあるか?

 土木ギルドは大工だけじゃない。土を掘ったり崖の補修をしたりする連中も含まれる。

 だが、そいつらはトルベック工務店に吸収されるまでろくな技術も持たず、効率的な仕事の仕方も知らず、とにかく目の前にある困ったことへの対応をするので精一杯という状態だった。

 

 川の水が溢れそうな時、それを堰き止めるために動いたのは誰だ?

 デリアたち川漁ギルドの連中だ。

 四十二区の道はどうだった? でこぼこで荒れ放題。

 ヤップロックの家に続く小道はけもの道だった。

 老朽化が進んだ家屋があちらこちらに散見され、スラムも荒れ果てたまま放置されていた。

 

 それは、四十一区も四十区も同じだった。

 

 つまり、土木ギルドの組合は技術の継承なんかしていないし、加盟している他区の土木ギルドは自分たちの技術を寄越すつもりもさらさらない。

 まして、困っているなら人を貸そうかなんて一度も言わなかった。口が裂けても言わないつもりだろう。

 

 だから俺は、組合なんてもんがあることすら、しばらく知らなかったのだ。

 まったく機能していない。

 無用の長物だ。

 

 まったく……

 

「『無用の長物』と『無乳のチューブトップ』って似てるよな?」

「どうしたの、ヤシロ? 真面目な顔疲れた?」

 

 いや、ふと思いついてしまったもので、言っておかなければと思ってしまったもので。自分、素直なもので。

 

「それで、本気でトルベック工務店を組合から抜けさせる気かい?」

「あくまで案の一つだ」

 

 ウーマロが現状で問題なくやっていけるというのであれば事を荒立てる必要はないし、俺の案よりももっとうまい方法があるというのならそれを採用すればいい。

 

「けど、組合を抜けると言ったって……いきなりやめますって宣言するのは不自然じゃないかな?」

 

 エステラ的には、こちら側から組合にケンカをふっかけたと取られるのは避けるべきだという意見なのだろう。

 別にケンカ別れでもいいと思うけどな。

 

「方法は二つある。一つは、エステラが嫌いそうなやり方だが、『俺らにケンカ売ったヤツが頭下げてこない限り組合には戻らない』と啖呵を切って出てくる方法。これがうまく機能すれば、組合の中で勝手に犯人捜しをしてくれる」

 

 トルベック工務店が抜けた穴は大きいだろう。

 抜けてすぐに効果が現れるとは思わないが、一年、二年もすればトルベック工務店が抜けた穴は大きく広がるだろう。

 

 特定の領主の区だけがトルベック工務店の有する最新技術で街を改革していくのだ。

 それを見て「ウチの区にも」なんて領主が出てきたら、組合は困るぞ~?

 なにせ、その技術を持っているトルベック工務店がいないのだから。

 水洗トイレの外側を観察しただけで再現しろとか、至難の業だろ?

 

 隣の区は新しい技術を導入しているのに、自区は出来ない。そうなれば領主はどうするか?

 直接トルベック工務店に依頼をかけるだろうな。

 

 そんなことが続けば、誰も組合に仕事を依頼しなくなる。

 まぁ、ウーマロたちも忙しいから、『誰にでも出来るようなしょーもない仕事は組合へ』って宣伝くらいはしてやってもいいかもな。

 

「――というわけだ」

「……君が本気を出せば、失業者で街が溢れそうだよ……」

 

 エステラが湯に浸かりながら青い顔をしている。

 湯が冷めたのか? 注ぎ足しなさい、湯を。

 

「もう少し穏便な方法もある」

「そっちを聞かせてくれるかな? 是非」

 

 湯に浸かりながら湯冷めしそうなエステラの願いを聞き入れてやる。

 わぁ、俺優しぃ~。

 

「まずウーマロが組合の本部に出向く」

「待って! ……なんかもう嫌な予感がする」

「大丈夫だよ。で、頭を下げてくるんだよ。『こちらの不手際でいろいろ迷惑をかけました』って」

「なるほど、それは……うん、穏便だね」

「で、『責任を取って組合を脱退させていただきます』ってな」

「それは……向こうが焦るんじゃないかな?」

「どちらか、だな」

 

 トルベック工務店の力を削ぐために少々痛めつけてやろうって考えなら焦るかもしれない。

 トルベック工務店の暴発を誘導してやめさせてやろうとしているなら渡りに船とほくそ笑むだろう。

 

「もし止められたら、どうするんだい? 条件の交渉かい?」

「まさか。『不手際で迷惑をかけた責任を取ってやめる』んだぞ? トルベック工務店が悪くないと言うのなら、不手際で迷惑をかけたヤツに責任を取らせなきゃダメだろう」

 

 しかも、ウーマロは頭まで下げているんだ。

 男に頭を下げさせたんだ。なぁなぁでは済まされない。

 

「きっちりと筋を通し、頭を下げて『すべてこちらの責任だった』と心からの謝罪と、トルベック工務店が被った損害をきっちり賠償して初めて対話の席に着けるんだ」

 

 必要なかったノートン工務店への示談金もきちんと補填してもらわないとな。

 あと、トルベック工務店が受け取るはずだった金額もな。

 

「トルベック工務店が抜けた穴の大きさに気付いてから、あの手この手で籠絡してこようとするだろう。もちろん、テメェらに都合のいい条件で。それらをきっぱりと拒否できるのが、この方法のいいところだ」

 

 こちらは最初に筋を通したのだから、そちらがこちらと同等の筋を通さない以上話し合いの席に着かなくて済む。

 

「『許してやろう』なんて言ってきたら『責任ですので』って突っぱねる。『もう一度関係を構築し直そう』とくれば『前回のことにケリがついていない』と突っぱねる。『力を貸せ』と脅してくれば『解決するまでは無理』と突っぱねる。『組合がどうなってもいいのか』とキレやがったら『そういう時のための組合じゃないのかよ』と突っぱねる」

「お兄ちゃんが、突っぱねまくりです!?」

「要するに、黒幕が名乗り出て頭を下げるまで取り合わないっていうことなんだね」

「そうだ。そういう戦いを仕掛けてきたのは向こうだからな。こちらが譲歩してやる理由はどこにもない」

 

 自分が優位に立っている時には横柄に振る舞い、自分が窮地に立たされた瞬間『組合』だの『相互扶助』なんて言葉を振りかざして助力を強要するようなクズには取り合ってやる必要はない。

 保険と一緒だ。

 何かが起こってから慌てても遅いのだ。

 

「『なんだか気に入らないからと罠に嵌められ組合を追放されたオイラのもとへ組合の偉いさんが戻ってこいとしつこく言い寄ってくるが今さらもう遅い! オイラは四十二区で貴族相手に悠々自適に最新技術で街作りをするッス』大作戦だ!」

「……なんだい、そのふざけた作戦名は?」

「書籍化しそうな魅力に溢れているだろう?」

「いや……それが本なら、内容を読まなくても大体ストーリー把握できるんだけど?」

 

 バッカ、お前。

 そ・こ・が、いいんじゃねぇかよ。

 現代人は無駄が嫌いなのだ。

 読んでみて「うわ、合わネッ」なんて最悪だからな。

 最初から読者を篩にかける親切設計だと言えるだろう、うん。

 

「まぁ、決めるのはウーマロだ」

 

 俺らがごちゃごちゃ言うのはここまでだ。

 あとはお前が考えて、そして決めろ。

 

「ウーマロを傷付けられて、お前らが怒っている気持ちはよく分かる。だが、周りが盛り上がってこいつらの意思を無視するのはよくない」

 

 そのために、攻撃する時のリスクを解いてやったのだ。

 今回、何かトラブルが起こった時の責任者はウーマロになっちまうからな。

 

 俺でもエステラでもない。

 ウーマロだ。

 

「お前らは、ウーマロを見守ってやれ」

 

 その場にいる者たちにそう告げる。

 

「そして、ウーマロが助けを求めた時には、全力で協力してやればいい」

「もちろんです!」

「……マグダの手助けは百人力」

「トルベック工務店はワタクシたちのお得意様ですわ。そこの仕事を奪うなど、我が木こりギルドにケンカを売るのと同義ですわ。助力の出し惜しみは致しませんわよ」

「まぁ、なんかあったら言うさね。聞くくらいはしてやるさよ」

「あたいも協力してやるからな、ウーマロ!」

 

 頼もしい仲間の言葉を、ウーマロは顔を逸らさずに聞いていた。

 あの、ウーマロが。

 女子たちの顔をまっすぐに見て、そして頭を下げた。

 

「ありがとうッス」

 

 顔面が湯に浸かるくらい頭を下げて、そして顔を上げて言う。

 

「とりあえず、ウチの連中と相談してくるッス。どうするかはその後で決めるッス。だから」

 

 照れくさそうに頬を搔いて、眉を曲げて笑顔を浮かべる。

 

「何かあった時は、力を貸してほしいッス」

 

 ウーマロが、女子たちの顔をまっすぐに見つめて言った。

 その直後に「やっぱり、緊張するッス!」と慌てて背中を向けたけれど。

 

 ……成長、してんじゃん。

 

「そういうことで、いいかい?」

 

 エステラが俺を見ながら言う。

 

「それはこっちのセリフだよ、『領主様』」

「では、君はボクと同じ意見だと判断させてもらうよ」

 

 抜かしてろ。

 

 あとは、ウーマロが決断するだろう。

 俺たちはそれを待っていればいいさ。

 

「やはは……やっぱり、いい街ッスね、四十二区は」

 

 そんなウーマロの言葉を耳に、俺はほっと安堵の息を漏らした。

 誰にも気付かれないように、こっそりな。

 

 

 

 

 

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