「くはぁ~! いい汗をかいた後のかき氷は格別ッスー!」
酷暑の日差しを避けるように店へ飛び込むと、汗だくのウーマロがかき氷を浴びるように食っていた。
陽だまり亭で。
マグダのいる二号店ではなく、ジネットしかいない陽だまり亭で。
「どうしたウーマロ? ついに爆乳へ路線変更したのか?」
「なんの話ッスか!? オイラは未来永劫、マグダたん一筋ッスよ!」
かき氷の噂を聞きつけたのか、店内には比較的客が多く、ジネットがカウンターでかき氷をガリガリ削っていた。
「ヤシロさん、おかえりなさい」
「おう。盛況だな。腕、平気か?」
「えへへ。さすがに少し疲れましたね」
「じゃあ店長、あたいが代わってやるよ! やり方教えてくれ」
デリアが駆けていきジネットと場所を代わる。
手伝いの妹がいるので二馬力で頑張ってもらうとしよう。
「あれは、次女か?」
「はい。今日の混雑を予想してロレッタさんが呼んできてくださったんです」
「三女は?」
「今は休憩中です。今日は暑いですので、こまめに休憩を入れるようにしているんです」
そうか、よかった。
次女は仕事が丁寧で覚えも早く、頭もいいのだが性格が奔放過ぎて制御が難しい。
しっかり者の三女がいて初めてそのポテンシャルを遺憾なく発揮できる、なかなかに残念な仕上がりなのだ。
単純に技術と成長率で言えばロレッタを凌ぐ逸材かもしれんのだが、性格がかなりハム摩呂よりなので独り立ちはまだまだ先になりそうだ。
「おにーちゃ~ん! おかえり~!」
「分かったから仕事しろ。見ててやるから」
「ぅはは~い!」
手足も長くもう少ししたら大人の仲間入りしそうな外見なのに、中身がハム摩呂だからなぁ……
「奔放な次女の、監視役やー!」
ハム摩呂もいた。
つか、お前じゃ監視役にならねぇよ。
「あ、弟~。やほ~」
「おとうと?」
いや、そこは分かるだろう!?
あれ? ハム摩呂って記憶喪失になったっけ? そんなエピソードあった? 俺、見落としてる?
がっしがっし氷を削るデリア。
その氷を受けてキレイに山を成形していく次女。
次女から氷を受け取り、シロップをたっぷりとかけるハム摩呂。
うん、三人がかりでならジネットの代わりが務まりそうだ。
「お前も少し休め」
「はい。そうします」
いつもの席が埋まっていたので、ウーマロの前の席に腰掛ける。
「邪魔するぞ」
「どうぞどうぞッス」
「鼻を、むぎゅー!」
「何するッスか!?」
「邪魔だ!」
「物理的だとは思わなかったッス!?」
いや、一応やっておかないと『精霊の審判』的にな?
俺とウーマロのやり取りを見てくすくすと肩を揺らすジネット。
ジネットは俺の隣に座っているので、ウーマロの斜向かいだ。
ウーマロは相変わらずジネットを視界に入れないようにしている。
「で、ウーマロはなんでそんなに汗だくなんだよ?」
「あ、それがですね」
ウーマロへの問いに、なぜかジネットが答えてくれる。
手を打って、嬉しそうに。
「中庭に屋根をつけてくださったんですよ」
「屋根?」
「パン屋さんで約束したッスよね?」
あぁ、そういえば。
教会へ柔らかいパンのレシピを教える際、ウーマロにアンパンを売ってやった時に中庭に屋根を付けてくれって頼んだんだっけ?
すっかり忘れてた。
「しばらく忙しくて、遅くなって申し訳ないッス」
こっちはすっかり忘れてたけどな。
「けど、豪雪期前に作っていただけて助かりました。これで、早朝の雪かきをしなくても厨房へ来られます」
去年は二階から厨房へ行く道すら雪で埋まり、その間にマグダが寒さで震えていたんだっけな。
あれを気にしていたのか、ジネットも。
「中庭全部に屋根が付いたのか?」
「いえ、階段から建物伝いに、二人並んで歩けるくらいの幅でです」
中庭には畑もあるし、全部を屋根で覆うことは避けたのだろう。
俺たちが歩く場所だけを屋根で覆い、行き来できるようにしてくれたらしい。
「見に行っていいか?」
「はい」
「是非見てほしいッス!」
かき氷を一気に掻き込んで頭痛で悶えるウーマロを残して、俺はジネットと二人で中庭へ向かう。
厨房でのんびりかき氷を食べる三女に挨拶をして、廊下を抜けて中庭へ。
「おぉ……これはすごいな」
しっかりとした柱に支えられた屋根が出来ていた。
日差しを邪魔しないように配慮された中庭の屋根は、これまで剥き出しだった階段の上にまで及んでいた。
これなら、雨の日に傘を差す必要もなくなりそうだ。
階段が濡れた時は怖かったんだよなぁ。スベりそうで。
「ここに光るレンガが仕込まれているので、夜でも明るくて安全なんですよ」
屋根を支える柱の上部と下部には小さな光るレンガが仕込まれているらしい。
太陽さえ昇れば、夜間も足下をしっかり照らしてくれる。
さすがウーマロ、芸が細かい!
「こんなもんを半日で作ってくれたのか」
「はい。ですので、その……かき氷は、サービスを……」
もともと、非売品だったパンを販売してやった見返りなのに、そこへ見返りを渡してしまったのか。
「じゃあ、また何か作ってもらわないと……」
「もう、ヤシロさん。気の毒ですよ」
くすくすと笑って俺の肩を叩く。
分かってるよ。
俺も、この見栄えには驚いているんだ。かき氷くらい奢ってやるさ。
そう思っていたのだが。
「やるッス! なんでも言ってくださいッス! じゃんじゃん作るッスよ!」
頭痛から回復したウーマロが俺たちに追いつき、満面の笑みでそんな安請け合いを寄越してきた。
あぁ、そうか。
お前はもう手遅れなんだな……
「ジネットのお人好しと社畜魂が感染して……」
「違います! ウーマロさんはもともとお優しい方なんですぅ!」
ジネットが必死に否定してくるが、この症状はジネット病の末期症状だ。
きっともう、手の施しようはないだろう。ウーマロ、気の毒に。
ただ、当のウーマロは、とっても、とっても笑顔だった。
うん、分かったよ。
豪雪期泊まりに来ていいよ、お前は。
精々マグダとひとつ屋根の下を満喫するといいさ。
それくらいなら、報われても罰は当たらないだろうしな。
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