異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

51話 偉大なるモノ -3-

公開日時: 2020年11月19日(木) 20:01
文字数:2,058

「にしても、客が居つかんな……」


 ガランとした店内。

 今日は天気がいいので窓を開放しているのだが……辺りはとても静かだ。

 人通りが少なく、時折吹き抜ける風が草木を揺らしていくだけだ。

 ……ここに来て、また立地に悩まされるとは。


 陽だまり亭は、『陽だまり亭に行こう!』という客しか訪れない、そんな店なのだ。

 ふらりと立ち寄る客など、皆無に等しい。


「……マグダァ、ミートスパ、食う?」

「……食べる」


 俺は、連日食べ続けていい加減うんざりしているミートソースパスタをマグダに託す。

 間接キス? あぁ、知らん。マグダとならなんだって有りだ。こいつはもう、俺のサーバントみたいなものだからな。


「…………間接、ちゅう…………」


 ……あの、マグダさん。 

 そういうことを呟いて、その後ジッとこっち見つめるのやめてくれませんかね?

 それは、さすがに照れるんで……


 襲いくる脱力感に、俺は机に突っ伏した。

 あぁ、もう……不貞寝したい。


「それにしても、いつの間に行商ギルドとの取り引きを再開したんだい? 二ヶ月前に、あんな派手な衝突したばかりなのにさ」


 ここ最近、下水関連のあれやこれやで忙しくしていたエステラはいろいろと情報が不足しているようだ。

 二ヶ月前、俺とアッスントは直接対決をした。

 それから様々な手続きや、数十回に及ぶギルド長会議を経て、行商ギルドと四十二区の住民たちは新たな枠組みの中で生産活動を再開した。


 そうしたらどうだ。


 これまでアッスントが搾取に搾取を重ねて得ていた利益が、ほんの一週間で追い抜かれたのだ。

 適正価格を徹底し、公正に公平に取り引きをした結果、経済が活性化したのだ。

 野菜を高値で売りさばけたモーマットは、得た利益を使い新しい畑の開墾に取りかかり、それにより生産量が上がり、また今後利益を上げることだろう。

 飲食店は先ほど述べた通り、大量の客の獲得に成功している。

 そして、その客たちも自分たちの仕事がうまくいくようになり、賃金が上がり、懐具合も温かくなったことで財布のひもを緩め始めている。 


 すべてがいい方向に転がっているのだ。


 先週、アッスントが見たこともないような満面の笑みで俺を訪ねてきて……


「いやぁ! ヤシロさん! いや、ヤシロ様! 私、今後はあなたのそばにつきっきりで商売することにしましたから! まさか、こんなに世界が変わるなんて……私が中央区に栄転する際は、是非一緒に参りましょう! あなたなら、中央区でもうまくやれます! 私が保証しますよ、マイフレンドッ!」


 と、脂っぽい握手とハグ攻めに遭わされた。


 とりあえず、工事中だったウチの水洗トイレの下水溝に落として上から砂をかけていじめてやったが、…………なんか、随分懐かれてしまったようだ。


「へぇ……すべてがうまくいっているんだね。……陽だまり亭以外は」

「…………」


 エステラの言葉に、返す言葉もなかった。

 頭を上げる気力もない。


「でも、屋台は大盛況ですよね」


 洗い物を済ませたのだろう。ジネットが俺たちの輪に加わり比較的明るい話題を持ってくる。


「カンタルチカさんとのコラボ企画もうまくいっているようですし、売り上げは落ちましたが、まだまだ挽回のチャンスはありますよ、きっと」


 楽観的な店長に、少し救われたような、大いに脱力させられたような……複雑な気持ちになる。


 ジネットの言うコラボ企画とは、俺がパウラに持ちかけたもので、パウラの店先でウチのタコスを売るというものだ。

 ただ店先を借りているわけではない。

 タコスを少しピリ辛風にアレンジして、キンキンに冷えたビールとよく合う味付けにしたのだ。

 これで、「ウチのタコスを食べながら、カンタルチカの冷えたビールを飲むと美味さ倍増だぞ!」という企画なのだ。

 思惑は当たり、売り上げは上々。今や、陽だまり亭二号店は、ウチの主力になっている。


 陽だまり亭七号店は、少し離れた場所でポップコーンを売っており、こちらは子供連れを中心に盛況を迎えている。


 だが、タコスとポップコーン。これだけの売り上げで店を支えるのは不可能であり、非常に危険だ。

 タコスがコケたら皆コケた。では、シャレにならないのだ。


 閑古鳥の鳴く店内を見渡す。


 最初に来た時も、こんな寂しい光景だったなぁ……


「…………また、たくさんの人が来てくださいますよ。きっと」


 誰に言うでもなく呟かれたその言葉は、ジネットが自分自身に言い聞かせているように聞こえて…………それはつまり、「この状況は寂しい」と、お前自身が思っているんじゃないかと、俺に確信させるものだった。


「屋台を見てくる」

「え? あ、はい。お気を付けて」


 ジネットの声を背に受け、俺は店を出る。


 まったく……大口叩いたくせに情けない。

 一度上って落ちるのはつらいな……なんて、そんな小さなことでヘコんでいる場合ではないのだ、俺は。

 約束したじゃねぇか。ジネットと。


『陽だまり亭を立て直すぞ』って。

『もっと客を呼べる、人気の食堂にするんだ』って。

『毎日大勢の人が集まる、そんな場所にするんだ』ってよ……


 そんなことを思い出し、変な焦燥感に襲われながら、俺は足早に大通りへと向かった。







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