異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

298話 促進と打倒と宣伝を兼ねて -4-

公開日時: 2021年9月20日(月) 20:01
文字数:3,687

 なんだかんだと準備は進み、いよいよ出発を明日に控えた前日の夕方。

 

「なんとかなるもんだな。やるじゃねぇか、お前ら! がっはっはっ!」

 

 と、足つぼのショックから立ち直ったハビエルが、上機嫌で見たことのないオッサンの肩を叩いている。

 誰だよ? カワヤ工務店の大工か?

 

「ん? こいつらか? 四十区の大工だ」

「いやいやいや!? 手伝っちゃマズいだろ!?」

 

 エステラは土木ギルド組合から届いたケンカをふっかけるような手紙に「上等だ、ヴォケが!」的な真っ向勝負を挑む手紙を送り返したんだぞ?

 四十区の大工って、組合に加盟してる連中だろうが。

 

「大丈夫だよ、オオバ君」

 

 ザ・菩薩ことデミリーがにこやかにとんでもないことを口走る。

 

「彼らも組合を抜けた大工だから」

「おい、エステラ?」

「ボクは何も言ってないよ。オジ様から申し出てくださったんだよ。『力を貸すよ』ってね」

 

 はぁ……

 無茶をさらっとやってのけやがる。

 さすが、ザ・菩薩だ。

 もう夕暮れ間際だってのに、なんだか後光が差しているような気がするぜ。

 

「デミリーに後光が差して見える」

「それ後光じゃなくて私が光ってるんだよ! って、誰が光るレンガの親族だい、まったく!」

 

 いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだが……つか、自虐が振り切れたなぁ、こいつ。

 

「いや、なに。等級無しの貴族が随分と偉そうに私に脅しをかけてきたのでね、『上等だ』と追い返してやったんだよ」

 

 聞けば、組合の役員――トルベック工務店外しを率先して行っている二十九区の貴族が、デミリーのもとを訪れて『四十二区に大工を派遣するな』と脅しをかけてきたというのだ。

『言うことを聞かなければ組合の大工は使わせないぞ』と。

 

「私はどうにも、スチュアートの威光を笠に着た置き物領主だと思われているらしいからね」

 

 デミリーは、大抵のことは許容してくれる。

 特に反対意見を言うこともなく、他所に圧力をかけることもなく、野心を覗かせて裏工作に勤しむこともない。

 

 一部の者が見れば、とんだ腰抜け、事なかれ、日和見主義のお飾り領主に見えているのだとか。

 その実、実権を握っているのは鋼の筋肉を誇る怪物ハビエルだと。

 

 なんだそれ?

 とんでもない勘違いだな。

 そんなこと言ってるヤツ、マジでいるのか? 目が曇ってるっていうか、まぶた縫い付けられてんじゃねぇの?

 

 俺の知るアンブローズ・デミリーという男は、先見の明があり、利益を取るよりも不利益を回避する用心深い切れ者だ。

 それでいて、不利益を恐れていないところがデミリーを認めざるを得ない部分でもある。

 

 自分に不利益が降りかかろうと、後進や弱い者の立場に立って手を差し伸べ、後ろ盾になり、諍いのある場に自ら赴いては仲裁を買って出る。

 ぱっと見では貧乏くじを引かされてばかりいるように見えるが、デミリーのその行動によって四十区は最悪の被害をいつも回避してきている。

 自区の領民を守るために、デミリー一人が不利益を被っている。だが、領民が無事で平穏に暮らしていれば、デミリーが被った不利益はやがてチャラになる。

 

 俺から見たデミリーという男は恐ろしくバランス感覚に長けた男だ。

 おそらく、マーゥルが最も苦手とするのが、デミリーのようなタイプの人間だろう。

 欲がないので操りにくい。

 そのくせ用心深くて、隙がない。

 その上人格者で領民に好かれている。

 攻撃すれば、たちまち自分が悪者に認定される。

 

 攻撃するだけ損をする。そう思わせる人間には手出しがしにくいものだ。

 

 デミリーはドニスとも渡り合える領主だ。『剛』と『柔』の違いはあれど、双方の力は拮抗していると俺は見ている。

 だから、怒らせちゃダメなんだよなぁ。

 

「毛髪のすべてを犠牲にしてでも全方位に気配りしてきた厄介な領主なのにな」

「怒ろうかなぁ~、そろそろ?」

 

 褒めたのに!?

 

 そんなデミリーを怒らせて、組合はさらに自分たちの首を絞めたわけだ。

 四十区の大工も組合を抜け――おそらく、デミリーなら損害分を全額補填してやるんだろうな、うわぁ、怖い――おまけにデミリーの親友であるハビエルの不興を買った。

 

「木こりが木材を売らないって言ったら、大工は仕事出来ないだろうに」

「はっはっはっ! さすがにそこまでは言えんが――ワシらが王族に潰されかねんしな――だがまぁ、『いい気分ではない』とは伝えておいたんでな、しばらくはヒヤヒヤして過ごす羽目になるだろうよ。はっはっはっ!」

 

 普通に見れば、ハビエルがデミリーを守っているように見えるが、その実ハビエルがデミリーに甘えているような関係なのだと俺は思っている。

 デミリーほど木こりギルドのサポートを完璧に出来る領主はいないだろうしな。

 

「あぁ、そうそう。四十一区も抜けたぞ、組合」

「えっ!? それは聞いてないよ、ボク!? 本当に抜けちゃったの!?」

「当然だろう。素敵やんアベニューはトルベック工務店とウチの大工の共作だ。急にやってきた組合の役員ごときに『手を貸すな、借りるな』なんて言われる筋合いはねぇ」

「はぁ……補填、してあげてね」

「おう。トルベックとの仕事を斡旋してやるつもりだ」

 

 なんかもう、マジでトルベック組合が出来そうな勢いだな。

 

「それじゃあ、キャラバンでの行脚が終わったら、土木関連の話し合いをしましょうか、オジ様」

「そうだね。三区で融通し合えば、なんとかなると踏んでいるよ」

「だな! 俺の計算でもそうなっている」

「うん、リカルドはうるさい」

「なんでだよ!?」

 

 お前が『計算』なんかするわけないからだよ、分かれよ、リカルド。

 

 と、領主三人が打ち合わせのための打ち合わせを始めたので、俺はハビエルに尋ねる。

 

「なぁ、等級無しってなんだ?」

「ん? あぁ、アンブローズが言ったヤツか」

 

 デミリーは先ほど『等級無しの貴族が随分と偉そうに』と言った。

 だが、組合の役員であり、トルベック工務店に嫌がらせをしていた貴族は二十九区に住んでいるヤツだ。

 

「だったら、四等級貴族なんじゃないのか?」

「等級が付くのは領主と、その血筋を引いている家系だけだぞ」

 

 え、そうなのか!?

 

「じゃあ、ハビエルは?」

「等級無し貴族だな。ははは、こりゃあ、アンブローズに生意気を言えば『等級無しが偉そうに』って言われちまうなぁ」

 

 楽しそうに顔をくしゃくしゃにして笑うハビエル。

 そんなことはないと分かりきっている関係だから言える冗談だ。

 

 だが、そうか、領主一族にしか付かないのか等級ってのは。

 そりゃそうか。そうでなきゃ領主でもない貴族が領主より偉いことになっちまうもんな。

 あんま深く考えたことがなかったが、そういうもんなのか。

 

「だが、等級無しの連中は、外周区の領主のことを見下しているヤツが多いんだよなぁ」

「自分ならもっと上に行ける『可能性』があるってか?」

「そうそう。そんな感じだ」

 

 等級無し貴族は、より上級の貴族と縁を繋いで自分たち一族の格を上げようとしているのだろう。

 それこそ、王子様にでも見初められたら、未来の皇后の親族ということになって、一等級に格上げになる……のか?

 たしか、一等級は王族の血筋だったよな?

 

 まぁ、一等級とまでは行かなくとも、かなり偉い地位に就けるのだろう。

 

「イメルダが王子に見初められたら、どうする?」

 

 ふと思いついて、そんなことを聞いてみた。

 ハビエルはきょろきょろと辺りを見渡し「絶対誰にも言うなよ」と前置きをして、俺に耳打ちしてくる。

 

「『身の程を弁えろ』って言ってやるさ」

「ぶはっ!」

 

 思わず笑ってしまった。

 さすがだな、イメルダ。王子よりも高貴な身分なのか。

 

「わははは! まぁ、ワシは地位や金には興味がないからな。イメルダが『これぞ』と決めた相手なら貴族だろうが一般人だろうが、獣人族だろうがゴロつきだろうが反対はしない」

 

 そう言って、ぶっとい腕を俺の首へと絡めるように回し、引き寄せる。

 

「途方もないおっぱい好きだろうと、な」

 

 ……オッサンのウィンクほど不愉快なものもそうそうねぇっつの。

 

「まっ! まだまだ先の話だ。それまでは精一杯溺愛して『お父様以上の男性などおりませんわ』と言わせるさ!」

 

 さぁ、それはどうかな?

 先日、イメルダが新しいハンドアックスを買ったらしいぞ。対ハビエル用の。

 気を付けろよ。

 

「さて、ワシは明日からの警護についてメドラと話してくる」

「おう。終わったら陽だまり亭に顔出せよ。今日はマーシャが来るから、カニがあるぞ」

「おっほっほぅ! 行く行く! 絶対行くから美味い酒を用意して待ってろよ!」

「――それが、ハビエルと交わした最後の会話になるなんて、この時の俺は思いもしなかったのであった」

「死なねぇよ!? 絶対行くからな!?」

 

 殺しても死にそうにない大男が半泣きで街門の方へと歩いていく。

 

 領主に三大ギルド長。

 いつの間にか、知り合いに濃いメンバーが増えたもんだ。

 薄味の連中も混ぜれば、随分と知り合いが増えた。

 四十二区の生産者や個人事業主。飲食関連の連中なんかほとんどが顔見知りになっちまった。

 

 

 人知れず地盤固めをして、さっさと姿をくらませてやろうと思っていたのになぁ。

 

 染み渡るように濃紺が広がっていく空を見上げて、独りごちる。

 

 

 

「気付けば遠くに来たもんだ……」

 

 

 

 ま、四十二区から動いてはないんだけどな。

 

 

 

 

 

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