「実は、とっても簡単な解決方法があるんだが」
「えっ、そうなのかい?」
「レーラさんたちに計算を覚えていただく……という解決法ではなく?」
「それはまぁ……追々必須になるが、とりあえず至急対策を立てる必要があるんだろう?」
「うん。おきゃくしゃー、こまってぅ!」
困ってるっていうか、イラついてるんだろう。
客離れを起こす前に手を打たなければいけない。
折角ハロウィンで大々的に宣伝して、口コミで火がつきつつある焼肉&モツだ。ここでその火を消すわけにはいかない。
「というわけで、エステラ。お金ちょーだい!」
「……どうしてボクが」
「じゃあ、レーラに払わせるか。客からの不評を肌で感じて焦りと不安で精神的に追い詰められているだろうし、ちょっと不安を煽ってやればいくらでも金を出すかもなぁ、店を抵当に入れてでも」
「あぁ、もう! 君はどうしてそう人の一番弱いところをピンポイントで突いてくるのさ!?」
そりゃお前、断らせないためにだよ。
「……利益が上がったら還元してもらうということにしておくよ」
「セコいなぁ、お前は。ハロウィンで結構儲けただろ?」
「トントンだよ!」
「他区からの発注は?」
「それは……まぁ、追々、ちょこっと、……儲かる、かも」
「じゃ、その分だな」
「じゃあ結局トントンじゃないか!? ……もう。ボクも暴利を貪ってみたいものだよ……」
「くすくす」
エステラのふて腐れ顔に、ジネットが笑いをこぼす。
まぁ、エステラには無理だろうな。暴利を貪るどころか、出来る限り関係各所へ還元してしまうのがオチだ。
貧乏性なんだよ、どこまで行っても、お前はな。
「今回、焼肉の普及に貢献したヤツにご褒美をくれてやろうぜ」
「牛飼いたちかい?」
「あいつらにはモツの処理方法と管理と権利をくれてやっただろうが。もう十分だよ」
「では、トルベック工務店さんでしょうか? テーブルをたくさん作ってくださいましたし」
「ウーマロは十分恵まれてる」
「だね」
なんだかんだで、あいつには結構利益をくれてやっているのだ、俺もエステラも。
多少は還元してもらいたいもんだな。
たぶんこの先十年くらいは無償労働を強いても誰にも文句を言われないだろう、俺は。
「そうなると、あとは……」
「焼肉を焼く道具はなんだ?」
「あっ、分かりました! 金物ギルドさんですね!」
「……ノーマは、ほら、ちょっと報われないくらいの方がキャラが立って、オイシイだろ?」
「決して本人は望んでいないだろうけれどね、そんなオイシさは」
ノーマは、あんまり利益に貪欲じゃないからなぁ。
それよりも称賛と喝采の方が喜びそうだ。
「ノーマエライ!」
「ノーマすごい!」
「ノーマ素敵!」
「いい谷間!」
「マシュマロみたい!」
「ふわっふわだね!」
――みたいにな。
「ノーマは今、シャドーアートの改良にハマってるみたいだから、仕事を振るのは可哀想だろ?」
シャドーアート(趣味)と新しい仕事(生き甲斐)を同時に与えると、まず間違いなく睡眠時間が犠牲になる。
……肌を、労ってやってください。
「ということは…………あっ、セロンさんですね」
ここでようやく、ジネットの口から正解が飛び出した。
ははは~、影が薄いなぁ、セロン。
ウーマロが張り切って作ったテーブルと同じ数だけ七輪を作ったのになぁ。
あそこの窯、ずっとフル回転してたんじゃないのかなぁ。
なのに、全然思い出してもらえてなかったぞ。
「セロン、地味だからなぁ……」
「そ、そんなことは……!? あの、ほら、そうです! ウチにもあるものですので、目新しさがなかったと言いますか、周りが新しい物ばかりでしたので埋もれてしまっていたと言いますか……あの…………気が、付きにくかったと言いますか……」
「ストップだよ、ジネットちゃん。言えば言うほどセロンを追い詰めてるから」
「すみません……なんと言えばいいのか、ちょっと分からなくなってしまって……」
それが、お前らのセロンに対する評価なんだよ。
顔がよくて、美人な嫁がいて、四十二区を代表する特産品を独占状態で作っていて、それが他区まで大きく広がって収入もうなぎ登りで、人生の勝ち組、イージーモードに突入したような、恵まれ過ぎてるクセになっかなか爆発しないセロンだからな。
忘れられたり気付かれなかったりするくらいでちょうどいいんじゃねーの!? ぷぷぷー!
「ヤシロってさ……顔のいい同性のちょっとした不幸、好きだよね?」
「そんなことは……ない、と、思います…………けど…………」
「ジネットちゃん。自信がないなら、無理して擁護しなくていいんだよ」
「えーゆーしゃ、かっこぃい、ぉ?」
「よかったねーヤシロ、女子にモテたよ。幼女に」
殊更『幼女』を強調すんじゃねぇよ。
ハビエルに感染してやろうか、コノヤロウ?
「そ、それで、ヤシロさん!」
ジネット、別に気を利かせて助け船とか出さなくていいからな?
俺、別に悲しんでないし。
ただまぁ、この後セロンに会ったらちょっとだけ嫌がらせはするけども。
「セロンさんに何をお願いするんですか? 新しい七輪、でしょうか?」
「いや。もっとありふれた物で、複雑な計算を簡単にするための仕掛けを施した物だ」
「ありふれた物で、複雑な計算を簡単にするための仕掛けを施した物……ですか?」
「作ってもらうのは、陽だまり亭にもある物だぞ」
「えっ!?」
ジネットがキョロキョロと辺りを見渡す。
しかし、「これだ!」という物が見つけられなかったようで、しゅんとする。
まぁ、セロンの本職からはちょっと遠ざかるが、同じ陶磁器ギルドの範疇だ。
あいつなら作ってくれるさ。もしくは、そういう職人を紹介してくれるだろう。
「なぁ、英雄! アーシ、分かったぞ!」
「残念! 不正解!」
「まだなんも言ってないだろう!?」
だって、絶対分かってないもん。
「じゃあ言ってみろよ」
「トウモロコシだろ!? 陽だまり亭でポップコーン作ってるから!」
「とにかく、この後エステラとセロンのところに行ってくるよ」
「無視すんなよ、英雄! 合ってるだろ? 違うのか?」
違うとかいう次元じゃねぇよ。
というか、そうか……こいつはセロンが何を作ってる職人かも知らないのか。
セロン。お前、知名度低いぞ。
「セロンさんは光るレンガを作られているレンガ職人さんなんですよ」
「へぇ! あの明るいヤツか? すっげぇヤツなんだな」
「はい。技術のある職人さんです」
「あっ! 分かった! じゃあ、光るトウモロコシだ!」
「……え?」
「光るトウモロコシを作ってもらうんだな! そうだろ、英雄!?」
「じゃ、そろそろ行くか、エステラ」
「だね」
「だーかーらー! 無視すんなよぉー!」
座りながら地団駄を踏むバルバラ。
テレサが背伸びをしてバルバラの頭を撫でてやっている。
よかったなぁ、出来のいい妹がいて。大切にしろよ。今、この世界で唯一お前に味方してくれる存在だからな。
ジネットですら擁護不可能なことなんか、そうそうないんだからな。
…………いや、さっきの「顔のいい同性のちょっとした不幸が~」云々は例外っつぅか、カウントされないというか、そもそも俺は別にイケメンを嫉んだりしてないし? もしイケメンを嫉むようなことがあれば、それは俺が俺自身を嫉むことになるわけだし?
なので、ノーカン!
「すぐ戻ってくる予定だが、先に答えを聞いておきたいか?」
「いえ。ヤシロさんたちが戻られるまで『なにかな~? どんなのかな~?』ってわくわくして待ってます」
「それじゃ、最低限試作品くらいは持ち帰らないとね」
「楽しみにしてますね」
「えーゆーしゃー! あーしも、いちたぃ!」
「テレサも来たいのか……。バルバラ、畑の仕事は?」
「あぁ、テレサなら構わないぞ。粉挽きはアーシがやる予定だからな!」
頼もしく腕まくりをして力こぶを作る。
バルバラ、粉挽きを任されるようになったのか。
そうかそうか。
「ジネット。品質のチェックを徹底してくれ」
「なんでだよー!? 大丈夫だよ! ちゃんと教わったし!」
やかましい。
つい先日、お前のせいでトウモロコシ粉が一袋無駄になったところだろうが。
酷い糞害に憤慨だっつーの!
「糞害にふんが……」
「さぁ、行こうかヤシロ」
ちぃ! ……なんて嫌な間で妨害を。
「じゃ、テレサも行くか?」
「いきゅー!」
「いざっ! セロンに小さな嫌がらせをしに!」
「違うだろう。……なんで顔のいい同性に反感を持つのかなぁ、君は」
持ってませんけど!?
っていうか、その言い方だと俺が『顔のいい同性』のカテゴリーから外れているように聞こえて不愉快なんですけど!?
平安風に言えば、『いと不愉快なりけり』! てふ《ちょう》むかつく~。
……さぁて、セロンにどんな嫌がらせをしてやろうかなぁ~っと。
そんな密かなる企てを胸に、俺たちは陽だまり亭を出発した。
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