「レジーナ。マンドラゴラって実在するのか?」
「おるで~」
「ぅへぇぇえ!? マジか!?」
「マジやで~、ワニの農家はん」
「マジでいるのかよ!? アレって子供を怖がらせるための方便じゃないのか!?」
「年間数名やけど、犠牲者もおるんやで」
「怖ぇ!? やっぱめっちゃ怖ぇよ!」
会場のすみっこに待機しているレジーナに尋ねると、さも当然という顔で存在を認めた。マンドラゴラは実在するらしい。やっぱ薬の材料にでもなってるのかね。
今回のオバケコンペは内容が濃く、長丁場になることが予想されていた。
だから一応レジーナを待機させている。
もっとも、そのためにレジーナ用に屋根付きの観覧席が作られたんだけどな。運動会の時の救護テントの使い回しなのだが。
領主より優遇されてるな、あいつ。ただの日光嫌いな引きこもりなのに。
ふと見ると、ジネットが観客席からいなくなっていた。
「ジネット……そんなにモーマットの話を聞きたくなかったのか……」
「違ぇよ! ジネットちゃんは調理場に行ったんだよ! そろそろ昼時だから!」
必死な形相で調理場を指差すモーマット。
んだよ。知ってるよ。そろそろ俺も腹減ってるし。
でもな、モーマット。
「だからといって、ジネットがモーマットを嫌いではない証拠にはならない」
「泣くぞ!? ジネットちゃんに嫌われたら、俺は本気で泣くからな!?」
こいつは、ほとほとメンタルの弱いヤツだ。
洪水による不作の時も、俺をダシに金策しようとしてマグダに怒られてマジ焦りしてたしな。必死だったなぁ、あの時のモーマット。
モテなくていいから嫌われたくないって思いがにじみ出している。
「だからモテないんだよ、お前は」
「うるせぇよ! お前みたいにいろんなところからモテるよりは平穏な方がマシだ」
「なんだよ、それ?」
「領主様やギルド長に追いかけ回されるとか……俺だったら胃が死ぬ」
俺の胃も何度も死にかけてるわ。
特に某狩猟ギルドの某メドラ。……アレ、見る度に視力が落ちてる気がするんだよなぁ。
けど、領主ってなんだよ?
俺がどこの領主にモテてるってんだ。言いがかりも甚だしいわ。
「モーマット。お前には、リカルドが俺に惚れているように見えるのか? レジーナの病気が感染したんじゃないか?」
「なんで四十一区だ!? 他にあるだろう、思い当たる区が!」
「せやねん! よぅ分かってはるなぁ、ワニの農家はん! やっぱ二十九区はんとの三角関係が今は激熱やねんな!」
「ほら、モーマット。お前の話が発端だから責任持って相手してこい」
「ちょぉっと、待て待て待て! 俺に責任なんかねぇだろ!? つか、無理無理無理! 二人きりはまだキツイ! なに話していいか分かんねぇよ!」
「えらい言われよぅやなぁ、キツイなんて酷いわぁ……」
頬に手を当て、よよよ……と泣く素振りを見せつつ、レジーナが懐から妙に『こんもり』した袋を取り出す。
心なしか『こんもり』が蠢いている。
「何も話さんでも大丈夫やで? ただ黙ぁ~ってこのちょこっとだけ怪し~い薬飲んでくれたら、ウチ勝手に観察するさかいに」
「だってよ、よかったなモーマット」
「何一つよくねぇよ! バカっ! 押すな! 落ちる! 落ちるから!」
口のサイズがデカイばっかりに失言の多いバカワニを舞台から突き落とす。
大丈夫。この程度の高さなら怪我もしない。
中学校の体育館の舞台くらいの高さだ。
まぁ、突き落とされたらそれなりには怖い思いはするだろうが……甘んじて受けとけ、それくらい。
いくらレジーナでも「キツイ」はキツイだろうが、え、こら、ワニ。
ちゃんと冗談だって分かるニュアンスで言えよ、そういうことは。
俺、ちょっとイラッてしちゃったぞ?
そう思っていると、エステラが小さくため息を吐いて、座ったままモーマットを見上げる。
「モーマット……謝っておいでよ」
「俺、何か悪いこと言ったか? 俺は悪くないよな?」
舞台の下でエステラに言われ、モーマットが困惑している。
審査員席のテーブルにヒジをついたまま、笑顔でエステラが問う。
「……ヤシロに好意的な領主のくだり、もう少し詳しく話してくれるかい?」
「え? あ、いや、違う違う違う! あれは別にエステラのことじゃなくて……」
「エステラのことではなく……なんだ?」
エステラの背後にルシアが立っている。
目は『すわって』いるけどな。
「…………ごめんなさい」
「ボクらのことはいいけどさ」
と、一切大目に見る気がなかったエステラが肩をすくめて優しい人のフリをしている。
怖いわぁ、あぁいうタイプが一番怖い。
「二人きりはキツイっていうのは、いくらレジーナでも可哀想じゃないかな?」
「え……あっ、いや、そんなつもりは全然! いや、マジだぞ! そんなつもりじゃないからな、レジーナ!」
「あはは、んなもん、気にしてへんわな」
とか言って手をぷらぷら振るレジーナだが、嘘だな、あれは。
あいつは何気に『一緒にいるのを拒まれる』のを寂しいと思うヤツなのだ。
自分は誰かと一緒にいるのを全力で拒んでるくせにな。
「ほんま、こんなん些細なことやのに……過保護やなぁ、お二人はんは」
言いながら、エステラと、なぜか俺へと視線を向ける。
俺は何もしてねぇだろうが。
俺は舞台の上からモーマットを見下ろして言ってやる。
「分かったかモーマット。レジーナと一緒にいるとメンドイとか疲れるとかたまに殺意覚えるとか、本当のことを言うと可哀想なんだぞ」
「いや、言ってねぇよ! つか、お前が酷ぇよ!」
「そうだよ、ヤシロ。誰もレジーナは危険人物というより卑猥人物だとかいっそ口をまつり縫いすればいいのにとか薬剤師ギルドから半径10キロは少年少女の立ち入りを禁止にすべきだとか、本当のことは言ってないんだよ」
「さらに輪をかけて酷ぇな、エステラ!?」
「な~んや、二人とも、照れ隠しかいなぁ~。ホンマ、衆人環視の中で【自主規制】したろか思うほど可愛えぇ~なぁ~」
「お前も否定しながらさらっととんでもない発言してんじゃねぇーよ!」
モーマットがうるさい。
「「モーマット、声がうるさい」」
「せやね」
「ちきしょー! お前らと絡むといっつもこっちが損をする!」
足音を荒らげながら、モーマットが退場していく。
だが、途中で振り返り――
「でも、すまなかったな、レジーナ!」
と、デカイ声で謝罪する。
素直なんだよなぁ、基本は。
まぁ、素直とバカは紙一重だしな。
レジーナがちょっと照れくさそうに手をふって日陰のさらに奥へと引っ込む。
やれやれ、なんて事態の収拾を感じていると、まだくすぶっているらしい面倒くさい火種に声をかけられた。
「カタクチイワシ」
エステラの背後に立ち、腕を組んで舞台上の俺を睨みつけているルシア。
「謂われなきただの噂など、真に受けるでないぞ」
「分かってるよ」
「どうだかな。こちらが迷惑を被ることになるゆえ、期待などするでないぞ」
「誰がするか」
「それに、二十七区という可能性もあるしな」
「あのイリュージョンおっぱいにモテるんなら、望むところだけどな!」
「えぇ……考え直した方がいいよ、ヤシロ……」
え、なに、エステラのその酸っぱそうな顔?
何があったんだよ、俺らが知らない時に。
そんなメンドクサイ仕上がりなの、あれ?
「ふん……一小市民の戯れ言とはいえ、不愉快な気分にさせられたな」
苛立たしげなため息を漏らして、俺を指差した後、手首を百八十度返して人差し指を上向きにくいっくいっと折り曲げて俺を呼ぶ。
「詫びの代わりにランチを奢らせてやる。貴様のお勧めを速やかに紹介し、私に献上せよ」
「素直に『一緒にお昼食べよ~』って言ってみろよ、ルシア」
「戯けたことを抜かすな、カタクチイワシ! ほら、さっさとせよ! お腹と背中がくっつくぞ!」
「……胸と背中はもうくっつきかけのくせに」
「よぉし、ヤシロ! ボクのお昼も奢らせてあげるよ、感謝して献上するように!」
うわぁ、領主が横暴だよぉ。
権力を振りかざしてやりたい放題だよぉ。
げんなりする俺の耳に、誰にも聞かれまいと必死に声を押し殺したのであろうウーマロの言葉が届いた。
「……どう見ても領主様にモテてるッスよね」
よし、ウーマロの財布を使うことにしよう。はい、決定!
……エステラとルシアにバラされたくなければ金を出せ、ウーマロ。ぷんぷん!
……つか、あいつらもさぁ、噂されるのがイヤなら、もうちょっと自覚と自重しろってんだ。
うん、俺は悪くない!
俺の無実が俺の中で確定されたところで、オバケコンペは一時中断して、お昼タイムを取ることになった。
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