異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

358話 なに握りやしょう! -4-

公開日時: 2022年5月18日(水) 20:01
文字数:4,318

「いらっしゃいませ。ようこそ、陽だまり亭へ」

「いしゃっしゃぃまて! ようこしょ、ひらまぃていへ!」

 

 新しく入店してきた客を、カンパニュラとテレサが出迎える。

 

「テレサさん。元気があって大変よろしいですが、もう少し、落ち着いて、一つの言葉、一つの音を大切に発音してみると、もっと相手に伝わる言葉になるかと思いますよ」

「はい!」

「では、もう一度言ってみましょう」

「いらっしゃぃ、まぁ~、せっ!」

「そうです。ゆっくり、丁寧に、相手の方と会話する時間を大切に」

「よーぅこしょ、ひらま……ひまら……ひまひまてぃへ!」

 

 そこまで暇じゃねぇよ。

 

「うふふ。可愛いですね、ひまひま亭」

「やめてくれ。利益が見込めなくてぞっとする」

 

 テレサの言い間違いを聞いて、ジネットがくすくすと笑う。

 さっきまで眉間にしわを寄せる勢いで緊張していたから、それが解れてちょうどいいだろう。

 ナイスだテレサ。

 

「ジネット。今握った寿司が今までで一番美味いぞ」

「本当ですか。では、やはりいつものように楽しくお料理しないといけないようですね。参考にします」

 

 ジネットはそれでいい。

 頑固おやじのもとで修行するような厳しさは、こいつには向かない。

 食べる者が笑顔になる。それが、ジネットの料理の正解だ。

 

「カニぱーにゃもテレさーにゃも、練習は大事ですけど、お客さんをいつまでも立たせたままじゃダメですよ」

「わっ、そうでした。大変申し訳ありませんでした」

「もうしわけ、あぃません、した」

「あぁいいよいいいよ。気にしなくていいから」

「これが大工さんじゃなかったら、大変な失礼になるところだったですよ」

「「「へいへーい、ロレッタちゃん! その認識がモスト失礼なんだぜ~い! まぁ、ロレッタちゃんは可愛いから許しちゃうけども!」」」

 

 今日も気持ちが悪いくらいに息の合った大工たち。

 

「ウーマロの身内である」

「いや、アレはカワヤ工務店の大工ッスから、仲間ではあるッスけど、結構遠い存在ッス」

「ぅわあ、トルベックさんがすっげぇデッカイ壁作ってる!」

「ひっでぇひっでぇ!」

「棟梁に言いつけてやるー!」

「いや、今やオマールはダチなんで構わないッスけど」

「「「えへへぇ~、トルベックさんと俺ら、もう仲良し~」」」

「なぁ、大工になるには、『気持ち悪い検定』をパスしなきゃいけないルールでもあんの?」

 

 なんでどこの大工も同じように育ってしまうのか。

 

「では、お席にご案内しますね」

「おせちに、ごなんあい、しましゅ! ……うぅ……おせち、に……お、せ、……ちっ!」

 

 テレサはしゃべり慣れてないのか、しゃべる時に考え過ぎてしまうのか、純粋に口周りの筋肉が鍛えられていないのか、まだうまくしゃべれてない。というか、練習を始めてから悪化したような気すらする。

 思うままに気ままな『ガキ言葉』なら簡単なんだろうが、カンパニュラみたいなきちんとした言葉遣いを習得しようとすると、そこらのガキでも苦労する。

 一気に高いハードルに挑み過ぎなんだよ。もっと難易度落としてやるかな。

 

「テレサちゃんは、今のままでも十分可愛いんだから、無理してしゃべる練習しなくていいんだよ」

「そーそー。むしろ舌っ足らずなところが可愛い!」

「一生そのままでいてほしい!」

「むぅ! あーし、ちゃんとぉしゃべり、できるに、なぅのっ!」

「「「むはぁあ! 可愛い~!」」」

「ウーマロぉ……」

「オイラ、管轄外ッス」

 

 ウーマロが、大工連盟の代表という責任を隠して知らんぷりを決め込んだ。

 こーゆーヤツが権力を持つと組織が腐敗しそうで怖いなー。

 

「ところでトルベックさん。それなんっすか? めっちゃ美味そうっすね!」

「これはまだ非買品ッスよ」

「えぇー!? ズルくないっすか!?」

「俺らもそれいただきたいっすよ!」

「申し訳ございません。現在、当店の店長が修行中につき、まだお客様にお出しできる段階ではないのです」

 

 カンパニュラが、ぶーたれる大工たちに向かって言う。

 

「港の工事が完成した暁には、完成記念のイベントが盛大に行われると聞き及んでおります。その晴れの日には、当店店長が自信を持ってお勧めできる最高のにぎり寿司をご提供できると思います。どうか、その日をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申し上げます」

「ん~……カンパニュラちゃんに言われると、逆らえないけどさぁ……」

「食べてみたいよなぁ?」

「あぁ、一個だけでも……だめすかねぇ? ねぇ、ヤシロさん」

 

 大工どもが熱い視線を俺に向ける。

 なんで俺だ。店長であるジネットに向けろよ、そーゆーおねだりの視線は。

 

「あいつら、ヤシロさんが甘いって話を聞いて、篭絡しようとか思ってるんッスよ」

「どこで流れてんだ、そんな誤情報?」

「あながち間違いではないんッスよねぇ。エステラさんとかルシアさんに優しいッスし、子供たちにも甘いッスから」

「だから、どこ発信なんだよ、そのデマ情報?」

「――とはいえ、あいつらはまったく分かってないんッスよ。……ヤシロさんは、メンズ、特にオッサンには一切甘くないってことを!」

 

 そんな、俺が性別や年齢で依怙贔屓しているみたいに。

 巨乳美人に優しくするのは世の理としても、俺は比較的平等に接しているぞ。

 誰に対しても平等に、搾取してやろうと目論んでいる。……ふっふっふっ。

 

「まぁ、あいつらも四十二区で働いていれば、そのうち嫌でも身に沁みるッスよ。……ヤシロさんの容赦なさを」

「まるでお前は沁みてるみたいな言い方だなぁ? ん? 高層マンション建て始めるか? この忙しい時期に」

 

 お前らがつらい目に遭うのは、「NO」と言えないお前たち自身の弱さゆえだ!

 もちろん、「NO」とか言ったら、言ったことを後悔するような酷い目に遭わせるけども!

 

「とにかく、寿司はまだ食わせられん」

「えぇ~!?」

 

 大工が三人でむっきむっきの体を「いやいや」と揺する。

 やめろ、暑苦しい。目に暑い。

 

「しょうがねぇな……」

 

 と、俺が呟くと大工どもの顔が一斉に輝いた。

 

「寿司とは違うが、特別な物を食わせてやる」

 

 言いながら、カンパニュラを呼び寄せる。テレサもついてくる。

 二人を連れて厨房へ引っ込むと、二人の目線に合わせるようにしゃがんで作戦会議を行う。

 

「カンパニュラ。さっきの説明はよかった。これで連中は寿司が食いたくて仕方なくなっているはずだ。港の完成イベントで連中は確実に寿司を食うだろう」

「ですが、ヤーくんはこの後お寿司を振る舞うつもりなのですよね?」

「いいや。寿司ではないが、寿司の気分を味わえるものだ」

「それは一体……?」

 

 寿司を作る時には魚をさばいて『柵』という長方形の状態にする。

 それを薄く切っていけばネタになるのだが、当然、魚の体は長方形ではない。

 長方形の柵を作るには、切り取られた多くの部位が出てしまう。

 その切れ端の部位を使って、お手軽簡単で、美味しい逸品を作る。

 

「――その名も、バラちらしだ」

「バラちらし、ですか。なんだか美味しそうな予感がします」

「あとで食わせてやるよ。テレサ、カンパニュラの話し方をよく見て、いろいろ技術を盗めよ」

「はい。ぉべんきょう、すゆ!」

「私などで手本になりますかどうか……」

「なに、お前なら大丈夫だ。ちょっとしたコツを教えてやる」

 

 そして、俺はカンパニュラにコツを伝授する。

 

「人は、落差に弱い」

 

 100円のおにぎりが売っていれば、人は安いと感じる。

 だが、その元値が500円だと知れば、「めっちゃ安い!」と感じるものだ。

 つまり、もともと100円のものだったとしても、先に500円の値札を貼り、二重線で500円を消して、上から100円の値札を貼ってやれば、簡単にお得感を演出できる。

 

「さらに、『今だけ特別』という言葉を付け足せば、相手の満足度は急上昇する」

 

 人は誰しも得をしたいものだ。

 今日はいつもと違うことをやっている。

 その影響で、今日だけ特別なことが起こる。

 それに遭遇できた自分はなんてラッキー!

 え、ちょっと値段は割高? 構うものか、特別な日なのだからどーんと大盤振る舞いよ! ……ってなもんだ。

 

「なるほど。分かりました。やってみます」

「ちなみに、バラちらしの値段は決めていない。カンパニュラが決めてみるか?」

「よろしいのですか?」

「俺があとでジネットに言っといてやる」

「では、原価はいかほどでしょうか?」

 

 そうして少し相談をして――バラちらしの本当の値段と『最初の値段』が決定した。

 

 

 余った魚の切れ端を加工して、バラちらしを作る。

 錦糸卵に刻み海苔、青ジソも乗っけて豪華な見栄えにする。

 

「お待たせいたしました」

 

 まだ注文を受けたわけではない。

 だが、確実に売りつけて見せるという意気込みから、現品を持ってのセールストークだ。

 

「こちらは、今はまだご提供できないにぎり寿司と同じ材料で作られた『バラちらし』というお料理です。こちらはまだ、どこにも出していない特別なお料理なのですが、ヤーくんのご厚意で特別にご提供できることになりました。にぎり寿司とは異なる料理ではありますが、にぎり寿司とはまた別の幸福感を味わえる逸品となっております。新鮮な海魚を種類も豊富に、これだけ大量に使用していますので、販売するとなれば……そうですね、250Rbは軽く超えてしまうでしょうが……」

 

 250Rbは2500円だ。

 お高い。

 

「ですが、是非皆様に召し上がっていただきたいと、私がヤーくんと交渉を行い、本日に限り――50Rbでご提供させていただくことになりました!」

「買った!」

「俺も!」

「こっちにも一つ頼むよ!」

 

 入れ食い。

 大量。

 爆釣れだ。

 

「カンパニュラちゃん……もうすっかりヤシロさんの色に染まってしまったッスね……」

 

 などと、失礼にも遠い目をするウーマロにはあとで重めのお仕置きが必要だ。

 

「そのお料理、あの、是非わたしにも作り方を……あぁ、でもにぎり寿司の練習も……あぁっ、体が二つあればいいのに!」

 

 そうしたら、おっぱいも二倍で幸せも二倍だね☆

 

「ヤシロさん。こちらにもバラちらしを一つ」

 

 大量のにぎり寿司を食っているのにまだ食うのか、ベルティーナ。

 あ、愚問だったな。

 まだ食うよな、ベルティーナは。

 

 そんな感じで、本日はにぎり寿司を見せながら、余った魚の部位でバラちらしを販売する日となった。

 すし飯はジネットが大量に作っていたし、魚を切って盛り付けるのはロレッタでも出来る。デリアとマーシャが手伝ってくれるなら、数が出ても大丈夫だろう。

 俺が店を空けても、今日は十分営業できる。

 

「わっ!? なにこれ!? 何か楽しいことやってるじゃないか!」

 

 鍵の準備を終えたエステラが入店するなり文句を垂れていたが、お前は寿司を食ってる暇なんかないからな?

 さっさと次のミッションに向かうぞ。

 

 駄々こねないの!

 いいから来い、膨れっ面の領主め。

 

 

 

 

 

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