陽だまり亭へ帰ると、デリアが戻っていた。
隣にはもこもこのボンバーヘッド。
「タートリオが来てくれたのか?」
「おぉ、冷凍ヤシロ。戻ったか」
わっさわっさと髪を揺らして、俺に駆け寄ってくる。
「デミリーに分けてやってくれねぇか?」
「……ヤシロ。世の中には不可能というものがある」
「ままならねぇよなぁ」
一方ではこんなに余ってるのに。
余剰髪の毛がわっさりなのに。
「それで、頼みとはなんじゃぞい? 冷凍ヤシロ直々の呼び出しと聞いて、仕事を止めて出てきたんじゃぞい」
「恩着せがましい説明ありがとよ。ジネット、レシピは出来てるか?」
「はい。みんな書けました」
ジネットから四種類のレシピを受け取る。
基本のレシピの下に、アレンジ方法のヒントがまとめられている。
おぉ、餃子のレシピは面白いな。
今日経験したばかりだからか、随分と筆が乗っていたようだ。
焼き餃子に水餃子、蒸し餃子の他に、一口餃子や白菜餃子なんかは美味しくなると思われると書かれている。
ジネット、正解。
逆にデカくして肉汁たっぷり餃子も美味いぞ。
「このレシピを大量に印刷してほしい。明日中に。最低百部ずつだ」
事前に渡せれば、一日と言えど事前学習が出来る。
器用な者なら、レシピだけで基本形はマスター出来るかもしれない。
時間がないので、省けるところはがすがす省いていく。
「増刊号で忙しいこの時期に飛び込みの仕事を振ってくるとはのぉ~……して、見返りはなんじゃぞい?」
「外周区と『BU』を巻き込んだ一大事業の独占取材でどうだ?」
「ほほぅ!? 詳しく聞かせるんじゃぞい!」
「印刷」
「任せるんじゃぞい! 明日の夕方には間に合わせるんじゃぞい!」
タートリオに首根っこを掴まれ、テーブルに座らされる。
差し向かいで座り、これから行う一大事業について説明を始める。
経緯と、計画と、完成後の見通しについて。
「す、すごいんじゃぞい……、そんなものが誕生したら、この街の価値観はひっくり返るんじゃぞい!」
観光が一大ブームになるかもしれない。
タートリオはそんな風に感じたようだ。
「くぅうう! 独占取材は旨みしかないぞい! もらい過ぎで怖いぞい。今後、何かあればワシに言うんじゃぞい。どんな無茶でも最優先で引き受けるぞい!」
「迂闊な言葉を口にするなよ」
「冷凍ヤシロ相手だからこそ、どんなことでも言えるんじゃぞい」
にかっと笑って、タートリオは荷物を手早く片付ける。
「すぐに印刷を始めるぞい。では、また明日じゃぞい!」
とっとっとっとーっと、忙しなく、髪の毛をわっさわっさ揺らしてタートリオが陽だまり亭を飛び出していった。
生き急いどるなぁ。
寿命が目に見えてすり減ってる気がするよ、あいつの生き方は。
「これで、レシピは大丈夫だな」
「はい。あの、カンパニュラさんのご様子はどうでしたか?」
「楽しそうだったぞ。バルバラが姉ちゃんやってた」
「そうですか。ふふ、たくさん甘えられるといいですね」
カンパニュラの話を聞いて満足したように、ジネットは厨房へ入っていく。
ドーナツを揚げるようだ。
ん、じゃあ俺もカレードーナツでも作るかな。
「なぁ、自分。ちょっとえぇかな」
おにぎりを作りながら、レジーナが口を開く。
「仕事しながらでもえぇからウチの話聞いてくれるか?」
「重い話か?」
「軽い話や」
「じゃあ、厨房へ来てくれ。カレードーナツを作る」
「えぇ~、見ての通り、ウチ今おにぎり作っとるんやで?」
「おにぎりなら、マグダたちが速いから大丈夫だ」
「さよか。ほなら、そっちの手伝いに行くわ」
握りたてのおにぎりを持って、レジーナが席を立つ。
マグダとロレッタとデリアが競うようにおにぎりを量産していく。
こっちは大丈夫だろう。
「ほなこれ」
と、レジーナが握ったおにぎりを渡される。
「ウチのが一個だけって、中途半端やさかい、処分したってんか」
「つまり、俺のために作ってくれたと?」
「アホ言いな。…………言ぃなや、あほ」
順番を変えるだけで意味が変わって聞こえるな。
折角なのでおにぎりをもらっておく。
そういえば、飯食ってなかったわ。
「ん、美味い塩むすびだ」
「せやろ?」
「具、入れろや」
「それは、プロに任せるわ。初心者はプレーンだけで精一杯や」
レジーナの好きな味のおにぎりを食い、厨房へ向かう。
ほんの少しだけ、レジーナが変わりつつあると感じる。
人を避けようとか、自分を隠そうという気持ちが少しだが薄らいだような、そんな気がする。
「ちょっと、自分。ほっぺたにご飯粒ついとんで」
「ん?」
いやまぁ、分かってたけども、食い終わってから取ればいいかと放置してたんだが……
「レジーナ」
「ん?」
「ん!」
と、ほっぺたを差し出すと、ばっとレジーナの頬に朱が差した。
「あ、アホか!? 出来るかぃな、そんなこと!」
「けち~」
「ケチちゃうわ!」
「な~にを騒いでるんさね」
ノーマに呆れ顔で、ジネットに苦笑で迎えられる。
「ヤシロさん、ダメですよ。レジーナさんが困ってしまいます」
「淑女にそんなことさせるもんじゃないさよ」
「人前では、特に、やで」
「いいだろ、別に。指で取るくらい」
「「「…………」」」
あれ?
なんでみんな黙んの?
え、もしかして、全員『口でダイレクトに』しか思い浮かばなかったとか?
「そうか、ここはそーゆー文化圏か!」
「ち、違いますよ!?」
「大切に育てていこう、そーゆー文化!」
「も、もう! 違いますってば!」
ジネットがぱたぱたと手を振り、ノーマとレジーナは揃って視線を逸らす。
やだわ、女子たちったら。頭の中がエロいことでいっぱいなんだから。
「……ヤシロが、変な空気を醸し出すからさよ」
「せ、せやね。な~んや、エロい目ぇしとったさかい、そーゆーことやと勘違いしてしもたんやろうな、絶対」
「濡れ衣もいいところだ。じゃあ、めっちゃエロい顔で言えばおっぱいで挟み取ってくれるのか?」
「やりません! ……もう」
ジネットの「もう」を合図に、全員が俺に背を向ける。
うん、このくすぐったい感じ……なんだろう、割と、嫌じゃない!
「あーそうそう、ウチ話したいことあったんやったわー。もう勝手に話し始めるさかいな」
全員が視線を外して調理に戻る中、レジーナが必要以上にデカい声で話し始める。
「最初に言うとくと、全っ然エロい話とちゃうねん。一切エロい話やないから、そのつもりで聞いてほしいんやけどな」
と、妙に力説して前置きをした後、レジーナが真剣な顔で問う。
「自分、避妊具って知っとるか?」
「エロい話じゃねぇか!」
ドストレートでビックリしたわ!
「ちゃうねん! 真面目に聞いてんか!」
「真面目に聞いたら確実に損するヤツじゃねぇか!」
「けど、自分はやっぱり知っとったんやな。さすが、エロエロ大魔神!」
「お前が茶化してんじゃねぇか!」
「あの、ヤシロさん。なんですか、その、ひに――」
「ストーップ! 口にするな! ややエロい言葉だから!」
「はぅっ!? で、では、口にしません」
いや、避妊具は決してエロくはない。
むしろ知識としてきちんと勉強しておいた方がいいものではある。
が!
この流れではとてもそんな真面目な話にはならない!
よってややエロいと判定する! 以上、証明終わり!
「……で、作るのか?」
「あ、あほやな!? そんなん、……ウチ、よう作らんわ」
レジーナが作れないとは……って、ん? ってことは。
「もしかして、ゴムがあるのか?」
「せやねん!」
パン! っと手を鳴らして、レジーナが表情を『照れ』から回復させる。
「ゴムって知っとるかって聞きたくて、一番入りやすそうな単語から入っただけやねん」
「俺はどんなイメージを持たれてんだよ……」
「たぶん、予想通りのイメージやと思うで」
人をとことんエロエロ大魔神扱いしやがって。
しかし、ゴムがあるのか。
以前、魔獣の軟骨から取れるゴムっぽい素材、『魔獣ゴム』という物を使ったことがあるが、アレはあくまでゴムっぽいだけで、決してゴムではない。
性質を変えることも出来ないし、何より加工が出来ない。
しかし、避妊具を作れるような『素材』としてのゴムならば、きっと正真正銘の、あのゴムなのだろう。
これはいい情報だ。詳しく聞かせてもらおうじゃないか。
「ウチの幼馴染がずっとゴムの研究しとったんや。うまいこと使えたら、いろんな物作れるようになるやん?」
「確かに、ゴムがあれば作ってみたいものはたくさんあるな」
ゴムがあればパッキンが作れる。パッキンが出来れば、井戸に手押しポンプを導入することも出来るだろう。
それ以外にも……
「いいパンツが作れるな!」
腰にゴムを使えば、日本で馴染みの深いパンツが再現できる!
こちらのパンツは、形状こそ似ているが、縫い方で伸縮性を出しているだけで、割と緩い。
紐で縛ったり金具で止めたりと、一手間かかるのだ。
ゴムがあれば、着脱が簡単なパンツが出来るし、拾ったパンツを「みょいんみょいん」することも出来る!
「やっぱり卑猥な物みたいさね、ゴムってのは」
「もぅ、ヤシロさん……」
「違うぞ、誤解だ! 本当に便利な素材で、生活が快適になる物がたくさん作れるんだ。ただ、一番強く頭に思い浮かんだのがパンツだっただけで!」
「それはそれで、とてもヤシロらしくて残念さね……」
「もぅ……ヤシロさん……」
おかしい、評価が毎秒落ちていく。
なぜだ?
たぶんレジーナが悪いんだろうな。
最初に出てきた単語がアレだったし。
まったくもぅ……
「レジーナのせいで……」
「確実に自分の自業自得や思うで」
しかし、思わぬところで思わぬ素材の情報を得た。
こいつは何かに活用しなければ、もったいないよな。うん。
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