異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

352話 ただいまとおかえり -2-

公開日時: 2022年4月22日(金) 20:01
文字数:3,856

 超特大級の不審者が見つかったため、不審者発見パトロールは一時中断となり、俺たちは超ド級の不審者を陽だまり亭へと連行した。

 

「みんなのアイドル、ベティ・メイプルベアです☆」

「いや、誰ですか!?」

 

 ロレッタがエステラみたいな反応を見せる。

 

「ロレッタ。そーゆーの、もう見た」

「いやいやいや! こっちは今初めての衝撃ですよ!?」

「もっとこう、『びっくりこきまろ~!』みたいなリアクションが欲しい」

「そんな奇怪なものを求められても困るですよ!?」

「くすくすくす、ロレッタさん、おもしろ~い。『びっくりこきまろ』って~」

「あたし言ってないですよ!?」

 

 ロレッタが元気にリアクションしまくっている間、ジネットはじぃ~っとベティことレジーナの顔を見つめていた。

 

「不思議ですね。とてもよく知っているような、そんな感じがします」

 

 正体までは分かっていないようだが、それでもなんとなく気付いているのかもしれない。

 さすがジネットだ。

 

「やっぱり、おっぱいの大きさや形で判別できるのだろう」

「出来ませんよ!?」

「それが出来るの、お兄ちゃんだけです!」

「むぅ、ヤーくん。ダメですよ!」

 

 総出で怒られる。

 

「こら。ちゃんと言ってやれよ。みんな心配してたんだぞ」

 

 あくまでふざけようとするレジーナに、デリアが苦言を呈する。

 呈する前に背中をぽんっと強めに叩いて。

 いや、ぽんじゃなくて、どん……いや、ごす……いやいや、ずどごんっと叩いて。

 

「……ウ、ウチ、死ぬ……いや、たぶんもう半分以上死んでる……」

「もう、何やってんだよ。床で寝るなよなぁ~」

 

 いやいや、デリア。

 今回ほど的確に「犯人はこの中にいます!」って断言できる場面もそうそうないからな?

 俺、名探偵じゃないけど、思わず言っちゃいそうになってたからな?

 

「え~っと……まぁ、なんちゅうか……」

「あっ!」

 

 照れ隠しの困り顔で頭をかく仕草を見て、ジネットはこいつの正体に気が付いたらしい。

 じっと顔を見つめて、この上もなく嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 

「おかえりなさい、レジーナさん。無事に帰ってきてくれて、とても嬉しいです」

 

 床に座り込むレジーナの前にヒザをついて、その手をそっと両手で包み込む。

 惜しみなく向けられる無償の微笑みに、レジーナはことさら照れくさそうにぎこちない笑みを浮かべる。

 

「長らくお待たせしてしもたやろか? ちゃんと帰ってきたさかいに、堪忍したってな」

「はい。約束通り、盛大にお祝いをしましょうね」

「あぁ……まぁ、ほどほどに、な?」

「はい。盛大に」

「あ~、もう、こら……かなわんなぁ~………………あの、……ただいま」

「おかえりなさい」

 

 ばっと飛びつき、レジーナを抱きしめるジネット。

 おぉ~、埋まっとる!

 

「ジネット! 俺もただいま!」

「むぅ! ヤーくん、ダメですよ」

 

 ジネットに怒られる前にカンパニュラに叱られた。ちぇ~。ズルいやズルいや。

 

 ――で、いつもなら、衝撃の素顔が分かった瞬間に「どっひゃ~! びっくりこきまろです~!」とか大騒ぎしそうなロレッタはというと。

 

「……ぅぅううっ、で、でっ、でずぃ~なだぁ~ぁぁああん!」

「めっちゃ泣いとるやん、普通はん!? いや、泣き過ぎちゃう!? 顔のパーツ、全部流れてってまうで!?」

 

 と、レジーナが心配するくらいに号泣していた。

 

「よがっだ! 無事で、本当によがったでずぅぅううう!」

 

 顔を覆うことも忘れて、ぺたんと女の子座りをして、天井を見上げてわんわん泣き出すロレッタ。

 嬉しさと安堵と我慢していた寂しさが昇華した涙は、もうちょっとやそっとでは止まらないだろう。

 

「あぁ……もう。ほれ」

 

 こちらも座ったまま、レジーナが両腕を広げてみせると、ロレッタは床を四つん這いで移動して、レジーナの胸に顔を埋めてしがみついた。

 うむっ、埋まっとる!

 

「レジーナ! 俺も『ぅえ~ん! めそめそ!』」

「そないに全力で泣けるんやったら心配いらへんな」

「もう、ヤシロさん。懺悔してください」

 

 今度はジネットに叱られた。

 俺の顔置き場は、一体どこにあるのやら。

 

「それで、あの……トラの娘はんは?」

「マグダさんは今日、外の森へ狩りに行かれているんです」

「……さよか」

 

 ほっとしたような、残念そうな表情。

 そういえばマグダのヤツ、レジーナが旅立つ直前、妙に懐いてたっけな。

 優しくされて、心配されて、どこかで少し母親の面影を重ねて見たのかもしれない。

 

「……ということは、マグダの母親はDカップか」

「ヤシロ。いい加減にしないと口を縫うよ?」

 

 あまりに深い思考の海へもぐってしまったため、脳内の言葉が口から漏れ出てしまったらしい。

 まぁ、常人には理解できないだろうから、俺の言葉の重みなんてもんも分からないんだろうなぁ、こいつらには。

 天才って、いつの世も理解されないもんだからなぁ。

 

「さぁ、ロレッタさん! お気持ちは分かりますが、泣いている暇はきっとありませんよ」

 

 ジネットが立ち上がり、両手で拳を握り、むんっと腕を曲げる。

 あれ? 力こぶって胸元に出来るものだっけ? 物凄い膨らんで……あ、あれはおっぱいか。

 

「ちからこぶ!」(ぽぉぃ~ん!)

「それは違うよ!?」

 

 エステラに確認してみたところ、やっぱり違うらしい。

 人体の不思議。

 

「ぐすっ……そうですね。きっと、盛大にお祝いの準備をしなきゃいけないですね!」

「はい。さらに美味しくなったラーメンと、レジーナさんがお好きな料理をたくさん作りましょう!」

「いや、あの~……そんな頑張らんでもえぇで? なんや、こう……普通な感じで」

「いつもスペシャルなのが、陽だまり亭の普通です! 訪れたお客さん、一人一人にとって特別なお食事と時間を提供するのが、陽だまり亭での普通ですよ!」

「さすが、普通の権化が言うと説得力が半端ないな」

「あたし、普通の権化じゃないですよ!?」

 

 えっ!? 違ったの!?

 

「そんな全力で驚かないでです、お兄ちゃん!?」

「嘘やん……ウチの信じていた常識が覆るやなんて……足元が崩れ、奈落に飲み込まれていくような気分やわぁ……」

「なんで恐れおののいてるですか、レジーナさん!?」

「今日はめでたい日だから、『精霊の審判』は大目に見てあげるよ」

「嘘じゃないですよ、エステラさん!? たまにソッチ側に乗っかるの、ちょっとイくない傾向ですよ!」

「ん? でもロレッタは普通だろ?」

「なんのひねりもなくドストレートに疑問に思わないでです、デリアさん! デリアさんのが一番ひどいですよ!」

 

 ロレッタがいつも以上にフル回転している。

 そーとー嬉しかったんだな。

 

「あぁ~、おもろ。なんや、ひっさしぶりに笑ぅたら、お腹痛いわ」

「まだまだ。これからが本番ですよ、レジーナさん」

「いやでも、気持ちだけでえぇで店長はん。ウチも帰ってきたばっかで、今日は早いことお暇させてもらうつもりやさかいに」

「あ、でもそれは……」

 

 ジネットは言葉を止め、少しだけイタズラっこのような笑みを浮かべる。

 

「たぶん、無理だと思いますよ」

 

 にっこりと笑ってジネットが放った予言は、数秒後に現実となって俺たちの目の前へと現れる。

 

「レジーナ、帰ってきたんだって!?」

「よかった、無事で! もう、心配したんだからね!」

「本当に無事なんだろぅね!? なんかされなかったかぃね!?」

「ぉかえりなさぃ、れじーなさんっ!」

 

 どどどどどっと、よく見知った顔がなだれ込んできた。

 パウラにネフェリーは泣きそうな顔で。

 ノーマは完全に号泣して。

 ミリィは、春の訪れを知った花の妖精のような微笑で。

 

「みなさん。パーティをいたしましょう」

 

 そして、ベルティーナは食いしん坊シスターらしい満面の笑みで。

 

「レジーナ。シスターは毎日君の無事を精霊神様に祈っていたんだよ。ちゃんとお礼言っておきなよ」

 

 そんな情報を、エステラがこっそりと教えてやっている。

 そう。あの笑顔は、なにも美味しい物が食べられるから嬉しいというだけの理由ではないのだ。……たぶん。

 

「レジ~ナ~☆ おかえり~!」

「レジむぅ、戻ったか!?」

 

 四十二区以外の連中が飛び込んできた。

 あぁ、そういえば今日はルシアが来る予定だったっけ?

 マーシャの水槽を押しているギルベルタも、どこかほっとしたような表情をしているように見える。

 

 そして、マーシャたちと一緒にやってきたイメルダが、突然レジーナに抱きついた。

 

「ワタクシに断りなく旅立つなど言語道断ですわ! この次同じことをしたら、絶対に許しませんわ!」

 

 口調とは裏腹に、レジーナに縋りつく腕はぷるぷると震えて、不安と寂しさを如実に物語っていた。

 

「けど、無事に帰ってこられたので、今回だけは、特別に許して差し上げますわ」

「そら、おおきに」

 

 イメルダの背中をぽ~んぽんっと叩いて、レジーナが「なはは」と笑う。

 

「ウチ、こんなに人気もんやったかいなぁ?」

 

 みんなが寂しがっていた。

 みんなが喜んでくれている。

 その事実が、レジーナにとっては驚きであり、同時にすごく嬉しいのだろう。

 レジーナの顔を見ていれば分かる。

 

「おそらくですが――」

 

 レジーナ帰還の報をあちらこちらへ伝えに行ってくれていたナタリアが最後に入ってきて、穏やかな声で言う。

 

「みなさん、下ネタに飢えておいでだったのでしょう」

「「「そーゆーことじゃない!」」」

 

 見当違いなナタリアの考察には、その場にいたほとんどの女子が突っ込んでいた。

 ただ一人レジーナだけが、「さよか!? ほなら船旅の間中考えとった、とっておきの下ネタを――!」と張り切っていた。

 まぁ、ネフェリーとノーマに首根っこを掴まれ、ベルティーナにちょっときつめに叱られたせいで、とっておきの下ネタはお倉入りすることになったけどな。

 

 

 

 

 

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