異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚12 密会の相手は…… -3-

公開日時: 2021年3月3日(水) 20:01
文字数:2,752

「マーシャって、三十五区を拠点にしてるんだっけ?」

「うん。そうだよぉ~。あと、三十七区にも港があって、そっちもよく使うけどねぇ」

 

 二つの区を拠点にしているのか……それは、争奪戦でも起きそうな状況だな。

 

「集まる魚の種類が全然違うから、どちらかに偏るわけにはいかないんだよねぇ……」

 

 まぁ、領主としては、海漁ギルドの拠点を自分の区に置いてほしいだろうからな。

 なるほど。今回も、海漁ギルドの拠点を三十五区に絞ってほしいとか、そういう話をしていたのかもしれないな。それで、密会か。他の者に悟られないようにマーシャに取り入って出し抜こうって腹か……

 

「海は広いんだからさぁ、小さな港で区切っちゃうのは違うと思うんだよねぇ」

 

 三十五区の港は決して小さくはないのだろうが……海から見ればちっぽけなものだわな。

 大海原を自由に行き来するマーシャにとって、陸地の境界線など窮屈以外の何物でもないのかもしれない。

 

「なんか、大変なんだな」

「うんうん。大変なんだよぉ~」

 

 一切大変そうには見えない笑みを漏らし、マーシャは水槽の水をパシャンと跳ねさせる。

 

「海によって、集まるお魚さんが違うんですか?」

「まぁ、種類が多いからねぇ。縄張りでもあるんじゃないかな?」

 

 そんな会話が、俺の後方でされている。

 海をよく知らないジネットが、多少は海を知っているエステラに尋ねているのだが……マーシャが苦い顔をしている。

 まぁ、縄張り争いはないではないが、魚の縄張り争いは同種族間で起こることがほとんどだったりする。他種族間の争いとなると、それはもはや『捕食』になるからな。縄張りを主張して共生、ってことにはならないのだ。

 

「捕れる魚の種類が違うのは、暖流と寒流の影響なんじゃないのか?」

「だんりゅう?」

「かんりゅう?」

 

 俺の言葉に、ジネットとエステラが揃って首を傾げる。

 なるほど。そこら辺の知識なんかないよな。こいつらは海に出ることがないんだから。潮目を読む必要もないだろうしな。

 

「わはっ! よく知ってるねぇ、ヤシロ君」

 

 ただ一人、マーシャだけは嬉しそうに表情を輝かせ、パチパチと手を叩いている。

 陸の人間に海の話をしても理解されないことが多いのだろう。少し驚くくらいにはしゃいでいる。

 

 じゃあ、ちょっとだけ知識をひけらかしてみるか。

 

「まぁ、ざっくり説明すると、海には海流って水の流れがあってな、魚はその流れに乗って広い海を回遊しているんだよ」

 

 周りとの温度差で暖流と寒流に区分され、それぞれに違った魚が集まるわけだ。

 これだけ出鱈目な気候のこの世界じゃ、海流も随分でたらめな分布になっていそうだけどな。

 

「正解正解ぃ~☆! はなまる! 八十点!」

 

 ……百点では、ないんだな。

 まぁ、及第点か。

 

「ご褒美に、ヤシロ君はいいこいいこしてあげよぉ~!」

 

 水槽の縁に乗り出し、腕をピーンと伸ばすマーシャ。

 あ、俺が近付かなきゃいけないんだな。

 俺が水槽に近付くと、マーシャはまるで飛びかかるかのように両手で俺の頭を掴み、わっしゃわっしゃと撫で回してくる。な、なんか、大はしゃぎだな……

 あまりに撫で回され過ぎて首がかっくんかっくんして、頭がぐわんぐわんするが、目の前でぷるんぷるんしているので、まぁ、よしとする。

 

「陸の人なのに、物知りだねぇ。ヤシロ君の故郷は海の向こうなのかな?」

「海の向こうというか……まぁ、島国だったからな」

 

 つっても、俺自身は船に乗って暖流だ寒流だを見極めるようなことはしたことがない。単に知識として知っているだけだ。

 船の上で空を見上げて「……嵐が来るな」とか、そういう感覚とか一切分からないしな。

 

「なんだかぁ、今度ヤシロ君と海のお話をゆっくりしたい気分だなぁ~」

「そうだな。特にホタテ貝について、じっくり話し合いたいところだ」

「ヤシロが気になってるのは貝の中身だろ!? マーシャ、気を付けてね!」

 

 エステラの茶々が入る。無粋なヤツめ。

 お前だって、「サザエが食べたい」って時は殻じゃなくて中身を食べるだろうが。

 

「うんうん、気を付けるね、エステラ。でね、ヤシロ君。今はね、寒流が賑わっててねっ」

 

 エステラの茶々を軽く流し、マーシャが話の続きを始める。

 いつになくノリノリで、息継ぎもせずに話し続ける。普段の「○○ねぇ~」とかいう、語尾が伸びたのんびりした雰囲気は皆無で、矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。

 

「ニジマス、ニシン、スケトウダラなんかがすごく元気がいいんだよぉっ!」

「それは、なんつうか、卵が美味しそうなラインナップだな」

「えっ!? …………卵……」

 

 あれ?

 こっちでは食べないのか?

 ニジマスは鮭の仲間だから筋子……まぁ、イクラだな。で、ニシンは数の子、スケトウダラはタラコだ。

 

「ヤシロ君っ! 魚の卵食べたことあるの!? 陸の人って、そういうの食べないのかと思ってた!」

「いやいや。美味いじゃねぇか。俺は好きだぞ、数の子もタラコも」

「ヤシロ君っ! 今度、私のおウチに遊びに来ない!? 美味しいイクラをご馳走してあげるよぉ!」

 

 テンションが上がり過ぎて、マーシャが俺の首に腕を絡みつける。

 ホタ~テッ!

 いいっ! このホタテはいいホタテだ!

 

「そ、そんなに嬉しいことか?」

「嬉しいよぉ! だって、陸の人、イクラとか見ると嫌そうな顔するんだもん」

 

 まぁ……食べ慣れてないとそうかもな。

 美味いのにな。

 

「ヤシロ! いい加減、マーシャから離れないと、刺すよ!?」

「待て、エステラ! くっつかれてるのは俺の方だ!」

「それでも……ボクはヤシロを刺す!」

「なにその揺るがない決意!? そういうの、別の場所で発揮してくれるかなぁ!?」

 

 バッシャバッシャと水槽の水が跳ねる。

 マーシャが尾ひれで水面を叩いているのだ。

 どんだけ嬉しかったんだよ。そんなに魚の会話についていけるヤツが少ないのか?

 …………あぁ、だからマーシャはデリアと仲がいいんだな。デリアも口を開けば鮭の話してるもんな……イクラも好きそうだ、デリアなら。

 

 マーシャがあそこまでデリアに懐いている理由を垣間見た気分だ。

 これ、うまく乗せてやれば、イクラとか数の子が安く手に入れられるんじゃないか?

 陸の人間は魚卵を食べる習慣を持たないらしいが……俺が食いたい。明太子とか、すげぇ食いたい。炊きたてのご飯と一緒に掻き込みたい。

 う~む、マーシャのご招待、受けちゃおっかなぁ。

 

 なんて、そんなことを考えていると……

 

「随分と騒がしいではないか」

 

 凛とした、涼やかな声が聞こえる。

 振り返るとそこには、鋭い視線をこちらに向ける青い髪の毛の……凄まじい美人がいた。ベルティーナに匹敵するような美貌を持つその女性は、まるで凍てつくような冷たい視線をこちらに向けている。

 そして……

 

「おい、そこの少年よ……」

 

 俺に向かってこんなことを言った――

 

「貴様は、『人間』か?」

 

 

 こいつが、三十五区の領主……ルシア・スアレスか。

 

 

 

 

 

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