レジーナ帰還の報を聞き、陽だまり亭には多くの者たちが詰めかけてきた。
「レジーナ! あんた、湿地帯の大病の特効薬を作ってくれたんだってな!? 俺ぁもうずっとあんたに礼が言いたくて……レジー……ナ?」
五十代くらいのオッサンが、感激の勢いそのままに突っ走ってきて、レジーナの顔を見て急ブレーキを踏んだ。
ま、戸惑うわな。
あまりレジーナと会話したこともないような領民たちも、かつて自分たちを苦しめ、今もなお心に重くのしかかっていた湿地帯の大病の特効薬を作ったレジーナには感謝の念を抱いていたようだ。
パーティーに参加するほどではないが、どうしても一目会って一言礼が言いたいと、そんな連中が大挙して押し寄せてきた。
「まぁ~! レジーナちゃん! 素敵! とってもぷりてぃ! やっぱり私の目に狂いはありませんでしたね! それが着こなせるなら、今度は別のパターンで是非着てほしい服があるんですけどね!」
「熱い熱い熱い! 熱意が火傷するレベルやで、ヒツジの服屋はん!?」
……うん。中にはいつも通りなヤツもいる。
「ヤシロさん。そろそろですよ」
じゃんじゃか追加の料理を作っていたジネットが厨房から出てきて俺に告げる。
気が付けば、空は真っ赤に染まっていた。
もうぼちぼち暗くなるだろう。
そろそろ、狩猟ギルドが狩りを終えて戻ってくる頃合いだ。
マグダが帰ってくる。
レジーナも、出発前のマグダの様子を見たからか、マグダが戻るまではここにいるつもりでいるようだった。
ちょいちょい帰りたそうな顔をしていたが、それでも、腰を据えて陽だまり亭に留まっている。
「え、そろそろマグダが帰ってくる時間なの?」
塩麹ラーメンを啜りながら、エステラが寄ってくる。
だから、食いながら歩き回るな。食事のマナーって知ってる? ねぇ、お貴族様?
「おー、マグダが帰ってくるのか。じゃあ、また楽しい反応が見られそうだな」
レジーナに透明感があるとかなんとか寝言を抜かしていたモーマットには、先ほどの痴態を黙っているという交換条件で野菜を大量に無償提供させた。
あぁ、もちろん約束は守る。
俺は黙っているさ。
黙って、『会話記録』を見せて回るだけだ。
目指せ、全四十二区民制覇!
「マグダ、きっと驚くよね」
「ぅん。まぐだちゃん、れじーなさんのことずっと心配してたし、きっと喜ぶね」
「違う違う、ミリィ。レジーナの変貌ぶりに、よ」
ネフェリーとミリィがそんな会話をしている。
「そいつはどうかぃねぇ? あの子は鼻が利くからねぇ。ニオイですぐにバレるんじゃないかぃね」
「え? ほんなら、キツネの鍛冶師はんのエッロいニオイなすりつけてカムフラージュせなアカンね――熱っっつい!?」
「……誰がエロいニオイさね」
ついさっきまで庭にいたノーマは、きっと煙管を吸っていたのだろう。
熱々の灰が仕込まれていたらしい。
「むはははー! 今日はめでたい日だ! 酒を持て、カタクチイワシ!」
「では、私はひれ酒をお願いします」
「おぉ、通だな給仕長! よし、ワシが奢ってやろう! 海漁も、盛大に飲め飲め!」
「うん~、ありがとね~、ハビエル君☆」
「がはは! ワシが君か! こりゃあいいや! じゃんじゃん飲め!」
「お父様がやり手ホステスに搾取されていますわね……」
「止めなくていいの、イメルダ?」
「平気ですわ、パウラさん。マーシャさんが相手なら、どう転んでもお父様に勝ち目はありませんもの」
「あ~、だね~。言っちゃ悪いけど、ハビエルさん、ちょろいもんね」
向こうの酔っ払いのことは無視する。
ハビエルとナタリアとマーシャとルシアが一緒に酒を飲んでいる席なんぞ、危険過ぎて近付けるか。
イメルダの監視と、お酒担当のパウラがいれば十分だろう。
ちなみにデリアはというと――
「レジーナ、今日は一日あたいがそばにいてやるからな! 困ったことがあったらなんでも言えな!」
「ほな、そばにいられ過ぎて圧が物凄いんやけど、なんとかならへん?」
「暑いのか? よし、扇いでやろう!」
「ちゃうねん……そーやないねん……」
張り切ってレジーナのHPを削っていた。
まぁ、それもこれも、お前の行動が原因だ。甘んじて受けとけ。
「おっ泊まり~、おっ泊まり~です」
料理を運びながら、ロレッタが奇妙な歌を口ずさんでいる。
そういえば、帰ってきたら陽だまり亭でお泊まり会するって約束だったっけな。
……大丈夫か? レジーナ、死なない? 干からびない?
「ジネット、あちらのお料理を小皿に取り分けてもらえませんか?」
「シスター。それは大皿ですよ」
「大は小を兼ねるのですよ?」
「もう、しょうがないですね」
苦言を呈しながらも、ジネットはベルティーナを甘やかしている。
四人前の料理が盛れる大皿を小皿呼ばわりとか……お前の胃袋基準で食器って作られてないから。
そこの認識だけは誤らないで。な?
「……あっ!」
賑やかな店内で、突然ジネットが声を上げた。
それと同時に、店の外から馬車の音が聞こえてくる。
「帰ってこられたようですね」
料理が綺麗に盛られた『小皿』をベルティーナに渡し、ジネットは店の外へと駆けていく。
大変な狩りを終えたマグダは、こうやって出迎えてやりたいと、ジネットは常々言っている。
俺もジネットに続いて外へ出る。
「あたしもお出迎えです!」
「私も、マグダ姉様のお出迎えをしたいです。テレサさんも行きましょう」
「おでむかけ~!」
俺たち以外にも、ぞろぞろと人が陽だまり亭から出てくる。
これだけの人数に出迎えられたら、マグダも驚くだろう。
レジーナも俺の隣に立っている。
ジネットと俺の間に陣取って。
つまり、どセンターだ。
俺たちが庭へ出て、並ぶでもなく広がると、陽だまり亭の前に馬車が停まった。
馬車の扉が開き、中から勢いよく、両腕を広げて飛び出してくる。
「アタシ、頑張って、た~っくさん狩ってきたよ、ダ~リン!」
お前じゃねぇよ、メドラ!
メドラが俺の目の前にズドンっと陣取る。えぇい、前が見えん!
「いや~、今日はヒッポグリフって魔獣が出たんだが、俺が仕留めたんだ。あ~……ヒッポグリフの肉は大層美味いって話だから、今度持ってきてやるよ、店長……チラチラッ」
お前でもねぇよ、ウッセ!
つか見んな! 高額の請求書送り付けんぞ。
ウッセが身の程も弁えず、ジネットの前を陣取る。
あとから出てきたマグダにケツでも蹴られればいい。
きっとマグダならそうする。
うむ、正当な制裁だ。甘んじて受けろ。で、ケツがもう一回割れろ。四つになれ。
なんてことを思っていると、マグダが馬車から降りてきた。
「……すん」
馬車から降りるや、鼻を鳴らし――
「――っ!?」
――物凄い勢いで飛びついてきた。
レジーナに。
「すんっすんっ! ふんふんふんっ!」
「な、なになになに!? なんかめっちゃニオイ嗅がれてるんやけど、ウチ!?」
レジーナのクビにしがみつき、レジーナの背中の方へ首を伸ばしてくんかくんかとニオイを嗅ぐマグダ。
その姿を見て、一同から笑いが漏れる。
「あ~、やっぱりニオイでバレちまったさねぇ~」
「でも、まぐだちゃん、すっごく嬉しそう、だね」
「だよね。あんなにはしゃぐマグダ、初めて見たかも。あたしにはあんなことしてくんないのにさ」
「うふふ、張り合わないのパウラ。でも、マグダってなんだかんだ言っても、まだまだ子供だよね」
「ほほぅ。では、ネフェリーさんはもうすでに大人の階段を上ったと?」
「ふぇ!? そ、そんなこと言ってないでしょ!? 変なこと言わないでよ、ナタリア!」
「ごめんね、ネフェリー。ナタリアは、変なことしか言わない人間なんだよ」
「それ、あんたが諦めちゃダメさね、エステラ……」
そんな話がされている間も、マグダはレジーナにしがみついてふんすふんす匂いを嗅いでいる。
「ちょっ、ちょっと、一回待ってんか! さすがに、恥ずかしいさかいに!」
レジーナがマグダを引き離そうとするも、それ以上の力でしがみついているようで、一向に剥がれない。
「痛い痛い痛い! 折れる! 折れるて! トラの娘はん、ストップやストップ!」
「何やってんだよ、マグダ」
レジーナでは無理なので、デリアがマグダの両脇を掴んで引き剥がしにかかる。
「こらっ、暴れんなよ、マグダ!」
「……ふぅーっ」
マグダが必死の抵抗をしている。
……なんか、様子がおかしくないか?
「いい加減に……しろって!」
デリアが強引に抱きかかえ、マグダをレジーナから引き離す。
その瞬間、その場にいた全員が言葉を失った。
マグダの顔が、涙でびちゃびちゃになっていた。
泣きながら、必死に腕を伸ばし、レジーナにすがりつこうとしている。
そんなに寂しかったのか?
「ウチ……いつの間にこんな好かれてたんやろ?」
そう見える。
そう見えるが……少し違うような……
「……やっ、放して……っ」
「いいから落ち着けって、マグダ」
「……やっ! ママっ、ママァ!」
ママ?
え、レジーナが?
全員が一斉にレジーナに視線を向け、「いや、産んでへんで!?」と、レジーナが即座に否定してもなお、マグダはレジーナに向かって「ママ」と叫ぶ。
レジーナがママじゃないとすれば――
「……ママのニオイがする!」
レジーナの体にマグダの母親のニオイが付いているらしいな、どうやら。
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