異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

291話 嘘から出た実 -3-

公開日時: 2021年8月23日(月) 20:01
更新日時: 2021年8月24日(火) 23:04
文字数:3,189

 ゴロつきはもれなく狩人たちに返り討ちに遭い、全員まとめて取り押さえられた。

 誰の仕業なのか、鼻血を大量に吹き出しているゴロつきもいたし、唇の端が切れて血が滲んでるヤツもいた。

 

「うわぁ……血だよ、血。痛そ~ぅ」

「いや、君が仕出かしたことの方が遙かにショッキングだったからね?」

 

 事前に説明しておいたはずなのに、エステラが青い顔をしている。

 なんでだよ? ネタが割れてるマジックなんか、驚きもしないだろう?

 

「……よくあの短時間で作ったよね、そんなもの」

「苦労したんだぜ? いい赤がなかなか出なくてなぁ。あと、この若干の粘り気な?」

「見せなくていいよ……本物の血にしか見えなくて、背筋がむずむずする」

 

 普段ナイフをチラつかせてるお前が何を言う。

 お前のナイフを突き立てたら、俺の用意した偽物なんかじゃなくて本物の血が出るからな? 背骨がむずむずするなら自重しろ。

 

「五分ほど自室に籠もったと思ったら、こんな物を作っておったのか」

 

 早朝、マーゥルから先触れが届き、陽だまり亭で情報紙発行会の連中と会談する旨を聞かされた。

 そこで、俺は――どーせ破談に終わるだろうことは目に見えていたので――エステラにこの状況を逆手に取って、面倒くさいゴロつきを排除する妙案を提示したのだ。

 

 それが今回の、嘘から出たまこと大作戦だ。

 四十二区や大工たちが首謀して乱闘騒ぎ、流血沙汰が起こったと情報紙に書かれたので、それを実際にやってやったのだ。

 

 さて、連中はまったく同じ内容の記事を情報紙に掲載するだろうか?

 

『またまた乱闘騒ぎ!』なんて書き殴るかもしれんが、その時は「意図したものが伝わらなかった」というあのふて腐れ顔女記者の嘘が明るみに出る時だ。

 意図したものを意図した通りに書けることが証明できれば、あの偏向記事は意図して偏向されたものだと分かる。

 

 まぁ、そんなせこいところで責める必要はもうないけどな。

 

「ガキどもはさっきの、見てないだろうな?」

「もちろんだよ。最優先で避難させたからね」

「我が家に避難していただいて、きっと今頃うちの料理長自慢の焼き菓子でも食べているころですわ」

 

 子供や女性たちは率先して広場から離れてもらった。

 といっても、ゴロつきが増えていた影響でそこまで人はいなかったが。

 

 避難勧告を出したにもかかわらず、数名がこの場に留まり荒事を見守っていた。

 おのれの意思で残ったのは、ゴロつきに苛立っていたヤツや、四十二区がどうなるのかと心配したヤツ、そして今回のことを記事に書こうと思っている記者くらいのものだろう。

 

 まぁ、その記者は帰るべき本部が使用禁止になっていることを知らないのだろうが。

 

「それで、捕まえたゴロつきはどうするの?」

「罰金を取って釈放してやれ」

 

 受け取っていた前金をすべて没収する。

 これで連中は、儲けもなく、時間と労力を失って痛い目を見ただけになった。

 少なからず、今回の港の建設に関して同じようなマネはしないだろう。

 相当派手にやられてたからな。

 

 狩人や木こり、衛兵たちも「問題を起こすな」「こっちから手を出すな」と言われ続けてフラストレーションが溜まっていたのだろう。喜々としてゴロつき狩りをしていた。

 

「釈放して、『四十二区はヤバい』と宣伝してもらえば、バカな依頼を引き受けるヤツも減るだろう」

「額が上がれば、また食いつくゴロつきも出そうだけれどね」

「そうすりゃまた排除してやればいい。そのうち、黒幕の資金も尽きるだろうよ」

 

 そこまで付き合うつもりもないけどな。

 

「あ、でもあの長髪だけは確保しとけよ」

 

 あいつには有効な活用法がある。

 なにせ、今回の騒動で最も印象的であり、覆しようのない大事件だ。

 あの場に記者がいたのなら喜々として書き連ねるだろうよ。

 

 

『四十二区、見学の住民の首を掻き切り殺害』ってな。

 

 

「で、改めて見に来たら広場で売り子とかしてんの。びっくりするぞ~」

「売り子って……そこまで改心するかな、彼?」

「俺がさせようか?」

「う…………うん、まぁ、ヤシロなら出来ちゃうんだろうね」

 

 あのタイプは割と簡単に洗脳――もとい、再教育しやすい。

 悪いことを悪いと教えてやれば、きっと生まれ変わったように勤勉になってくれるさ。

 

「これで、当分ゴロつきはここに近付けないし――」

 

 一仕事終えた狩人たちを見渡す。

 

「――ゴロつきより恐ろしい、ストレスを溜めた狩人たちの発散も出来たし、治安が多少は戻るだろう」

 

 イライラした狩人や木こりが跋扈してる広場はおっかなかったんだよ。

 肩でもぶつかろうものなら、組事務所に連れ込まれるんじゃないかって雰囲気だったしな。

 

「じゃあ、エステラ。連中に接触して、なるべく早く次の情報紙を発行するよう仕向けといてくれ」

「うん。うまく誘導しておくよ」

 

 白昼の首切り殺人はショッキングだ。

 連中も早く記事にしたいだろう。

 

「なんなら、『オオバヤシロ』が犯人だって情報も与えてやるといい。気の毒な被害者の特徴とかもな」

「そこはモコカを使おうかな。イラストでさ」

「ならベッコに描かせろ。その方がインパクトがデカい」

「分かった」

 

 そんな打ち合わせをしていると、荒事終わりでつやつやした顔のリカルドがやって来た。

 荒事の後にそんなキラキラした顔してんじゃねぇよ、野蛮領主め。

 

「貴様ら、なんで情報紙のヤツらの肩を持ってんだ? 場所を提供したんだってな」

「うん。必要だからね」

「情報紙なんか、なくても困らないだろうが。潰しちまえよ」

「違うよ、リカルド。ホントリカルドはバカだなぁ。早とちりだし思慮が浅いし早計だし短絡的だし単細胞で脳みそが壊死してんじゃないかって不安になるくらいにバカだよね」

「言い過ぎだコラ!? よくもまぁ、ぺらぺらと悪口が出てきたもんだな!?」

 

 そりゃ、実物を目の当たりにしてりゃいくらでも言葉なんか出てくるだろうよ。

 

「『情報紙を書かせること』が必要なんだよ」

「ヤツらを儲けさせて、金をふんだくるつもりか?」

「せこっ」

「んだよ!? お前が甘ちゃんだから、そういうところをちゃんとしろって言いたいんだよ、俺は!」

「まぁ、お金はもらうよ。ニュータウンで一番いい建物を貸すからね。家賃は高いよ。えへへ~、いい臨時収入だ」

 

 家賃収入が相当嬉しいらしいエステラ。

 ふっかける気満々だな。

 

「でも、彼らを儲けさせるつもりはない」

 

 そう。

 俺たちは情報紙の息の根を止めるつもりだ。

 

「だから、何がなんでも四十二区で情報紙を作ってほしいんだよねぇ」

「……あぁ、なるほど。そういうことか」

「ん、違うよ」

「なんも言ってねぇだろ!?」

「どうせ違うもん」

「せめて聞けよ!」

 

 アホのリカルドが、アホなりに何かを考えついたらしい、アホのくせに。

 

「ヤツらはきっと、今回のことを記事にする。人が死んだと。だが、実際は死んでいない。それを突きつけて誤報だと締め上げるんだな? 賠償請求でもする気か? 倒産させるとなると、相当ふんだくらないといけないよな」

「リカルド」

「ん?」

「君は本当にバカだなぁ」

「やかましいわ!」

 

 惜しい線は行っていたような行っていないような。

 だが、結論はまったく違う。

 

「誤報が載ったところで、四十二区が賠償請求できる立場じゃないじゃないか」

「いやだって、やってもねぇ殺人の罪を着せられりゃ、賠償金取れるだろう?」

「そんなはした金じゃねぇんだよ、俺らが連中から奪い取るのは」

 

 情報紙は、有力者の寄付と読者の購読料で運営している。

 貴族は見栄のために高い金を払い、読者は流行を知るために金を払っている。

 

 それは、そこに載っている情報が『正しい』場合にのみ成立するものだ。

 

 

「誤報だらけの情報紙は信用を失い、信用ならない『最先端の流行』なんて情報には1Rbの価値もなくなる」

 

 つまり、俺たちが連中から奪い取るのは――

 

「情報紙の存在意義、そのものを奪い取ってやるのさ」

 

 

 ただ悲しいかな、奪い取ったところで、こっちの懐には一円も入ってこないんだよなぁ。

 あ~ぁ、ざ~んねんだなぁ~。

 

 

 

 

 

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