陽だまり亭へ戻る。
「あ、完璧な軍艦巻きをマスターしたロレッタだ」
「あ、本当だ。ヤシロの度肝を抜くロレッタだね」
「むはぁぁ!? その話、やっぱり漏れちゃったですか!?」
帰るなり大騒ぎだ。
……つか、店内が酢飯クサイ。
「おや、ヤシロ様を裸足で踏みつけてはぁはぁしたいロレッタさんではないですか」
「そんなことは言った覚えないですよ!?」
「えぇ……ロレッタ……引くわぁ……」
「言ってないですから、引かないでです、お兄ちゃん!?」
俺たちのやり取りを、ジネットがくすくすと笑って見ている。
店内は閑散としている。
今日はジネットが新メニューの練習中であるため通常営業はしないと告知したのが影響したのだろう。
それでも陽だまり亭で飯を! ってやって来たヤツにはバラちらしを食わせるようにしている。
あと、明日のイベントに向けて、どいつもこいつも今日がラストスパートなのだ。
イベントに直接関係ない連中も、「明日一日、目いっぱい楽しむために!」と、今日中に自分の仕事を終わらせようと躍起になっているのだとか。
……この街の人間、ホントイベント好きだよな。
「じゃあ、ジネット。昼飯に、寿司を握ってくれるか」
ここ数日、散々食いまくっているが寿司ならまだ食える!
ジャパニーズストマックが「寿司を寄越せ!」と叫んでいる!
「ではみなさん、こちらへおかけください」
ジネットが、テーブルをくっつけて作ったカウンター席もどきを指して言う。
カンパニュラとテレサが俺たちをエスコートしてくれる。
「テレサさん。今の椅子の位置は非常によかったですよ」
「えへへ~」
「そこで表情が崩れなければ100点でしたね」
「はぅっ!?」
ナタリアが、密かにテレサを教育している。
折を見て、ちょこちょこアドバイスをしているらしい。
きっと、どの給仕に対してもこうなのだろう。だから信頼が厚いんだろうなぁ。……普段は『あぁ』なのに。
「ではみなさん。なに握りやしょう?」
俺たちが座ると、ジネットがにっこりと微笑んだ。
うん。いい雰囲気だ。
「じゃあ、『おまかせ』で頼めるか」
「おまかせ、ですか?」
「あぁ。お前が『これを食べてほしいな』と思うものを、いい感じの順番で出してくれ」
「はい。……少し緊張しますね」
おまかせは、寿司職人の知識と技量が問われる、難しい注文方法だ。
「おまかせでいいの? やった、じゃあ好き勝手やろ~っと」なんてド三流は、本物の職人の中にはいないと信じたい。
さて、ジネットのお手並み拝見と行くか。
「ではまず、コハダから召し上がってください」
青ものか。
俺はイカから行くのが好きなのだが、今回はジネットのチョイスに身を委ねる。
「コハダってなに?」
「魚だ」
「それは分かってるよ!」
「それ以外にどう答えろってんだよ?」
エステラがぷくっと膨れる。
どんな魚かなんか、説明したところで「へぇ~」以外の感想抱かないだろう、お前。
「食ってみれば分かる」
「うん。そうだね」
魚の知識なんて、生態や習性よりも美味いかどうかが重要なのだ。漁師でもない限りはな。
「お待たせしました」
俺が頑張って量産した木の器『ゲタ』に寿司が置かれる。
落ち着いたグレーが美しい、新鮮なコハダだ。
「どれ……」
ここは粋に手掴みで――
「んっ!? 美味っ!」
びっくりした。
ジネットのスキルが四段階くらいレベルアップしている。
ともすれば癖が強過ぎて好みの別れる青魚なのだが、ジネットの技術がこのコハダをなんともあっさりとした、それでいて強烈なインパクトのあるうま味へと変換している。
気持ちの良い美味さが口の中に、そして脳へと広がっていく。
「うわぁ、美味しい! ボク、この海魚好き!」
「上品な味わいですね」
エステラとナタリアも満足したようだ。
「次は、脂の乗ったアジを、おろしショウガと一緒に召し上がってみてください」
アジはジネットの大好きな魚だ。
口の中へ放り込めば、ジネットの『好き』が滲み出す、まさに究極の美味さだった。
「ヤバ、もう抜かれた」
「いえ、そんなことはありませんよ」
いやいや。
絶対、もう俺の寿司よりジネットの寿司の方が美味い。
だって、この皮目の切込みとか、絶妙だもん。
「ジネットちゃん、美味し~よ~!」
「海魚だから、という単純な理由を超越した美味しさですね」
「ありがとうございます。では、そろそろイカを召し上がってみますか? 甘味が濃厚で美味しいですよ」
「なるほど。つまみ食い済みか」
「ぅきゅっ……み、みなさん、共犯ですよ?」
と、自分だけではなく陽だまり亭一同が共犯だと暴露するジネット。
マグダとロレッタがさっと目を逸らす。
いや、味の確認は必要だから全然いいんだけどな、つまみ食い。
「甘ぁ~い! なにこれ、もちもちこりこりして、噛めば噛むほど甘くなってく!」
「これは、癖になる味と食感ですね」
モンゴイカの握りは、エステラとナタリアにぶっ刺さったようだ。
確かに甘味が強く濃厚だ。
なるほど。これなら先に青魚を持ってきて正解だったな。
この後じゃ、アジの繊細な旨味が損なわれていた可能性がある。
とかなんとか言っているが、美味いもんはどんな順番で食っても美味いんだよ。
好きなように食えよ、寿司くらい。
「では、次はマグロの赤身を握りますね」
「店長さん、あたしたちの出番はまだですか? ……なんか、待っている間ずっと緊張するです……」
「……マグダも同意」
「そうですねぇ。では、中トロの後、一度蒸しエビを挟んでからお二人の軍艦巻きをいただいてもらいましょうか」
「分かったです!」
「……心構えをしておく」
脂の乗ったものの後、一度さっぱりとしたもので口をリフレッシュしてウニとイクラか。
ジネット流の順番は、味覚に次々刺激を与えてくれる。
まさに――
「味覚のテーマパークやー!」
「お兄ちゃんがハム摩呂みたいなこと言い出したです!?」
バカモノ。
こっちこそが元祖じゃい!
……いや、俺が元祖なわけじゃないけど。
「ねぇ、同じマグロなのに、どうしてこんなに味が違うの!?」
「脂の差だな」
赤身と中トロを続けて食べ、エステラが頬っぺたを真っ赤に染めている。
幸せそうに食うな、お前は。
「私は、中トロよりも赤身の方が好みですね」
「脂は好みが分かれるからな」
かく言う俺も、大トロのように脂の多いネタよりもあっさりとしたネタの方が好きだったりする。
「ボクは脂の乗った方が好き!」
とかいう、単純なヤツもいるけどな。
どーせエステラは玉子やかっぱ巻きも好きに違いない。
エビサラダとか、絶対食いつくぞ、こいつ。
「あ、マグダとロレッタに覚えてもらうものが増えたな」
「えっ!? まだ軍艦の合格をもらってないのにですか!?」
「……じゃあ、またロレッタより先にこっそり教えてほしい」
「どーしてそうすぐ抜け駆けするですか、マグダっちょ!?」
「……やりたくなさそうだったから」
「やるですよ!? いっぱいお料理覚えるですよ!」
というわけで、あとで細巻きとサラダ巻きを教えておこう。
ジネットなら、すぐマスターするだろうな。
『簾』は、いつか巻き寿司を作るだろうと事前に準備しておいたし。備えあれば患いなしだな。
そして、イヤミのない甘さの蒸しエビを食べた後、マグダとロレッタの軍艦巻きが登場した。
マグダがウニ、ロレッタがイクラだ。
形はよし。
ネタとシャリの量もよし。
では――
「ん! 美味い!」
「やったです!」
「……マグダなら当然の結果」
と、尻尾が『緊張するわー!』と毛羽立っているマグダが言う。
「んん! ウニが美味しい!」
「イクラはどうですか、エステラさん!?」
「うん。普通に美味しいよ」
「普通やめてです!」
一通り、ジネットの『おまかせ』を堪能し、最後に「おかわりタイム」を設ける。
もう一度食べたいネタをリクエストするのだ。
「大トロ!」
「イカをお願いします」
「じゃあ、俺はアジ」
「はい、少々お待ちください」
締めの一品を食べて、なんとも豪勢な昼食を終える。
「あぁ、ボク、毎日お寿司がいい……」
そのうち飽きるわ。さすがにな。
「ジネットがこれだけ握れるようになったなら、明日のイベントは大丈夫だろう」
「マーシャさんの負担を、なるべく減らしてあげたいですからね」
それで頑張ってたのか。
でも、マーシャにも握ってもらう。
味などどうでもいい。人魚が握る寿司だ。それだけで価値がある。
……まぁ、ホタテが異常なほど注文されそうだけれども。
「あとは、変わり種も用意しておくか」
「変わり種ですか?」
まぁ、定番ではあるが、こっちではまだ握っていない――
「玉子焼きとか」
「玉子焼きのお寿司ですか?」
「甘い味付けで、しっとりと焼き上げてな。美味いぞ」
「え~、そうかなぁ? お寿司って言ったら魚じゃなきゃさぁ」
と、エステラがしっかり『前振り』してくる。
断言してやろう。
お前はタマゴの握りが大好きになる!
お子様舌だからなぁ、エステラは。
「あとはナスとか芽ネギとか山芋とか」
「そういうのも合うんですね。あ、マーシャさんがトビウオの卵を持ってくるとおっしゃってましたよ」
「トビッコか! あれも美味いぞ」
そうして、明日のイベントに向けて、もう一段階寿司を充実させていく。
金に糸目をつけずに考えられるって、いいよね。
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「楽しみですね、明日」
ジネットが窓の外を見つめて言う。
あぁ、そうだな。
明日はきっと楽しくなる。
そんな気がしていた。
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