異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

283話 帰る場所 -3-

公開日時: 2021年7月24日(土) 20:01
文字数:3,850

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 陽だまり亭のドアを開けると、ジネットが太陽の笑顔で迎えてくれた。

 

「ただいま、ジネットちゃん!」

「こら待てエステラ。聞いてたか? 俺に向けてのおかえりだったろうが」

「エステラさんも、おかえりなさい」

「ただいま、ジネットちゃん!」

「呼ばれてないけど、ご帰宅やー!」

「ハム摩呂さんも、おかえりなさい」

「はむま……うんー!」

「言うならちゃんと最後まで言うですよ、ハム摩呂!?」

 

 店に入るなり騒がしい。

 陽だまり亭は、本当に賑やかだ。

 まぁ、残念ながら、家から漂ってくる夕飯の匂いはしなかったけどな。

 ばっちり営業中で、漂ってきたのは食堂の匂いだ。

 

 それが、いつの間にか落ち着く匂いになっているのだけれど。

 

「ご馳走、作っておきましたからね」

 

 しがみつくエステラの頭を撫でつつ、ジネットが俺へ微笑みをくれる。

 微笑みがトレードマークなのは、四十二区の領主じゃなくてこいつなんじゃないのか?

 

「ジネットが領主になれば、エステラの『微笑みの領主』も返上だな」

「いつでも返上するよ、そんなもの」

「でも、わたしは領主にはなりませんよ」

「もしなったら、だよ。もしジネットが領主になったら、きっとこう呼ばれるだろうよ――」

 

 微笑みがトレードマークの。

 

「『膨らみの領主』って」

「ジネットちゃん懺悔! 懺悔させて!」

「もう、ヤシロさん。懺悔してください」

 

 おぉっと、ついうっかり。

 微笑みよりも膨らみに目が行ってしまったもので。

 

「……ヤシロが、いつも通り」

「ですね。いつものお兄ちゃんです」

 

 ジネットに叱られ、懺悔を強要される俺を見て、マグダとロレッタが楽しそうな顔を見せる。

 俺の不幸がそんなに楽しいか。

 

「……ヤシロ」

「お兄ちゃん」

「「おかえり」なさいです!」

 

 俺の両腕を取って、いつもの席へと案内する二人。

 なんだ? なんでそんなに嬉しそうなんだ?

 

「結末はどうあれ、気持ちに整理がついたようですね、ヤシロさん」

 

 奥の席には、ベルティーナが座っていた。

 にこにこと、これからご馳走が運ばれてくるであろう席に。

 

「凄まじい嗅覚だな」

「お呼ばれしたのですよ、ジネットに。ヤシロさんからのおねだりだと、すごく張り切っていました」

 

 そんな張り切るジネットを見て、「これは食べに行かなければ!」と喜び勇んでやって来たわけか。

 まぁ、ベルティーナがいれば食材が無駄になることはまずあり得ない。

 街に優しいエコシスターだな。

 

 

 ……いや、生態系に厳しい暴食シスターかもしれんが。

 

 

「なんにせよ安心しました。ヤシロさんがヤシロさんのまま戻ってきてくれて」

 

 あそこで、あの男を殺害していれば、きっと俺はここへは戻ってこられなかっただろう。

 

 そうならなかったってことは、俺はこの場所に戻ってきたかったんだろうな。

 まぁ、飯は美味いし、爆乳はいるし、適度に騒がしくて落ち着くし、歩く度に揺れるし、隠れ巨乳がしょっちゅうやって来るし。うん、いい場所だな、この店は。

 

「この店は落ち着けるし、お乳突けるからな」

「ヤシロさん。お食事前に懺悔しますか?」

「寝る前に精霊神に謝っとくよ」

「まったくもう……」

 

 ぽかりと、ベルティーナの拳骨が俺の額を撫でる。

 叩いているつもりなのだろうか。握った拳の中に空気が入りまくりで衝撃が一切伝わってこない。

 こんなもん、悪ガキは増長するんじゃないのか?

 もっとも、……ベルティーナを本気で怒らせようとか、命知らずな発想は湧いてこないけどな。

 あれ? 俺、いつの間にそんな思考植えつけられたんだ? 本気で怒られたら泣く自信がある。……この危機感、一体いつの間に?

 

「ではみなさん、パーティーの時間ですよ」

 

 晴れやかな声とともに、大皿が次々に運び込まれてくる。

 いや、パーティーって!?

 

「ヤシロさんが食べたいとおっしゃった物、全部作っちゃいました」

 

 エビフライにハンバーグにから揚げが山と積まれた大皿を手に、ジネットが可愛らしく舌を覗かせる。

 俺が猫だったら「ちろっ」って出た舌を「うにゃっ!」って取り押さえていたところだ。

 いや、猫じゃなくてもやるべきか? やるべきな気がしてきた!

 だが残念なことに、取り押さえる前に舌は口の中へと逃げ帰ってしまった。

 

「こっちはカレーですよ~!」

「……こっちはヤシロの好物として有名なゴリのから揚げ~食材提供者のデリアを添えて~」

「あたい、頑張って獲ったんだぞ、ヤシロ!」

 

 フランス料理風に添えられたデリアを引き連れたマグダ。

 よくこの短時間で食材を揃えたもんだ。

 

「ほぃな。根菜の煮つけさね。あんた、こういうのが好きなんさろ?」

 

 しなやかな物腰でノーマが小鉢を運んでくる。

 華やかさのない茶色い見た目なのに、一目見ただけで胃が騒ぎ出すくらいに美味そうに見える。

 

「デリアやノーマまで来てたのか」

「私もいるよ~☆」

 

 メドラに水槽を押してもらいながら、マーシャが厨房から出てくる。

 

「マーシャに、メドラもいたのか」

「……来ちゃった☆」

「うん……夢に見そうだから、自重して」

 

 めっちゃ高い位置から上目遣いで見下ろしてこないで。

 夜中に「うわぁぁあ!?」って飛び起きちゃうから。

 

「みなさん、お手伝いしてくださったんですよ」

「マーシャやメドラさんが?」

 

 ジネットにしがみついていたエステラが立ち上がり、運ばれてきた料理の数々を見つめる。

 

「……ジネットちゃんオンリーがよかった」

「ひどぉ~い、エステラ!」

「アタシらも、ちゃんと店長さんに教わって作ったんだよ。まぁ、そこの人魚はふざけてたけどね」

「メドラママこそ、お尻のハンバーグ作ってたじゃな~い☆」

「あれはハートだよ! ダーリンの前でバカなこと言うんじゃないよ!」

 

 尻でもハートでもいいから、ちらちらこっち見ないでくれるかな、メドラ。

 お前の視線、攻撃力持ってるんだよね。毒の沼地を歩くのと同じくらいでダメージ喰らうから。

 

「こちらが、メドラさん力作のハンバーグなんですよ」

 

 そう言って、ジネットが見せてくれたのはなんともデカいハンバーグだった。

 これ一個でフライパンが埋まりそうなサイズだ。

 

「これ、ちゃんと焼けたのか?」

「はい。焼き甲斐がありました」

 

 拳を握って達成感漂う笑みを浮かべるジネット。

 そうか。お前が焼いたんなら、まぁ食えなくはないだろう。

 ただ、料理に不要な難易度は求めなくていいからな。

 

「私のも見て~☆」

 

 言いながら、マーシャが皿に乗ったハンバーグを見せてくる。

 

「元・エビ~☆」

「原型とどめてないじゃねぇか……」

「すみません。触覚や足を崩さずにひっくり返すのが難しくて……」

 

 いや、ジネット。お前が謝ることじゃない。

 そもそも、そんな繊細なものをハンバーグで再現しようってのが間違いなのだ。

 

 まぁ、俺なら出来るけどな!

 

「じゃあ、その二つはヤシロが食べればいいよ。ボクはジネットちゃんの手料理をお願いするね」

「バカヤロウ。メドラのハンバーグ食ったらそれだけで腹いっぱいになるわ」

「たくさん食べる男の子って素敵っ! きゃっ☆」

「あ、ダメだ。胸が焼けてきた。一口二口しか食えないかも……」

 

 食事前に不用意な攻撃やめてくれるかな。

 食後に喰らってたらリバースしていたかもしれないので、まだ食前の方が被害は少ないとはいえ。

 

「……ヤシロ」

 

 賑やかな連中の間をすり抜け、マグダが俺の前に小皿を差し出す。

 

「……マグダのお手製。焼くのも、自分で頑張った」

 

 皿の上には丸に三角を二つくっつけた、猫型のハンバーグが載っていた。いや、マグダ型か。

 

「……ヤシロが怒ってくれたから」

 

 そうか。

 このハンバーグは、そのお礼なのか。

 ……俺が怒ったからって、何があるわけでもないだろうに。

 

「ありがとう。ありがたく食わせてもらうよ」

「……ん」

「味わって食べてね☆」

「おかわりもあるからね、ダーリン」

「え、まだあんの、メドラの?」

 

 このデカいのを食い尽くせるかどうかも謎なのに、というか不可能なのに、絶対無理なのに。

 

「私、お腹空いてます」

 

 自身のおなかをポンと叩くべルティーナが頼もしく見えた。

 いてくれてよかった!

 

「では、明日からの笑顔のために。みなさんでいただきましょう」

 

 やはり、不穏な空気を感じていたのだろう。

 ジネットがそんな挨拶をしてパーティーは始まった。

 

 ジネットの料理は言うまでもなくどれもこれも美味くて、メドラとマーシャが捏ねたというハンバーグもそれなりに美味しくて、マグダお手製のハンバーグはなんだか懐かしい味がした。

 これ、俺が女将さんに作ってやったハンバーグに、ちょっとだけ味が似てる気がする。初心者が精一杯頑張りましたって味だ。

 

「ぅおっ!? なに? 今日は何の日?」

 

 仕事を終えた大工たちが、パーティー開催中の陽だまり亭に入ってきて目を丸くする。

 鼻の穴を大きく広げる。

 よだれを垂らす。

 胃が大合唱する。

 

「うはぁ、ロレッタちゃんの持ってるカレー、いい匂いだなぁ!」

「じゃあ俺カレー!」

「俺も!」

「今日は特別に、から揚げカレーもご提供できるです!」

「「「何それ、めっちゃ美味そう!?」」」

 

 

 ロレッタが試食の時に編み出したらしい。

 そういや、カレーにトッピングはまだ研究途中なんだよな。運動会の時にちょっとやったくらいだ。

 カツカレーとかうまいんだよなぁ。

 

 ロレッタの遊び心からから揚げカレーが誕生し、その日のうちに人気メニューとなった。

 

 こうして賑やかに日が暮れていき、俺はこの日感じた様々な思いや感情を胸の奥へとそっとしまい込んだ。

 忘れはしない。けれど、囚われもしない。

 明日からは、またいつも通り生きていく。そう、胸に誓って。

 

 

 

『胸に誓う』より『おっぱいに誓う』の方が意気込みは強い気がするな、うん。

 

 

 

 

 

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