異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

377話 マスコット爆誕 -4-

公開日時: 2022年8月4日(木) 20:01
文字数:3,366

「ふぉぉおお!? なんですか、この可愛い生き物は!?」

 

 寝坊組の中で、一番に起きてきたロレッタが瞳を輝かせる。

 その視界には、大きな紳士よこちぃと、キュートで可愛いしたちぃが並んで立っていた。

 

 間に合ったよ。

 

 すげぇな、ジネットとナタリア。

 最悪、したちぃはドレスなしの真っ裸状態でもいいかと思ったのだが、女子二人が「そんなのダメです!」と、根性で間に合わせてくれた。

 最後の方、ミシンを見てるみたいだったもんなぁ、ジネットの手つき。

 

「大変好き、私は、こういうの」

 

 ギルベルタがしたちぃこと、俺の方へふらふらと寄ってくる。

 近くに来たギルベルタの頭をぽんぽんと撫でてやると、『ぱぁぁぁあ!』っと表情を輝かせる。

 出会った当初の無表情少女の面影は、もうそこにはない。

 随分と感情を見せるようになったものだ。

 

「あの、あのあの! あたしにもナデナデしてほしいです!」

 

 挙手をして声を上げるロレッタ。

 よこちぃがロレッタの頭をぽんぽんと撫で、俺が大サービスでほっぺチューをしてやる。

 ほっぺチューの後は、「恥ずかしい」と言わんばかりに両手で口を押さえて、足をパタパタさせておく。

 千葉の夢の国で見たことあるんだ、こーゆー動き。

 

「ふぉぉお!? チューされたです! もう無理です、可愛過ぎです! 抱きつくです!」

「中身はヤシロだよ」

「お兄ちゃんなら、抱っこくらい許してくれるはずです!」

 

 着ぐるみにテンションが振り切れてしまったらしいロレッタ。

 両手を広げてうずうずしている。

 ので、ギルベルタと一緒にぎゅっとハグしてやった。

 二人同時なら、いやらしさも出ないだろう。

 

「包まれる、幸福感に!」

「これ、嬉しいです!」

 

 はしゃぐ二人の向こうで、腕を組んで静かに状況を見守っていたルシア。

 値踏みするような視線をこちらに向け、静かに、ゆっくりと近付いてくる。

 

「ふむ。したちぃよ」

 

 そして、なんの断りもなく抱きついてきやがった。

 

「嫁に来てくれ!」

「…………!」

 

 思いっきりチョップをくれてやった。

 

「痛いではないかぁ、したちぃよ~、えへへ、えへ」

 

 もうダメだ、この人。

 領主として取り繕う気持ちをどこかのドブにでも捨ててきてしまったらしい。

 

 突っ込んでやりたいが、まだマグダが来てないから場をぶち壊すわけにもいかない。

 しょうがない。

 

「…………」

「へ? あの、したちぃさん!?」

 

 ルシアから逃げるようにして、ジネットの背後に回り、ジネットの腕をぎゅっと胸に抱きしめる。

 守って、ジネット姉様!

 

「ふふふ。よしよし。急にあんなことを言われてびっくりしてしまったんですね。ルシアさんも、ダメですよ。まずは、仲良くなって、もっとお互いのことを知ってからでないと」

 

 うん、そーゆーことじゃないんだけど、まぁそーゆーことでいいか。

 

 どうやら、この街では着ぐるみがとても受け入れられやすい傾向にあるようだ。

 大人がここまではしゃげるなら、ガキどもも容易いだろう。

 

 ……あとは、小生意気なガキが絶対ケツキックを喰らわせてくるから、その対策を考えないとな。

 

「おはよ~さん……なぁ、聞いてやぁ。トラの娘はんがまたなぁ……って、なんやのん、これ!?」

 

 今日もまたマグダを起こしてきたらしいレジーナが、マグダを胸に抱いた状態で固まる。

 見たこともない着ぐるみが二体、フロアで女子に取り囲まれている光景は、寝起きの脳には情報過多なようだ。

 

「……むむ」

 

 マグダの耳がピクリと動き、次の瞬間、俺とジネットのちょうど間に飛び込んできた。

 レジーナの胸を蹴って。

 蹴られたレジーナは「どふっ!」と声を漏らして床へと蹲る。

 

「……よき」

 

 飛んできたマグダをキャッチすると、マグダはしたちぃにぎゅーっとしがみついてきた。

 折角なので、ジネットと一緒にぎゅっとハグしてやる。

 

 いや、ほら。

 ジネットは朝から着ぐるみにハグされてなかったからさ。

 ぎゅってしたそうにしていたが、中が俺やハビエルだと知っているので遠慮してたみたいなんだよな。

 なので、これくらいはいいんじゃないかと。

 着ぐるみの時は特別だ。

 

「……なぁ、自分。ウチに対して、ちょっとは『悪いなぁ』とか、思わへん?」

 

 レジーナの訴えはマグダには届かず、マグダは俺の腕の中ですぴすぴと鼻を鳴らしていた。随分と機嫌がよさそうだ。

 

「ほんで、なんなん、これ?」

「マスコットキャラクターのよこちぃとしたちぃだよ」

 

 立ち上がったレジーナに、エステラがマスコットキャラを紹介する。

 

「横乳と下乳かいな。エッロ」

「よいこのよこちぃと親しみやすいしたちぃだよ!?」

「名前考えたん、どーせおっぱい魔人はんやろ? 100%乳やん」

 

 その通りだけども!

 どーせとか言うな!

 

「心が卑猥な人には、そのように聞こえるのです」

 

 と、甲高い女の子ボイスでそんなことを言ってみる。

 

「したちぃがしゃべったです!?」

「女性のように高く、ヤシロ様の声とは思えませんでしたね」

「ホント、器用だよね、君は……」

 

 腹話術や声色なんてのは、詐欺師の必修技能の一つだ。

 それでうまいこと話が逸れて、名前の由来は有耶無耶になる。

 いいんだよ、四十二区のマスコットなんだから、よこちぃとしたちぃで!

 桃とスイカの妖精だしね!

 桃パイとスイカップの!

 

「あとはノーマだけだけど……ノーマは、もう少し寝かせてあげようか」

 

 全員にお披露目して反応を見ようという話になっていたが、ノーマは睡眠が優先された。

 

「では、お食事にしましょう。ヤシロさんとハビエルさんは、このあと教会でも着ぐるみですから、こちらで召し上がっていってくださいね」

「ボクたちも、ここで朝食を済ませておこう。子供たちがはしゃぎそうだから」

「ですね。ウチの弟妹が大はしゃぎしそうですから、のんびりご飯食べてる暇はきっとないです」

「……よき」

「マグダさんは、こっち側に早くいらしてくださいまし」

 

 楽しむ側に残ろうとするマグダを、主催者側へと引きずり込むイメルダ。

 マグダ世代には深く刺さるのかもしれないなぁ、マスコットキャラ。

 

「しかし、着脱が大変だな、この着ぐるみってのは」

 

 よこちぃの頭を外したハビエルが言う。

 絶対に一人では着られない上に、付け外しの難しい小さなボタンがたくさん付いているので、着るのも脱ぐのも時間がかかる。

 着せられる方も、結構大変なんだよなぁ、これ。

 

「ファスナーがあればもっと楽になるんだが」

「ふぁすなぁ? それはヤシロでも作れないようなものなのかい?」

 

 俺の着ぐるみを脱がすジネットの手元を見て、「うわぁ、面倒くさそう」という顔をしていたエステラが聞いてくる。

 

「いや、今の四十二区なら作れるだけの技術はあるんだが……ノーマとウクリネスの協力が必要になるんだよ」

「あぁ、それじゃあ――」

 

「頼めないよね」と、エステラが同意を示す前に、陽だまり亭の入口と厨房から、同時に声が聞こえてきた。

 

「「詳細、プリーズ!」」

 

 入口にウクリネス、厨房にノーマが立っていた。

 好奇心に輝く瞳を爛々と輝かせて。

 

 あぁ……バレちゃったか。

 

「ハビエル……」

「あぁ。分かった」

 

 視線で合図をして、俺とハビエルは素早く着ぐるみの頭を被る。

 

「「ようこそ、陽だまり亭へ」」

「ワシ、よこちぃ」

「ワタシ、したちぃ」

「あら、可愛らしいこと。それで『ふぁすなぁ』についてなんですけども」

「服屋と金物ギルドの協力が必須なんさね? 詳しく聞かせておくれな」

 

 あ、ダメだ。もう手遅れっぽい。

 

「睡眠時間を確保するって約束できるなら、教えてやらんことはない」

「約束します!」

「今日もばっちり寝たさね!」

 

 もしかしてこの人たち、『精霊の審判』を知らないんじゃ?

 よくそんな平気な顔して嘘っぽいこと言えるよねぇ。

 怖いわぁ、この街。詐欺師が跋扈してるんじゃないかしら。

 

「……定期的にハムっ子を派遣して、作業場の視察を行うからな? 地獄になってたら強制終了させるからな?」

「大丈夫です。ウチの従業員は、みんなタフですから」

「ウチの男衆も、殺したって死にゃしない連中さね!」

 

 だから、死の淵を覗くような重労働を強いるんじゃねぇと言ってるんだよ!

 

「……エステラ」

「うん。これはもう、教えてあげて、さっさと完成させた方が、きっと被害が少なくて済むよ。……大丈夫、特別手当を、領主からつけておくから」

 

 しょうがないので、ジネットが朝食を作っている間に、ファスナーの原理と、必要な金具の設計図、金具を布に取り付ける方法を、貪欲な仕事亡者に伝授した。

 

 

 

 

 

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