「えっと、トルベック工務店のグーズーヤです。あの、僕、ナタリアさんほどうまくは語れないんすけど、よろしくお願いします」
と、審査員席に座るエステラたちに頭を下げる。
今回、オバケ話を審査するのはエステラとナタリア、ウクリネスとウーマロ、そしてイメルダだ。
エステラとナタリアは実行委員として、そして領主としての視点で審査をしてもらう。
ウクリネスとウーマロは、ハロウィンの雰囲気作りに欠かせない衣装と大道具担当として、自分の創作意欲が刺激されたものを選んでもらうことになっている。
そしてイメルダは……ほら、昨晩とても面倒くさい役を押しつけてしまったので、まぁ、平たく言うと……接待?
特別審査員の枠に収まってもらった。
そんな特別審査員様が、登壇したグーズーヤを指して言う。
「顔が地味ですわね。不合格」
「ちょっとぉー! 顔は関係ないでしょうって!? 話を聞いてくださいよ!」
『1』と書かれたゼッケンを胸に垂らしたグーズーヤがひな壇芸人よろしく舞台の前まで進み出てくる。
落ちろ!
落ちて足をグネれ! ……ちっ、踏み外さなかったか。
「なぁ、グーズーヤ。その場所で『押すなよ』って言ってみて」
「絶対押す気じゃないですか、ヤシロさん!?」
慌てて舞台中央へと駆け戻るグーズーヤ。
つまらん! 貴様、それでも芸人か!?
面白いのは顔だけか!?
「それじゃあ、君の持ってきたオバケの話を聞かせてくれるかい?」
「はい!」
エステラに促されて、グーズーヤが語り始める。
「あの、なんかっすね。道具って、大切に使わないと、悪いことが起こるっていうか、罰があたるって、ウチのジーサンが言ってまして。あ、ジーサンはもう何年も前に亡くなってるんですけど。んで、ホントかどうか分かんないんですけど、百年使った古道具は魂を得るって、割と真顔で言ってたりしたんで、それがちょっと怖いっていうか……棟梁も、道具は大切にしろってすげぇ怒るんで、もしかしたら、そういうの、あるのかなぁって…………」
と、なんとも歯切れの悪い感じで口を止め、チラチラとこちらを見てくるグーズーヤ。
え、終わり?
なにそのまとまってない話。
せめてもう少しストーリーを組み立ててこいよ。多少盛ってもいいからさ!
「グーズーヤ」
審査員を代表して、ウーマロが自分の部下の名を呼ぶ。
「舐めんなッス」
「いや、真面目にやったんすよ、これでも!」
「まったく魅力がないッス! 怖くもなければ可愛くもなく、わくわくもしないッス! そもそも、物を大切にするのは常識ッス!」
完膚なきまでのダメ出しだ。
ナタリアの語りでハードルもかなり上がってたしなぁ。
でも、会場の奥様方はちょっとほっとしてるみたいだぞ。
こういうのでいいのかもな、子供連れのファミリー層には。
しかし、面白みがまったくないってのも困りものだな。
これじゃ、仮装のアイデアにすら繋がらないだろう。
しょうがない。
俺は黒板に日本でお馴染みの物化け、付喪神のイラストをいくつか描いていく。
化けわらじ、化け傘、化け茶釜に化け提灯。
「あら、まぁ! ヤシロちゃんのイラスト、とっても可愛いですねぇ。私、そのオバケ傘の衣装作ってみたいわぁ」
ウクリネスの言葉に賛同するようにエステラやイメルダも「あれは可愛い」「いえ、あちらの方が」とイラストを指差しながら相好を崩す。
全般的に評判がよさそうなので化けブラジャーを追加する
「ヤシロ、卑猥な絵を描かないように」
「バカ、エステラ。こいつは何十年もずっと使い続けられたブラジャーなんだぞ」
「ヤシロ様。普通何十年も同じサイズのブラジャーを使い続けられる人は……はっ!? あわわっ、申し訳ありません、幼少期よりサイズが一切変わっていないエステラ様!」
「君らのコンビプレイ、打ち合わせなしで完璧なのはなんなの!?」
エステラがぷぅぷぅ怒っている間に、ベッコが着色済みのイラストを広げてみせる。
こらベッコ。化けブラジャーを忘れんじゃねぇよ。
あわよくば年頃ボインちゃんに化けブラジャーのコスプレしてもらおうという目論見が頓挫しちまうだろうが。
「ん~……グーズーヤはしょーもなかったッスけど、ヤシロさんのイラストはどれも独創的で、なんだか本当にいるんじゃないかって思えるような親近感もあって、すごくいいッスね」
「では、ヤシロ様のポイントということで評価しておきましょう」
「なんでですか!? 僕の話なのに!」
「お前の話だけじゃポイントは付かなかったッスよ」
さっさと退場しろと、ウーマロが手を振る。
グーズーヤが肩を落として舞台から降りる。
次いで舞台へ上がったのはヤンボルドだった。
トルベック工務店が続くな。
「オレ、好きになったら一途。尽くすタイプ」
何の話を始めたんだ、このウマ男。
誰がお前の恋愛話に興味なんか――
「頼まれてもいない部屋の掃除を、家主がいない隙にこっそり忍び込んでやっちゃうくらい尽くす」
「怖ぇよ、ヤンボルド!?」
「忍び込むのも、忍び込んだ痕跡を完全に消し去るのも、実は得意」
「だから怖ぇって! ただ、怖いのベクトルそっちじゃねぇーんだわ!」
パーシーみたいなヘタレでもパーシーみたいに抜けているわけでもないから余計怖い。ただのストーカーは心底怖い。
……深い意味はないが、部屋に個別の鍵が欲しくなってきた。
「ヤンボルド、『冗談でした』って宣言してからさっさと舞台を降りるッス」
「そう、冗談。みんな、冗談…………ふふ」
ウーマロに睨みつけられてヤンボルドは舞台を降りていく。
……本当に冗談なんだろうな。
しかし、ウーマロを審査員に入れといてよかった。あいつ、よくあんな連中をまとめ上げてるよな。ちょっと尊敬しそうになって踏みとどまったぜ。
「ウーマロ、踏みとどまったから勘違いすんなよ」
「何がッスか!? よく分かんないッスよ!?」
俺に尊敬されようなんて十年、いや、十二年早いぜ。
それから、参加者が順番に舞台に立ち、拙いながらもオバケの話を語る。
ナタリアの語りを参考にしたのか、声を作ったり、間を空けたり、小細工をするヤツが現れ始めた。
成功してるヤツはほとんどいないけどな。
十組程度の話が終わる頃には、ナタリアショックも完全に薄れ、ユニークなオバケ話には笑いが漏れたりしていた。
「子供たちが一番怖がっているのは、お布団に濡れた地図を描くオバケで――」と、ベルティーナから聞いたのと同じ話を語る主婦がいて、それには子を持つ母親連中が声を出して笑っていた。
一緒にいるガキは苦々しい顔をしている。大きくなっているヤツほどそれは顕著で、いくつになっても言われ続けているんだなってのがよく分かった。
祭りが大好きな顔馴染みも大勢参加していた。
モーマットがお手伝いのハムっ子を連れて舞台へと上がる。
自信があるのか、口角を持ち上げて舞台上の俺へ視線を寄越してきた。
何か策があるようだな。
そのハムっ子をどう使うのか、お手並み拝見というこうか。
「新月の夜、畑に行くと……植えた覚えのない野菜が花を咲かせているんだ。月もないのにその白い花は淡く光を放ち、耳を澄ませば『ぼそぼそ……ぼそぼそ……』って何か声が聞こえる。よく聞き取れないんだが、その声は土の中から聞こえてくるんだ。それで、まさかと思って、でも確認しなきゃと思ってよ――」
そこで、モーマットはしゃがんだハムっ子の頭を掴み、一気に引き上げる。
「こうやって、花の根元を握って、一気にその根を引き出すと――」
「きああああああっ!」
「って、苦悶に満ちた人間の顔みたいな根っこが悲鳴をあげるんだ!」
ハムっ子をマンドラゴラに見立てたこの寸劇。
その評価は――
「「「かわぃい~!」」」
「いやいやいや! おかしいだろ!? 怖いだろ!?」
いや、モーマット。
ハムっ子にそれをやらせても怖くはねぇよ。
むしろ、会場の反応の方が正解だよ。
なので、俺も精一杯可愛いマンドラゴラを描いてやった。
まるっこい大根のようなフォルムのマンドラゴラだ。
地方自治体がゆるキャラとして採用すればふるさと納税が全国から集まってきそうなほどの可愛いクオリティだ。グッズ、作ってもいいぜ。
「違ぇよ、ヤシロ! もっと禍々しい顔なんだよ! 苦悶に満ちた人間の顔でよ! 一目見るだけで絶望して気を失っちまうくらいの……!」
熱く語るモーマットを無視して、マンドラゴラ役のハムっ子をしゃがませて引っこ抜く。
「きぁあああああ!」
「「「かわいい~!」」」
「これが世論だ」
「くそぉ……俺ぁガキの頃、こいつが怖くて日が暮れたら畑から逃げるように家に帰ってたってのに……」
なるほどな。
農家のガキがいつまでも外で遊ばないように作られた物語なのか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!