異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

332話 バオクリエアからの要請 -3-

公開日時: 2022年2月2日(水) 20:01
文字数:4,223

 少し時間を取り、三者三様に心を落ち着けることにした。

 

 すぅ~はぁ~……

 

「落ち着いたか?」

「はい。もう大丈夫です」

 

 目尻をほんの少しだけ赤く染め、ジネットが恥ずかしそうに俯いている。

 泣いちゃったのが恥ずかしいらしい。

 暴走を恥じてくれ。出来れば。

 

「そっちは?」

「大丈夫やで、ヤシロはん」

 

 ウィンクが飛んできた。

 まだダメらしい。

 

「ジネット、釘とトンカチ」

「ダメですよ、いじめては」

 

 釘とトンカチはいじめの範疇を大きく超えている気がしないでもないが……まぁ、相手によるんだろうな、こういうのは。

 ……眉間に釘を突き立ててやりたい。

 

「お前、そんなんで筆頭護衛騎士なんか務まるのか?」

「もちろんです。わて、他の騎士らぁと違ぅて、美人局に引っかかる危険ゼロやさかいに」

 

 機密の漏洩は心配ないですって?

 

「めっちゃイケメンの美人局がいたらどうすんだよ?」

「え? あっ、違うで? わて男色の気あらへんで?」

 

 とてもそうは思えないんだが!?

 

「男とか女とか、そんなもんを超越して、ヤシロはんが素敵なだけや☆」

「ウィンクを飛ばすな!」

 

 ゾゾ毛が立つわ!

 

「ヤシロさんは人気者ですね」

「え、なに、ジネット? それってイジメ?」

 

 好ましくない状況を喜ばしそうにしないでくれるか?

 

「けどまぁ、わてが今回バオクリエアを離れられたんは、武力的に頼れる人らぁがいてくれはるからなんや。せや言ぅたかて、わてが何日も姿を見せへんかったら、第一王子派が行動を起こしかねへん。わてがここに留まれるんは、精々後一時間程度やねん」

 

 おそらく、今日の船でバオクリエアに帰るのだろう。

 バオクリエア行きの船がどの程度の間隔で出向しているのかは知らんが、今日の便に乗るのなら本当に時間はない。

 そろそろ空が赤みを帯びてくる時間帯だ。

 

「まさか……会われへんとはな………………絶っっっっっ対、家におる思ぅてたのにっ」

 

 まぁ、まさかレジーナが友達と買い物に行ってるなんて、あいつを知っているヤツなら想像もしないだろうな。

 

「なぁ、ヤシロはん。今からここで手紙書かせてもろてよろしやろか?」

「手紙? 用意してなかったのかよ……」

「しとりました。せやけど、今の彼女は、わてらが知っとる彼女とは随分変わってもぅてるようやさかい、書く内容変えた方がえぇ思いまして」

「それを、俺がきちんと手渡すと思うか? さっきの回答、まだもらってねぇぞ」

 

 レジーナの安全を、お前は保証できるのか?

 

「すんまへんなぁ。絶対に安全とは、やっぱりどうあっても言われへんのですわ」

 

 適当な席に座り、カバンからペンとインクを取り出すワイル。

 軽い口調とは裏腹に、眉間には深いシワが刻まれていた。

 

「もちろん、わてらかてレジーナ・エングリンドを失うつもりなんか毛頭あらしまへん。……せやけど、最も突かれたくないところをピンポイントで突っつき合ぅとるような情勢やさかいに……ホンマ、『わや』ですわ」

 

 わやってのは、全然ダメだとか滅茶苦茶だって意味だっけか。

 こいつらもなんとかしたいと思いつつ、なんとも出来ずにいるのだろう。

 

 だからといって、同情してやるつもりはないけどな。

 

「もし、彼女がわてらの願いを聞き入れてバオクリエアに来てくれはるちゅうんなら、こちらからは精鋭の騎士団を派遣して、万全の警備体制で陸路を来てもらう用意はさせてもろてます」

「陸路、ですか?」

 

 ワイルの話を聞き、ジネットが思わずと言った風に聞き返す。

 

「あ……すみません。ですが、以前バオクリエアに行くには海路の方が安全だと伺った気がしましたので」

「おっしゃるとおりですわ。せやけど、海路は使われへん理由があるんです」

 

 海路は安全を確保するために、乗客の身元を厳重にチェックしている。

 それは、一般の者にとっては海賊や盗賊避けとして機能する反面、とある特定の者たちにとっては足枷になってしまう。

 

「船に乗ったら、身元がバレてまいます。ほんで、船が出てもぅたら途中で下船は出来へんのです」

「つまり、レジーナが船に乗ったことが知られれば、船の上でレジーナが狙われかねないってことだ」

 

 船上の限られた空間では、逃げ場はない。

 

「船の上でなんとか逃げおおせたとしても、船の上から本国に合図を送られてもぅたら、港で待ち伏せされて捕まってまぃますんや。数百人の騎士団が包囲した港からは、さすがに救出できまへん」

「そんな……ただ、生まれた国へ帰るというだけなのに、ですか……」

 

『誰が』『どこに』帰るのかが重要なのだ。

 

「ジネット。お前らが風呂に入っている時、俺が浴室に行くのを全力で阻むだろ? それと一緒だ」

「ん~、どぅやろ? それと一緒にはして欲しないかもしれへんなぁ。物事が矮小化されてもぅてるし」

 

 バカモノ!

 レジーナがバオクリエアに行くのも、俺が女風呂に突入するのも、どっちも命がけだろうが!

 

「せやから、わても行きしなは陸路を使ぅたんです。わてが船で出航したなんて知られたら、第二王子が狙われまっさかいに」

「船は、かなり見張られているようだな」

「せやね……いろんなことの積み重ねやろね」

 

 入出港はどうしても場所が限られる。

 慎重にもなるか。

 

「せやけど、帰りは船で帰りますんや」

「大丈夫なんですか? その……ワイルさんも狙われたりするご身分だと思うのですが?」

「まぁ、わてが狙われる分には大したことあらしまへんのや。百人くらいの騎士相手やったら、なんとか逃げおおせまっさかいに」

 

 返り討ちには、さすがに出来ないようだな。

 ま、それが出来るならとっくに争いは終わってるか。

 

「最大限の努力はさせてもらいます。ヤシロはんたちの大切なレジーナ・エングリンドを守るために」

 

 ……ふん。

 努力だけじゃ納得できねぇんだよ。

 

「あの、陸路でバオクリエアへ行くには、どれくらい時間がかかるのでしょうか?」

「ん~せやねぇ……普通にいって四十日。少々ムリをして三十日っちゅうところやろか」

 

 遠いな。

 で、その『少々』は、かなり無茶な旅程になるのだろうな。

 俺が死なないペースに合わせてもらえば、きっと五十日はかかるだろう。

 

「そんなに時間が経って……国王さんは大丈夫なのでしょうか?」

「まぁ、不安は拭えませんが……レジーナ・エングリンドほどではないにせよ、我が国には優秀な薬剤師が多数おりますので、あと六十日はもたせてみせますよ」

 

 逆に言えば、それが限界ということだ。

 あと二ヶ月で、バオクリエアの王は手遅れになる。

 

「ヤシロはんから口添えしてもろたら、レジーナ・エングリンドを説得できる確率が跳ね上がる思ぅねんけどなぁ」

「俺は、責任が取れないことに加担するつもりはない」

 

 むしろ、全力でレジーナを隔離したい気分だ。

 レジーナがバオクリエアに着いたタイミングで王が死ねば、戦況は一気に苛烈になる。

 戦火に巻き込まれて、それでも無事に生き延びられるようなヤツじゃないのだ、レジーナは。

 あいつは……

 

「もし、あいつが戦場で苦しんでいる者を見かけたら――あいつはそれを全員助けるまでその場に留まるだろう。あいつは、そういうヤツだ」

 

 戦場に留まれば、命を落とす確率も増していく。

 

「ホンマ驚くわ……よぅ、理解してはるんやね、ヤシロはんは」

 

 そう言ったワイルの瞳は、どこか嬉しそうだった。

 

「せやけど、これはオールブルームの人らぁにとっても一大事なんやで?」

「わたしたちにとっても、ですか?」

 

 ワイルが言いたいことは分かっている。

 バオクリエアは、その昔より近隣諸国を侵略し、吸収して巨大化していった大国だ。

 現国王が侵略をよしとしない性格ゆえに、他国への侵攻は一時的に抑えられているが、その国王が死に、遺言がなければおそらくそのまま長兄が跡目を継ぐことになる。

 

 そうなれば、侵略行為を肯定する第一王子は真っ先にオールブルームを攻めるだろう。

 レジーナがここにいると、第二王子派に知られているということは、それはそのまま第一王子にも筒抜けになっていると考えた方がいい。

 

 最も危険で目障りなモノがいる場所を焼き払い、この肥沃な大地を手中に収める。

 野心家の第一王子は、そういう思想の男なのだ。

 

「国王を救うことは、あんさんらぁの街オールブルームを救うことでもあるんや。協力してくれはりませんか?」

 

 それでも――

 

「レジーナ一人を犠牲にして生き残った連中を止める自信がねぇよ」

 

 自分たちの生活のためにレジーナを見殺しにしようなんてヤツは、この街にはいない。

 それならきっと、攻めてくるバオクリエアを如何に打ち負かすか――そんな話し合いを始める方が建設的だ。

 

「……頑なやなぁ」

 

 しょうがないだろう。

 レジーナと過ごした時間は、どこかの大国のピンチよりもずっと重たいものだったんだから。

 

 ……この街の連中にとっては、な。

 

 

「まぁ、言ぅても、こっちには切り札があるんやけどね」

「切り札……?」

 

 手紙を書き終え、ワイルが背筋を伸ばして俺を見据える。

 

「ヤシロはんには申し訳あらへんけど、あんさんらぁでは手の打ちようがない相手に今回の事情を伝えてあるねん」

 

 ワイルは、レジーナの店に行った後、万が一に備えてある場所に赴いたのだという。

 時間の都合で自分が直接説得できなかったとしても、レジーナが拒否できない相手から説得してもらえるように。

 

 現在のバオクリエアの状況と、国王が助からなかった際に起こるであろうオールブルームの危機を詳細に伝えて。

 

「かの人物は、忙しい身故に会われへんかったけど、事情を記した手紙を渡してもらえるよう手配はしてあるんです。バオクリエアの第二王子直属の護衛騎士、クレミントス侯爵家からの手紙やと伝えた上でな」

 

 他国の侯爵からの手紙だと伝えれば、その内容に逆らうことは出来ないだろうと、ワイルは絶対の自信を覗かせている。

 

 つか、こいつ侯爵家の者なのか。

 随分と若いから当主ではなさそうだけれど……レジーナと同じ年齢くらいか?

 だが、その肩書きは存分に威力を発揮するだろう。

 

 俺やレジーナが逆らえないような人物?

 一体、誰に手紙を書きやがったんだ、こいつは?

 

「お戻りになられ次第、直々にバオクリエアへ帰還するように命令を出してくれはるやろうね――この街の領主はんがな!」

「エステラかよ。しょーもね」

「しょーもないって!? え、なんで!? 領主はんやで!? この街で一番の権力者やん!?」

 

 権力? なにそれ、美味しいの?

 この街にそんなもんあったっけなぁ?

 

 っていうか、その切り札さん、今日一日レジーナと一緒にショッピングしてるぞ。

 

 

 ワイルの切り札が盛大に空振りしたところで、店の外から蹄の音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

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